第20話:白亜の訣別と、勝手についてくる狂犬
早朝。王都キャメロットの巨大な正門前には、分厚い朝靄が立ち込めていた。
「シューゥゥゥ……」
アッシュは、ボロボロになった青い外套のフードを深く被り、右腕の『黒陽シリンダー』の排熱弁を微調整していた。
姿なき王からの、魔王軍最深部【死の心臓】への単独偵察および破壊任務。
それは人類の生存圏を遙かに越えた、文字通りの『自殺旅行』だった。
「……荷物の最終確認は終わったわ。水と保存食、それにあの偏屈鍛冶師から巻き上げてきた予備の冷却液とボルト」
エレンが、自分よりも大きな背嚢を背負い直しながら溜め息をつく。
彼女の顔には濃い疲労が滲んでいたが、その気高い瞳の光は少しも失われていなかった。泥に塗れた偽物の英雄と共に絶対の死地へ向かうというのに、彼女の足取りには微塵の迷いもない。
「エレン。お前はここに残ってもいいんだぞ。……王が指定したのは『俺の単独任務』だ」
「馬鹿を言わないで。貴様が野垂れ死んだら、誰が『ガウェイン様』の看板を背負うのよ。……それに、あの『蒸気の牙』、私が横で見ていないと、また自爆しかねないでしょう」
エレンが、対等な相棒としてフッと柔らかく微笑んだ、その時だった。
ガランッ、ガリガリガリガリッ!!!
朝靄の向こう。王都の美しい石畳を『巨大なノコギリのような鉄塊』で無遠慮に削りながら、近づいてくる重々しい足音があった。
「――水くせェじゃねェか、『偽物』。一番血の匂いがする最高の遊び場に行くのに、俺を誘わねェなんてよォ!」
靄を裂いて現れたのは、野獣のように逆立った金髪と、狂気を孕んだ三白眼。
叛逆の狂犬、モルドレッド。
彼はいつもの荒々しい軽鎧姿に、なぜかパンパンに膨れ上がった巨大なズタ袋(中から鍋や酒瓶の音がする)を肩に担いでいた。
「モルドレッド!? なぜここに!」
エレンが、再び胃の辺りを押さえながら悲鳴を上げる。
「決まってんだろ、荷造りだよ! 王都の堅苦しい空気にはもうウンザリしてたんだ。アンタらが旧大陸に行くって聞いて、こりゃあ乗るしかねェと思ってな!」
「馬鹿なことを! 王命は『単独任務』よ。円卓の騎士であるあんたが勝手についてくれば、アグラヴェイン卿が黙っていないわ!」
「あン? 陰険野郎がなんだって?」
モルドレッドは小指で耳をほじりながら、ギザギザの大剣を肩に担ぎ直した。
「俺はただ、『散歩』に行くんだよ。偶然アンタらと同じ方角に歩いて、偶然そこに湧いてきた魔物をぶつ切りにするだけだ。……誰も『同行する』なんて言ってねェよなぁ?」
子供のような、あまりにもIQの低い屁理屈。
だが、その三白眼の奥には、王都の法もアグラヴェインの謀略も全て物理で叩き斬るという、純度百パーセントの暴力的な意思が宿っていた。
「……ハッ」
アッシュは、深く被っていたフードを乱暴に脱ぎ捨て、右腕の『黒陽シリンダー』の駆動音を一段階引き上げた。
プシュゥゥゥッ!!
威嚇するように噴き出した黄金の蒸気が、王都の冷たい朝靄を熱波で吹き飛ばす。
アッシュは獰猛に牙を剥き、モルドレッドに向かって笑いかけた。
「……勝手にしろ、狂犬。ただし、俺の蒸気に巻き込まれて火傷しても、泣き言は聞かねえぞ」
「ギャハハハハッ!! 上等だァッ!! テメェのそのイカれた右腕、俺がへし折るのが先か、魔王軍が消し飛ぶのが先か、競争といこうぜェ!!」
ガウェインを演じる必要のない、純粋な闘争の共鳴。
二匹の猛獣が牙を剥き合って笑う横で、エレンは「ああ……これから旧大陸の魔王軍より先に、この馬鹿二人の手綱を握らなきゃいけないのね……」と、頭を抱えてしゃがみ込んでいた。
ギィィィィン……ッ。
王都キャメロットの分厚い城門が、重々しい音を立てて開かれる。
白亜の檻から、血と泥と鉄錆が支配する荒野へ。
偽りの太陽騎士、胃痛持ちの銀の従騎士、そして叛逆の狂犬。
王都の法から外れたいびつな三人の旅路は、黄金の火の粉を撒き散らしながら。彼らを旧大陸へと運ぶために狂鍛冶師が用意した『規格外の足』が待つ荒野へと、泥臭く踏み出していくのだった。
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モルドレッドが仲間になった!
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