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第二章 対オオガラス戦 その二

 私たち三人は並んで王都を歩く。

 今日も王都は混雑している。

   

 「スライムに関節技をかけてわかったことが1つあるわ。関節を外す時は一瞬で外さないといけないといこと。モンスターは人間と違って、痛覚自体がないものもいる。人間なら痛みで動きが止まるけど、モンスターは腕が折られても平気で私を攻撃してくる可能性が…」


 珍しくクローディーヌ王女様が饒舌に喋っている。

 クローディーヌ王女様には関節技を語り出すと止まらなる癖がある。その言葉は自分以外の誰に語り掛けているわけもない。思考に沈み、強くなるための最適解を導き出そうとする。


 クローディーヌ王女様は自分の小さな手をじっと見つめた。


 「もっと単純にパワーが欲しいわ。この体は軽すぎる」


 小さな手を握り締める。

 クローディーヌ王女様は小柄である。それに比して筋力も小さい。

 関節技の訓練をどれだけしても、大量の食物を食べてもクローディーヌ王女様の腕は太くならなかった。

 たぶんそういう体質なのだろう。王の一族に共通の体質である。


 「あたしの体と取り換えっこしようか?」


 ニャッコがクローディーヌ王女様の自問自答に乱入してくる。あいかわず空気の読めない女である。

 確かにニャッコの体は見上げるほど大きい。だが魔法を中心に戦う後衛職。筋力は強くないはずだが。


 クローディーヌ王女様はにっこりと微笑む。


 「それはいい考えですね。その体は鍛えがいがありそうです」


 「え!? いや…。クローディーヌ様、これは冗談でね。本気に取らんで欲しいんだけど」


 その言葉に急にニャッコが怖気づいた。

 ああ、そうか。王族にはそういう魔法があるかも知れないと思ったのだろう。こちらには魔法庁の長官という強力なコネがある。そこでは最先端の魔法が研究されている。

 その可能性は以前スライムと戦った時に証明された。

 しかし当然ながら、そんなものは存在しない。


 仮に魔法があったとしてもニャッコと体を交換することはあり得ない。



 周囲の景色が変わってくる。

 人が混雑している大通りから、薄汚れた貧民街へ。


 この場所ではクローディーヌ王女様はより一層目立つ。

 仕事のない人間が道端にたむろしている。濁った視線を送ってくる。

 最悪とまでは言わないが、この辺りは治安が悪そうだ。


 「本当にこの道を通らねばならないのか? ニャッコ」


 私はニャッコに問う。ニャッコがここまで私たちを先導したのだ。


 オオガラスはスライムのように、森のどこにでもいるモンスターではない。スライムと比べて、圧倒的に数が少ないのだ。

 人間を直接襲うことは滅多になく、むしろその荷物などから食物を奪おうとすることの方が多い。空中から急降下してくるオオガラスから荷物を守ることは一般人には困難である。


 もっともそれは、森の中で食べ物を晒している者が悪いとも言えるが。布などで荷物を覆ってしまえば、オオガラスは襲ってこない。


 だがらその鳥としては巨大な見た目とは異なり、人間が受ける被害は他のモンスターと比べて少ない。

 空中を自在に舞うオオガラスを捕まえることが面倒なこともあり、冒険者ギルドも討伐に積極的ではない。

 

 つまり森の特定の場所に行けば、オオガラスが発見できるという保証がない


 オオガラスと戦うためには、まずその居場所を探さなくはならないのだ。

 空中にいるオオガラスにいかにして関節技をかけるのか、という問題もある。だがそれは実物を見てからでも遅くはない。


 だからニャッコがオオガラスを買った店でその話を聞こうとしたのだが、こんなスラム街にあるとは聞いていない。一応お前も護衛ならば、先に言え。ニャッコ。


 「後、どれくらいで店に到着する? これ以上、治安が悪いところにクローディーヌ様を行かせるわけにはいかない」


 「大丈夫、大丈夫。もうすぐ着くからさ。それに治安だって悪くないよ。あたしはこの辺に住んでいるからよくわかるんだ」


 流れ者の冒険者に治安の良し悪しがわかるはもなかった。世界中を見渡せば、この場所より治安がいくらでもある。

 万が一クローディーヌ王女様が死んだら、お前もついでに死刑になる。それをこの女は理解しているのだろうか。


 クローディーヌ王女様は平気な顔でスラム街を歩いている。

 この程度のことを気にするクローディーヌ王女様ではない。


 もしここから無理矢理に引き返させたら、クローディーヌ王女様は怒るだろう。怒るだけならまだしも勝手に一人で進みかねない。

 そう思うと、判断に迷う。


 スラム街のチンピラ程度なら、何十人来ようとも私だけで対処できる自信がある。

 ならばもう少し様子をみるべきか?


 

 スラム街の先へ進み、道の両脇に露店が並ぶ場所へと行きついた。スラム街の市場だと推測される。 

 萎びた野菜や腐りかけの肉。明らかに盗品のだとわかる物品を店先で堂々と売っている。


 スラム街なりの活気がそこにはある。


 ニャッコがある店の前で歩みを止めた。

 店先で大柄な男が包丁で肉を切り分けていた。肉の品質は周囲の店よりも、少しは良さそうだった。


 「よっ! おっちゃん来たよ」


 男が顔を上げ、ぱっと笑顔になる。

 どうやらニャッコと顔見知りらしい。


 「おう! ニャッコ。オオガラスの味はどうだった? 美味かっただろう? もう一匹買っていくか?」


 ニャッコが大げさに顔を歪める。


 「んなわけないっしょ! 金返せ!」


 「ハッハッハッ。だろうな。オオガラスなんて一文無しの貧乏人しか食わん。ん? ところでそっちの目が覚めるような美人は誰だ?」


 じゃれ合うような掛け合いが続く。

 ニャッコはこの近くに住んてるとの話なので、この店の常連客なのかもしれない。

 

 「え、えっと、今はこの人たちの依頼を受けてるんだ」


 「へぇ。こんな美人の依頼をねぇ。実に羨ましい! どうたい? お嬢さん。儂の息子の嫁にならないか?」


 この男。

 この場で切り捨ててやろうか。


 真剣にその案の検討をする。

 

 どんな理由があれ、庶民が王族を侮辱することは死罪に値する。無知などという理由は通らない。

 侮辱を許したまま放置することこそ、王族の名折れだ。


 剣の柄に手をかける。


 クローディーヌ王女様は平然と立ったままでいる。どうでも良さげな表情だ。

 だが私は騎士として、主の名誉を守る義務がある。


 ニャッコが私と男の間に、割って入った。そして手を広げて、私を男の傍に行かせまいとする。

 追い詰められた表情だ。

 さすがに私がどうするつもりなのか学習したらしい。


 「ちょ、ちょ、ちょっと待って! これはただの冗談だから! 本気にしないでよ!」

 

 クローディーヌ王女様を侮辱しておいて、冗談で済むと思うのか?


 冷たい空気が流れる。

 周囲の人間が私たちを注目している。


 そこで男はようやく慌てた表情になる。

 相手が冗談を通じないような人間だとやっと理解したらしい。


 そうだ。王族にはその手の冗談は禁句だ。絶対にやってはならない行為。

 だが他の王族はスラム街などに近寄りもしない。全ての王族を見渡してもスラム街に来るようなものは私たちだけだ。

 

 私たちこそが異物。しかし許せないものは許せない。 

 ここに案内したニャッコを恨め。


 しかし私が剣を抜こうとした瞬間、男は床に跪いた。


 「も、申し訳ありません。い、今の発言はなかったことにしてくだせぇ」


 私は剣の柄から手を離す。

 そして頭を下げる。


 クローディーヌ王女様の名誉が守れればそれで良い。

 私自身はただの騎士である。守らねばならない誇りなど存在しない。

 だから庶民にも頭を下げることができる。

 

 「こちらこそ失礼した。冗談とわかっていても、絶対に譲れぬことがあるのです」


 男の表情が引きつる。

 私たちのような貴族社会の人間を見たことすらないのだろう。得体の知れない化け物をみるような目で私たちを見ている。


 クローディーヌ王女様が進み出て、ここまでの一切が存在しなかったように言った。


 「オオガラスの棲み処の場所を聞きたいのですけれど?」


 

 男の話では、オオガラスを積極的に狩ろうとする人間はいないらしい。

 オオガラスの肉は不味く、価値はゼロに近い。いくら狩っても儲からないのだ。

 だがまれに普通の鳥を狩るための罠にオオガラスが引っかかっていることがある。それが市場に出回るのだった。捨てるよりはいくばくかの金に換えた方が良いとの判断だ。


 それでもオオガラスの生息しているだろう範囲を教えて貰った。

 しかしその範囲はかなり大雑把、そして広大である。

 本当にこれでオオガラスを見つけることが出来るのだろうか?


 私は男にオオガラスの情報料を支払った。

 しかし最後までその男の顔は強張ったままであった。


 

 男と別れてからでも、ニャッコはまだ怒っていた。


 「はぁ!? モイモイのあの態度、あり得ないし! あれじゃあ女の子にモテるわけないっしょ! 反省しろ!」


 ニャッコは自由だ。

 怒りたい時に怒り、笑いたい時に笑う。私たちとは違う人種。

 冒険者とはそういう風な生き方を選んだもの達だ。

 

 「悪いが、これだけは謝る気はない。主の名誉は自身の命よりも優先される」


 「意味わかんね!」


 ニャッコがむくれる。

 恐らく死ぬまでこの信条を理解することはないだろう。理解する必要すらもない。

 

 その一方、クローディーヌ王女様は我が道を行くだけだ。


 「さあ、森に向かいましょう。私は早くオオガラスと戦いたのです」


 またクローディーヌ王女様の無鉄砲さが発揮されていた。

 本当に関節技に関しては一切の妥協がない。あるいは生き急いているというべきか。

 

 だが現時点ではどう考えても情報が不足している。


 「お待ちください。あの男に教えて貰ったオオガラスが生息するという範囲は広すぎます。私たちは狩りの経験はありません。無駄足になる可能性が高いです」


 「行ってみなければわからないでしょう?」


 そう言って、スタスタと森の方向へ歩き出してしまう。

 私の経験からいって、もう何を言っても無駄のようだった。

 ニャッコもしぶしぶ私たちの後ろに付いて来る。



 それから私たちはクローディーヌ王女様の意向に従い、森でオオガラスを探した。


 しかし結果は。


 やはりと言うべきか。

 オオガラスの影も形も発見することができなかった。

 私たちは何一つ成果なく森を彷徨うこととなった。

 

 日が暮れて、王都に帰る私たちの足取りは重かった。

 クローディーヌ王女様の内心の苛立ちが手に取るようにわかる。

 

 無鉄砲さが常に良い結果を生むとは限らない。

 むしろどちらかといえば、悪い結果を生むことの方が多い。

 

 だがそれでも、失敗は無駄ではない。

 次の作戦を考えればいいだけの話である。


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