幕間:落日の太陽と、ただ一人の白鳥
空を真っ黒に塗り潰す、有翼の魔族たち。
大地を埋め尽くし、地平線まで続く数万の異形の軍勢。
それは五年前。人類の生存圏を脅かす魔王軍の『大侵攻』が、北方の絶対防衛線を完全に突破しようとした日のことだった。
「……ここまでか。防衛線が、保たない」
血塗られた銀の甲冑を纏う一人の騎士が、折れた剣を杖にして膝をつき、絶望の声を漏らした。
迫り来るのは、文字通りの死の津波。誰もが目を閉じ、自身の体が魔獣の牙に引き裂かれる痛みを覚悟した。
だが、その時である。
戦場の最前線、数万の敵軍のド真ん中に、隕石のように『ひとつの光』が降り立った。
ズドォォォォォォォンッ!!
着地の衝撃だけで、周囲数百メートルの魔族が塵となって吹き飛ぶ。
舞い上がる土煙の中から、青い外套を羽織った大柄な騎士が、豪快な笑い声を上げながら立ち上がった。
「ハハハッ! 待たせたな同胞たちよ! いやぁ、王都で迷子の猫を探していたら、すっかり出遅れてしまった!」
その男の顔に、煤や油の汚れは一切ない。
全身から、まるで本物の太陽のような『黄金の魔力』が、とめどなく、しかし完全に制御された状態で立ち昇っている。
円卓第二位にして、人類最大の希望。
本物の『太陽の騎士』、ガウェイン。
「……相変わらず、緊張感のない男だ」
ガウェインの背後に、音もなく純白の騎士が降り立った。
円卓第一位、『湖の騎士』ランスロット。彼もまた、数万の敵を前にして、湖面のように澄んだアイスブルーの瞳を一切揺らしていない。
「おっ、ランスロット! お前も来ていたのか。なら話は早い、俺が前を吹き飛ばすから、お前は漏れた雑魚を掃討してくれ!」
「……人使いの荒い太陽だ。手柄は譲ってやろう、存分に照らしたまえ」
二人が言葉を交わした瞬間、戦場の空気が変わった。
何万という魔族が、本能的な『死の恐怖』に支配され、一歩、後ずさる。
ガウェインが、背中に背負った大剣――呪いも、無骨なシリンダーも付いていない、美しく気高い本来の『聖剣ガラティーン』を抜き放った。
泥臭い排熱の駆動音など、一切しない。
ただ、剣を抜いたというその事実だけで。空を覆っていた分厚い暗雲が内側から黄金色に発光し、パキリと音を立てて消滅していく。
「さあ、お天道様の時間だぞ! 日陰者の魔族共!!」
ガウェインが、聖剣を上段に振りかぶる。
現在、アッシュが命を削ってようやく出せるような高圧の蒸気ではない。純度百パーセントの、暴力的でありながらどこまでも神聖な『太陽の炎』が、刃の先端に直径数十メートルの巨大な光球となって収束していく。
「『陽光の聖剣』ッ!!!」
ガウェインが、一切の力みも、骨の軋みもなく。ただ純粋に、力強くその剣を振り下ろした。
――カァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!
音すらも、光の渦に消失した。
ガウェインの剣から放たれた極太の黄金の光の奔流が、戦場を一直線に薙ぎ払う。
悲鳴を上げる間もない。光に触れた魔族たちは、文字通り瞬時に『蒸発』し、大地はマグマのようにドロドロに溶け、遥か彼方にそびえていた岩山が、山頂ごと綺麗に消滅した。
たった一振り。
それだけで、数万の軍勢の半数が、一切の痕跡を残さずにこの世から消し飛んだのだ。
「フッ……相変わらず、美しさの欠片もない大雑把な剣だ」
呆れたように溜め息をついたランスロットが、一歩前に出る。
ガウェインの熱でドロドロに溶けた大地。だがランスロットの純白の足が触れると、そこだけが瞬時に冷却され、一本の氷の道筋ができる。
「だが、見晴らしは良くなった」
チィィィンッ。
ランスロットが、静かに長剣を抜く。放たれた真空の三日月が、逃げ惑う残存の魔族たちを、風景ごと完璧に両断していく。
圧倒的な光の暴力と、絶対的な氷の剣技。
二人の天才が並び立つその光景は、戦場にいる全ての人類の目に、疑いようのない『希望の象徴』として強く焼き付いていた。
ガウェインが、聖剣を肩に担ぎ、白い歯を見せて笑う。
「ハハッ! 見たかランスロット、今日の俺はキレが違うぜ!」
「……ふっ、ただの脳筋の力任せだろう。我が友よ」
二人は背中合わせで、楽しげに言葉を交わしていた。
そこに、迷いや焦りはない。圧倒的な強者の余裕と、互いへの絶対的な信頼だけがあった。
……。
…………。
そして、現在。
王都キャメロットの尖塔の上で、ランスロットは一人、冷たい夜風に吹かれながら星空を見上げていた。
「(……あの太陽は、もういない)」
雪山で見た、泥だらけのアッシュの姿が脳裏をよぎる。
骨に鉄屑を打ち込み、火の粉と泥水を撒き散らしながら、ハッタリだけで必死に牙を剥く、あの醜悪で痛々しい『偽物』。
かつてのガウェインの気高さとは似ても似つかない、どん底を這いずるような「生への執着」。
「……なぜだろうな。我が友よ」
ランスロットは、冷たい瞳の奥に微かな熱を帯びて、ポツリと呟いた。
「あの偽物が放った泥臭い火花が……時折、ひどく眩しく思えることがあるのだ」
圧倒的な才能で世界を照らした、本物の太陽。
そして、自らを燃やし、泥水啜ってでも光に手を伸ばそうとする、偽りの火の粉。
静寂の王都。
円卓の最強の騎士は、遥か遠く、死の待ち受ける旧大陸へと向かう『泥まみれの太陽』の明朝の出立を。ただ静かに、そして密かな期待と共に見送っていた。
白亜の王都から、彼らが再び生き汚く火の粉を撒き散らして帰還する日を待ちわびるように。
幕間、お読みいただきありがとうございます。
今は亡きガウェインの現役時代。
彼とランスロットさえいれば人類は救われると、みんな信じていた。
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