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第二章 対オオガラス戦 その一

 その日、クローディーヌ王女様は宮殿の公務をこなさねばならなかった。

 公務といっても内輪の小さなパーティーである。参加人数が少ないため、私も護衛としてパーティーの参加が許されていた。


 そこには他の王族や国の高官も参加していた。

 クローディーヌ王女様はその連中に散々に嫌味を言われた。

 曰く、


 「王都に出かけているらしいですな。噂になっておりますぞ。王が許可したとはいえ、いかがなものかと私は思いますが」


 「あなたももう16歳なんですから、そろそろ結婚の準備をしなさいな。私があなたの年頃にはすでに淑女と呼ばれておりましたよ」


 「最近、王族の品位が低下している。実に嘆かわしい。王女様もそうは思いませんか?」


 もしクローディーヌ王女様の許しが貰えたのなら、私は相手を即座に切り捨てていた。

 特に相手が「関節狂い」という言葉を口にしていたら、許しが出なくても決闘を申し込んでいた。

 

 だが結局、その言葉はパーティーの最後まで出ることはなかった。


 それでも私は連中の言葉に一面の正義あることは認めざるを得ない。

 私自身はクローディーヌ王女様の絶対の味方である。

 しかし王族という立場に立てば、王都に出かけるべきはないし、結婚の準備をするべきだし、品位ある生活を送るべきなのだろう。現状ではクローディーヌ王女様のわがままと取られてもしかたがない面がある。

 だが完璧な王族としての人生、それでクローディーヌ王女様が幸福になるはずがない。

 それだけは、私にもわかる。 


 クローディーヌ王女様はそれら嫌味に対して、ニコニコと笑顔で当たり障りのない言葉を繰り返していた。

 どれだけ嫌味を言われても、表面だけは反省したふりをする。

 

 その姿は心のない人形を思わせる。


 クローディーヌ王女様はその苦しみを私に語ったりはしない。

 王族とはこの世界の誰に対しても、弱みを見せてはならないのだ。


 

 その帰り道。時間はすでに深夜になりかけている。


 私とクローディーヌ王女様を馬車に乗っていた。二人きりである。

 群青色のドレスと白く輝くネックスレス。完璧な王族の格好。それは一枚の絵画のようだった。

 私はクローディーヌ王女様と向き合っている。


 とても静かな時間であった。馬車の車輪の音だけが車内に響いている。


 クローディーヌ王女様はずっと本を読んでいる。あの本は最近取り寄せたモンスターの図鑑だ。その図鑑は1ページずつ職人が絵を描いている。とてつもなく高価な一冊である。


 その時、馬車の窓の外でかすかな音がした。

 私にはそれが鳥が羽ばたくような音に聞こえた。


 クローディーヌ王女様は本から顔を上げ、窓の外をじっと見ている。クローディーヌ王女様もその音が聞こえたらしい。

 

 私は思った。もしかしたらクローディーヌ王女様は鳥のようにどこかに飛び立って行きたいのではないか。

 今は自由に王都には出かけることができる。

 しかしそれは王が許可を取り消されれば、一瞬で消えるような自由。あくまで鳥かごの中の自由なのだ。

 

 それをクローディーヌ王女様は粉々に打ち破ってしまいたいと思っているのだろうか?


 だが、私の思惑は外れる。

 クローディーヌ王女様は私の方へ振り返り、にっこり笑いかけた。

 そして言った。

 

 「次に倒すモンスターは鳥型にしましょう」


 私は思わず頭を抱えたくなる。鳥型。空を飛ぶモンスターに関節技をかける?



 次の日、昼頃にニャッコが邸宅に来た。

 前回ニャッコが邸宅に来た時、手づかみで食事をしたあげく椅子から転げ落ちるという醜態を晒した。その体の大きさも相まって、使用人の間ではしばらく噂になっていた。もっとも笑いものになるという、不名誉な噂であるが。

 どうもこの女はそういう星の元に生まれたらしい。 


 私はさぞや邸宅に来るのが気後れするに違いないと予想したのだが、平気な顔をして立っている。


 「前に言ったはずだぞ。冒険者は裏口から入れと」


 「え? そんなこと言った?」


 その顔から見ると、煙に巻いているわけではなく本気で疑問に思ってるらしい。前回の訪問のことは、忘れてしまったのだろうか。

 この有り様でよく冒険者をやって来れたものだ。それとも最近の冒険者はこの女でもやっていけるほど、ゆるい職業なのだろうか?

 それでもスライムと戦った時には、良く働いてくれた。頭がからっぽでも、冒険者として腕が良いことは認めざるを得ない。

 

 何よりもこの女はクローディーヌ王女様を裏切りそうにない。 

 その無邪気な善性。悪意に満ちている貴族社会に生きる私たちには時として異質なものと感じてしまう。

 羨ましいかは微妙だが。


 「それより、こんなものを買ってこいってさぁ。何に使うん? 王女様が必要だとは思えないんだけど」


 そう言って、ニャッコは黒い塊を差し出した。


 子供の頭くらいの大きさ。嘴と漆黒の羽毛がある。首が長いのが特徴的だ。

 一般的にはオオガラスと呼ばれるモンスター、その死体である。


 「それを食べたいそうだ。クローディーヌ王女様が」


 「何ですってぇぇぇ!?」


 ニャッコが猫耳を逆立てる。


 「モンスターの中には食べられるものもある。オオガラスもその一種であると話したら、どうしても食べてみたいと」


 「あのさぁ。食べられることは食べられるよ? でもモンスターって超マズいんだよ? 知ってるの? 王族が食べるようなものではないから」

  

 当然、知っている。

 そして私も散々止めようとしたのだが、クローディーヌ王女様は最後まで聞き入れなかった。  


 歴史の話になるが、モンスターは魔王が現れる以前は存在しなかったらしい。そうなると魔王の影響によってモンスターが生まれたと考えるしかない。

 本来なら、それを食べようなどとはしない。だが人間とはたくましい生き物だ。食べられるものなら何でも食べようとする。

 多くの犠牲者を出しながら、食べられるものと食べられないもを選別していった。

 前回のスライムは食べられない。このオオガラスは食べられる。

 なにせオオガラスは王都の市場で売られてるほどなのだ。


 だが食べられることと、その味は別だ。

 例外もあることにはあるが、一般的にはモンスターの味は劣悪だ。

 その原因はまだ判明していない。魔王に関係があるとは推測されてはいるが。

 

 そのこともあって、モンスターの肉は庶民の中でも特に貧しい人が食べるものである。間違っても王族が食べるものではない。

 クローディーヌ王女様は王族でも例外の中の例外なので食べようとするのだ。

 

 「またっっっっく意味がわからないぃ! あのオオガラスを好き好んで食べるなんて! 底辺の冒険者でもオオガラスなんて食わないよ!」


 どうやらニャッコはオオガラスを食べたことがあるらしい。

 実は私もオオガラスは食べたことがない。当然クローディーヌ王女様も。


 だがしかし、その一方で私は思った。

 ニャッコがオオガラスを片手で吊り下げている姿は、よく似合っている。身長が高く横幅も広いニャッコが大きな鳥を持つと、どこぞの狩人を思い起こさせる。頭の上の猫耳もそれに拍車をかけている。

 もしや猫族とは狩猟を生業にしている民族なのだろうか?


 「もしかして昔、オオガラスを多く食べていたのか? ならば料理の方法を教えて欲しいのだが」


 「はぁ!? 誰がオオガラスを沢山食べるですって!? 誰があんなものを食べるもんですか! 餓死したってごめんよ!」

 

 ニャッコが怒っている。誇りを汚されたと思ったらしい。あのニャッコがおこるほど、オオガラスは不味いのだろうか。


 だとすれば、これからニャッコにはさらに気が滅入る事態が待っている。

 クローディーヌ王女様がオオガラスを食べるならば、私とニャッコも同じものを食べねばならないのだがら。



 クローディーヌ王女様が食事をする以上、従業員用の食堂というわけにはいかない。かといってクローディーヌ王女様の私室に私たちごときが入り込むのは不可能だ。

 必然的に食事は大広間で行うことになった。


 本来、大広間は百人からの客をもてなすための部屋である。ゆえにこの邸宅の中で最も面積が広い。庶民の家の約4倍はある。

 巨大なテーブルが部屋の中央にある。そして壁には歴代のこの国の王の肖像画が飾られている。そこには当然クローディーヌ王女様の父親も含まれている。


 100人が食事をするようなテーブルに、私たち3人が座った。

 それはとても寂しい光景のようにみえる。が、別に寂しい思いをしているわけではない。


 ニャッコはげんなりした顔をしている。自らの運命を悟ったのだろう。

 反対にクローディーヌ王女様は楽しそうだ。


 メイドたちがオオガラスの料理を運んできた。

 今更すぎるが、どうして関節技をかけるために対象のモンスターを食べる必要があるのだろうか?

 クローディーヌ王女様が言うには対象の全てを理解してこそ、関節技を完璧にかけられるらしい。人間ならば、性格を把握することには意味がある。しかしモンスターの味を把握することには意味があるのだろうか。わからない。

 


 料理の見た目は悪くない。オオガラスの肉には野菜をたっぷりと混ぜられたソースがかけられ、普通の鶏肉のソテーとそれほど変わりはしない。香りも特段、ひどい悪臭というわけではない。


 「では、毒見をさせていただきます」

 

 ます、先に私が食べる。

 王族や貴族などの貴人は、毒殺を避けるために従士に毒見をさせるのが一般的な風習である。


 オオガラスの肉を一切れ口に入れる。


 その瞬間、吐き出しそうになった。

 

 死ぬほど不味い。

 これほど不味いとは。予想を超える不味さである。

 

 肉のえぐみが口一杯に広がる。もはや甘いとか辛いとか、そういう味の次元の話ではない。これは肉なのだろうか? そもそも本当に食べ物なのだろうか?


 隣ではニャッコも悶絶している。

 別にニャッコは毒見をする必要はないのだが。不味いと理解していてなぜ食べたのか。料理の見た目に釣られたのか?

 

 毒見役としてはこの料理をクローディーヌ王女様にこれを食べさせるわけにはいかない。

 例え毒ではないとことがわかっていても、いくらなんでも不味すぎる。

 そう思うのだが、あまりの衝撃に言葉が出ない。


 そうこうしている間に、クローディーヌ王女様もオオガラスの肉を口に入れた。

 なんてことだ。私は毒見役として失格だ。


 だがクローディーヌ王女様は完璧な食事作法で料理を口に運ぶ。

 楽しそうな表情は一切崩れない。

 クローディーヌ王女様はやせ我慢しているのだろうか。いや、そんな様子もない。

  

 ついにオオガラスの料理を全部平らげてしまった。

 

 「なるほど。オオガラスとはこういう味でしたのね。勉強になりました」


 クローディーヌ王女様とはとても長い付き合いである。大抵のことは理解できるつもりだ。

 だが時としてクローディーヌ王女様は私の知らない顔を見せる。

 それは少女の成長と言っていいのかどうか。


 クローディーヌ王女様は優雅な動作で口を拭くと、立ち上がった。

 そして言う。


 「さあ王都へ行ってオオガラスと戦いましょう。ああ、とても楽しみです」


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