第24話 藤咲実という人
「……えっと、奏? 説明してくれるかい?」
……まあ、そうなりますよね。知ってた。
とはいえ、何から話したものか。ひとまず彼女との間柄から……。
「いえ、説明は私がします」
俺が口を開こうとしたところで、水無月がそれを遮るように言った。なら頼むけど、大丈夫そうか?
「初めまして、ふじ……奏くんのお父さん。私は水無月琴里といいます。奏くんにはいつもお世話になっています」
「これはご丁寧にどうも。奏の父の藤咲実です」
良かった。しっかり者モードの水無月に戻ったみたいだ。てか、最初からそうしてくれれば良かったものを。
「それで、君は奏の……彼女、ということでいいのかい?」
やっぱり勘違いしてたか。まあ、そう思われても仕方ない状況ではある。
「いや、違います。私は彼の友達です」
「! そうなのか」
水無月の言葉に目を大きく見開いた父さんは、どこか温かさを含んだ眼差しで俺を見てくる。しかし、すぐにもとの硬い表情へと戻った。
「なるほどね。友達が出来て舞い上がっているのは分かるが、女の子を家に連れ込むのは感心しないな、奏」
「それはそう。だが、事情説明はまだ終わってない。あと、舞い上がってもない」
一人暮らしの高校生が同年代の異性を家に上げるというのが、あまり良くないことであるのは分かっている。その点に関しては、俺も反省すべきところはあるだろう。
ただ、連れ込んだという言い方をされるのは不本意だ。
「えっと、今日は私が料理を教えて貰ってたんです。奏くんに」
「料理?」
「はい。これは私から頼んだことなので、断じて彼に連れ込まれたわけじゃありません」
意趣返しのように水無月がそう言うと、父さんはポカンとした顔になったかと思えば、なぜか口元をふっと緩めた。
「はは、そうかそうか。さっきは済まなかったね、奏」
「別にいい。俺が頼みを受けて家に上げたこと自体は事実だしな」
少し言い方が良くなかっただけだし、謝られるほどのことでもない。
「事情は分かったよ。でも、水無月さんはなぜわざわざ奏に頼んだんだい?」
これまたもっともな疑問だ。普通ならまず家族を頼るだろうからな。
「それは、私も一人暮らしをしているんです。ここの一つ隣の部屋で」
「……それで?」
「実家は遠いですし、他に頼れる相手もいなかったので」
上手いこと濁したな。流石に、花嫁修業のために家を追い出されたとは言えないだろう。
「ほう、つまり消去法ということかな」
「あ、いや、そうじゃなくて……彼には何度かお裾分けを貰ったりしてて、その料理の腕を見込んでといいますか……」
「それだけかい?」
「……えーっと」
根掘り葉掘り聞こうとする父さんに、水無月はしだいにたじたじになっていく。
一瞬、助けを求めるような視線と目が合ったので、割って入ることにする。
「はぁ……父さん、その辺にしとけ。ていうか、わざとだろ」
「え?」
「はは、ちょっと意地悪がすぎたかな? 悪かったね、水無月さん。反応が面白くて」
けらけらと笑う父さんに、水無月は呆気に取られている様子。
そりゃ驚くよな。この人、穏やかな顔して平気でこういうことしてくるんだよ。
流石にアイツほどウザくは無いが、自覚してやっているのはたちが悪い。
「それはそうと、もう少し気楽にしてくれて構わないよ。奏と仲良くしてくれていることは分かってるから」
「は、はあ……善処します」
いや、むしろ今の流れでより気を張らせてるだろ。水無月のことだから心配は無用だと思うが。
「ここ最近で少し……いやとても丸くなったけど、元より奏は気難しい子だから、そう簡単に他人を家に招いたりしないさ。水無月さんにはかなり心を許しているはずだよ」
「おい、父さん」
言っている内容が丸っきり嘘ってわけでもないが、本人を前にしてはっきり言うのは少し気恥ずかしいのでやめてほしい。
「ははは……まあ、その辺はお互い様なところでもあるので」
「ほう」
水無月が苦笑しながらそう返すと、父さんが興味深げに俺と彼女を交互に見やった。
面倒臭いことになりそうなので、先んじて話題を変える。
「そういや、夕飯はもう食べてきたのか?」
「いや、そのまま帰ってきたよ。適当に作り置きでも貰おうと思って」
「そうか。……ならとりあえず着替えてこい。服は俺の部屋にあるの使っていいから」
「そうさせてもらうよ」
そうして父さんが一旦リビングから出ていったところで、俺ははあっと大きなため息をついた。
「すまんな、うちの父さんが。あれでも普段は気の良い人なんだ」
「うん。それはなんとなく分かるよ」
稀にああやって悪戯心を働かせることはあるが、基本的には頼りになる大人だ。
先ほどの言動も、なんだかんだ俺のことを心配する気持ちがあったから出たものだろうし。にしたってやりすぎではあるが。
ひと段落して落ち着いた俺たちは、ひとまず途中だった食事に戻ることにした。席が二つしかないので、どちらかが食べ終えないと父さんが夕飯を食べる場所が無いのだ。
俺が一足先に食べ終えたところで、着替えを終えた父さんがちょうどリビングに戻ってきた。
スーツからダボっとした俺の部屋着に着替えたことで、いくらか雰囲気も和らいだ気がする。
自分の皿をキッチンに下げて、そのまま冷蔵庫を開ける。
「父さーん、なんか食いたいものあるかー?」
「うーん、出来れば魚が良いかな。最近食べる機会がなかったから」
「了解」
いくつかある魚料理の中から適当に選んだものを電子レンジで温め、サラダと冷奴と一緒にお盆に乗せてダイニングへ持っていく。
「毎度済まないね」
「良いんだよ。俺がやりたくてやってんだから」
「……ふふっ、このやり取りも久々だな」
一々言わんでいいのに……と呆れつつも、昔を懐かしむように微笑む父さんを見ていると、こういうのも悪くないなと思える。
「そういえば、その肉じゃがはもう残っていないのかい?」
「……え?」
「いや、まだ少しあるぞ」
思えば、汁物持ってくるの忘れてたな。ちょうどいいか。
「ちょ、待ってください。それは私が練習用で作ったもので……」
「味は俺が保証するぞ。ちなみに、それが水無月の初めての料理だ」
「へぇ、折角だしいただこうかな」
水無月が何か物申したそうな顔で俺を見てくるが、流石に嫌ですとは言えないのか、結局は諦めたように息を吐くのだった。




