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第二章 対オオガラス戦 その三

 昨日は確かに失敗した。

 しかし失敗は取り返せばよいだけの話だ。

 

 その証拠に今朝のクローディーヌ王女様の様子はいつもと変化がない。失敗こそクローディーヌ王女様にとって日常そのもの。幾千もの失敗の果てに、この場所に立っているのだ。

 成功するまで何度でも挑戦する強烈な執念を持っている。関節技への執念だけは誰にも負けないだろう。


 「モイモイ。さあ、今日も王都へ行きましょうか」


 「私の名前はディオンス=モイーズです。決してモイモイではありません」


 クローディーヌ王女様は微笑む。

 

 その執念を実現するための策を考えるのが、私の役目だ。

 どこまでもお供しよう。


 

 「な!? あんたらまた来たのか?」


 スラム街の商店主の男は狼狽えたような声を出した。

 昨日よりもこちらに注目する人間が増えている。昨日のことが噂にでもなったのか。帰り道は行きよりもさらに周囲を警戒しなければならないだろう。

 

 ニャッコが両手を合わせる。


 「ごめんね。おっちゃん。この男はしつこくてねぇ。あたしも苦労してるんだ。とんでもない依頼主に当たっちまったよ」


 苦労してるのはどっちだと指摘したくなるが、我慢する。時間の無駄だ。 


 「昨日は失礼した。謝罪しよう。そしてオオガラスの情報の提供を感謝する。その上で今日は他に依頼したい用件があってあなたを訪ねたのだ」


 「わ、儂の持ってる情報はあれだけだぞ。他には何も知らん。儂は猟師からオオガラスを買って、肉を売ってるだけだからな」


 どうも前回の会談でかなり怯えさせてしまったようだ。

 私としてもこの男がこれ以上の情報を思っているとは思っていない。

 隠すほどの価値のある情報ではないからだ。


 「わかってる。情報を売れとは要求しない。だがあなたは猟師との繋がりを持っているはずだ。それを利用させて欲しい」


 この店は大量の肉を取り扱っている。当然、大勢の猟師との売買取引をしているはずだ。

 オオガラスは鳥用の罠にかかると聞く。そしてオオガラス専用の狩人は存在していず、どこに行けば必ず遭遇できるかもわかっていない。

 となると、オオガラスを確実に手に入れるためには人海戦術が最も合理的な選択だ。


 私は言う。


 「生きたオオガラスを買い取りたい。相場の100倍の金額を出そう」


 「はぁ!?」


 商店の男はくらりとふらついた。ニャッコも同じ動作をしている。ニャッコにはいい加減色々と慣れて欲しいものだが。

 その年齢から、この男は長年に渡って商店をやってるはずだ。だがこの要求をした人間は一度も存在しなかったに違いない。

 私たち以外にその要求をする人物と目的が思い浮かばい。それほどに私たちは変人なのだろうか?

 うん。間違いなく相当な変人であろう。


 「ど、ど、どうして生きたオオガラスなんかを?」


 「こちらにいるクローディーヌ様が関節技をかけるためだ。協力をお願いする」


 私は素直に頭を下げた。

 この男の協力が欲しい。


 商店の男は何か言おうとしているが言葉が出ない様子だ。

 しばらくして迷った後、ニャッコの腕を掴んだ。そして店の奥へ引きずって行く。


 クローディーヌ王女様と私が何者か。本当に信用できるのかニャッコに問いただしているのだろう。

 無理もない。私が逆の立場でも同じことする。

 だが別に私たちは店主の男を騙そうとしているわけでない。正当な取引を持ち掛けているだけだ。やましく思うところはどこにもない。


 クローディーヌ王女様は小さくあくびをした。

 今日これからオオガラスと戦えないことがわかって退屈なのだ。


 「ねぇ、モイモイ。この並んでいる肉は何の肉なの?」


 「それはイノシシの肉です」


 その隣には、ヒヨドリ、シカ、名前はわからないが魚の肉が並んでる。シカの頭が天井からぶら下がってる。シカの頭みそは一部では珍味として、価値が高いらしい。私は食べたことはないが、恐らくニャッコなら食べたことがあるだろう。


 「私ってイノシシの肉って食べたことがあるかしら?」


 「恐らくないかと。王族の食事は専用の牧場で育成されたものを使っております。このような劣悪な肉ではなく、最上級の味が保証されております」


 全ての王族は肉だけでなく、全ての素材は管理しつくされたものを食べねばならない。贅沢するためだけではない。常に毒殺の危険が付きまとうからだ。

 王族の命は、自分一人だけのものではない。


 「一口くらい、味見してもいいかしら?」


 「いけません」


 即座に却下する。クローディーヌ王女様もそれを予期していたらしく、強くは抗議しない。

 いたずらをした子供のように笑っている。私をからかって暇を潰していたらしい。


 ごく稀にクローディーヌ王女様も年相応のことする。


 そもそも庶民でも肉とは生で食べない。猟師だけは生で食べることがあると聞いたがことがあるが、くわしくは知らない。



 ニャッコと商店の男が店先に帰ってきた。

 商店の男は私を見るなり、諦めたような表情になった。


 「わかった。あんたらの依頼を受けるよ。金さえ貰えればこっちは文句ねぇ」


 少なくとも私たちがこの男の敵ではないことが理解できたのだろう。そうすれば損得が働く余地が生まれる。

 だが愚痴を言わずにはいられないようだ。


 「いいかニャッコ。儂も長年肉を売ってきたが、こんな客は初めてだぞ。もう二度とお前の依頼主を客にはしねぇからな」



 次の日、さっそく生きたオオガラスが邸宅に届いた。

 猟師の男に金を渡すと、何度もお礼を言って帰って行った。

 

 まとまった金が手に入るのがよほど嬉しかったらしい。猟師という職業は獲物が取れなければ、収入が入らない。不安定な職業である。よほど臨時収入が貴重だったに違いない。


 オオガラスは大きな檻に入れられている。私とニャッコ、二人がかりで中庭に運ぶ。

 ギャアギャアと鳴きながら、檻の中で暴れている。漆黒の羽が降りの中で舞い散っている。

 

 やはり一番目に付くのはその鋭いくちばしだろう。それで空中から急所を狙われたら、大けがをする可能性が高い。急所を狙うだけの知能はなさそうだが、用心するに越したことはない。

 他の部分は大きいだけで普通の鳥と変わらない。爪もそれほど鋭くはない。


 となると気を付けるべきは事実上くちばしだけになる。戦う相手としては空中から襲おうともそれほど苦労はしない。


 クローディーヌ王女様はじっとオオガラスを観察している。どのように関節技をかけるのか思案しているに違いない。


 ニャッコが安心したように笑う。

 

 「ん、でも王女様がこのオオガラスに関節技をかければ今回の仕事は終わりだぁ。いやぁ、長かったなぁ。オオガラスは不味かったし、おっちゃんには変な客を紹介したことで怒られちゃった。次に行くときはなんか気まずいなぁ。」


 「まだだ」


 その私の言葉でニャッコが固まる。


 「オオガラスをよく観察しろ。足に傷があるだろう? 猟師の罠にかかった時に傷つけられたに違いない。クローディーヌ王女様は万全の状態のオオガラスと戦うのを希望している」


 「え? え? じゃあこのオオガラスはどうするの?」


 私は腕組みをする。

 オオガラスはなおも暴れるのを止めようとしない。凶暴さだけは一級品だ。


 「オオガラスを邸宅で飼って研究する。そして森に住む万全のオオガラスを誘い出す方法を発見する。ニャッコ手伝え」


 ニャッコの厚いくちびるが震える。そして足を踏み鳴らす。


 「意味わかんねぇぇ! やっぱりこんな任務受けるんじゃなかったぁぁぁぁぁぁ!! 私の馬鹿ぁぁぁぁぁぁ!!」


 広大な中庭にニャッコの叫び声が響き渡る。しかしその叫びに応えるものは誰もいない。

 ニャッコの盛大な嘆きを聞くのは2度目だ。だがクローディーヌ王女様の護衛の任務を受けている限り、これから何度でも聞くことになるだろう。



 使用人やメイド達が怖がってオオガラスに近づかないため、私が餌を与えることになった。

 まずスラム街の商店から買ったイノシシの肉を与えてみる。オオガラスは勢いよく、食らいつく。

 次に野菜を与えてみる。食べることは食べるが、半分以上残している。


 オオガラスは肉が好きなのかもしれない。

 つまり肉を森ばら撒けば、オオガラスがおびき寄せられて来るのだろうか。

 まだ確証はないけれども。


 これで檻の中にいるのが醜悪なモンスターでなかったら、情が湧いていたのかもしれない。

 

 とりあえず今日の研究はここまでにしよう。

 本格的にオオガラスと付き合うのは明日からだ。



 と思っていたのだが。

 次の朝にはオオガラスは檻の中で死んでいた。

 

 クローディーヌ王女様と共にその原因を考えた。

 足の怪我を治療しなかったのがいけなかったのだろうか。それとも他に原因があるのか?現時点では」はっきりしない。


 

 それを確かめるために再びスラム街の焦点の男にオオガラスの注文を出した。

 またまた信じられないものを見るような顔をされる。

 最近このパターンが非常に多い。貴族社会に生きる人間は、庶民の社会に溶け込むのは無理な話なのだろうか。それともクローディーヌ王女様の関節技への執念が原因か。わからない。その両方な気もする。


 次の日もオオガラスが届いた。今度は5匹ほどだ。

 私たちは思いつく限りのオオガラスの延命策を試したが、どうしてもすぐに死んでしまう。長く生きても3日程度が限界だった。



 100匹近くのオオガラスが死んだ時、ついに私たちはこれ以上のオオガラス研究を諦めねばならなかった。

 

 「私が思うに、オオガラスとはその姿で一生を過ごすのではない。普通の鳥が何らかの変異をして、オオガラスになるのだ。だからどうあがいても短命に終わってしまう。この仮説ならばオオガラスの数が少ないことに説明がつく」


 これは間違いなく新発見である。もっとも誰も調べようとしなかったからこそであるが。

 何かの役に立つとしたら、新米の冒険者の注意喚起ぐらいか。


 「あのさ。それがオオガラスと戦うことに役に立つの?」


 ニャッコの顔にはもっと早く諦めろや、という不満が透けてみえる。

 

 これに関しては断言できる。


 「特にないな」


 私が言うと、ニャッコは疲れきったよう表情で天を仰いだ。


 

 結果として今日も失敗だった。

 再び次の手を考えねばならない。

 クローディーヌ王女様が諦めない限り、この私も諦めるという選択肢は存在しないのだから。


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― 新着の感想 ―
[一言] 章ごとに上手くまとまっていて、キャラに個性が沢山あり、読みやすく、読んでいて楽しい作品でした^^ 引き続き頑張ってください^^
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