第19話 今後の予定とまさかの提案
隣の部屋のインターホンを鳴らすと、すぐに『はーい』と聞き慣れた声が返ってくる。
「俺だ」
『なんだ藤咲くんか』
ここ最近は割と頻繁にお裾分けをしているのに、今日はなぜか少し意外そうな反応。何か荷物が届く予定でもあったのかもしれない。
パタパタと足音が聞こえたのちに、すぐにドアが開いて水無月が顔を覗かせる。
「何か用?」
「……用もなにも、いつものお裾分けだが」
そう告げると、水無月は不思議そうに首をかしげた。
「いや、それは料理教えてもらうって話になったじゃん」
「? だからといって、別にお裾分けを止める理由にはならないだろ」
「……マジか」
どうやら、先日の約束について俺と彼女の間で解釈が違っていたらしい。つまり、お裾分けの代わりに料理を教えてもらうつもりだったと。
「言っておくが、一人で自炊できるレベルまで料理を上達させるには結構な時間がかかるぞ。それまでの間は食生活の補助があった方がいいだろ?」
「いやまあ、有難いけどさ……タダでご飯貰って、料理も教えてもらうって、流石に私、君に甘えすぎじゃない?」
「別に俺は気にしないが……」
そう言っても、根っから律儀な性格の彼女は納得しないだろうな、と思いながら言葉を続ける。
「もし気にするなら……そうだな、今後俺が困った時に頼らせてくれ」
「えぇ……全然釣り合ってない気がするけど。てか、別に普段から頼ってくれていいのに」
「ほら、お前もそう思うだろ?」
「……おっと、これは一本取られちゃったか」
そう言って両手を上げた水無月は、そのまま俺の差し出したタッパーを受け取る。
側面からちらりと中身を確認して、「おぉ、今日も美味しそう」と感嘆の声を上げてから、こちらに視線を戻した。
「それにしても、今日は色々と大変だったね」
「ああ。主にあの二人のせいでな」
「ホント、一体何を考えてるのやら……美月も相変わらず暴走機関車だし」
「米原って、やっぱり普段からあんな感じなのか?」
「いや、基本的には大人しくて素直な良い子なんだけど……思ってることがそのまま口から出るからさ。夕奈とはまた違うタイプの天然っていうか」
「なるほど」
思えば、姫野は純粋無垢ではあるものの、他人の感情に敏感で空気が読めるタイプに見えた。
逆に米原は、無垢ではないが周りの反応に鈍感で、自分の行動に対して無自覚なタイプなのだろう。
確かに、そんな二人と一緒にいれば、普段は適当な性格の水無月も二人の手綱を握るストッパーにならざるを得ない。
「苦労してるな、お前も」
「言うほどでもないよ。確かにちょっと手間はかかるけど、二人とも素直で可愛いから結構癒されてる」
それ、ほとんどペットに対する感情みたいなものなのでは……? まあ、水無月自身があの三人でいることを気に入っているのならなによりか。
「そういえば藤咲くん、来週のゴールデンウィークでどこか空いてる日ってある?」
「いや随分と急だな……ああ、もしかして料理の件か?」
「うん。折角まとまった休みがあるし、良ければお願いしたいなぁと」
「なるほど。ちょっと待ってくれ」
ポケットからスマホを取り出し、バスケ部の予定表のスクショを開く。今のところ、ゴールデンウィークの予定は部活のみのはずだ。
「一日オフなのは……日曜日と火曜日か。それ以外の日は午前か午後のどっちかに部活が入ってる」
そう伝えると、同じようにスマホでスケジュールを確認していた水無月が顔を上げる。
「んー……火曜日はちょっと予定があるから、日曜日の方が都合が良いかな」
「じゃ、日曜でいいか」
「おっけー。時間は午前と午後、どっちの方がいい?」
「午後だな。その前に色々と買い出しも済ませたいし」
「あ、それなら私も一緒に行くよ。君一人に任せるのもあれだし」
「いや、それはダメだ。万が一学校の奴らに見られたらどうする」
「今更じゃない? 今までも何回かスーパーで話したことくらいあるじゃん」
「一緒に買い物するのはまた話が別だろ。偶然会っただけって言い逃れもできないし」
「……それもそっか」
不服ながらも納得した様子の水無月。
まあ実際、自炊は当然買い出しも自分でやらなければならないので、本当はそこも教えた方がいいのだが、今回ばかりはやむをえない。
「なら、仕方ないね……」
「ああ」
「私が変装するよ」
「……ん?」
妙に自信ありげな顔でそう言い放つ水無月に、思わず聞き返す。
「待て、どうしてそんな話になる?」
「だってその話、私が水無月琴里だってバレさえしなければ解決じゃない?」
「いや、普通にバレるだろ」
自分がどれだけ目立つ容姿をしているかは、彼女自身が一番理解しているはずだ。
それともアレか? 帽子、マスク、サングラスの典型的な不審者にでもなる気か? 絶対に横を歩きたくないんだが。
「むっ、君は私の変装を甘く見てるようだね。これでも、今まで一度も見抜かれたことないんだぜ?」
「日常的にやってるのかよ……」
「まあね。土日に一人で外歩くときとか、ナンパ対策にちょうど良くてさ」
意外とまともな理由だった。それも実際に効果があったのなら、少なくとも付け焼き刃のものでは無さそうだ。
「……まあ、そこまで言うなら」
「決まりだね。まあまあ、任せときなって」
とはいえ水無月には悪いが……正直言って不安だ。




