第5話 金欠なお隣さん
久々の激しい運動を終えてくたくたな体で家路を辿る途中、最寄りのスーパーに立ち寄る。
かごも持たず、一直線に目的のブツの売り場に直行。
「お、あった」
プロテイン。粉の入った大きな袋ではなく、小さな紙パックの方だ。
体作りにおいて最も大切なのはやはりタンパク質。もちろん運動も必要だが、食事を疎かにすればただ筋肉を破壊するだけだ。
コンビニよりはマシとはいえ、やはり高い。粉のタイプを買ってシェイカーで飲む方が安く済むのは分かっているが、運動後は出来るだけ早く摂取したいので、今回は妥協する。
タンパク質の量が15gのものと、20gのもの。値段は後者の方が少し高い。
……この後夕食を食べるし、15gの方で良いか。決して値段を見て日和ったわけじゃないぞ。
あとは味か。普段はチョコレート風味のを飲んでいるし、たまにはバナナ味でいこう。
プロテインを手に取って飲み物売り場を後にし、他に何か買いたいものがあったかを思い出しながら歩く。
まだ引越しから一ヶ月も経っていないため、調味料は切らしていない。料理は週末にまとめて行うので肉や魚は論外。
……そういや、今朝でちょうど食パン切らしてたっけか。
基本的に自炊をしている俺だが、朝食は割と軽く済ませる派だ。そのために、食パンは欠かせない。
惣菜パン売り場に移動し、食パンを選ぶ。プロテインとは違い、こちらは迷いなく普段食べているものを……。
……手に取るその前に、肩に既視感のある感触がする。
「もう驚かんぞ、俺は」
「ありゃ、もういっそのこと『だーれだ?』くらいやんなきゃダメか」
「もしマジでやったら流石に距離感バグりすぎてて引くぞ。てか、身長差的に目隠せないだろ」
「むっ、確かに」
正直、肩を触られるだけでも大分距離近くないかとは思う。陽キャならこれくらい普通なのかもしれないが、俺としては気が気でない。
「何気にスーパーで会うのは初めてか」
「帰り道に寄れるなら寄る、考えてる事は同じってわけだね」
このスーパーは最寄りとはいえ、アパートから歩くには微妙に面倒臭い所にある。
対して最寄りのコンビニはアパートを出てすぐのところにあるので、水無月とはそっちで遭遇することがほとんど。
とはいえスーパーは高校までの通学路上にあるので、水無月も言った通り学校帰りにフラッと立ち寄れるのが便利なところだ。
水無月は俺の手に持っているものを見て、意外そうに呟く。
「君、プロテインとか飲むんだ」
「ヒョロガリで悪かったな」
「ふっふっふ、私は知ってるぜ? 藤咲くんは一見すると細身だけど実は結構筋肉質なタイプだって」
「何を根拠に」
「肩」
冗談だと思いながら聞けば想像以上にガチな答えが返ってきて、つい固まる。
そんな俺の様子を見て、彼女は少し焦ったように早口で捲し立てた。
「あ、いや、別に毎回そういうつもりで触ってるわけじゃないからね?」
「分かってるけど……その言い方だと苦しい弁明にしか聞こえんな」
「違うから。マジで」
真剣な顔で否定する水無月に、思わずクスッと笑みがこぼれる。それに対して水無月はムッとした顔になるが、可愛いらしいだけで迫力は全然ない。
「水無月は夕飯か?」
「ん、まあね」
彼女の持つカゴの中には、小さめのお惣菜とサラダ、そしてお湯を入れるタイプのカップの味噌汁。
「相変わらず、不健康なりに健康に気を遣った飯だな」
「うわ辛辣」
以前にコンビニで何度か彼女に遭遇しているため、彼女が自炊をしていないこともすでに知っている。
「大体、この前まで中坊だった私にいきなり自炊しろって方が無理な話でしょうに」
「まあ、確かに」
中学生までで料理をする経験は、精々学校の調理実習か親の手伝いくらいだ。
簡単な料理がいくつか作れたとしても、毎日の献立を考えるほどのバリエーションは一朝一夕では身につかない。
彼女はまだ一人暮らしを始めて一ヶ月も経っていないわけだし、コンビニやスーパー頼りになってしまうのも仕方ない。
まあ、彼女なりに栄養バランスは考えているようだし、健康に関して俺が気にするところは無い。
むしろ気になるのは……。
「というかお前、食費は足りるのか?」
「……実を言うとですね、今月はヤバいかも」
「やっぱりか」
彼女も一人暮らしである以上、親からの仕送りで生活しており、使える金額には限界がある。
アルバイトでも始めればそこは解決するだろうが、高校生になったばかりの四月はそうもいかない。
とはいえ、自炊していないにしても買うのがスーパーの惣菜だけならばかなり安く済むはずだ。
となると……。
「サラダの分か」
「そうそう。あと、序盤にコンビニしか使ってなかったのも失敗したなぁ」
とはいえ、そこに関しては本人もこだわりがあるようだし、サラダを買わず惣菜と白米だけというのは流石に不健康と言わざるを得ない。
「まあ、娯楽代を削ればなんとかなりはするけどさー」
不覚、といった様子で口をすぼめる。自業自得といえば自業自得だろうが、その顔を見ると少し可哀想に思えてくる。
すると、水無月はハッと何かを考えついたような顔になり、俺の方に向き直った。
「藤咲くん。いや、藤咲さん。お裾分けとか、恵んでいただけたりしませんかね?」
藁にもすがる思いで、という言葉に相応しい上目遣いだ。普通は頭を下げるところだろうが、コイツは男という生き物をよーく理解しているようだ。ついでに自分の容姿の良さも。
俺が自炊してることを教えるんじゃなかったな……。
「まあ、副菜とか汁物は作りすぎることも多いし」
「……!」
「今月だけな」
「はは、有り難き幸せ」
甘い、と我ながら思う。だが、彼女は高校に入って初めて友好的に接してくれた相手だ。こういう形で頼み方をされたら無下には扱えない。
「といっても大体は作り置きだから、あんまり期待するなよ」
「タダで貰うんだから文句なんて絶対言わないよ」
そうは言ったが、長年やってることもあって料理の腕にはかなり自信がある。
作り置きを始めたのは最近だが、それでもやるからには美味いものを作ってやろうじゃないか。




