第二章 対オオガラス戦 その四
朝から雨が降っている。
それにも関わらず、冒険者ギルドは今日は猥雑であった。
私たちが冒険者ギルドの建物に入るなり、酔っぱらった冒険者達から声が飛んだ。
「おう! ニャッコ! 昨日はありがとな!」
「お前は最高の女だぜ!」
確かにニャッコの身長なら、真っ先に目に付く。しかしそれにしても様子がおかしい。
先日冒険者ギルドを訪れた時とは、まったく違った反応である。前回冒険者ギルドに来た時には、むしろ笑いものにされていたはずだ。
それなのに、この手のひら返しは?
ニャッコはその言葉を真に受けて照れている。
どう考えてもお世辞に近い言葉であろうに。
「いやぁ、それほどでも。最高の女なのは確かだけどね。でもあたし自分より背が低い男とは付き合えないから注意してよね」
酔っぱらった客からさらに声援が飛ぶ。
「もう一度、ギルドを貸し切って俺たちに酒を奢ってくれよ!」
「最高の夜だったよな!」
なるほど。ニャッコはクローディーヌ王女様との契約金を冒険者ギルドを貸し切ることに使ったらしい。
やはりこの女は馬鹿としか言いようがない。
貯金するとか新しい装備を買うとか、金の使い方をもっと考えるべきだ。冒険者とは明日の保証のない職業なのだ。
私が指摘するのは余計なお世話かもしれない。だが将来ニャッコが野垂れ死したら、きっと目覚めが悪くなろう。
ニャッコと私の目が合った。非難の目線を送っていたことがわかったらしく、急に不機嫌になる。
「いいじゃん。あたしの金なんだから好きに使っても。大体、モイモイだってめっちゃ無駄遣いしてるじゃん」
心外である。私が金を使うのは全てはクローディーヌ王女様のため。個人的な贅沢のために金を使ったことなどない。
それに王族の収入は冒険者と文字通り桁が違う。ニャッコが無駄遣いに感じても、収支は正常の範囲内に収まっている。
それもこれもクローディーヌ王女様が他の王族と違い、金を使うことに興味を示さないからだ。
「私たちのことは関係ない。問題はお前だ。将来のことを考えろ」
「はぁ!? あたしの将来なんて最高の男と結婚するから問題ないっしょ! いいじゃん! 酒場で全財産使っても!」
お前。
全財産使ったのか。私たちとの契約金はひと月ごとに払われている。だからずっと無一文ということはないだろうが、それまでの時間をどうするつもりなのか。
「あら。でも人脈を作るのも大切なことですよ」
クローディーヌ王女様が珍しく、いや初めてニャッコを擁護した。
私は驚いた。クローディーヌ王女様がこういった形で他人に興味を示すのは滅多にない。
ニャッコは感激して、クローディーヌ王女様の手を取る。
その姿は身長差から大人と子供が並んでいるようにさえ見える。
「そうなんだよぉぉ。これってば、将来への投資なんだよぉ。さすがクローディーヌ様はわかってる!」
ニャッコは涙を流さんばかりだ。
絶対に嘘だと断言できる。そもそも昼間から酒場で酒盛りしてる連中と人脈を作っても、役に立つことなどあり得ない。
「そうですね。それではモイモイ、早く用事を済ましてしまいましょう」
クローディーヌ王女様が冷たく言い放つ。
どうやら早くこの話題を切り上げたかっただけのようだ。はなからニャッコの散財など、興味がなかったということ。
ショックを受けて、ニャッコが固まっている。
一つだけ覚えておけ、ニャッコよ。クローディーヌ王女様に気遣いなど期待してはいけない。
そもそも王族に他人への配慮など必要ないのだ。
冒険者ギルドの受付の男は、私の顔を憶えていた。
「ヘヘッ。旦那、ニャッコの契約延長の件ありがとうございます」
冒険者としてのニャッコの腕自体は悪くないので、契約の2年延長を申請していた。
王が許可を取り消せば、明日にでもクローディーヌ王女様の冒険は終わる。しかし数年続く可能性もある。その時に他の冒険者を雇うのも面倒だ。
ニャッコは表面上はとても嫌がっていたが、結局は受け入れた。金払いがいいからだろうか。
クローディーヌ王女様と方向性は違う。だが感情が豊富過ぎて理解に苦しむところがある。
私は受付をする机の上に金貨を数枚置いたいた。
クローディーヌ王女様の冒険の冒険が続く限り、冒険者ギルドは有用な存在だ。印象を良くしていて損はないだろう。
男は前回と同じように顔を緩ませる。
「ああ、助かりやす。これで女房の奴にいい服を買ってやれます」
女房がいたのか。
私たちには何の関係もないが、意外ではある。
本題を切り出す。
あまり関係のないこと喋りすぎると、クローディーヌ王女様の機嫌が悪くなってしまう。
「ニャッコから聞いたのだが、冒険者ギルドは情報を集めるための依頼も受け付けているのだな?」
「へぇ。もちろん受け付けておりやすが、また別に金が必要になりやす。それでもいいですか?」
問題はない。
むしろ金ですむのなら、そちらの方が楽だ。
この王都では、冒険者ギルドに登録している人数は膨大である。
そしてオオガラスは弱く、数も少ないとはいえモンスター。襲われた冒険者も多いはず。そしてその中には私たちにとって有用な情報を持っている者もいるはず。
前回は失敗したが。今度こそ人海戦術が有効なはずである。
「オオガラスというモンスターは知っているか? そのモンスターに襲われた際の状況を知りたい。できればオオガラスをおびき寄せる方法ならば最上だ」
「わかりやした。すぐに募集をかけますぜ」
受付の中年は何やら台帳に書き込んでいく。
相当に奇妙な依頼なはずだが、受付の中年の男は平然としている。
おそらくこういった奇妙な依頼に慣れているのだ。冒険者ギルドはモンスターを狩るだけなく、ありとあらゆる依頼を受け付けている。
「至急頼む。金ならいくらでも出す」
受付の男はこれには驚いて、台帳を書く手が止まった。奇妙な依頼には慣れているが、金持ちには慣れていないようだ。
「あ、あの、旦那たちは何者なんですか? そっちの美人もこの吹き溜まりに来るとはとても思えないし…」
私は答える。
「知りたいのか?」
中年の男は慌てて頭を振った。
「い、いや、差し出がましかったです。すいやせん」
それいい。私たちの正体はできる限り、隠しておきたい。
仮に知ったところで、お互いに損でしかないだろう。
次の日、ニャッコを通じて冒険者ギルドに呼ばれた。
雨はまだ降り止まない。
受付の机の上には、書類が山積みで積まれている。
受付の男の顔が隠れてしまうほどである。
男が申し訳なさそうに言った。
「旦那が情報料にかけた賞金が高すぎました。それでランクの低い冒険者が殺到しましてね。この有り様です」
なるほど。そうなったか。
オオガラスの情報を出すだけならば、労力も時間もさほど必要ない。駄目元で情報を出してみる冒険者が多かったということか。
金を使えば、全てが上手くいく。そう簡単に世界はできてはいないのだ。
今度ギルドに依頼を出す時は、その辺りも考慮しなければならない。
「私どもでこの山から旦那の役に立つ情報を選べれば一番良いです。しかしなにせ冒険者ギルドでオオガラスに詳しい奴がいないときている。どうしたらいいもかと困っていやしてね」
「馬車の中へ運んでくれ。後は私たちが何とかする」
受付の男はホッとした表情になる。私たちがさらに無理難題を押し付けるとでも思っていたのだろう。
だが冒険者ギルドにこの問題を解決できるとは思えない。冒険者には細かい作業は向かない。ニャッコがその代表例だ。
それに私はその仕事に向いている人間たちを知っている。
全ては適材適所である。
クローディーヌ王女様を雨に濡らせるわけにはいかない。
だから昨日と今日は徒歩ではなく、馬車を移動手段にしている。
車内では雨の音が断続的に響く。
貴族社会では目立つことのないこの馬車も、庶民の社会では恐ろしく目立つ。
道行く人々は迷惑そうに道を譲る。
クローディーヌ王女様と二人きりで乗ることが多い馬車の移動である。
しかし今日はニャッコと大量の書類が積まれている。特に体の大きいニャッコは狭い車内のかなりの面積を占めている。正直、暑苦しい。
先ほどからニャッコが妙に喜んでいる。
「すごい! すごいよ!! こんなの乗ったことがない! 人間が砂粒みてーだ!」
明らかに言い過ぎである。
ニャッコの正確な年齢は知らない。だが子供じゃあるまいし、少しは落ち着いて欲しいものだ。
クローディーヌ王女様はいつものように、モンスターの図鑑を読んでいる。
騒々しいのはうんざりする。
だがこういう時には光景も悪くはない。
理由なく私はそう思った。
スラム街の入り口で私は馬車を止めさせた。
この場所の道は狭い。これ以上、馬車では通行することが不可能だ。
「クローディーヌ様はここでお待ちください。ここからは私一人で行きます」
クローディーヌ王女様は即座に否定する。
「嫌。私も行く」
例え一緒に行ってもモンスターと戦うわけではないし、クローディーヌ王女様が交渉で役に立つことも少ないだろう。クローディーヌ王女様自身もそれはわかっている。
しかしあくまでも自分の運命は自分で切り開きたいだ。
クローディーヌ王女様の決断。そこに合理性の挟み込む余地は存在しない。
「了解しました。ではニャッコ。お前が傘を持て」
諸事情により更新を停止させていただきます。




