第20話 変装と買い出し
そうして迎えた日曜日。
午前中の自由時間は、溜まっていた深夜アニメやラノベを消化することに費やした。これにより、昨日の部活で消耗した気力が八割方回復。
お昼になってようやくソファから起き上がり、シャワーを浴びる。
その後は適当に作った昼食を食べてその皿洗いを終えると、時刻は十三時半といったところ。
そうして一息ついた時、ちょうど玄関のチャイムが鳴った。我ながら完璧な時間調整と言うべきか。
「はーい」
『やっ。準備できたよ』
「はいよ」
お裾分けをし始めた頃と比べると、インターホン越しのやり取りも適当になったものだ。
玄関に向かい、鍵を開けてドアを開くと、そこには見慣れない少女の姿があった。
「……いや誰?」
頭では正体を理解していても、どう見ても目の前の少女とは結びつかず、ついそう尋ねてしまった。
左右に分かれるように三つ編みにされた黒い髪に、落ち着いた色味の控えめな服装。そして黒縁のメガネ。
カラコンを入れているのか、瞳の色もサファイアブルーではなくダークブラウンになっているし、顔の雰囲気も普段より幼い。
「その反応だと、変装は問題なさそうだね」
「よくもまあそこまで別人に成れるもんだ」
「髪型とか服もこだわってるけど、やっぱりメイクしてないのが一番の大きいんじゃないかな。女の子の顔って、化粧次第でいくらでも化けれるからね」
なるほど、顔が幼く見えたのはそういう理由か。
ほらほら、と眼鏡を外してみせる水無月の素顔は、確かにいつもと雰囲気が違うものの、言われなければすっぴんだと気付けないほどには整っていた。
多分、眼鏡で緩和していなければ普通に目立ってしまうだろう。
「さて、行くか」
「うん」
スマホと財布に加え、買い物バッグを手にして家を出る。
「てか、材料を調達する前に、そもそも作る料理を決めてなかったな」
「そういえばそうじゃん」
「何か作りたいものとかあるか?」
「え、そういう感じで決めていいの? 私、どれが簡単でどれが難しいとか全く分かんないよ?」
「……それもそうか」
「うん。だから君に任せるよ」
初心者向けの料理か……。
俺が初めて一人で料理をしたのは小五の時だったが……その時に何を作ったかまでは覚えてない。
あの時はとにかく食事を作れるようになるということに集中していたので、大した感慨も無かったのだろう。
経験者目線で作るのが楽な料理ならいくつかあるが、あまりに簡単すぎても練習としての効果は薄い。
となると、料理の様々な工程を含むが、一つ一つの工程が難しくないものがベストか。
「なら、ひとまず肉じゃがでも作ってみるか」
「おー、いかにも家庭的って感じだ。でも、結構難しいイメージあるけど」
「まあ確かに、美味く作るための味付けや火加減には練度がいるが、実は一つ一つの工程は割とシンプルだ」
「なるほど。そういう感じね」
切る、炒める、煮るの三つの基本工程を一度で網羅できる上に、材料もそれほど高価なものはない。
じゃがいもの煮崩れや味付けのブレなど、不安定な部分もあるが、仮に失敗しても食べられない料理にならないのも好ポイント。
そうこう説明しているうちにスーパーに着いたので、早速必要な材料を調達していく。
「調味料はうちに大体揃ってるから、買うのは具材だけでいい」
「となると、ジャガイモ、にんじん、豚肉、玉ねぎくらい?」
「ああ。あとは白滝なんかもあるが、下処理の工程が増えるから今回はいいか」
ということで、俺たちはまず野菜売り場に向かった。
「んー……なんかある? 選ぶときのコツとかポイントみたいなの」
「この中だと、注意するべきなのはジャガイモだな。とりあえず、緑色に変色してるやつ、芽が大きく出てるやつ、傷がついているやつは避ける」
「ほうほう」
「あとはまあ、基本的に硬くてしっかりしたものを選んでおけば問題ない。肉じゃがなら、メークインって品種の方が煮崩れしにくいからオススメだ」
「あの楕円形のやつ?」
俺が肯くと、水無月はいくつかジャガイモを手に取り、三つほど選んだものをかごに放り込んだ。
同じようににんじんと玉ねぎも選んでから野菜売り場を離れ、次の精肉コーナーに向かう途中で、見覚えのあるジャージに身を包んだ集団が目に入る。
うちの高校の生徒だ。恐らく部活帰りかなにかだろう。
幸い顔見知りではないが、水無月の方は校内でも顔が広いので、思わず少し身構える。
しかし、彼らは一度俺たちの姿を捉えたものの、特に気にする素振りもなく、そのまま通り過ぎていった。
ふぅ、と安堵のため息を漏らす俺を見て、水無月は手をひらひらと振った。
「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ」
「みたいだな」
そんなことがありながらも無事に精肉コーナーに着いたので、気を取り直して次は肉を選んでいく。
といっても、野菜ほど気にするポイントは多くない。
「肉じゃがの肉は基本的に薄切りのものを選べばいい。こま切れなんかは特に火が通りやすいから、初心者にオススメだな」
「おっけー」
そう言って、水無月が手に取ったのは豚のこま切れ肉。確か、関西では肉じゃがは牛肉の方が主流なんだっけか。
そんなこんなで、必要な材料を一通り選び終えたので、会計に向かう。
「あ、お会計は私が出すから。教えてもらう側だし」
「といっても、材料費は二人分だぞ? だから、そっちが少し多めに出すくらいでどうだ?」
俺としては折半でも全然構わないが、それが拒否されるのは目に見えているので、初めから折衷案を出す。
水無月は少し考え込むそぶりを見せてから、意外にもあっさりと首を縦に振った。
「……まあ、確かにそっちの方が妥当か。ちょっと先走りすぎたかも」
「だろうな。てか、ただでさえ金欠なんだから無理すんなよ」
「それは言わないお約束」
俺が指摘すると、水無月はばつが悪そうに目を逸らした。どうやら、自分の懐具合を忘れていたわけではないらしい。
まったく、他人に対して義理深いのは良いことだが、まずは自分の心配をしてほしいものだ。
そんなやり取りを経ながらも、俺たちは無事に会計を済ませ、必要な買い出しを終えて帰路につくのだった。




