第一章 対スライム戦 最終話
私たちは三人は再び郊外の森を訪れていた。
風は暖かく、春の到来を予感させる。
スライムと決着をつける時がきた。
本当は決着という表現は適当な表現ではない。以前戦った時にもスライム自体は倒しているのだから。
私たちの目の前にいるスライムは、前回のスライムと別の個体である。
今さらそれと戦う理由は存在しない。
だが。
クローディーヌ王女様にとっては違う。関節技を使って勝たねば勝利に値しないのだ。
「そこまで…する?」
ニャッコがぼそりと呟く。
誰でも倒せるスライム。
そのスライムに関節技をかけるためだけに、当代最高の魔法使いに新しい魔法を研究させる。
まさに不合理の極み。狂気の行為だ。
出会ったばかりのニャッコにはわからないのだろう。
合理性、善悪、その外側にクローディーヌ王女様はいる。
クローディーヌ王女様は関節技は対する執念は常軌を逸している。
「ニャッコ。クローディーヌ王女様に最後まで付き従う、それが私たちの仕事だ。準備しろ。エルマン長官の魔法を使うぞ」
私は懐から一冊の本を取り出す。
そこには昨日、エルマン長官が編み出した魔法が記されている。
「悠久なる神々よ。今ここにその力の一端を示したまえ。我らに奇跡を…」
完成された魔法なら、詠唱は一言で済む。だがこの魔法はあまりにも高度で、かつ未完成だ。そのため長大な詠唱の時間が必要になる。
ニャッコも続く。
「我らは小さきもの。されどこの心に勇気在り、慈愛あり。ゆえに謁見に値すると…」
詠唱を行うに従い、莫大な魔力が搾り取られる。天才の作った魔法は凡人が使うには扱いが難しすぎる。
本来ならエルマン長官自身がこの森に来るべきである。だが昨日仕事を放棄していたことが露見して、魔法庁に監視付きで監禁されている。だから私とニャッコしか魔法を使えるものがいないのだ。
私の魔力量は普通の人間のおおよそ3倍、ニャッコは1.5倍。しかし足りない。二人がかりでこれとは。エルマン長官が魔法の使用者に想定していた魔力量とはどれほどなのだ?
立っているのさえ苦痛になってくる。
魔力は生命力そのものである。完全に使い切れば死ぬ。
それでもなんとか詠唱を続けているうちに、目の前のスライムの形が変化していた。
半透明なのは変わらないが、その体全体の面積が大きくなっていく。そして徐々に人間の頭と手足らしきものが生えてくる。頭には顔はない。頭の形しかない。
肘が作られ、同時に膝も作られていく。その中心には骨格らしきものも見える。それが終わるとゆっくりと5本の指が生えてくる。
そこで私とニャッコの魔力の限界がきた。
ニャッコが仰向けに倒れる。倒れながらぶつぶつと何か言っている。たぶん己の身を嘆いているのだろう。
私も立ってられず、片膝を地面に付く。しばらくは動けそうにない。
天才が生み出そうとした魔法は、凡人には発動しきることすら不可能だった。
スライムに骨格らしきものを作ることだけで、精一杯。
「十分よ。二人ともありがとう」
クローディーヌ王女様がスライムの方を向いたまま言った。
そして歩き出す。
スライムに知性は感じられない。だが防御本能はあるのだろう。
接近してくるクローディーヌ王女様に掴みかかった。
動き自体はそれほど早くはない。普通の人間並みである。
クローディーヌ王女様はスライムの右手を掴むと、自らの方に引き倒しながら同時に足を絡める。
スライムは本能的に倒れまいとする。
だがいくら軽いといっても、クローディーヌ王女様の全体重をスライムごときが支えられるはずがない。スライムの体が傾いていく。
スライムが倒れるころには、もうすでに関節技の準備ができていた。
ゴキリッとスライムの右腕の骨格が折れる音が周囲に響いた。
てこの原理を利用して、相手の関節を破壊する。
関節技の基本原理であった。
それでもスライムは痛覚がないのか、残った左腕をクローディーヌ王女様に伸ばす。
だがそれをクローディーヌ王女様は予想している。
スライムの左腕を掴みながら、スライムの左側に這うように移動する。
そして先ほどと同じように両足を絡め、左手の関節を折る。
両手を失ったスライムはなんとか立ち上がろうともがくが、クローディーヌ王女様は容赦しない。
一切の躊躇なく、丁寧に両足の関節を一本ずつ破壊していく。
四肢を断たれたスライムにはもはや抵抗することさえできない。
最後にスライムの背後に回り、首に両手を回した。
腕や足を折る時とはまた違った音が森に響いた。
スライムの首の骨格があっけなく折れる。
スライムの人型の形が崩れていく。そして残ったのは半透明な粘液だけ。
それはクローディーヌ王女様が骨格を破壊したからか。
それとも魔法のエルマン長官の魔法の効果が切れたからか。
わからない。けれど。
クローディーヌ王女様は立ち上がり、天に向かって右腕を突き上げた。
そして噛みしめるように呟いた。
「勝った」
それはとてもとても愚かしく、そして美しい姿であった。




