第23話 襲来
いつもと同じ食卓。けれど、それを共にする相手が向かいの席に座っている感覚は、ひどく懐かしいように思える。
「てか、この椅子ってもしかして君のお父さんのやつだったりする?」
ふと、水無月がそう聞いてきた。
さっきからナチュラルに席についていたが、一人暮らしのダイニングに椅子が二つあったら流石に違和感持つよな。
「ああ。今は仕事の都合で全国を飛び回ってるみたいでな。でもちょくちょく帰ってくるつもりはあるらしいから、その時のために残してる」
「大変そうだね」
「ああ。そういう業種だから仕方ない」
二人で暮らしていた時も、出張で三、四日家に帰ってこないことはよくあった。
母さんがいなくなってからのあの人にとっては、俺を育てることと同じくらいに、仕事が大きな生きがいになっている。
だからこそ、仕事のために俺と生活を別にするという決断を俺は尊重したのだ。
「それこそ、このゴールデンウィークとかは帰ってこないの?」
「……今のところ特にそういう連絡は来てないな」
俺もそろそろ帰ってくるではないかと思っていたが、こちらから尋ねるために連絡すると催促みたいになってしまうので、向こうからの連絡を待つようにしていた。
とはいえ、この時期に帰ってこれないほど忙しいとなると、それこそお盆か年末くらいしか帰ってこれるタイミングが無いのでは……?
そんなことを考えていた時だった。
──ピンポーン。
「……藤咲くん。荷物とか頼んでたりする?」
「いや、特に頼んでないし、知り合いが訪ねてくる予定もない」
……まさかな。
訪問販売なら居留守を使ってもいいが、もしかしたら回覧板の可能性もある。いや、今まで回ってきたことないけども。
というわけで、仕方なく通話ボタンを押す。
「はい」
『お、いたのか良かった。開けてくれないかい?』
……マジか。
二か月近く聞いていないとはいえ、その声色を俺が聞き間違えるわけがない。
噂をすればとか、そういう次元じゃないだろ……。
驚くと同時に嬉しさもあるが、今はそれ以上に困る。
冷静に思考を巡らせる。二人分の料理がある以上、水無月の存在を隠蔽することは不可能。
ならば、いっそのこと居留守を使うか……?
「もしかして、本当に帰ってきた?」
インターホンに音が入らないように、声量を小さくしてそう尋ねてくる水無月。
「ああ」
「凄いタイミング……そっか。なら、私のことは気にしなくていいよ」
「え?」
どういうつもりだ? と思いながら視線を向けるが、彼女は至って冷静そうだった。
「むしろ、藤咲くんにお世話になってる身としては、折角だし挨拶くらいしときたいかも」
「えぇ……」
いやまあ、挨拶すること自体は別に構わないのだけども……あなた、今の状況理解ってます?
先に言っておくと、あの人は余計な勘違いをするような人じゃない。
けれど、久しぶりに帰ってきたら息子が同年代の女子と一緒に飯を食ってるって、流石に混乱するだろ……。
……とはいえ、別にやましい事実は何一つないし、上手いこと事情を説明するしかないか。
そう心の中で覚悟を決めて、インターホン越しに返答する。
「ああ。今行く」
すぐに玄関へ赴きドアを開けると、そこには見慣れたスーツ姿の父さんの姿があった。
「ただいま。久しぶりだね、奏」
「ああ、おかえり」
そんな慣れ親しんだやり取りを交わすのも二か月ぶり。それでも、そこから得られる安心感は変わっていない。
「帰ってくるなら連絡の一つくらいしてくれよ」
「ははっ、それは済まない。本当は帰ってこない予定だったんだ。けれど幸運なことに、急遽仕事先が関東に変わってね」
ならば仕方ない……となるような状況でも無いのだが、父さんとしても泊まりに来たのはちょっとした思いつきだったのだろう。偶然タイミングが嚙み合ってしまっただけだ。
ひとまず中に招き入れると、父さんは靴を脱ぐために足元へ視線を落として、ふと一点で目を止める。
「あれ、お客さんがいるのかい?」
「ああ」
「なるほど、連絡してくれというのはそういうことか……なら、用が済むまで私は外そうか?」
「いや、その必要は無い。本人にも断ってある」
そう伝えると、父さんは何かを察したような顔になる。……いやこれ、絶対勘違いしてるな。大丈夫か?
まあいいや、そこら辺の説明は全部水無月に丸投げしよう。元はと言えばあいつが挨拶したいとか言い出したんだし。
そう意を決してリビングへと続く扉を開ける。
中を見ると、水無月は変わらずダイニングテーブルの席に座っている。流石に、この状況で呑気に食べ続けているなんてことはなかった。
俺に続いて中へ入ってきた父さんは、彼女の姿を発見すると……呆然とした表情で固まった。
なんとも気まずい沈黙が場を包む。
しばらく続いたそれを、先に破ったのは彼女の方だった。
「あ、えっと……どうも」
そんなぎこちない挨拶とともに、軽く会釈をする水無月。 当然、破ったのは沈黙だけで、気まずさは健在だ。
いや、何も考えてなかったのかよ……。
ようやく我に返った父さんは、視線を逸らしてこちらへ向ける。
「……えっと、奏? 説明してくれるかい?」
……まあ、そうなりますよね。知ってた。




