第8話 通学路にて
水無月にお裾分けをした翌日。
普段通りの時間に家を出て通学路を歩いていると、覚えのある感触に後ろからトントンと肩を叩かれた。
「おはよっ」
「!……水無月か」
「え、そんなに驚く?」
「まさか登校中に話しかけてくるとは思ってなかった」
「あー、確かに初めてかもね」
そっかそっか、と水無月は頷くと、そのまま俺の横に並んで歩き始める。
……あ、やっぱり一緒に行くのね。知ってた。
こうして並んで学校に向かって歩いていると、初日を思い出す。なんだかんだ、あれから既に一週間以上が経っている。早いものだ。
「そうそう……丁度いいし、これ返すよ」
そう言って水無月が鞄から取り出したのは、ランチバッグ。そしてその中から出てきたのは、ランチクロスに包まれたお弁当箱のようなもの。
「って、昨日のタッパーか。……学校じゃないとはいえ、お前、もう少し周りを警戒した方が良いんじゃないか?」
「大丈夫大丈夫。この辺にウチの高校の生徒が全然住んでないのは君も知ってるでしょ?」
「それはそうだが……」
それでも、そういう小さな油断が秘密の露呈に繋がるのが、ラノベのテンプレ展開なんだぞ。俺は詳しいんだ。
水無月琴里はガードが堅いという男子達の噂への信憑性は、すでに俺の中では薄れつつあった。決して無防備ではないが、案外適当というか、詰めの甘いところがある。
「いやー、にしても凄いね君。お母さんの料理にも負けないくらい美味しかったよ」
「それは流石に大袈裟だと思うが……まあ、口にあったようで何よりだ」
あまり過剰に持ち上げられるとむず痒くなるが、褒められて悪い気はしない。暇だったからとはいえ、凝って作った甲斐があったものだ。
「いや本当に。私と同じ年しか生きてないのに、どうやったらそんなに料理が上手くなるのか知りたいくらい」
「ん-、どうやったらか……俺の場合、昔から毎日やってたら自然と身についたってだけだからな。悪いがあんまり参考にはならないと思うぞ」
俺がそう返すと、ぽつり、と会話の糸が途切れた。
不思議に思い、隣を歩いている水無月に視線を向けると、彼女の表情は固まっている……いや、よく見ると僅かに目を見開きながら俺のことを見ていた。
が、そんな沈黙も長くは続かず、水無月は目を逸らして視線を前に戻すと、いつも通りの声色で言葉が返ってきた。
「ま、そうだよね。一気に上達する裏技なんてない、経験あるのみってわけだ」
「料理、する気あるのか?」
「んー……無くはない、かな。私自身は別にできないのがダメだとは思ってないけど、できるに越したことはないし。ほら、家庭的な女の子って良くない?」
「珍しく俗っぽい考えだな」
「そう? 割と普通の女子高生してるつもりだけどな、私」
「どうだか」
こうして学校外で話す時の水無月は割と適当な性格だが、そのくせ妙に達観しているところがある。
先ほど一瞬黙り込み、その後話題の深掘りをしなかったのも、恐らく俺の家庭事情を察してのこと。それは単なる気遣いというよりも、他者に介入しすぎないという彼女のスタンスによるものだろう。
ちなみに俺自身、家の事情については、すでにある程度割り切れている。
父さんを置いていった母親については、当時はかなりのショックを受けたものの、もう六年近く前の話だ。今は心底どうでもいい。あるのは男手一つで育ててくれた父さんへの感謝と尊敬だけ。
だから別に、もし仮に昔から料理をしている理由を尋ねられれば普通に答える。だが、それはそれとして、そこで一歩立ち止まって距離感を保とうとしてくれる彼女の姿勢には素直に好感が持てた。
そうこう考えているうちに、高校の最寄り駅が見え始め、見慣れた制服の学生達がチラホラと視界に入る。
水無月もそれに気づいたのか、一度こちらを振り向いて言った。
「っと、そろそろか。じゃ、私先行くね」
「ああ」
軽く手を上げてから早足で先に進んでいく水無月の後ろ姿を眺めながら、俺は歩くスピードを気持ち緩める。
同じ方向から一緒に歩いて登校してきたのを見られて、あらぬ疑いを掛けられるのは避けたい。初日と同じ轍は踏まないのだ。
改札から出てきたクラスメイトと笑顔で挨拶を交わす姿を見ていると、彼女がクラスの高嶺の花的存在と呼ばれる理由も少しは分かる気がする。
学校での彼女と学校外での彼女は、表情や仕草、口調はそこまで変わらない。にも関わらず、少し遠くから見るだけでこうも別人のように見えるものなのか。
どちらが本物の彼女なのか、なんて考えるのは野暮なことだ。ただ俺は、彼女の普段とは違う側面を偶然知ることになっただけ。
などと、面倒臭い哲学的論理を頭の中でこねくり回すくらいには、いつも通りの登校風景が今日はやけに色褪せて見えた。




