第3話 胡散臭い男
「なあ、あの子可愛くね?」
「え? うわホントだ! すげー美人」
「見たこと無いし、多分新入生だよな?」
視線を浴びる、ということにはそれなりに慣れているつもりだった。
中学時代、教室に入ってきただけで向けられる無数の敵意、嘲笑、軽蔑の視線。
当時の俺は全てスルーしていたが、正直アレは結構心に来るものがあった。特に最初の頃は。
それでも、時間が経つにつれて慣れていったし、三年に上がったくらいからは全くもって気にしていなかったと思う。
だから、俺は周りの反応が気にならない側の人間になったんだと、そう思い込んでいた。
⋯⋯まあ、結局それは甚だしい勘違いだったわけだが。
好奇の視線というのは、どうも悪意や敵意のソレとは性質が異なるらしい。
傷つきも不快になりもしないが、どうも慣れないというか、居心地が悪い。
入学初日にも関わらず、男女問わず多くの生徒たちが隣を歩いている彼女に目を奪われている。
そんな状況でも、当の本人は特に気にする素振りも無く、事前に資料と共に配布された校内図を片手に「んー⋯⋯?」と唸っていた。
俺が悪意に慣れたのと同じように、彼女もまたこういう視線に慣れているのだろう。
それはそうとして、今俺の頭の中には一つの疑問が浮かんでいた。
「⋯⋯なあ、これちゃんと一年の教室に向かってるのか?」
未だに校内図に釘付けになっている水無月にそう問いかける。
周囲の生徒たちの彼女への反応からして、彼らは新入生では無く二・三年生のように思えるんだが⋯⋯。
「⋯⋯実を言うと、分かんない」
「マジか」
俺は校内図を持って来なかったので、持っている彼女に道案内を任せて着いて来たのだが、どうやら失敗だったらしい。
思えば、途中から同じ方向に歩いていく新入生を見かけなくなった気がする。その時に気づくべきだったか。
「ちょっとそれ貸してもらっていいか?」
「え? あ、うん」
水無月から校内図を受け取り、ここが二・三年のいずれかの教室があるフロアであるという仮定をもとに現在地を特定する。
……なるほど、一年の教室は三年のフロアの真上にあるのか。ほんでもって今いる場所は三階だから……。
「ここ、二年のフロアだな。一年のフロアとは校舎も違うらしい」
「薄々感じてたけど、やっぱり?……てかこれ、時間ヤバくない?」
「ヤバいな」
「……急ごっか」
校内図を見て一年の教室への経路を頭に入れ、ギリギリ走らない程度に急ぎながら水無月を先導する。
「ごめんね、私のせいで」
「いや、お前に任せっきりだった俺も悪いし、気にすんな」
「そう言ってくれると助かるよ」
一度階段で二階へ降りてから、空中廊下を通って向こう側の校舎に渡り、そんでもって再び階段を上る。
幸いなことに、集合場所である303教室は階段からほど近く、すぐに辿り着くことが出来た。
ガラガラと後ろ側のドアを開けて中に入ると、教室内ではすでにほぼ全員が着席していた。
こりゃ遅刻か、と思いながらも前の壁にかけてある時計を確認すると、集合時間までまだ一分ほど時間が残っている。
なんとか間に合った……は良いが、座っているクラスメイト達からの視線が痛い。
先程上級生からの注目を浴びながらもケロッとしていた水無月でさえ、流石に少し気まずそうだ。
てか、一分前なのにもう着席してるとか、進学校とはいえ皆真面目すぎません?
ひとまず、黒板に貼ってある座席表をなんとか読み取ろうと目を細める。
「水無月はそっちの席だ」
「サンキュ。ていうか、この距離からよく読めるね君」
「明らかに文字数が違うからな」
完全には見えなくとも、そこに書かれているのが藤咲奏か水無月琴里かの二択ならば遠目でも識別できる。
好奇の視線を浴びながらも廊下側の列にある自分の席に座ると、すぐにチャイムが鳴り、同時に担任らしき人が前の扉から入ってきた。
「ふーっ、間に合った間に合った」
気の良さそうな壮年の男性。その柔和な表情は円熟味を帯びていて、どこか大人としての余裕のようなものが感じられている。
「私は今日から君たち一年C組の担任を務める川瀬だ。授業の担当科目は日本史。これから一年間よろしく!」
そう自己紹介して、川瀬先生はニカッと笑みを浮かべた。なんというか⋯⋯ダンディだ。
「早速だけど、このあと入学式がある。大体9時15分頃に教室を出発するつもりだから、時間になったら廊下に出席番号順で並んでくれ。それまでは各自自由にしていてくれて構わない」
川瀬先生がそう言って話を締めると、クラスは一気に溢れたかのような喧騒に包まれた。
さて、どうしようか。脱ボッチを目標に掲げる俺にとって、この時間は非常に重要だ。
などと考えていると、前の席に座っている生徒がこちらを振り返り、俺に向かって話しかけてきた。
「や、プレイボーイくん。ちょっと話し相手になってよ」
ソイツの顔を見て、俺は驚いた。
イケメン……だと……?
柔らかそうなライトブラウンの髪は、一見すると無造作だが、よく見ると丁寧にセットされているのが分かる。
パッチリと開いたタレ目からは、包容力のようなものが感じられた。
第一印象は、優しくて性格の良さそうなイケメン。
しかし、彼の発した言葉も相まって、その次の印象はどこか胡散臭いというか、腹黒そうな男といった感じだ。
「別に構わないが、その前にその意味不明な呼び名についての説明を求める」
その女ウケの良さそうな容姿、どう考えてもお前の方がよっぽどプレイボーイっぽいだろ。
「そりゃあ、入学初日からあんな可愛い子と一緒に、それも遅刻して登校してきた奴を、プレイボーイと呼ばずしてなんて呼べばいいのさ」
「それは偶然頼まれ事をされて、そのまま流れで教室まで一緒に来ただけだ」
「じゃあ遅れてきたのは?」
「校舎に入ってから迷ったんだよ」
「ふーん、随分と古典的な誤魔化し方だね。……で、本当は?」
「鬱陶しいぞ」
「ははっ、ごめんって。冗談だよ冗談」
本当かよ……と思いながら、ケラケラと笑うイケメンを軽く睨む。
俺の顔色を窺って誤魔化したわけではなさそうだが、強い好奇心があったのもまた嘘ではなさそうだ。
「あ、ちなみに僕宝生結斗ね。君は?」
ソイツ……宝生は俺のジトっとした視線を微塵も気にする様子もなく、そう軽妙に自己紹介した。
「俺は藤咲奏だ。断じてプレイボーイなんかじゃないぞ」
「悪かったって。藤咲ね、覚えた覚えた」
宝生はそう言ったものの、コイツは初対面の相手にいきなりああいう絡み方が出来る男だ。間違いなく校内でも顔の広い男になるだろうし、一週間後に俺の名前を覚えているかすら怪しい。あと何より胡散臭い。
とはいえ、かれこれ五年以上拗らせボッチだった俺からすれば、入学初日から人と話せているだけでも大層有難いことだ。無下にする理由もない。
「にしても、藤咲は中々ツイてる男だね。初日からあんなに可愛い子と面識持てるなんてさ。あの子、絶対これから人気出るよ」
「だろうな」
宝生の視線の先である窓際の後ろの方を見ると、水無月はすでに何人かの女子達と打ち解けているようで、楽しそうに談笑している。
「で、藤咲は狙うの?」
「何でもかんでもそういう話に持ってけば良いってもんじゃないぞ、宝生」
「分かってないなぁ。同性同士でする話といったらまず恋バナでしょ」
「んなわけあるか。お前が恋愛脳すぎるだけだろ」
「初対面の相手に対して辛辣だねぇ」
「自分が初対面の俺に対してなんて話しかけてきたか、もう忘れたのか?」
「あれはちょっとした冗談じゃんか、初対面の会話の緊張を解くための」
実際に話してみて確信した。コイツは決して心優しい善良なイケメンなんかじゃない。良い性格はしているが。
「で、実際どうなん?」
「この流れでまだ続けるとか図太いなお前。はぁ⋯⋯大体、俺が女子を狙うだとか、そういう事言うようなタイプに見えるか?」
「いや全く」
「お前なぁ……」
答えが分かっているのにわざわざ聞いてくるのは、単に俺をおちょくりたいだけだと言っているようなものだ。
「てか、そういうお前はどうなんだよ、宝生」
「え、僕?」
俺がそう尋ねると、宝生は予想だにしていなかったといった様子で驚いて固まった。雑なカウンターのつもりだったのだが、思いのほか動揺しているように見える。
「……いや、無いね」
「意外だな。てっきり自分が狙ってるから俺を牽制するつもりだったのかと」
「お前が僕のことをどういう目で見てるのかが良く分かったよ」
ただの好奇心にしては妙にしつこかったのでそんな推測を立てたが、それはあらぬ疑いだったらしい。……つまり、あのウザさはデフォルトというわけだ。
「ちなみに理由は? 自分からそういう話振ってきたわけだし、別に興味ないってわけでもないだろ?」
「……それは秘密」
宝生は人差し指を口に当てながらそう言った。なまじ見てくれが良いせいでやけに様になってるのがウザい。
にしても秘密ね。大方すでに彼女の一人でもいて、付き合っているのを公開したくないとかそんなところだろう。
そうして宝生と雑談を交わしているうちに、徐々にクラスメイト達が廊下に並び始めたので、俺達もつられて教室を出る。
初対面の同級生と互いに「何番?」とよそよそしく出席番号を尋ね合いながら、自分の位置に並ぶ。
「何番?」
「24」
「やっぱり。僕25」
藤咲と宝生、五十音順で近いことから薄々察してはいたが、出席番号でもこの胡散臭いイケメンと俺は並んでいるらしい。前後関係は逆転したが。
自分の座っていた位置からして、教室の席順は出席番号とは無関係のはずなので、完全に偶然。
……コイツとは長い付き合いになりそうだな。
内心ため息をつきながらも、どこか楽しみにしてしまっている自分がいる。
……なるほど、やれやれ系主人公ってこういう心情から生まれるのかと、俺は一人納得するのだった。




