異世界初日、まずは身分証と寝床の確保から
眩い光が収まり、ゆっくりと目を開けると、そこは一面の青々とした草原の真ん中だった。
頬を撫でる風には、どこか土と緑の青臭い匂いが混じっている。
「……本当に、異世界に来たのか」
自分の身体を見下ろして、小さく息を吐く。
ポロシャツにカーゴパンツ、そして履き慣れた安全靴。身体は生前の姿のままだ。どこかが若返っていたり、別の誰かに乗り移っていたりするわけではないらしい。
ただ、ポケットに入っていたはずのスマホや財布は消えていた。持ち物は今着ている服だけだ。
「さて、どうしたものか」
途方に暮れて辺りを見回すと、はるか遠くに石造りの城壁のようなものが見えた。
他に目印もない。あそこに人が住む町があるなら、まずはそこへ向かうのが定石だろう。俺は草原を踏みしめ、その城壁に向かって歩き出した。
* * *
一時間ほど歩くと、巨大な門に辿り着いた。
石造りの立派な門の前には、槍を持った鎧姿の男が二人立っている。どう見ても門番だ。
俺が近づいていくと、片方の門番が怪訝そうな顔で槍を交差させ、行く手を遮った。
「止まれ。見ない顔だが……入街を希望するか? ならばギルドカードを提示しろ」
「ギルドカード、ですか」
「そうだ。ギルドはこの街の行政も管理してるからな。身分証代わりだ」
なるほど、こっちの世界のギルドというのは、どうやら市役所のような働きもしているらしい。
当然だが、そんなものは持っていない。
俺は少し考えてから、なるべく世間知らずの若者を装って答えた。
「すみません、持ってません」
「持っていない? 紛失したのか?」
「いえ、俺はずっと田舎の村で育ったので……そういうものを作る機会がなくて」
俺の苦しい言い訳に、門番はあからさまに不審げな目を向けた。
「田舎出身だあ? いくら僻地だろうが、カードくらい……おい、お前。手の甲を見せてみろ」
「手の甲?」
「いいから出せ」
言われるがまま、両手の甲を門番に向ける。
俺の手を見た瞬間、門番の険しかった表情が、呆れと少しの哀れみに変わった。
「……本当になんにも知らねえ田舎者なんだな。洗礼の『紋章』すら入ってねえ」
門番の言葉を聞いて、俺は内心首を傾げた。
どうやらこの世界では、教会で『洗礼』を受けると、手の甲に小さな紋章が刻まれるらしい。
そして洗礼を受けると、自分の頭の中に『ステータス』が思い浮かぶようになり、自身の能力を確認できるようになる。
ただし、それはあくまで自分にしか分からない。
そのステータスを他人にも証明し、共有するための魔道具が『ギルドカード』なのだという。カードに触れることで、初めてその持ち主のステータスが第三者にも閲覧可能になる仕組みだそうだ。
つまり、手の甲に洗礼の紋章がない俺は、「身分を隠している不審者」ではなく、「洗礼の受け方すら知らない正真正銘の田舎者」として認識されたらしい。
「まあいい、怪しい奴じゃなさそうだ。入れ」
「ありがとうございます。……あの、俺はどうすれば?」
「まずは中央通りをまっすぐ行ったところにある『ギルド』へ行け。あそこで教会の洗礼手続きから何から、全部教えてくれる。田舎から出てきたんなら、仕事もそこで探すんだな」
「助かります」
門番に軽く頭を下げ、俺は異世界の街へと足を踏み入れた。
まずはギルドに向かい、洗礼を受けてギルドカードを作る。
女神様が言っていた最高の『運搬』スキルとやらがどうなっているのかは分からないが、とりあえず平和に暮らすための仕事と寝床を確保しなければ。




