新たな拠点編 30 〜深淵の美眼の目覚め〜
新たな拠点編はここまでΣ('◉⌓◉’)
――天上界では。
雲海の上で、ゆったりと寛ぎながら下界の様子を眺めていた神シロがつぶやく。
「篠介、羅音、九音もワシらの大事な末裔たちが、昇格試験を無事終えて、何よりじゃな」
傍に寄り添う女神東雲もどこかほっとしたように息をつく。
一方で、二人の様子などお構いなしに、トランザニヤが下界を見下ろしながら黒銀の瞳を細める。
「ガリス・シャデが、どうやら巨人が治める国、あの『カイド』で、正式に冒険者として登録を終えたようだぞ。それも特例のS級で……だ」
神シロと女神東雲も慌てて、トランザニヤが覗く雲間の隙を覗き込んだ――。
――その頃、ビヨンド村のギルド支部では、ハウゼンと『豹胸のイドヒ』嬢が昇格の手続きを進める。篠介、羅音、九音がB級の手続きを行う中、一方ココだけは彼女の認識とは、違った方向で、事は進んでいく。
◇(ゴクトーが語り部をつとめます)◇
「ココならもっと上のヤツでも……」
目を丸くするココに、俺はひと言だけ添えた。
ココは、自身の胸元をしばらくじっと見つめる。
そして彼女が頬を朱に染めながら顔を上げるとポツリ。
「ええ、閣下の仰る通り……二年前のブラではきついのです」
鼓膜に僅かに、ほんの少し、いや、言葉自体は聞こえるか聴こえない程度だが、表情とニュアンスで、さらに彼女の内心が読み取れる俺は――理解した。
一見すると彼女のスタイルは二年前と変わっていないように見えるが、俺の妄想眼”死線”の【シジマビジョン】が見逃さない。
確かに胸元だけ成長しているように見える。そのことを確認したところで、彼女の性格は一切変わらず、謹厳実直だ。
彼女の今までの生き方がそうさせるのだろう。たまに、妙なアタックはしてくるけれども、それは俺の魅了覇気のせいだから、仕方のないことだとは思う。
二年の眠りから覚めた俺は、アドリア公国での確固たる地位を得たせいか、少し態度が横柄、つまり、どこか偉そうになっているのを自覚している。
師匠からよく『ゴクトー、冒険者はな、清廉潔白、質実剛健、謹厳実直という三つの精神が重んじられている。お前もそのいずれか一つでも、持てる冒険者になれよ。はっはははは』と、変な笑い方しながら背中を叩かれたのを思い出す。
これではいかん。
だが俺の周囲には、妖姿媚態、千嬌百態の女子たちが群雄割拠するかのように、俺の脇を固めている。なので、当分そういう類の四字熟語とは無縁だろう。
思考を逡巡させていた、その時だ――。
俺の脳内で知的かつ音声案内のような女性の声が鳴り響く。
《「告、妄想眼”死線”が深淵の美眼に進化を遂げました。これにより『妄想図鑑』に新たな【質疑応答】の目次が追加されました。
図鑑に今の四字熟語の意味を書き足しますか? 了、可、否で答えるのをおすすめします」》
突然のことに、思考が追いつかない。今までもこんなことはザラにあったが、
まさか新たなスキル、いや、妄想眼”死線”が進化を遂げるとは。
俺の頭の中は一体どうなっているのか甚だ呆れるばかりだが、そんな悠長なことも思ってられない。今は彼女の問いに答えるのが先決。
《「可」》
それだけを思い浮かべた――その瞬間、『妄想図鑑』が神々しい光を帯びながらパラパラと乾いた音を立てて、空白のページを開きつつ、ピタリと止まった。
その刹那、真っ白なページから文字が浮かび上がってきた。
【清廉潔白】:心が清らかで私欲がなく、不正や後ろ暗いところが一切ないこと。
【質実剛健】:飾り気がなく真面目で誠実であり、心身ともに強くたくましいこと。
【謹厳実直】:きわめて慎み深く、真面目で正直なこと。
【妖姿媚態】:あでやかで美しい容姿と、異性を惹きつけるなまめかしい態度のこと。
【千嬌百態】:女性の容姿や仕草が非常に艶やかで、あらゆる方法で男心をそそり、魅了すること。
【群雄割拠】:多くの英雄や実力者がそれぞれ各地に勢力を張り、互いに覇権を争って対立している状態のこと。
記された文字が色濃くなっていく中、自然と俺の脳内にも今の言葉と意味がしっかりと刻まれた。次の瞬間、パラっとそのページは閉じて、『妄想図鑑』もスッと消えていった。
《「これは便利だな、深淵の美眼って言ったか?これからも頼むよ」》
《「了」》
その言葉以外、俺の脳内に響くことはなかった。きっと質問した時のみ、答えてくれるのだろう。そう思っていた矢先。
片眉を吊り上げるアカリの手がそっと俺の背を抓る。
「ぃてて……ハウゼン支部長、手続きをお願いできるだろうか?」
「ああ構わないよ。ゴクトー総司令官殿。ははははは」
ハウゼンは俺を揶揄いながらさりげなく肩を窄め、苦笑する。
だが俺は、そんな仕草を見せるハウゼンが好ましい。彼はこれまでも『リリゴパノア』に惜しみない尽力を傾けてくれていた。そんな彼に俺は感謝の気持ちが心からあふれる。
一方でハウゼンが左腕の『通信魔導具』に口を近づけ、チャンネルのスイッチを回した。
「ザ……こちらビヨンド支部長のハウゼンだ。本部、聴こえますか?オーヴァ……ザ……」
「聴こえるぞ。ザ……副本部長のオーベルだ、オーヴァ。ザ……」
「クラン『リリゴパノア♾️』のメンバーのひとり、ザ…… ココハナ・カムヨのS級承認を申請したいんだ。ザ…… 支部長特例推薦で至急承認願う。オーヴァ」
「特例推薦、また『リリゴパノア♾️』か……ザ……了解した。暫時待たれよ。ザ……オーヴァ」
「ココ君、カードをくれないか?」
「はい」
ハウゼンが戸惑うココが差し出すカードを受け取った。
しばし待つ中、どこか落ち着きのないココの周囲には、微かな緊張感が漂う。その光景に、仲間たちも息を呑んでその様子を見守っていた。
「ザ……」
通信魔導具の雑音が聞こえると同時に低い声が続いた。
「議決した。ココハナ・カムヨを、ザ……『S級』に承認する。オヴァ」
「オーベルさん、ザ……手間を取らせたね。ありがとう。オヴァ」
「それとエリナ・エイマスの妹たちの件だが、ザ……」
「ここにいるが……ザ……エリナ・エイマスは『リリゴパノア』のパーティの方に参加するそうだ。妹たちが結成したパーティ『アルノアロフ』は、リリゴパノアのクラン方に所属するそうだよ。オヴァ…」
「そうか……ザ……恐ろしいクランだな…ハンニバル本部長も気が休まらないだろうよ……ククク……ではな、ハウゼン支部長。オヴァ……」
通信が切れると、ハウゼンは「ふっ」と息をつき、安堵の表情を浮かべながら胸を撫で下ろした。その仕草に、思わず俺の胸の奥がじんわりと温かくなる。
周囲を見渡せば、仲間たちの表情も一気に明るくなり、ココの瞳もどこか希望の光を湛えているように見える。彼女は頬に柔らかな薔薇色の彩を滲ませていた。
そんな中、ハウゼンがエリナを見つめながら、「ふむ」と頷く。
「君の妹たちのパーティ『アルノアロフ』のクラン『リリゴパノア♾️』の所属登録が正式に終了したよ。良かったね。それと君の登録も完了した。これでパーティ『リリゴパノア』の正式な一員ということになるね」
その言葉に俺と目が合うエリナが嬉しそうに飛び跳ねた。
「やったぁ!」
そんな彼女を微笑ましく見つめながら、イブが腰に手を当ててつぶやく。
「カルディア魔法国に、皆が揃っていけるのじゃな」
俺はそのやり取りを見ながら、改めて『リリゴパノア』が大所帯になってきたことを実感する。戦力が増えるのは有難いが、それだけに責任も増す。
その時、圭介が一歩前に踏み出した。
「某たちのパーティShadowWind をクラン『リリゴパノア♾️』専属で、他の依頼は受けないでいただきたい。……依頼はクラン『リリゴパノア♾️』から直接受けるゆえ、登録を頼む」
圭介、篠介、羅音、それに九音が笑顔を見せつつ、冒険者カードをイドヒ・ドイタ嬢に手渡す。
「われも『リリゴパノア』のパーティに登録をお願いいたします。鴉様〜♪」
紫苑が頬を朱く染めながら俺の背中に貼り付く。彼女の柔らかい感触が背に伝わるとともに、背中にひゅっとする悪寒が走った。
同時に女性陣たちからの視線の圧に、恥ずかしさの感情が溢れ出て、心に重くのしかかる。思わず全身の筋肉が縮まった。
「将軍閣下、よろしいので?」
硬直する俺を一瞥しつつイドヒ・ドイタ嬢が紫苑から銀のカードを受け取る。彼女は挑戦的な笑みを浮かべ、自分のボインを軽く揺らす。
「ふっ」と笑みを漏らす紫苑が、茶髪を掻き上げながら艶やかな唇を動かす。
「『くノ一』のわれと、女の魅力で争うなどとは笑止千万……」
紫苑が囁く低い声が俺の耳を掠めた。その声の艶っぽさと彼女のしっとりとした赤い唇に『深淵の美眼』が吸い寄せられる。
《「告。個体名:風代紫苑の【『くノ一』特有スキル【悩殺色香】を探知」》
脳内に響く女性の声に未だ慣れないままの俺は、了か可か、否かも答えられず、《「こういう場合はなんと答えれば?」》と頭に浮かべる。
《「告。承知くだされば結構」》
どこか冷たく、嫉妬の滲むような感じの声が頭に響いた。
その瞬間、コガラの頭が俺の頬にピタリとつけられた。
「紫苑ねぇを見る、あるじの目は、ちゅけべ!」
コガラの可愛い声がギルド内に響く。その声に周囲の冒険者たちがざわつく。
「おい、あの可愛らしい子って、噂の龍族だろ?」
「ああ、従魔なのにS級だからな。って、龍族なら当たり前か」
冒険者の囁かれる声を受け、周囲からの視線が必然的にコガラへ集まった。
一方でコガラはそのまま俺に抱きついてくる。
「お前、どこでそんなコトバを覚えたんだ?」
「アカリおねいしゃんが教えてくれた。あるじは大きな胸が好きな、むっちゅりちゅけべって!」
コガラの言葉に、アカリが真っ赤に頬を染めながら慌てた様子で口を開く。
「コガラっ! そんなことは覚えてなくてもいいのよ……!」
俺と目が合うとどこか恥ずかしそうにアカリが俯く。
そんな中、クロニクが口元を緩めながら口を挟む。
「アカリ姫、随分な言いようだな。まぁ、あながち間違っちゃいないが」
そう言って俺を横目でちらり、ニヤリと口角を上げた。
「ククククク…」とした押し殺すような篠介の声が空気に馴染む。
その時、ギルドの自動ドアが開き、喧騒が耳に飛び込んできた。
「おい、あの方って、カルディア魔法国の御用達の大商人……」
「有名な豪商、デ・パート氏だろ」
ヒソヒソと話す冒険者たちの声を背に受けながら、エリナが「あ、旦さん!」と思い出したように急停止し、勢いよく、くるりと振り返った。
ふわりっ!
激しく翻ったマントとスカートが大きく舞い上がり、黒のレースビキニのラインと、ガーターリングに輝く小さな赤いハートのチャームが一瞬だけ鮮やかに白日の下に晒される。
《「告。エリナ・エイマスの高級装備【ナイト・ブラックボム・ドナイヤ】確認」》
深淵の美眼のどこか冷めたような声が俺の顳顬に響くが、本人は自分に起きた「大惨事」には一切気づいていない。
女性陣たちからの鋭い視線が俺に刺さる中、颯爽と歩きながら黒の燕尾服を靡かせる老紳士がこちらに近づく。その姿をじっと見つめていたノビが振り返る。
「……あの人って……? 確か、先生の行きつけの店の、サンドルさんじゃ?」
ふと、エリナが零す。
「そう言えばパメラさん、上手く逃げられたかしら……」
新たな拠点編 完
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
次話は『妄想図鑑』です。その後の更新は、
少し時間が空くかもですが、引き続き楽しんでいただければ嬉しいです。
ブックマークの追加や、
★をつけていただくとさらに喜びます☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆




