第25話「食べる喜び」
相馬圭介が警察に連れて行かれ、私たちも事情聴取を受けた。
それから、しばらくの時間が経った。
相馬は、自らの罪を認めた。
百年以上前、黒田理沙が開発した細胞死停止処置を、十分な治験を行わないまま国へ提出したこと。
そして、当時の研究資料や相馬の証言から、理沙が無実の罪を着せられ、処刑されたことも明らかになった。
しかし、昔の事件ということもあり、警察の捜査には時間がかかっているようだった。
相馬は、あれほど長い年月を生きてきて、楽しかったのだろうか。
死ぬことを恐れて、自ら死なない身体になった。
それでも、いつか元の身体に戻りたいと思っていたのだろうか。
長い年月をかけて、解毒剤の作り方を探し続けていたのだろうか。
今となっては、相馬にしか分からないことだった。
一方、私が完成させた解毒剤は、研究所で安全性の検証が進められていた。
細胞死停止処置を解除することはできたものの、長期的な影響については、まだ調べる必要があった。
それから、数年後。
解毒剤の効果と安全性が確認され、家畜や養殖魚への使用が認められた。
牛や豚、鶏、魚などが、再び食用として流通するようになった。
スーパーには精肉売り場や鮮魚売り場が設けられ、肉や魚を自由に買えるようになった。
もちろん、昆虫食もなくなったわけではない。
今では、昆虫も肉も魚も、好きなものを選んで食べられるようになっていた。
そんなある日、私は直人と一緒に曾祖母のお墓を訪れた。
持ってきた道具で墓石を丁寧に磨き、周囲の落ち葉を拾った。
掃除を終えると、新しい菊の花を飾り、お線香に火をつけた。
そして、持参した料理を取り出した。
塩鮭の焼き魚と、身欠きニシンの煮物。
どちらも、曾祖母が好きだった料理だ。
「曾祖母ちゃん、来たよ」
私は墓石に向かって話しかけた。
「今日はね、曾祖母ちゃんの好きだった焼き魚と煮魚を持ってきたんだ」
料理の入った容器を少し持ち上げた。
「いい匂いでしょ?」
隣にいた直人が微笑んだ。
私は墓石を見つめた。
「曾祖母ちゃん、ありがとう」
百年以上前、曾祖母は生き物の命を救いたいという思いから、細胞の研究を始めた。
けれど、その研究は思いもよらない結果を招き、曾祖母は無実の罪で処刑されてしまった。
完成させることができなかった解毒剤。
ノートに残された研究と、時待草。
そのすべてが、長い時を経て、ようやく実を結んだ。
「曾祖母ちゃん、食べる楽しみ、取り戻したよ」
私は墓前で手を合わせた。
直人も隣で静かに手を合わせていた。
しばらくして、私は料理を片付けた。
「じゃあ、また来るね」
私たちは曾祖母のお墓を後にした。
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その日の夕方。
「由紀、そろそろ食べようか」
「うん。もう準備できてるよ」
私は料理をテーブルに並べた。
焼き魚に唐揚げ、ステーキ。
サラダやスープも用意した。
「うわ、すごいな。今日はごちそうだね」
直人が嬉しそうに椅子に座った。
「ふふっ、今日は特別だからね」
私は直人の向かいに座った。
太郎と桃子にも、それぞれの食事を用意してある。
今日のペットフードには、魚が入っていた。
「いただきます!」
私たちは手を合わせた。
直人は唐揚げを一口食べた。
「……うまい!」
「そんなに?」
「うん。やっぱり唐揚げは美味しいな」
私は笑いながら、焼き魚に箸を伸ばした。
そのとき、足元から食器の音が聞こえてきた。
太郎と桃子が、魚の入ったペットフードを夢中で食べていた。
「ふふっ、二匹とも夢中で食べてる」
「本当だ。よっぽど美味しいんだろうな」
直人も笑った。
私は二匹の様子を眺めてから、焼き魚を一口食べた。
「……こんな味だったんだ、曾祖母ちゃんの好物」
口の中に、魚の旨味が広がった。
直人は今度はステーキを切り分け、一口食べた。
「肉って、こんなに脂が出るんだな。太りそうだ」
「はははっ」
直人は食卓に並んだ料理を見渡した。
「昆虫食も美味しいけど、昔の人は食べられるものがたくさんあったんだな」
そう言った直人の目が、少し潤んでいた。
「そうだね」
私は頷いた。
かつては、当たり前のように食べられていた肉や魚。
それが突然、食卓から消えてしまった。
曾祖母は、そんな未来を望んでいたわけではなかった。
ただ、生き物の命を救いたかっただけなのだ。
私はもう一度、焼き魚を口に運んだ。
曾祖母ちゃん、美味しいよ。
心の中で、そっと語りかけた。
そして、直人を見つめた。
「……直人、本当に美味しいね」
そう言った瞬間、涙が一粒こぼれた。
直人は私を見つめ、優しく笑った。
「うん。本当に美味しい」
料理を食べ終えると、
「ごちそうさまでした」
「お腹一杯食べたね」
「うん、少し休まないと動けないや」
私は直人と笑い合った。
百年以上、食卓から消えていたもの。
それは今、再び人々の暮らしに戻ってきた。
この物語を書くきっかけになったのは、YouTubeでゲーム実況をしている方の、何気ない一言でした。
「切られてシュンって戻ったら最強じゃん、はははっ」
その言葉を聞いて、ふと思いついたのがこの物語です。
たったそれだけの一言から、ここまで話を展開してしまうなんて、
我ながら中二心が抜けてないなと思います(笑)
そして、私は人でも動物でも、美味しそうに食べている姿を見るのが好きです。
幸せそうに食べている姿を見ると、こちらまで嬉しくなります。
そして「食べる楽しみ」も、この物語で描きたかったことの一つです。
最初は、こんなに壮大な話になるとは思っていませんでした。
気づけば百年以上前の研究に、冤罪、そして食卓から肉や魚が消えた世界まで作ってしまいました。
少しでも「面白かった」と思っていただけたなら、とても嬉しいです。
そんな物語に最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
季波




