第9話 お隣さんの友達
右ウイング、スリーポイントラインの外側でボールを所持する俺。目の前には広田先輩。
軽いシュートフェイクから右ドライブを仕掛けるが、先輩はなんとか並走してくる。普段からマッチアップしてることによる読みもあるだろうが、インサイドプレイヤーとは思えない機動力の高さだ。
軽く体を当てつつ、ボールをスティールされないためにバックチェンジ――背中の後ろでボールをつきながらストップする。しかし、フィジカル差もあってあまりスペースを作れない。
今までならここからステップバックでスペースを作り、フェイダウェイでも打っていただろうが……そのパターンは先輩も分かりきっている。
よって、レッグスルーから再び右ドライブを選択。先輩の意識が少し右に傾いた瞬間……。
「っ……マジかっ!」
右に重心を乗せた状態から、ディフェンスを軸にするイメージで一気に反転。バックロールで左に切り返す。
ヘルプディフェンスをユーロステップで交わし、最後はブロックを避けながらフック気味のレイアップを沈めた。
その数秒後、試合終了を告げるブザーの音が響く。
「ふぅ……」
「チッ、今日調子いいなお前」
「なんでちょっと不機嫌そうなんですか……」
「マッチアップ相手にあんなボコスカ点入れられて気分良くなるわけねぇだろ」
「……さいで」
普段からマッチアップしているものの、それはあくまで身長的な問題によるもので、元より俺と広田先輩はポジションが違う。なので、あまりライバル意識を持たれても困るんだが……。
「今までが鈍ってたんですよ。それが徐々に戻ってきただけです」
「なんだ、そういうことかよ。てっきり今日は隣が女バスだから気合入ってんのかと思ったぜ」
「馬鹿言わないでください」
ていうか、むしろそれは先輩の方では? 今日はやけにディフェンスがしぶとかった気がする。
最近は同期の一年ともそこそこ話をするようになったが、練習中のペアやマッチアップの兼ね合いもあってやはり広田先輩と話すことが一番多い。
この人は第一印象は少し怖いし、性格も豪胆で強気と俺とは真反対だが、バスケに対する姿勢は真摯なので、意外と話は合わないこともないのである。
デジタイマーの電源を切ってコンセントを抜き、コードをぐるぐると巻きつけてから体育倉庫へと運ぶ。
こういった片付けは具体的に誰がやるか決められているわけではないが、やはり下級生が率先して行うのが暗黙の了解みたいなところはある。
「あ!」
デジタイマーにビニールのカバーを被せていると、後ろからそんな驚くような声が聞こえたので、思わず振り返る。
そこにいたのは、小柄な女子。いや、水無月よりはやや背が高いかもしれない。
服装からして、恐らく女バスの部員だろう。俺と同じようにタイマーを片付けに来たっぽいし。
亜麻色の髪を頭の低い位置で結んだショートポニーテール。小動物を彷彿とさせる愛嬌のある顔立ちは、水無月にも引けを取らないくらい整っている。
「えっと、確か藤咲くんだよね? 同じクラスの」
「え?」
同じクラス?
そもそも、宝生と水無月以外のクラスメイトに認知されていたことが驚きだが、それは一旦置いといて。
流石にクラスメイトとなれば、たとえ話したことがなくとも顔に見覚えくらいはあるはずだ。特に彼女ほどの美少女となれば……。
「んん?……もしかして、姫野?」
「うん! 名前覚えられてて良かった~! 話したことなかったし、もし『誰?』とか言われたらどうしようかと思ったよ」
「そりゃあ……まあ」
彼女が水無月と仲が良いということは抜きにしても、あれだけ目立つ……というか、クラスで一番目立ってるまであるので、流石に名前くらい覚える。
とはいえ、今の彼女は制服では無くバスケウェアを着ているし、髪型もショートボブでは無く後ろで一つに纏めているので、普段とは印象が大分異なって気付くのに時間がかかった。
「そっかそっか、バスケ部に同じクラスの人いないの残念だなーって思ってたけど、男バスの方にいたんだね!」
「ん、そうだな。男バスの方も俺一人だし、気付かなかった」
割とこれがほぼ初対面なのにグイグイ来るな。純真無垢で裏や下心が無いと見て分かるから不快感はないが、中々慣れない。
とはいえ、誰に対してもこんな風に明るく接しているともなれば、クラスの中心人物と言われているのも納得だ。
「だよね! 男バスと女バスって、練習の時間も場所も全く別だし。中学の時はもっと交流があったんだけどなー」
「そうなのか?」
「うん、藤咲くんのところは違かった?」
「あー、俺は中学ではバスケ部に入っていなかったんだ。だからその辺の話はあまり詳しくなくてな」
「そうなんだ! じゃあストバス上がりってこと?」
「言い方はアレだが、まあそういうことになるか」
キラキラと目を輝かせている姫野には悪いが、ストリート特有のトリッキーなプレイスタイルを期待しているのならば、残念ながらその期待には応えられない。
にしてもまあ、水無月や宝生とは違うベクトルで、姫野とも会話が続きやすい。彼女はその性格もあってはっきりとリアクションしてくれるため、つい自分の話が進む。
──しかし、そんな呑気なことを考えていた俺に次の瞬間、彼女から不意に爆弾が落とされる。
「……あ、そういえばさ」
「? なんだ?」
「藤咲くんって、もしかしてことりんと仲良かったりする?」
「ことりん?」
「ああえっと……そう、水無月琴里ちゃんだよ」
「ああ、なるほど……って、は?」
思いもよらぬ名前が出てきたことに、俺の脳はフリーズした。
水無月と俺の仲が良い?……そう考えたってことはもしや、学校外で話してるところでも見られたか?
どうする? 素直で純粋な姫野なら、大人しく口止めに応じてくれそうではあるか? 水無月とも仲が良いし。
内心ヒヤヒヤになりながらも、一応わけを尋ねる。
「いや、急になんで?」
「ほら、最初の日、一緒に教室入ってきてたじゃん? あたしもことりんと仲良いから気になって」
「……あー、そういうことか」
ひとまず、懸念が思い違いであったことに安堵する。
まさか宝生以外にまだ覚えている奴がいたなんてな。もうとっくに忘れ去られてるもんかと。
「あの時は偶然頼み事をされて、そのまま成り行きで一緒に来ただけだ。思えばあれ以降話した機会も無いし、仲が良いとは言えないな」
「……そっかぁ」
「なんか、納得が行かなさそうだな」
「……いやー、ことりんってさ、一見誰にでもフレンドリーって感じだけど、男子に対してはちょっと距離あるっていうか、そういう感じなんだよね。だから、最初の日に男子と一緒に来てたってのがちょっと引っ掛かって……ごめんね、変なこと聞いて」
「いや、別に大丈夫だ」
少し、俺は彼女について勘違いしていたらしい。
姫野は純粋で天然なように見えて、実は人のことをよく見ている。クラスの中心人物という立ち位置も、決して彼女の明るさや善性のみで成り立っているわけではなさそうだ。
……なるほどな。彼女が水無月と仲が良い理由がよく分かった。
「うーん、かなかなならことりんと仲良くなれそうだと思うんだけどなー」
「……一応聞くが、その、かなかな? ってのは俺のことか?」
「うん! 名前、藤咲奏くんだよね? だからかなかな。あ、嫌なら普通に呼ぶよ」
「いやまあ……別に構わないが」
あだ名呼び……友達認定されたってことでいいのか? 何か彼女のお気に召すところがあったのだろうか。
光属性の人間の考えてることはよく分からん。
「そもそも姫野の話だと、水無月って男子と距離を置いてるんだろ?」
「あくまであたしから見た印象だけどね。でも、かなかなってあんまりグイグイくるタイプじゃないし、それでいて意外と話しやすいから、男子の中だとことりんと相性良さそうだなーって思っただけ」
「……どうだろうな」
相性が良いかは分からないが、それなりに良い関係を築けている気がする、などとは当然言えないため、そう濁す。
「っと、ちょっと話が長引いちゃったね。下校時刻も近いし、そろそろ戻ろっか!」
「ああ」
これ以上話しているといつボロが出てもおかしくなかったので、ちょうどよく話を切り上げてくれた姫野に内心感謝する。
片付け終わったデジタイマーの傍を離れ、俺たちは体育倉庫を後にした。
部室棟の手前で姫野と別れ、一息つく。
すると、後ろから誰かにガタっと肩を組まれる。
「うおっ!」
「おいおい、さっきの子、一年で有名な姫野夕奈ちゃんだろ? 何話してたんだよ?」
「はぁ……別にただの世間話ですよ、広田先輩。クラスが同じなんです」
「お前も隅に置けねぇなぁ! 藤咲!」
「暑苦しいから早く離れろ、あと汗臭い」
「アァ!?」
まったく、どうして俺の周りにはこういうのを揶揄う輩ばかりなんだ。




