第7話 気まぐれとお裾分け
午後の授業を終え、迎えた放課後。
今日は部活が無い上、六限の授業が無い短縮日課だったので、この後はいつもより時間がある。
とりあえず宝生を適当に遊びに誘ってみたが、何やら今日は用事があるからと断られた。いや、用事ってなんだよ用事って。
仕方ないので、一人寂しく帰宅。いや、ぼっちには慣れているから寂しくは無いけども。
……暇だし、久しぶりにちゃんとした夕飯でも作るか。
作り置きがマズいわけではないが、やはり作りたてのものと比べれば質は落ちる。
料理はやむを得ない理由から始めて身につけたスキルだが、今となっては趣味の一つと言っても過言では無い。
冷蔵庫を開けて、中を順に確認する。鶏もも肉、豆腐、にんじん、ほうれん草。卵もあるし、味噌も切らしてない。
頭の中でざっとメニューを組み立てる。主菜は鶏の照り焼き、副菜はほうれん草のおひたしと、にんじんのきんぴら。汁物は豆腐とわかめの味噌汁。ご飯はすでに炊いてあるので問題ない。
まずは味噌汁から手をつけていくか。
鍋に水を張って火にかける間に、豆腐をさいの目に切る。
湯気が上がり始めたところで、だしを入れて、豆腐と乾燥わかめを放り込む。味噌は後だな、と火を弱めてそのまま置いておいた。
次に副菜。ほうれん草はさっと洗って、別の鍋で軽く茹でる。
鮮やかな緑に変わったところで引き上げて、水にさらす。
ぎゅっと絞って、食べやすい長さに切ると、それだけでそれっぽい見た目になるから不思議なもんだ。
醤油と少しのだしで和えて、小鉢に盛る。
にんじんは細めの千切りにして、フライパンへ。ごま油の香りが立ち上ると、それだけで食欲を刺激される。
軽く炒めてから、砂糖と醤油で味をつける。火を通しすぎないように気をつけることで、しゃきっとした食感を残せるのだ。
最後に主菜。鶏もも肉の余分な脂を軽く取って、皮目から焼く。じゅう、といい音がして、フライパンの上で肉がゆっくり色づいていく。
焦げ目がついたのを確認して裏返し、少し火を通したところで、みりんと醤油、砂糖を合わせたタレを流し込んだ。
ふつふつと煮詰まっていくタレを、スプーンで何度かすくっては肉にかける。照りが出てきて、見た目が一気に料理らしくなってきた。
その合間に、さっきの味噌汁に味噌を溶く。沸騰させないように気をつけながら、味を整えると、落ち着いた香りがふわっと広がった。
全部を皿に盛りつけて、テーブルに並べる。ご飯、味噌汁、主菜と副菜が三つ。きちんと一汁三菜の形になっているのを見て、なんとなく満足感が湧いた。
とはいえ、少し作りすぎたな。作り置きをする時は一週間分のメニューから逆算するので食材を余りなく使いきれるのだが、一人分に全て使うとどうしても作りすぎてしまう。
まあ別に問題ない。残った分はまた後日の作り置きにすればいいのだから。
と、考えていたのだが、ふと俺は先週のある出来事を思い出した。
『藤咲くん。いや、藤咲さん。お裾分けとか、恵んでいただけたりしませんかね?』
……そう言えばそんなこともあったっけか、と思うくらいにはその約束は頭の中から抜けていた。
あれ以降水無月と全然会話していなかったので、忘れていたのも仕方ない。
本人はどうしても必要になったら連絡すると言っていたが……まあ、俺が勝手にお裾分けする分には隣人からのご厚意の範疇だろう。もしいらないと言われても先ほど言った通り作り置きにすればいいし。
そうと決まれば、早速本人に尋ねてみよう。
玄関から外に出て、すぐ隣の部屋のインターホンを押す。普段は積極的に外に出たがらない俺だが、ここまで近ければ足も軽くなるものだ。
『はーい』
普段と変わらない声色の返事が返ってきた。
うちのアパートのインターホンはモニターがついていないので、この場で誰だか伝えなければならない。
「あ、どうも。隣の藤咲です」
……流石に他人行儀すぎないか?
いや、「俺だ」とかで伝わるような距離感でも無いし、あまり警戒させないようにと考えた結果こうなってしまったのだ。
『え、藤咲くん? これまた珍しい。なに、急にどしたの?』
そんな俺の不自然な挙動を気にすることも無く、水無月は用件を尋ねてくる。
「夕飯が大分余ってるんだが、良かったらいるか?」
『……え、お裾分け? いいの? まだ私から頼んでもないのに』
「この前の話とは関係なく、ただの気まぐれだ。別にいらないなら断ってくれていい」
『いや欲しい。なんならベストタイミングだよ。丁度そろそろ夕飯の調達に出かけようと思ってたから』
「そうか。じゃ、今から準備してそっちに持ってく」
ということで、無事に余り物の受け入れ先が決まったので、部屋に戻って作った主菜と副菜、ついでにご飯を上手いことタッパーに詰める。普段から弁当を作って学校に持参しているため、この辺は手慣れたものだ。
再びインターホンを鳴らすと、今度は通話が繋がるのではなく、その代わりにガチャりと扉が開いた。
「やっ、藤咲くん」
「おう」
扉の隙間からひょこりと顔を出した水無月の軽快な挨拶に、俺も気の抜けた挨拶を返す。
中から現れた水無月の姿は、緩めのスウェットとパーカーというザ・部屋着といったスタイル。ポニーテールに結っている髪も、心なしか普段より少し乱れているように見えた。
「ほれ、例の物だ」
「ふむ、確かに」
水無月は俺の些細なおふざけに乗りつつ、そのままタッパーの中身を覗き込んだ。
「鶏肉の……これは照り焼きかな?」
「ご名答」
「後はきんぴらにほうれん草のおひたし……てか、ご飯まで入ってるじゃん」
「必要無かったか?」
「いや、助かるよ。今から自分で炊くと時間かかるし」
「……失礼ながら言わせてもらうが、水無月って自分で米炊いてるんだな」
「いや、本当に失礼だね。まあとはいえ、つい先週から始めたから言い返せないけど」
最近はお米の値段もかなり上がっているが、それでも長い目で見れば自分で炊飯をした方が食費は安く済む。
「今更だけど、本当に貰っていいの? これ」
「余り物だからな。断られたら作り置きにするつもりだったが、食べきれるとも限らんし、どちらかと言えば貰ってくれた方が有難い」
「なら遠慮なくいただくよ。ありがと」
そう言ってお裾分けを受け取った水無月は部屋に戻ろうとするが、ドアを閉め切る直前でもう一度顔をこちらに覗かせた。
「あ、そういえば、タッパーっていつ返せばいい?」
「え? あー、別にいつでもいいぞ。学校で渡すとかじゃなければ」
「流石にそんな馬鹿なことはしないって」
呆れたようにそう言って、水無月はクスッと笑った。
じゃあね、と軽く手を挙げて、今度こそパタンと扉が閉まる。
吹き抜けてきた冷たい夜風が体を冷やす中、俺はしばらく廊下に佇む。
特に長い与太話もせず、お裾分けを渡すだけという実にあっさりとしたやり取り。それは決して、隣人としての域を出るようなものではない。
だが、そんな彼女との近すぎず遠すぎない距離感を、案外俺は気に入っているらしい。




