■番外編.ある男の記憶(きろく)② ???視点
僕は路地裏で目を覚ます、身体中が痛い。
あの後、僕は衛兵達に楯突き少年を逃がした。少年は無事に逃げれたであろう、その対価として僕が貴族様の怒りを買いーー衛兵にこっぴどく痛めつけられたのだから。
昼日中の出来事で人目もあったためか、処刑されるような事はなく鬱憤の捌け口になっただけで済んだようだ。
「……痛っ……」
狭い空を見上げながら体を少し動かすと鈍い痛みが全身に響く、打撲だけで骨折はしていないし深い傷はない。僕の持つ『技術』で致命傷を避けるくらいはできる。攻撃自体を全ては躱せないし、衛兵を退けるような力が無いのはこの技術の難点ではあるが。
僕には一部の記憶と共に、体に染み付いていた『技術』があった。
それを修得するに至った記憶は勿論ないが、それでもどう使えばいいかは体が勝手に覚えている。
(……けど、この技術が何故に僕に備わっているのかは理解できない。僕の生まれによるものなのか、それとも……僕の知らない『前職』による経験か)
表通りからは通行人が通りすぎながら倒れている僕をちらちらと見る。が、当然の事のように素通りで僕に声をかける気もないらしい。
これがいつもの日常、どこかで差別による迫害が起きても『職業』の差があればそれは仕方ないとされて見て見ぬフリをされる。
大々と職業差別の排除を掲げている国でも、裏ではこんな事が毎日のように行われているのだ。職業階級を推進しているような国ではどんな支配が行われているのか想像するだけで恐ろしい。
「……何が平等だ……」
「ほっほっ、よくやるのぅ若いの。大したもんじゃ、久々に骨のある奴に会えたわい」
僕が拳を握りしめ血を噛み締めて呟いた一人言は途中で陽気な声により掻き消される。
よく見ると路地裏の奥、暗がりに一人の老人が座っていた。
「何の得にもなりゃあせんことこそが人が気づかぬ一番大切なものじゃ、皆それを理解しとらんのぅ」
陽気な老人は呆けている僕に向かってよくわからない事を呟く。一体何者なんだろうこの老人は、と思考している間にも絶え間無く話し
かけてくる。
「仕事もそうじゃと思わんか? 皆やっとる事は取るに足らんことに過ぎん。一人が何をしとったって世界は動かんし、役にも立たん。じゃが……その一人がおらんくても世界は動かんのじゃよ。それが一番大事な事なんじゃ。かつてそれを体現した男がおった……名を【アラン・ピンカー】」
ズキッ
老人は、僕の脳が記憶していた恩人の名前を何気に呟いた。そのせいなのか再び軽い頭痛が僕を襲った。僕は老人に問う。
「【アラン・ピンカー】……その人が何者なのか知っているんですか!?」
「……ほっほっ、勿論知っておるとも。知りたいのであれば来るかの? 【アラン】が辿った道と同じ場所に」
そう言って老人は僕に手を差しのべる。
正直なところ、僕は失った記憶にあまり固執してはいなかった。それよりも今を生きることの方が大切だと思っていたからだ。
だけど、その恩人が僕にとって何であるのかだけはずっと知りたかった。
僕は迷う事なく老人の手を取る。
「ほっほっ、お主はこれからギルドマスターとなり仕事と向き合うのじゃ。【アラン】が遺した職業……【警備兵】となってな」
「……【警備兵】……」
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それから僕は【カール】と名乗り、様々な協力と支援を得て警備協会を設立した。警備ギルドにはそれから様々な人間が入っては消え、僕を含め残っている同志は四人だけとなった。僕と同じように【アラン・ピンカー】に救われた亜人のエア、孤児だったビリー……そして、僕を誘った未だに謎の多いジレ爺。
警備協会の仕事はどれも奴隷のようなものだった、それでもここまでやってこれたのは……【アラン・ピンカー】への崇拝心と、あの時ジレ爺が言ったーー『得にならないものこそ一番大切なもの』という曖昧であり真理でもあるような教えが未だに心に残っていたからだ。
「………」
僕は空を見上げながら街を歩く。
人々は相も変わらず偏見と蔑視を込めた視線を自分より下の立場の人に向けるのを止めないし、差別もより一層浮き彫りとなっていた。更には異界人達が頭角を表し始めた事により今世界は混乱に満ち溢れている。
「………なにも……変わってないじゃないか……ふふ……」
ジレ爺もエアもビリーもいなくなってしまった。
仕事でもない、何の得にもならない余所の国の警備兵を救けるためだと言って飛び出して行った。
僕は、これ以上【警備兵】の名を汚さぬように教会に向かう。三人の除名と職の剥奪を申請するために。
「………残念だったね、君達が一生懸命やってきた仕事は何のかたちにも残らなかった……無駄なことばかりやっているからだよ……もう、終しまいにしよ……」
「あっ! カール君っ! いつもありがとうねっ!!」
突然、女性の声で僕の名とお礼が聞こえる。見ると料亭らしき店の前で恰幅の良いおばさんが僕に笑顔で頭を下げていた。
(……誰だっけ? もう三年近く街にいるから見かけたことくらいはあるかもしれないが……面識はない。何故僕の名前を……)
おばさんは僕の心を読んだかのように続けて言った。
「警備協会の局長さんだろ? たまに見かけたことがあってねぇ。カール君は有名だから顔は知ってるよ。いつ声をかけようか迷っちゃったけどねぇ」
「……何故僕に礼を?」
「そりゃあいつも助けてもらってるからさ。カール君だけじゃない、猫の子にもツッパリ君にもお爺ちゃんにもお礼を言っておいておくれよ、みんなが毎日街の掃除を引き受けてくれるからアタシ達は助かってるのさ。この時期は害虫とかも活性化して繁殖するからねぇ。今度ウチに食べにおいで! ご馳走するからさ!」
何と言っていいのかわからず、僕が思考していると……おばさんの言葉を皮切りにその場にいた通行人達が口々に僕にお礼を言ってきた。
「あぁ、君か。いつも助かるよ、ありがとう」
「みんなが嫌がるような事を進んで引き受けてくれて助かってるよ」
「君達がいなかったら害虫で溢れてただろうねぇ、大声ではいえないけど……兵士達は傲慢だからやってくれないだろうからねぇ」
「そうだな、だから警備兵達に仕事を押し付けてるんだろう。よく我慢してくれてるよ」
「それに自主的に街道で検問もしてくれてるんだろう? 兵士達だけじゃあ怠慢で変な奴が入ってこないか不安だったんだ」
「そうそう、本当に陰で色々してくれて助かる」
「「「「「ありがとう」」」」」
『何の得にもなりゃあせんことが人が気づけぬ一番大切なものなんじゃよ』
僕の頬を、何故か一粒の涙が伝う。
それが何に由来したものなのかはわからない、ただただ、嬉しかったのかもしれない。
ようやく、あの時の真意に一歩だけ近づけたことが。
(……無駄なことだと……無駄な考えを持っていたのは……僕の方だったんだ……)
この世界に無駄なことなんてないように、無駄な仕事なんて一つもない。得にならなくても、知らないうちに誰かを救っている。
(そうだ、それこそが……【アラン・ピンカー】の生き様だった)
すると、人混みの中からおずおずと申し訳なさそうに近づいてくる一人の少年がいた。
この少年には見覚えがあった、一年前……僕が衛兵から逃がした建築場で働く少年だった。
「……お兄さん、あのとき……逃げてごめんなさい……ずっとお礼が言いたくて……でも……街に近づくのが怖くて…………ありがとう、お兄さん」
「………ふふ、いいんだよ。君のおかげで……僕も大切なものを思い出すことができた、ありがとう」
僕は少年の頭に手を乗せ微笑んだ。
そして、街の外へ向かって歩き出す。得にもならない、大切なものを取り戻すために。




