第22話 第1回お料理教室
「縦に四等分したら寝かせるように置いて、大体斜め45度くらいの角度で切れ目を入れる」
実際に手元でジャガイモを切って実演しながら、水無月にそう説明していく。
「ほんで切れたら、残った分を手前に90度回転させるんだ。こんな感じで」
「ほうほう」
「そうしたらまた同じように切る。これを繰り返すだけでいい」
「おっけー。やってみますか」
包丁を代わると、水無月は俺の教えたとおりにスムーズにジャガイモを乱切りにしていく。
「家事能力が絶望的と聞いてどんなものかと思えば、全然そんなことないじゃないか。むしろ呑み込み早い方だぞ」
包丁の持ち方から教えなければならないのか、と心配していたのは全くの杞憂で、なんなら基本的な野菜の切り方はすでに問題ないと言えるほどだ。
そして何より、俺の教えたことを再現するのが上手い。素直に従ってくれているのも一因だろうが、こればかりは彼女の器用さが深く関わっているだろう。
「そう? んー、調理実習でやったことあるやつはなんとなく体が覚えてるのかも」
「……お前、運動神経良いタイプの人間だろ」
「お、当たり。中学の頃は運動部の助っ人とかよくやってたよ」
へぇ……初耳だな。思えば、学校では最近まで関わることがほぼ無かったし、体育の授業なんかで運動しているところも見たことないのか。
野菜と肉を一通り切り終え、下ごしらえを済ませたら、次は炒める工程に入る。
まず油をしいて中火で熱する。
「順番はじゃがいもが最初。その次が人参、玉ねぎ。最後に肉な」
「理由は?」
「純粋な火の通りやすさ。あとは野菜、特にジャガイモは最初に入れて油でコーティングした方が煮崩れしにくい」
「なるほどね」
ぶっちゃけ、理由は知らなくても工程通りにやれば料理自体は完成するが、それでは他のレシピに応用が効かない。
水無月の目標は自炊が出来るようになることなので、ある程度がレパートリーは必要になる。だから、その辺は出来る限り説明するようにしている。
材料を順番に全て入れ終え、全体にある程度油が回ったら、事前に作っておいた煮汁を加えて煮込み始める。
煮汁の材料は水、砂糖、醤油に加え、酒とみりんは使えないのでみりんタイプ調味料で代用。塩分量の調整のため、醤油はやや少なめに調整。
ちなみに、これらの作業はほぼ全て水無月自身が行っている。
一応、全体の工程は事前におおまかに説明してあるが、基本的には俺がその都度指示やアドバイスを行いながら進めているところだ。
先ほどの野菜の切り方のように、実際に目で見た方が早い部分は俺が実演して見せているが、基本的には手は出していない。
「っと、そろそろ十五分だけど、こんなもんでいいかな?」
水無月が鍋の蓋を開けると、醤油と出汁の芳醇な香りが鼻をくすぐる。
「多分問題ないとは思うが、不安なら箸を通してジャガイモの柔らかさを確かめてみるといいぞ」
「へぇ~……お、ちゃんとスッと通った」
「なら火を止めて、ここからしばらく放置する」
「え? 冷ましちゃうの?」
「ああ。肉じゃがは冷める段階で味が染み込むんだ。なに、食べるときはちゃんと温め直すから心配すんな」
俺の場合、作り置きしているのもあるが、しっかり味を染み込ませるために二時間以上置いておくことが多い。
だが、三十分程度でも十分食べれる美味しさにはなるので、今回はそれくらいでいいだろう。
肉じゃがを冷ましている間に、鍋以外の料理器具の洗い物と後片付けを済ませる。
「あ、そういえばご飯とかある?」
「昼に炊いた分が炊飯器に残ってるが、それでもいいなら」
「助かる~」
とはいえ、肉じゃがとご飯だけでも十分食べられるが、少し物足りないか。最近部活のために改めて体づくりを始めた俺としては、もう少しタンパク質が欲しい。
一応、作り置きが無いことはない。今日水無月に料理を教えることを見据えて、昨日の夜のうちにある程度済ませておいたのだ。
俺の作り置きは特に日ごとに献立を固定しているわけではない。品ごとに作って食べる日の気分で選んだり、素材の下ごしらえだけ済ませておき、後から組み合わせて即興料理にしたりと割と適当だ。
冷蔵庫の中身を確認する……流石に肉や魚だとガッツリすぎるし、余っている豆腐に雑に盛り付けて冷奴にすればいいか。肉じゃがを冷やしている間に常温に戻せるし丁度いい。
などと考えていると、いつの間にか隣にいた水無月が横から覗き込んでくる。
「まだなんか作るの?」
「いや、肉じゃがだけだと物寂しいから作り置きをちょっと足しにする」
「出た作り置き。なんかいいよね、ガチの主婦感あって」
「なんだよ、ガチの主婦って」
言わんとしてることは分からないこともないけども。いや、どちらかというと作り置きをあまりしないであろう専業主婦の方が主婦ガチ勢なのでは……?
「保存方法さえ気を付ければそんなに難しいものでもないぞ。それこそ、最初は副菜だけとか、徐々にやっていけばいい」
「へぇ。その辺も今度教えてよ」
「ああ」
それからしばらくして肉じゃがを冷まし終えたので、鍋を再加熱。
その間に置いておいた豆腐を皿に分けてねぎと鰹節を盛り付け、醤油を回しかける。
温めた肉じゃがとごはんをそれぞれ分けて、作り置きのサラダを添えれば本日の夕飯の完成だ。
時刻は六時と、夕食にはやや早くなってしまったが、早すぎるほどではない。水無月の手際が想像以上に良かったので、予定よりスムーズに進められたというだけのこと。
「さて、実食といくか」
「……流石にちょっと緊張するね」
自分の作った料理を眺めて固唾を飲む水無月。特に大きなミスはしてなかったし、出来に関してはそこまで心配する必要はないと思う。
「……いただきまーす」
「いただきます」
家で一人で食事をとるときはたまに忘れがちな挨拶をしっかりと済ませ、俺は早速肉じゃがに手をつける。
「……うん。美味い」
味に関しては元々心配していなかったが、しっかりと肉じゃがの味付けになっている。
肉と野菜に関しても、極端に硬かったり、逆にボロボロに煮崩れしていたりするわけでもない。
煮汁は俺が普段作っているものよりやや濃い目だが、これはこれでご飯が進みそうだ。
しかし、作った本人の水無月はというと、どこか納得の行かなそうに顎に手を当てている。
「んー……なんか違う気がする」
「そうか? そりゃ、味付けの差はあるだろうが」
肉じゃがの作り方は人によって多種多様だ。今回水無月に教えたのも、普段俺が作るときのレシピではなく、そこから複雑な工程を省いたり置き替えたりして簡略化したもの。
「いや、煮汁の味付けと言うよりは……野菜とお肉の旨味と食感かな?」
「ほう……」
言われてみればまあ確かに、微妙に気になるところはあるかもしれない。といっても、よく味わって食べていないと気が付かない程度ではあるが。
「その辺は切り方とか火加減でも差が出るところだな。あとは今回のレシピには入れなかった下処理の方法や工夫なんかもある」
「なるほどね……ま、初めからそう完璧にはできるわけないか」
「そんなもんだ。練度はやっていくうちに自然と上がっていくし、今日のは初めてにしては上出来だと思うぞ」
そう言うと、水無月は安心したように頬を緩めた。
それにしても、自炊さえ出来るようになればいい、みたいな感じかと思えば、結構向上心高いんだな。やるからには上手くやりたいというタイプなのかもしれない。
私生活は適当だと思っていた水無月の印象が、また少し変わった瞬間だった。




