新たな拠点編 26 〜ゴクトーの懐事情〜
いつものドタバタです……Σ('◉⌓◉’)
あの忌まわしい『芥子の花の事件』から五日が経ち、ノビの腕もすっかり完治し、『料理人』らしく、広いキッチンで腕を振るっていた朝。ポロンがポツリと長テーブルに座って、ノビの料理を待っていた。
石造りのダイニング・キッチンは、朝の陽をステンドグラス越しに受けて、銅鍋と梁の影を長く伸ばす。
メイド姿のミラ・アカノが、慌ただしく朝食の準備を整えている。
暖炉の火が壁を赤く染め、長いテーブルには白を基調とした植物柄のテーブルクロスが敷かれ、ホロホロ鳥の丸焼き、オックス牛の煮込み、焼いたパン、銀の燭台が並んだ。
屋敷の主人が一人で食するには、あまりにも広い食卓。
ポロンが俺の向かい側に座る。
メイドの仕事がすっかり気に入ったミラ・アカノは、厨房のカウンターに向かい、トレイを両手で持ち上げていた。
青い蝶の髪飾りが長い髪に揺れ、白いエプロンの結び目だけが、せわしなく動く肩を追いかけていた。
その時、額に汗を光らせるノビがこちらをちらり。
「お待ちどう! ダイタラフィッシュも、うまぐ、揚がったんさ!」
「ノビさん、今揚げてくれた唐揚げも、とてもうまそうね」
俺は食卓の端に座り、包帯で巻いた右腕を首から吊り下げ、それでも動かそうと必死に利き手でフォークを握り、皿の煮込みを掬う。
「熱いうちに、ご主人様に召し上がってもらわなくっちゃ!」
その言葉に振り返る。
俺の妄想眼”死線”は皿ではなく、厨房のミラへ向いていた。
紺のメイド服の裾が前傾した刹那にめくれ、水色のレースのパンティと、青い蝶をあしらったガーターの細いベルト、黒網のストッキングが食卓側にあらわになっていた。
だがミラ・アカノは気づいていない。
ポロンがミラ・アカノのめくれれ上がったスカートにポツリ。
「アカノちゃん、その水色のインナーセットも【ドナイヤ・シリーズ】でちょ?わたちも欲ちいわ。おいくらちたの?」
「あら、『見せパン』セットだからって、朝食時に……お見苦しいものを失礼いたしました。
ポロンヌナ、これはメイド服、エプロン、髪飾り、ブラとパンティ、ガーター、黒の編みタイツ、ヒールに至るまで、全て、素早さ上昇、記憶力上昇の魔法付与が施された、私のためのドナイヤ・セット――【ツツマシヤダガ・ナカミハ・ドナイヤ】でございます。ですので……一式白金貨十枚、今の貨幣通称で言うなら10PGです。7セット、ご主人様から買っていただきました」
そのポロンとミラ・アカノの言葉に、思わずそのまま固まり、フォークの動きが自然に止まってしまった。
一方で間に立つ執事エレノア・ダンピールが、肩をすくめた。
「ご主人様、つい先日、【ズードリア大陸通貨協議会】で新たな通貨名称が決議され、白金貨をPG、金貨をG、銀貨をS、銅貨をBと呼ぶことになったのです」
「まるで……冒険者のランクみたいだな」
俺の言葉に、エレノアの金髪が背に流れ、眼鏡の奥の目は冷静なまま、両手を軽く開いて見せた。そこで俺の頭はフル回転した。
……ちょっと待てよ……こちらの世界の貨幣価値を、前世の世界の貨幣価値と比べるとして……こちらの銅貨「B」一枚が前世での10円と同じ価値だ。100枚で銀貨「S」一枚。つまり、前世では1,000円ぐらいだろう――
それが10枚で金貨「G」一枚。前世で言うなら10,000円。
さらに金貨G10枚と同じ価値なのが、一枚の白金貨「PG」だ。前世でいえば100,000円相当なのだが。
10PGって言ったら、前世でいえば1,000,000円?
何気なく手持ちの金――白金貨が20万枚(200億円)を超えていたから、油断していたが……この屋敷の代金、さらに修理代金も含めたら、もう手持ちはなくなるんじゃないか?
不安に駆られながらも思考の海に沈める俺を他所に、エレノアの紫裏地の燕尾服が暖炉の熱で僅かに揺れる。
執事としての沈黙は、俺の妄想眼”死線”と、メイド姿のミラ・アカノの無防備をすべて理解した者の沈黙だった。
ノビが気まずそうに動かす銅鍋がひとつ、静かに鳴った。
食卓の蝋燭が揺らぎ、長いテーブルの上は、誰の言葉もないまま、出来立ての料理の白い湯気が漂う。
その沈黙を破るかのように、ポロンが口を開いた。
「ゴクトーちん、この間の魔族の襲撃で、破壊ちた屋敷の修理代が必要なの。4,000PG(4億円)ほどかかりそうだわ」
その時、テンガロンハットの赤い隻眼が僅かに揺れた。
そして頭上から嗄れた声が漏れる。
「冒険者なら依頼か、ダンジョンだな」
嗄れた声の主、テンガロンハットの名前を俺は忘れてはいない――。
二年前、仕立て屋ジンロックで、このテンガロンハットが【変異生命体】と聞かされていたあの時。
《「名はあるぞ。ジャック・ブラックという名がな」》
俺の顳顬に響いた嗄れた声とその名のことを。
その声に目を丸くするエレノアに、クスクスとした笑い声を漏らすノビとポロンは、さておき。
一方でミラ・アカノは俺の『妄想図鑑』に収まっていたので、周知だからなのか、同じ眷属だからなのか――顔色ひとつ変えてはいない。
その時だ――。
ダイニング・キッチンに賑やかな声が響いてくる。
「僕とイブしゃんが、ココしゃんを推薦するにゃ……」
イエローのブーツで足を踏み入れたアリーがいつもの冒険者の装備で、迷彩柄のオーバーオールからモフモフの尻尾を出し、大理石にふわりと落とす。
「ありがたいです。アリー殿」
後ろからココが頬を染め、胸元をあらわにしたレザーコルセットに、紫の古代文字が浮かぶ、濃い紫色のローブを靡かせながら颯爽と入ってきた。その後を追うように、イブとパメラが眉を寄せつつ、腕を組みながら足を踏み入れた。
困惑した表情を見せる執事のエレノアが声をかける。
「皆様、お食事はもうお済みのはず……いかがされましたか?」
ヒジャーブに短い黒のレザーの上下、豊かな焦茶色の胸を揺らしながら、イブが美脚に合わせたレザーブーツをコツッと響かせ、唇を動かす。
「うむ……実は今日、ココのB級試験が行われるのでな。殿は、体調がまだすぐれぬので、妾たち四人で行こうとしていたんじゃが、アリリンが、殿に聞いてからでも遅くないと言い張ってな」
そんな中、赤面したココが唇を噛む。
「閣下、体調が優れなければ、我は別に今日でなくても……大丈夫です。また日を改めて……」
そう言ってココがどこか緊張したような声で答えた。
俺の隣に身を寄せる彼女の纏う、短いレザースカートがたくし上げられる。
腿の上部までぴったりと覆う、ローブと同色の深い紫色のサイハイブーツ。その僅かな隙間から、鮮やかなオレンジ色のインナーが、ほんのりと影の間からちらりと覗いた。
その瞬間、対面に座ったアリーの鋭い耳がピクリと跳ねた。 彼女の野生の動体視線は、その一瞬の「色」を逃さなかった。
「ココしゃん……そのローブの下……元気な色にゃね」
「えっ!?」
ココは一瞬フリーズし、すぐに自分の太腿のあたりを両手で隠すようにして、白い肌を赤く染めた。
「こ、これは、その……お気に入りで、閣下に買っていただいた『Caravan・Climb』なので……!」
「どう見ても勝負下着のパンティにゃ! しかも、目が覚めるようなオレンジにゃ!」
アリーが面白がって身を乗り出し、口を開く。
「イブしゃんは、いつもの金色にゃ!」
そう言ってアリーがイブを揶揄った。
一方でイブが動くたびに、ひらひらとした黒いミニスカートの裾が揺れ、その下で太腿を締め付ける黒いガーターベルトと、その隙間から覗く、まばゆい金色の【トドメノ・ササール・ドナイヤ】が、ちらりと見え隠れしていた。
その刹那、ココが再び俺の身体に身を寄せた。感じる胸の柔らかさと、揺れる彼女のルビー色の瞳が、俺の心をざわつかせるが――とりあえず、冷静を装いながら口は開く。
「いや、もう大丈夫だが、昇格試験の始まりは何時からだ?」
「月の1オクロック(13時)からスタートとのことですが……」
その時、聞いていたミラ・アカノが「オクロック?」と漏らし、ぽかんとする中、執事のエレノアがミラ・アカノの肩を叩く。
「アカノさん、オクロックとは――この世界、時間の単位と呼称が古代神暦に由来しており、 人々は「オクロック(O'Clock)」という独自の呼称で時を読むんです。
かつて神々が天の鐘で昼夜をわけたと伝えられており、「鐘が鳴るたびに時が刻まれる」という神話的な信仰が根づいていまして――そのため、時刻を示す際には単なる数字ではなく、「◯オクロックの鐘が鳴る」というように『音と儀式』の意味が伴います。1日は24で区切り、「ベル(Bell)」で構成され、その各区切りを「◯オクロック」と呼ぶんです」
エレノアの丁寧な説明にノビとミラ・アカノが息を飲む。
そんな中、ココリド製――【ヒガツク・バラ・ドナイヤ】を纏い、背中や足元の大胆な装飾が妖艶さを醸し出すパメラが、涼やかな表情のまま、静かに含み笑いを浮かべつつ唇を動かす。
「古代では「ベル(Bell)」のことを、「アワ(Awa)」と呼んでいたらしいわん……『ヤマト』で言う「午前・午後」の概念は存在せず、太陽と月の運行に合わせて、このアドリア公国では、「陽のオクロック」「月のオクロック」と呼ぶのよねん」
そう言って片目をパチッと瞬かせるパメラのグレーの瞳が、どこか自慢げに閃いたその瞬間、揺れる胸の『爆弾』が――爆風を巻き起こし、ノビを奥の石壁に吹き飛ばす。
「したっけぇぇぇぇ!!」
ガンッ! ボロボロボロ…
石壁が沈み込み、破片が落ち、砂煙が立つ中、俺は頭を抱えるしかなかった――。
読んでくださり、ありがとうございます。
引き続き楽しんでいただければ嬉しいです。
ブックマークの追加や、
★をつけていただくとさらに喜びます☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆




