第2話 定められた偶然
『──悪いが、今後俺には一切関わらないでくれ』
『はあ!? なんだよそれ!』
唐突な俺の一言に、友人たちは憤慨する。
『俺は忙しいんだよ。お前達と遊んでいる暇なんてない』
『チッ、折角仲良くしてやってたのにさー』
『みんな、こんなやつなんてもういいから行こうぜ』
ああ、やはり俺は間違っていなかった。仲良くしてやってた、なんて思っている連中とこれ以上馴れ合う必要なんざ無い。
表面上は友達だったとしても、蓋を開けてみればこんなものだ。
さて、もうこれ以上彼らと話すこともないし、早く帰ろう。俺にはやらなければならないことがある。
重い瞼を開けると、窓から陽の光がじわりと差し込んでくる。今日はそれがやけに鬱陶しい。
「またこの夢か……」
俺が小学五年生のときに、あることがきっかけで周囲の人間関係を全て断絶すると決めた時の夢。
最近はあまり見ていなかったが、これまで数え切れないほど夢に出てきた、現状俺の人生における一番の黒歴史だ。
当然、結果として俺はその時からぼっちになった。もちろん、同じ学区の生徒が通う中学校でも三年間ぼっちだった。
「同じ失敗は繰り返すなってことなのかねぇ」
何の因果か、今日は高校の入学式当日。
脱ボッチを高校生活の目標に掲げている俺に、夢も警告してくれたのかもしれない。
いや、わざわざ夢に見なくとも、あんな黒歴史二度と繰り返す気ないからね?
新しい制服を身にまとい、鏡に写る自分の姿を確認する。
やや長めの黒髪に、綺麗だがどこか無機質な印象のある眼。
我ながら目鼻立ちは整っていると自負しているのだが、やはりどこか地味というか、印象の薄い顔だと感じる。
まあ顔の印象についてはともかく、身だしなみに関しては一通り問題ないことが確認できたので、俺は軽い学生鞄を手に持って気持ち早めに家を出るのだった。
某地図アプリによると、家から高校までの徒歩での所要時間はおよそ十五分。つまり、実際は二十分前後かかると思われる。
現在の時刻はというと、集合時間の三十分前。学校に着いてから自分のクラスを確認する時間を考慮すれば丁度いいくらいだろう。
途中にあるそこそこ栄えている最寄り駅を通り過ぎると、同じ制服を身に纏った学生の姿がちらほらと目に入り始める。
新鮮な気分を味わいながらのんびりと通学路を歩いているうちに、目的地の建物が見えてきた。
県立東相高等学校。一応、県下の公立高校の中で上から三番目の偏差値を誇る進学校だ。
敷地内に入って、まず視界に入ったのは大勢の人だかり。
とりあえず近づいてみると、その元にあるものが分かった。新入生のクラス分け表が張られた掲示板だ。
俺は一瞬顔を顰めそうになったが、よくよく考えれば別にあの人だかりにわざわざ入っていく必要は無い。
微妙に高い身長と万年Aの視力を生かし、群衆の外側から自分のクラスを確認しようと試みる。
A組から順に自分の名前を探しているそんな時、ふいに後ろから誰かに肩を軽くトントンと叩かれた感覚があった。
なんだ? と思いながらも振り返った俺は、そこにいた人物を見て驚きのあまり思わずフリーズしてしまう。
「水無月……?」
「や、おはよう藤咲くん」
俺と同じ制服を身に纏った隣人は、平然とした様子でそう挨拶した。
「おはよう。同じ学校だったのか」
「ま、あのアパートから徒歩で通えるところって考えたら当然じゃない?」
「……確かに」
一人暮らしなら、当然学校まで歩いて行ける場所にあるアパートを借りるはず。そして、あのアパートから徒歩圏内の高校はここだけ。
そのことを知っていたから、水無月は平然と話しかけてきたのだろう。
あの日以降、アパートの廊下ですれ違った時に挨拶したり、最寄りのコンビニで遭遇した時に軽く話したりと、意外にも彼女との隣人関係はそれなりに続いている。
同い年であることは初対面の時から分かっていたのに、なぜ同じ学校の生徒である可能性に思い至らなかったのか。
「それでさ、知り合いの君に早速一つ頼みがあるんだけど⋯⋯」
「頼み?」
俺が聞き返すと、水無月は掲示板の方へと視線を移す。
……なるほど、そういうことか。
「ついでに自分のクラスも確認してほしい、ってところか?」
「おー、察しが良いね」
「他に頼まれることの心当たりなんて無いからな」
大袈裟な反応をする水無月に対してそう返し、俺はクラス表のある方へと視線を戻して再び名前を目で探す。
「そういえば、水無月の下の名前ってなんだ?」
水無月なんて珍しい苗字が同じ学年に複数人いるとは考え難いが、一応そう尋ねておく。
「琴里だよ。漢字は楽器の琴に里 」
「ほーん、了解」
「ちなみに君の方は?」
「奏だ。漢字は普通の奏でる」
「藤咲奏……なんか、アイドルにいそう」
「……そう言われると確かに」
なるほど、その視点は無かった。前々から中性的な名前なのは自覚していたが、改めて字面を思い浮かべると確かにどことなくアイドルっぽさがある。
「あ、ごめん。つい思ったことがポロッと」
「いや、弁明になってないからなそれ。別に傷ついてないから良いけども」
そんな風に水無月とたわいない雑談を交わしながらも目線は外さず、淡々と自分と水無月の名前を名簿から探していく。
「……お、あった」
「早いね。で、どっちが?」
「両方。二人ともC組だとよ」
藤咲と水無月で五十音順が近いのもあり、俺の名前を視認してからすぐに彼女の名前も見つかった。
「同じクラスかー……こりゃ、ますます隣に住んでることは秘密にしないとね」
水無月が俺にしか聞こえないように声のボリュームを落としながら口にしたのは、後で俺も触れようと思っていた話だった。
「そうだな。まあでも、今日登校してきた感じだとうちの高校であの辺に住んでる奴は少なそうだったし、自分達からボロを出さない限り大丈夫じゃないか」
「まあね。でも、こういう秘密はいずれバレるのがお約束だからなぁ」
「おいやめろよ、本当にそうなる気がしてきた」
彼女と隣人であることが学校で露呈した時のことを想像し、ゲンナリとしながらそう返すと、水無月はクスッと笑った。
「ふふっ、ごめんごめん」
「まあお約束はともかく、警戒しておくに越したことはないか」
「だね。とりあえずLINE交換しとく? 誰かが家に来る時とか、予め伝えておけた方がいいし」
「……そうしとくか」
と、表面上は軽く了承した俺だが、内心ではそれはもう物凄く感慨深い気分に浸っていた。
なんせ、家族もとい父親以外とLINEを交換するのは、なんとこれが初めてである。
というのも、俺がこの文明の利器スマートフォンを手に入れたのは中学生になってからで、その頃にはすでに学校で孤立しており、誰かとLINEを交換する機会など当然無かったのだ。
慣れないながらも水無月のスマホに映るQRコードを自分のスマホでスキャンし、無事にLINE交換が完了する。
「よし。……二度目になるけど、改めてこれからよろしく」
「ああ、よろしく」
そうして俺と水無月の間に、隣人としての関係とはまた別に、同級生としてのまた新たな関係が生まれるのだった。
「さて、じゃあ教室行こっか」
え、一緒に行くのか、と一瞬思ったが、よく考えれば行き先なのだからむしろその方が自然だろう。
……長年ぼっちだったせいで人との距離感が分からなくなってるな、俺。




