新たな拠点編 24 〜芥子の花柄〜
イラスト多めですΣ('◉⌓◉’)
――翌日。
雲ひとつない快晴の中、屋敷の人員総出で、モンロー・リマリ公妹殿下を見送る。
「では、ゴクトー伯爵、お茶会の日取りが決まりましたら、正式に招待状を送りますわね」
モンロー・リマリが含んだ笑みを見せつつ、美しく髪を纏め、大胆にピンクのロングドレスの裾をたくし上げながら、赤いガーターと白い編みタイツをチラリと見せ、側近たちが居並ぶ、豪奢な馬車に乗り込む。
白い馬が二頭、漆黒の馬二頭の鮮やかな毛並みが目を引く。
「畏まりました、公妹殿下」
深々と頭を下げながらも俺は、この逃げられない圧に、内心では「何か理由をつけて、断らねば……」と、苦笑いしていた。
「はいやー!」 パシーーンッ!
御者が鞭を振るった刹那、馬車の車輪が勢いよく回り出し、砂煙を上げた。
馬の蹄鉄を響かせる音が次第に小さくなっていく。
「ご主さん、あんな感じが好きなの?」
ミリネアとミーアに挟まれながらミンシアが、なぜか胸を強調しつつ、俺を見ながらニヤリと笑った。
胃がキュッと縮まり、頭を抱える俺を他所に、ミーアが「姉様、それ余計……」とツッコミつつ、ミリネアも「また始まった」と言わんばかりの表情を見せる。
そんな中、メイド姿の二人が馬の手綱を引いて近づく。
銀髪を靡かせつつ、黒い鬣を激しく揺らす馬の首を「ドゥドゥ」と叩き押さえるルナ。
もう一方では、青い髪を靡かせ、鞍と鐙にMの家紋がついた栗毛の馬を引くアウリア。
二人ともメイド服が気に入っていると姉のエリナが言っていた。
手綱を受け取り、凛とした鎧姿のアナ・ドレン少将が、多少気の荒そうな黒毛の鐙に足をかけ、長い茶髪を靡かせつつ颯爽と跨る。そして彼女が青い目で俺を見つめ、赤い唇の左下にある黒子を指差す。
「軍総司令閣下、このアナ・ドレンのチャームポイントをお忘れなきよう」
口元を緩める彼女が、手綱を引きながら馬の腹を鐙で蹴った。
「ブルブルッヒヒーン!」と、黒毛の馬が嗎くと同時に、彼女の紺色のローブが翻る。
「では、閣下、お身体にはくれぐれも、お気をつけください!」
右手を掲げ、美しい前傾姿勢で疾走する――アナ・ドレン少将に、しばし見惚れてしまった。
その後ろ姿を見送ったミテミナ・ビボウ中将が腰に長剣を携え、パーソナルカラーである緑のローブを翻す。
銀髪を美しく纏め上げた彼女は肩、胸を守る、鮮烈な赤と緑のハーフメイルを身につけ、その胸元には美しい谷間を際立たせる。
黒の網タイツを纏い、軽量なアーマーで補強されている左足を栗毛の馬の鐙にかけると、振り返る彼女の「ミテミナの家紋」を宿した胸元のペンダントが揺れた。
「軍総司令閣下、いえ、ゴクトー様……このミテミナ・ビボウ、数日も経たぬうちに、必ずや弟に家督を譲り……」
そのミテミナの言葉を遮るように、ミリネアが一歩踏み出し、「ミテミナ殿、お気つけくださいませ」と眼鏡の奥のエメラルドの瞳を閃かせ、カーテシーを執る。
「もうっ!ミリネア殿、私の邪魔を……」
バシッ!
アウリアが栗毛の尻を勢いよく叩き、ミテミナの手綱を持つ手が激しく引っ張られた。
「っわ!」と一瞬驚くが、慌てもせず、赤いインナーの紐をちらつかせ、馬に跨った。息をつくミテミナの肩が落ち、何か言いたげな彼女のグレーの瞳が、こちらを見据える。
「それでは!」と潔く鐙を蹴り、ミテミナ・ビボウ中将が蹄鉄を響かせながら去っていった。
その時、「またにゃーー!ビボウしゃん」と笑顔で手を振るアリー。
「皆、気を使わせてすまん」
思わず零した俺の言葉に、皆、クスクスと吹き出す。
その時、「いつっ!」と右腕を押さえ、苦痛に顔を歪めるノビに、クロニクが口を開く。
「ノビ、まだ無理はするな……よ」
「皇子もでしょ……傷を隠しているの……うちは知ってる」
そう言いながら、クロニクに寄り添うミーアが肩をすくめた。
ミーアの大胆に開いた背中の白い肌と、美しい――夜の星空を思わせるような彼女のドレス姿に、クロニクの顔が真っ赤になった。一方のミーアも頬を染めている。
この二人の仲が深まっていく姿は微笑ましい。
やはり、中庭での魔族との戦闘は苛烈なものだったようだ。
紫苑を含め、ShadowWind の面々もまだ傷が癒えていない。そのことを誰一人言ってこない仲間たちには、感謝しかない。
肩に乗るコガラの七色の翼が、心地よい風に揺れる中、ドレス姿の女性陣の視線が俺に突き刺さり、胃がキュッと縮んだ。だが、差し込むような痛みは不思議と無かった。胃が壊れ、死にかけた俺にとっては僥倖な兆しだ。
これもミンシアやコガラ、そして、『江戸っ子鼓動』の願いが、奇跡を生んだと後からミリネアに聞かされた。
口に出すのは、今じゃない。だが心の中で、改めて思う。
「ありがとう」と。
そんな感慨に耽る俺の腕をアカリがそっと絡め取る。
普段なら耳まで熱くなるはず、だが今は違った。
右腕の感覚は、ほとんどない。
アカリの柔らかなあの感触も、ただ記憶の中に残るのみ。
まるで、サイクロプスに吹き飛ばされた――あの瞬間から時が止まってしまったかのようだ。
アカリが頬を朱に染め俯く。
だがすぐに顔を上げ、揺れるオッドアイ、赤青の双眸で俺を見つめた。
そして、彼女がぎゅっと唇の端を噛む。
「ダー様、私の「ボイン」……何も感じないのですか……」
アカリの瞳が僅かに潤む。
視線を置けない俺はすぐに目を逸らした。
「グスッ…」
鼻を啜りながら涙を拭うジュリの持つハンカチに、目が止まる。
その刹那、「……ぐっ!」と、言葉も出ない、心臓を抉るような深く突き刺すような痛みに襲われた。
潤んだ目をしながらアカリが心配そうに俺の顔を覗き込む。
だが、言葉が出ない。
何だ?
何が起きたんだ……?
「へんダー?」
ジュリに肩を揺すられ、俺の意識が引き戻された。
「……ねぇ? 大丈夫なの?しっかりして……!」
息苦しさのあまり、慌てて深呼吸する。
『ドクンッ!』
その刹那、俺の胸の奥で、『江戸っ子鼓動』が真っ青な顔で跳ねた。
「旦那! この花柄は、あっしらには、毒のような……もの」
そう言い残し、『江戸っ子鼓動』が気絶して泡を吹き、白目を剥いた。
ハンカチには、紫の花びらを散らす芥子の花が、儚げに描かれていた。それに触れた途端、全身の血が逆流するような感覚に襲われた。
まるで俺の血が――『何か』を思い出そうとしているかのようだ。
「ダー様!? どうしましたの!?」
瞳から涙をこぼすアカリの声が耳から離れ、遠くに聴こえる。
視界が揺れ、足元がぐらつき、思わず、ゴリ…と膝を地につけた――その直後。
「っ……ぁ……!」
突然、ミリネアがその場で片膝をついた。
「姉様!? どうしたの!?」
ミンシアが慌てて駆け寄り、ミリネアの顔を覗き込んだ。
その時、ミーアも固まったように動かなくなり、彼女のエメラルドの瞳が一瞬、暗い闇を宿す。
ミリネアが苦しそうに喉を押さえ、呼吸を整える。
「……ご主様……今、何が……?」
「っぐ……苦しい……」
ミーアの声も震えていた。
まるで、俺と同じものを 『感じ取っている』 かのようだ。
「お、おい……何が起きてるんだよ……?」
クロニクが慌てて近寄ろうとするが、ミリネアがスッと手を上げて彼を制した。
「……大丈夫です。ほんの一瞬ですが、変な感覚が……」
だが、ミリネアの指先が小さく震えていた。
バサッ
力を無くすように翼を折り畳むコガラが、「あるじー、く、苦しい」と小刻みに肩を震わせ、低い声で顔を歪める。そのコガラをミリネアが抱えた。
「コガラ、あなたも同じなのですか?」
そのミリネアの言葉と同時に、ココの膝が崩れ落ちた。
「ミリネア殿……こ、これは……一体……」
紫色に変色した唇を噛み、息も荒いココが漏らす。
一方で「オノも一瞬、眩暈が……」と蝙蝠姿の九音が、俺の影から顔を出し、白い八重歯を見せながら顔を歪める。彼女の琥珀の瞳も僅かに揺れていた。その直後、眩しい陽を落とす太陽を避けるかのように、影に溶けるかの如く、九音の姿は消えていった。
執事のエレノアをはじめ、メイド長の紅子、赤絹・シタギ、ミラ・アカノまで、息遣いも荒く、表情もどこか青ざめている。
ポロンやエリナ、さらにエリナの妹たちが慌てる中、ミンシアとパメラが瞬時に『アイテムボックス』を開いて中を漁る。
その時、ジュリのハンカチをイブが掴み取り、踊り子のような紫のドレスを翻す。彼女がそのハンカチを手にしながら、眉根を寄せてつぶやく。
「……思い出したぞぇ。きっとこの芥子の花柄が原因じゃろう……妾は、お祖母様に聞いたことがあるぞぇ。
――『始祖の一族』は、芥子に弱いとな。
『じゃがこのことを口にすれば――この世から消え去るのはお主じゃぞ』とも、言っておったがな」
そのほぼ同時刻。
天上界の大スクリーンでその様子を見ていたトランザニヤの表情も、苦痛に顔を歪ませ、真っ青になっていたことを、ゴクトーは知らない。
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