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第4話 新しい患者さん。

「フローラ、あなたに今度担当してもらうのはクリスティン様。16歳。伯爵令嬢」


大部屋の掃除をしていたフローラが婦長のエルマさんに呼ばれて看護師詰め所に戻ると、患者さんの資料を渡された。


馬車の事故による頭部切傷、右手骨折、右肋骨打撲、右足首骨折。

(…ああ、そういえば先月、ここの病院の近くで馬車の横転事故があったな)

そんなことを思いだしながら、フローラはさっと資料に目を通した。


「担当医師はバルトルト先生。担当看護師は私、エルマ。頭部を打っていることと、肺が圧迫されているので呼吸の確認のために、急性期ベッドに2週間、その後、経過を見るため回復期のベッドに2週間」


エルマさんの説明が早いので、急いで次のページをめくる。


「通常ですとご自宅に戻って、主治医のもとに治療を続けるんですが…足首の骨折は完治に時間がかかりますのでね。日常生活に戻れるまで、入院することになりました。全治6か月。ご家族の希望で面会謝絶です。それと…」


資料から目を離して、エルマさんが私を見る。


「この患者さんですが……馬車の横転の際にガラスが髪に入り込んでしまって、切れた頭部の出血も多かったことから、髪を切っています。私は適切な処置だったと思っていますが……」

「……」


ふう。と一つため息をついて、エルマさんが続ける。


「まあ、大きな事故だったしね…ショックも大きいんだろうけど、この患者さんはほとんどしゃべらないのよ。それでね年の近いフローラが選ばれたわけなんだけど、よろしくね。バルト先生の推薦よ」

「あ、はい」


貴族用の病室に移動することになった患者さんには、私のような看護助手が付く。


看護師の補助はもちろんだが、備品の用意や患者さんの身の回りの世話、食事のお手伝いなどを行う。看護師と侍女とメイドを足して割ったような仕事になる。夜間は当直の看護師さんが看てくれる。


以前は侍女を連れてきてもいいことになっていたらしいが、食事制限のある患者さんにお菓子を食べさせたり、お酒を用意したり……まあ、命令されれば断れないだろうからね……そんなこんなで看護助手が入ることになった。


「頭部の抜糸は済んでいます。今は皮膚を保護するためのガーゼが……」


(16歳か。一番輝いて楽しい季節だろうに)


フローラは今後の治療計画書を見ながら、ほんの少し同情した。


(でも…治る怪我だな)



*****


「初めまして。クリスティン様を担当することになりました、フロンティーナと申します。フローラとお呼びください」


その日、エルマさんに連れられてクリスティン様のお部屋に挨拶に伺う。ドアには面会謝絶の札がかかっている。


彼女は窓の外を眺めている様だった。

私が挨拶すると、ぎょっとするような顔で振り返った。


(誰か知り合いと同じ名前かな?まあ、フローラなんてそこら中にいるしね)


頭は傷口の保護のためのガーゼが包帯でゆるくくくってある。ぽよぽよと伸び始めた金髪がひよこのようでかわいい。口には出さないが。

見開いた眼は綺麗なブルー。


右手は肘から先が添え木で固定されて、三角巾で首につるされている。

右足は膝から下がぎっちり固定されていて、重ねたクッションに乗せられていた。


家から届けられたのであろうクリスティン様の寝間着はフリルのたくさんついた可愛らしいネグリジェで、なんというか……そのちぐはぐさが逆に痛々しい。



***


その夜、娘と従業員食堂で夕食を食べていたら、クリスティン様の怪我の処置をしていた看護師の先輩に声を掛けられた。


「フローラ、あの子の担当になるって?」

「あ、はい」

「いやあ、私も看護師生活長いけど、あのお母さんはないわあ」


事故後、3日目にようやく意識の戻ったクリスティン様に面会に来た彼女の両親。


「うちの子は、うちの子はもうすぐ王太子殿下と婚約できたかもしれないんですよ!それをこんな!こんな髪にしてしまうなんて!酷過ぎる!!侍女が死ねばよかったのよ!」


母親の第一声が……傷は痛むか、でも、大丈夫か、でもなく……。

彼女の母親はバルト先生を口汚くののしって、父親に引きずられて病室を出て行った。


「クリスティン、生きていてくれただけで、私は嬉しいよ」

父親が去り際にそう言って…泣きそうな顔で彼女は笑っていたらしい。


結局、その母親は腹の虫がおさまらなかったんだろう、院長先生が何時間かかけてなだめてくれたそうだ。


夕食のシチューをスプーンですくいながら、先輩看護師はため息をついた。

「貴族のお嬢さまには大事な髪の毛なんだろうけどね……ガラスで切れて大けがだよ?体中包帯だらけだよ?なんかねえ…母親があれじゃあの子も大変だよ」

「……」


高位貴族のお嬢さまは大変だなあ……先輩の話を聞いて、私はそう思った。










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