第25話 信頼
「うん、美味しいね」
その言葉を聞いて、水無月はほっと胸を撫で下ろした。
「本当にこれが初めてかい?」
「はい。まあ、私はただ彼の指示に従ってただけなので」
「それでも、実際に作業をしたのは君なんだろう? 凄いね。奏の最初の料理よりよっぽどよく出来ているよ」
「当時小五の俺と比べられても困るぞー」
手元でスポンジを泡立てながら二人の会話を流し聞きしていたら、聞き捨てならないことが聞こえてきたのでそうツッコむ。
まあ、水無月の吸収が早かったのは事実なので、あまりしつこくは言わないけれども。
「そういえば、水無月さんは高校も奏と同じなのかな?」
「あ、言ってませんでしたっけ。クラスメイトですよ」
「それはまた、凄い縁だね。同級生がアパートの隣人だなんて」
「はい。本当に助かってます」
正直、水無月と父さんを二人で食卓に残して大丈夫か不安だったが、思いのほか普通に話せているようで安心した。
「なら、学校での奏がどんな感じか、聞いても良いかい?」
かと思えば、またもや聞き流せなさそうな話題に意識を引っ張られる。
父さんや、そういうのは本人がいない所で聞いてくれませんかね……。
「学校だと私とはあまり関わりがないので……本人に直接聞いた方が早いと思いますよ」
良いぞ水無月。その調子だ。
「正直に話してくればいいんだけどね」
「誇張するタイプには見えませんけど」
「はは! それは間違いない。けれど、自分の認識と周りから見た姿が必ずしも一致するとは限らないだろう?」
「……まあ、確かに」
おっと、これはダメそうだ。理屈で納得させられてしまうとどうしようもない。
水無月から見た学校での俺の印象か。聞きたいような聞きたくないような……。
「うーん……あえて言うなら物静か、ですかね」
「やはりか」
想定内の回答だったからだろう。父さんは特に大きな反応を示さない。
「あ、でも普段は男子の友人とつるんでますよ」
「……へぇ、その友人はどんな子かな?」
げっ、アイツの話かと俺は顔を顰める。
「宝生くんっていうんですけど、クラスの女子から凄いモテる感じの男の子で」
「意外だね。奏とつるむようなタイプの子には思えないけれど」
うむ、全くもってその通りだ。なんでアイツが俺にばっかり絡んでくるのかは、正直未だに分かっていない。
「でも、基本的には宝生くんの方からグイグイ話しかけてる印象です」
「それはそうだろうね」
奏から人に話しかけるなんて稀だろう、と父さんは当然のように頷いた。事実だけど、なんか少し気に障るな……。
「奏くんはいつもそれをウザがってますけど……私からは、なんだかんだ満更でもない感じに見えますよ」
「ほう……奏、折角相手から話しかけてくれてるんだから、たまには素直になりなよ」
父さんがキッチンにいる俺にそう話を投げてきたので、すぐさま反論する。
「いや、俺そもそもそんなにツンツンしてないし」
アイツがダル絡みばっかりだから、俺がツッコミに回らざるをえないだけで、本気で嫌ならもっとはっきりと拒絶している。
「けれど、水無月さんからはそう見えているみたいだよ」
「……いやぁ、アレは宝生くんの方にもちょっと問題があるかもしれないです。私と話してるときは普通ですし」
「あれ、そうなのかい? モテる男の子なんだろう?」
父さんは不思議そうに首を傾げる。
多分、物腰柔らかい感じの優男を想像していたのだろうなぁ。いや、一応部分的には合ってるか。
「外面は良いからな。あとついでに顔も」
あの物腰の柔らかさをもう少し俺の前でも見せられないものなのか……いや、やっぱいいわ。想像しただけで鳥肌が立つ。
「それでいうと、水無月さんも美人だし、学校ではさぞモテているんじゃないかい?」
「あー、いやどうでしょうね。普段はずっと女子の友達と一緒にいるので……」
「男子の中では結構噂になってるぞ」
「え、そうなの?」
俺が教えると、水無月はなんとも言えない顔になる。
「宝生から聞いた話だとな」
「なら、実質ノーカウントかな」
さっきも思ったが、地味に彼女も宝生に対してはあまり良い印象を抱いていないようだ。
とはいえ、アイツは単なる情報元としてならそれなりに信用できるぞ。本音は読めないけど。
「っと、ごちそうさまでした」
そうこう話しているうちに、ようやく食べ終えた水無月が皿をまとめてキッチンに運んでくる。
「サンキュ」
ついいつもの癖で受け取ろうと手を伸ばすが、なぜか彼女はそれを渡そうとしない。
「いや、洗い物くらい自分でやるよ」
「えぇ……何もそこまでしなくていいぞ。俺がまとめてやった方が効率的だし」
「後片付けまでが料理なんだから、ここは私にやらせるべきだと思わない?」
「それこそ、洗い物は自分ちで一人で出来るんだから、練習する必要なんてないと思うが」
そんな風に俺たちがうだうだと揉めていると、ダイニングの方から笑い声が聞こえてくる。
「ふふっ……君たち、いつもそんなやり取りをしているのかい?」
「え?……まあ、割とよくある……かもしれません」
「いつもでは無いが……そうだな」
思い返せば、似たようなやり取りをした覚えは何度かある。お裾分けのとき然り、買い物のとき然り。
「二人とも、自立しようという意識が高いのは良いことだけど、もう少し相手に任せることを覚えてもいいと思うよ」
穏やかな声色で発されたそんな言葉が、やけに耳に残る。
「恩や礼儀を忘れたくない気持ちも分かる。ただ、些細なことくらいなら気にせずに甘えられるのもまた、信頼の一つの形なんじゃないかな」
確かに、何もかも自分でやろうとする部分は俺にもあったかもしれない。
別に義務感とかじゃなく、今までそれが当たり前だと思っていたから。
俺たちは顔を見合わせる。
「じゃあ、今日は任せるよ」
「……そうか」
「うん。はぁ……私としては、すでに君に甘えすぎてると思うけどねぇ」
「気にするなとは言わん……だがまあ、こういう時くらいは適当でも良いんじゃないか? お互い」
「ふふっ、そうだね」
水無月から受け取った皿をシンクに入れて、水ですすいでから洗剤のついたスポンジで汚れを落とす。
その後父さんの分の皿も加わり、一通り洗い物を終えた頃には、時計の針もそれなりに進み、外もすっかり暗くなっていた。
「あ、そうしたら私はもうそろそろ帰ります」
「おや、もう少しいてくれてもいいんだよ? 部屋も隣なんだし」
「親子水入らずの時間を邪魔するのもなんなので」
「そうか。君がそういうのなら仕方ないね」
少し呆れたように苦笑する父さん。こういう奴なんだよな、水無月って。
「今日はありがとうございました」
「こちらこそ、楽しかったよ。これからも奏と仲良くしてくれると嬉しい」
「はい。藤咲くんも、今日はありがとね」
「おう。次の日程についてはまた連絡してくれ」
「分かった。じゃ、ひとまずはまた学校で」
「ああ。また」
そう一言二言交わしたのち、水無月は自分の部屋に戻って行った。
ガチャリと玄関のドアが閉まる。
「良い友達に恵まれたね、奏」
「本当にな。有難い限りだ」
俺には勿体ないくらい……なんて、考えるのは良くないな。
過去の自分には反省しているが、今の自分を卑下するのは違う。
「それにしても、奏も変わったなぁ」
「まあ、中学の頃と比べればな」
「本当に良かったよ。元はといえば、奏が思い悩んだのは僕たちが……」
「良いんだよ、別に。結果的に反抗期がちょっと早まったってだけだし」
前にも言ったが、どっちみち必要な過程だったのだ。思春期特有の拗らせが、人よりも少しばかり大きかっただけ。
「……そういうところは、奏も大概だよねぇ」
「は? どういうことだ?」
「気にしなくていいよ。ただの独り言さ」




