第18話 賑やかな昼休み
宝生結斗と姫野夕奈が幼馴染であるという噂は、瞬く間に学年中へと広まった。
校内屈指の美男美女の組み合わせ。幼馴染という関係の話題性。そして、今まで全く関わりが見えなかったからこその意外性。
本人たちはあくまで幼馴染であることを強調しているものの、同時に仲の良さを隠す気が一ミリもないため、男女の関係を疑うような噂も多く耳に入る。
「すっかり時の人だな、お前」
「ははっ、悪くない気分だね」
昼休み。
クラス中から好奇と嫉妬の視線が集まる中、いつものように机をくっつけてきた宝生は、相変わらず余裕そうな笑みを浮かべている。
「お前はまだしも、姫野の方が乗り気なのは意外だったな」
「そう? まあ、夕奈は僕には素直じゃないからねぇ」
いやなんだよそれ。こんなのほぼ彼氏面みたいなもんだろ。
「結斗ほどじゃないよ」
そう割って入ってきたのは、噂の当人である姫野。その右手には小さなランチバッグを持っている。
「それはどうかな」
「出た、お得意のあやふや。そういうところだよ」
いや、土曜日の言い争いを見た限り、割とどっちもどっちだと思うぞ。
そう内心でツッコんでいると、姫野の視線がこちらへと移る。
「やっほー、かなかな。あたしたちもお昼一緒に良い?」
「ちょっと、なんで僕には聞かないのさ?」
「……どう? かなかな」
いっそ清々しいくらいの完全スルー。普段から曖昧な返事ばかりしているからだぞ、宝生。
まあ、実際は俺の方がついでなんだろうけどな。
「別にかまわ……ん? あたしたち?」
その言葉が引っ掛かりを覚え、すぐに察した俺は姫野の後方に視線をやる。
案の定、そこには水無月と米原の姿が。
「そ。ことりんとみっちゃんも一緒に」
「男水入らずの中ごめんねー。夕奈がどうしてもって駄々こねるから」
「ちょっと! 駄々こねてないってば!」
「そうですね。夕奈さんがどうしてもと言うので、もしお邪魔でなければ、ご一緒しても?」
「みっちゃんまで……!」
うんうん、仲睦まじげで何よりですね。隣で「へぇ」と声を漏らした宝生は、間違いなくムカつく笑みを浮かべているであろうから、そちらを向かないようにする。
さて、断るという選択肢は実質ないようなものだが、それはそれとして周りのクラスメイトから浴びせられる無数の視線が痛いのなんの。
「おいおい聞いたか? アイツら、姫野さんたちと一緒にお昼食べるらしいぜ」
「ちっ、これだからイケメンはよぉ!」
「藤咲の奴もいいよなぁ。おこぼれにあずかれて」
「てか、アイツもナチュラルに姫野さんからあだ名で呼ばれてなかったか?」
ちょっと? そういうことは本人に聞こえないように、もうちょっと声量を控えて言ってくださいね。
別に言われている内容は気にしないが、やはり大勢の注目を一身に浴びる状況には中々慣れないな。
「ああ。俺も構わない」
「うん。ありがとね」
俺の返答を聞いた姫野は、次に近くにいた男子のグループに声を掛けた。
「ねえねえ、この辺の席、使ってもいいかな?」
「え? は、はい! どうぞ、俺たちのことはお気になさらず!」
「ごめんね。ありがと!」
姫野が屈託の無い笑みを浮かべると、男子達は少し顔を赤らめながら場所を移動していった。
……流石に、それは天然でやってるよな?
三人組は男子達から拝借した机を俺たちの方に移動させてくっつけると、各々昼食を食べ始める。
姫野と米原はお弁当、水無月は購買で買ったと思われるパンとおにぎり。
「宝生さんと夕奈さんはいつ頃から仲良くなったんですか?」
意外にも、そう話題を振ったのは米原だった。
思えば、朝に二人の間に突っ込んでいったのも彼女だったか。
「うーん……確か、小学校に入学する頃にはすでに一緒に遊んでた気がする。最初に話したのっていつだっけ?」
「僕たちが年中の時の夏だね」
「……聞いておいてなんだけど、よく覚えてるね」
「夕奈の頭が弱いだけじゃない?」
「はあ?」
ああ、また痴話喧嘩が始まる。
目の前の現実から目を反らしつつ、残り物をタッパーに詰め込んだ即席弁当をじっくり味わう。……うん、我ながら美味い。
欲を言えば温かいものが食べたいが、公立高校に電子レンジが設置されているはずもないので仕方ない。いっそのこと、保温ボトルでも買って汁物も持ってこようか。
「宝生さんは夕奈さんとの思い出をとても大切にしているのですね」
「……え?」
そんな米原の何気ない一言で、幼馴染たちの言い争いはあっけなく終わった。
宝生に目を向けると、珍しく虚を突かれたような表情で固まっている。というか、そんな顔初めて見たぞ。
「確かに、年中ってことは十年以上前の話だもんね。私は幼稚園の頃のこととか全然覚えてないや」
追い打ちをかけるように、水無月がそう便乗する。コイツの場合、確実にわざとだろう。土曜日の一件への八つ当たりか?
これは宝生も困るだろうな。水無月に対しては、先ほどのようにお前の記憶力が無いからだろと言えまい。
「いや、それは……まあ、うん。そうだね」
「……ふーん?」
諦めて開き直った宝生を、姫野がニヤニヤとした顔で見つめる。宝生が主導権を握られている様子を見ながら食う飯、悪くないな。
「それにしても、藤咲の弁当は今日も相変わらず美味しそうだね」
コイツ、露骨に話題を逸らしたな。ちょうど口に入れた焼き鮭と白米をもぐもぐと咀嚼しながら宝生を睨む。
「確かに。よく見ると栄養バランスも結構整ってるし」
そう反応したのは姫野。彼女も運動部なので、食事には気を遣っているのかもしれない。
「といっても、残り物を上手いこと詰め込んだだけだぞ」
「……ということは、全部自分で作っているのですか?」
「? ああ」
「そうなの!?」
「へぇ、僕も初めて聞いたよ」
「言ってなかったっけか」
というかこれ、言わない方が良かったか?
現に、すでに俺が自炊していることを知っている水無月は、反応に困っているのか、何も言わずに菓子パンを頬張っている。
「凄いですね。男性で、それも高校生でそれだけ料理ができる人は中々いませんよ」
「大袈裟だ」
「お母さんは忙しい感じ?」
「……そうだな。親は仕事で忙しいから、自分でやってる」
「偉すぎない? じゃあさ──」
なんというか……こうして女子に囲まれながら質問攻めにあうと、なんだか居心地が悪い。今ばかりは、宝生にほんの少しだけ尊敬の念を抱く。
「二人とも、一旦落ち着いて。藤咲くん困ってるから」
そんな中、菓子パンを食べ終えた水無月の一声で、絶え間ない質問攻めの雨は収まった。
「あ! ごめんね。つい気になって」
「すみません」
「いや、気にしないでいい」
二人に悪気がないと分かっているため、むしろ謝られる方がむず痒い。
とはいえ、正直助かった。水無月には後で礼を言わないとだな。
今日の夕飯は少し多めに作ることにしよう。




