新たな拠点編 19 〜息をつく暇などない胃袋〜
ダークファンタジーに近づけて……とΣ('◉⌓◉’)
赤い朝日が大きなひとつ目まなこのように照らす朝――清々しい空気がさらりと吹き抜け、ゴクトーの屋敷内の重たい風を一掃していた。
「ガガガ……シュウリ、カンリョウ」
翌朝、機械の音声でゴクトーは目が覚めた。
瞼を開け、窓から差し込む赤い日差しに目を瞬かせつつ、気配に気づき、自分が置かれている状況に目を見開く。
扉を修理する『青銅のトライアングル』が振り返り、陽の光を受け、無機質に笑う口元のみ、理解できる――金色の無表情な顔を眩いくらいに反射させる。
その時、『妄想図鑑』から飛び出してきた『江戸っ子鼓動』が、ニンマリと、どこか含んだような笑みを見せる。
「夜中に急に呼び出されたと思ったら。『扉の修理とベッドの拡張を、頼む!』って、酔っ払いながらそのまま寝ちまいやしたから、慌てて「トラ」を呼び出して、作業に当たらせやしたが、しかし、この状況は何でやんすか? 見ているあっしの身にもなっておくんなさい。あっしは、また鼻血が……」
鼻を押さえる鼓動がブーッ!と、鼻から赤い血を迸らせる。
「お、おいッ!鼓動!」
「トラ、帰るでやんすよ。あっしらはお邪魔のようなので。ししし」と『青銅のトライアングル』の首根っこを掴んで、スッと妄想図鑑に消えていった。
「笑い方ッ!真似するなッ!」
ゴクトーが胸を押さえながら消えた鼓動に、叱る一方で、「おはよう、あるじーー!」と、ゴクトーの足元から人化したコガラが、上質な黒のレースがあしらわれたブラトップコルセットに、艶やかなガーターベルト、美脚を引き締める黒のストッキング――【ヨメニ・シタラ・ドナイヤ】の姿で起き上がった。
続けざまに、「おはようございます。ゴクトー伯爵。よくお休みになられてましたわよ」と茶髪をバレッタで纏め、ピンク色の豪奢なバスタオルで身を包んだ――公妹モンロー・リマリが、風呂上がりの桃色の肌に、湯気と芳しい香りを漂わせ、ゴクトーのベッドに座り込んだ。
それだけならまだ、ましだっただろう。
拡張されたベッドには、アカリとジュリが、ドレス姿のまま、どこか安心したように眠っていた。さらにゴクトーの側を固めるかのように、ミリネアにミンシアもドレスのまま横になっている。
「一体、これは?」
ゴクトーは、つぶやきながらも昨晩の記憶を思い返すが、疲れていたせいなのか――それとも酒に酔い潰れたせいなのか――。彼の頭の中ではすっぽりと、まるで暗い穴の中に抜け落ちたように、その部分の記憶が消えていた。
そんなゴクトーの頭の中を見透かすように、瞼をパチッと開いて、起き上がるミリネアが笑みを浮かべつつ言葉にはせず、ゴクトーに念話を送る。
《「昨日は、深夜に至るまで、あの魔族に対する策を講じておりましたが、エリナ殿が興奮冷めやらぬご様子だったので……ご主様が、エレノア殿に命じ、 彼女が口当たりの良いワインを持ってきたのが、そもそもことの発端で……」》
彼女の念話がゴクトーの顳顬に響いたその瞬間、彼が頭を抱え、「いてッ!」と小声で漏らす。だがミリネアの念話は、それだけではなかった。
《「『これでも飲んで落ち着け』とご主様がエリナ殿と乾杯を交わしたのを境に、コガラ以外、そのワインを飲み、酔い潰れたここにいる皆を起こさぬようにと、ご主様が鼓動君に『音を立てるなよ!』と命じましたのが、この状況の流れでございますわ」》
ミリネアの慈悲深い、だが容赦のない念話を聞き終えた瞬間、ゴクトーは天を仰ぎ、文字通り頭を抱えて崩れ落ちた――。
◇(ここからゴクトーが語り部をつとめます)◇
俺か……!
全て、ワインを勧めた俺の自業自得だったのかッ!
冷や汗が背中を滝のように伝う。
昨晩の記憶の欠片がその時、脳裏に甦った。
エリナの焦燥を鎮めようと振る舞った美酒が、まさか部屋にいた全員を撃墜し、さらに鼓動の配慮によって、この超密室大渋滞ベッドルームを誕生させてしまったとは。
「ふぅー」と息をつきながらも、頭の中でこの状況を理解した。
動揺しつつも、冷静を装う俺を他所に、妄想眼”死線”が美しく咲き誇る――『ピンクの薔薇』に吸い寄せられた。
「……あら、皆さま。もう起きられたのですか?」
まるで台風の目の中心で優雅に微笑むように、モンロー・リマリがピンク色のバスタオルの端をギュッと握った。その滑らかな桃色の肌と甘い芳香が、朝の湿った部屋の空気を一気にピンク色に染め上げた。
「っ……! 公妹殿下、なぜ貴女様が、ご主様のベッドに……!」
ミリネアの黒縁眼鏡の奥――エメラルドグリーンの瞳が、カチリと冷たい光を帯びて細められる。
その隣で、目を覚ましたアカリとジュリが、
「 私たち、いつの間にダー様のベッドにっ!」、
「え、ええっ!?ネー、これはどういうこと?」と顔を真っ赤に染めて飛び起き、ミンシアも「ちょっと、どういうことよこれ!」と、ドレスの裾を翻して緑の紐パンをちらつかせ、ベッドから転げ落ちそうになっていた。
いかにもミンシアらしいと、思っていたのも束の間。
扉がバタンッ!と大きな音を響かせ、開け放たれた。
「ゴクにぃ、昨日の晩、約束した……五右衛門風呂の入り方を教えて欲しいにゃ!」
銀色の尾を振り、立てた獣耳をピクッと動かすアリーが、苺柄プリティーの上下――黄色いバスタオルを首にかけた姿で飛び込んでくる。
その後ろからは、イブが豪奢な金色のインナーセットの上下で、「おはよう殿!妾にも五右衛門風呂を!」と髪を掻き上げ、にこやかに口元を緩めつつも、笑ってはいない鋭い赤い目でこちらを見つめる。
さらに後ろでは――頬をうっすら染め、どこかポーズを取る黒髪のココが白い肌に、華やかさが際立つ、オレンジの『Caravan・Climb』の上下姿で仁王立ちしていた。
……なんだこの状況は?
おいッ! 俺の記憶よ、昨晩のことを思い出せっ!
心の中でツッコミを入れたくもなる俺に、さらにダメ押しの足音が近づく。
扉の端に、美しい絹糸のような金色の一筋が風に靡く。
ノックして足を踏み入れる執事のエレノアの長い金髪が揺れる中、パリッと整えられた執事服の襟を正し、片膝をつきながら彼女が口を開く。
「客室にお泊りのアナ・ドレン少将様と、ミテミナ・ビボウ中将様が、オーダーしていた【ドナイヤ】が出来上がったので、見ていただきたいと――」
冷静かつ淡々と言葉を口にするエレノア。だがその時、ミリネアの顔色が急に変わった。
「エレノア殿、そのインナーの唐草紋様は、まさか……『D』の……」
その瞬間、ミリネアのエメラルド色の瞳が大きく見開かれた。いつもの冷静な表情から、ほんの一瞬だけ、動揺の色が滲む。
何がどうしたのかさっぱりわからない。周囲の仲間たちも彼女の突然の発言に、目を丸くしたまま固まった。
そんな中、ミンシアがケラケラと笑い出した。そして彼女が腹を抱えながら唇を動かす。
「ミリネア姉様、『D・バン・パパイヤ』は始祖の一族の開祖でしょ? ダークエルフのエレノアさんがそんなわけ……ん? 待ってあなたの名前は確か……エレノア・ダンピールだったわよね……ダンピールって、まさか『D』な……の?」
エレノアは片膝を床につけたまま、窓の外の気球を見ていた。朝焼けが唐草の白を、一瞬だけ金色に変える。
「ええ、侯爵家の紋です。エルフの祖先――杜人だった曽祖母が見そめられたらしいのです」
エレノアは眼鏡の位置を直さず、立てた膝の上に手袋の手を置いた。
「そして、母の一族はファルダットに移り住み、王族だったのにもかかわらず、我が一族は城を離れ、ファルダットの辺境の地で、ひっそりと暮らしておりました」
その言葉にイブの肩が震え出す。
「なんじゃと? 妾はそんなことは聞いたことがない! 国の書庫にもそんな記述など一切ないぞぇ!」
イブの言葉に仲間たちが息を呑み、場が静まる中、「エレノア、その話は……」と従姉妹であるココがバツが悪そうに頭を抱えた。
「ええ、きっと歴史は抹消されていることでしょう。『月読』の能力に目覚めた王族は次第に肌が黒くなり、ダークエルフと呼ばれるようになったとか。
『D』と結ばれた母の一族は、『アルビノ』を身体に宿し………肌が白いままでした。一族から『呪われた一族』と敬遠され、王宮を離れたと聞いております」
エレノアの言葉に、茫然自失だったイブがどこか寂しげに口を開く。
「まさか……ココとエレノアが妾の身内だったとは……これからは態度を改めねばならんな」
「いえ、イブ姫様、どうか今まで通りに!」
ココがイブの両手をしっかり自らの手で包み込む。
一方エレノアは、立ち上がると今までのことが嘘のように、冷静かつ淡々と俺に告げる。
「ご主人様がお目覚め次第、大浴場での朝風呂と朝食をご希望されておりますが……いかがいたしますか?」
部屋の空気が一触即発のデッドゾーンへと切り替わる中、俺の脳内で、いよいよ本気で「胃袋の悲鳴」が木霊し始めた――。
――その頃、はるか雲の上の天上界では。
「いやぁ、ゴクトーの屋敷は今日も朝から大繁盛?で、大賑わいじゃないか、ししし!」
トランザニヤが『神界タブレット』の巨大スクリーンに映し出された、阿鼻叫喚のベッドルームの様子を見て、腹を抱えて大笑いしている。
神シロも、「自業自得とはいえ、あの修羅場をどう切り抜けるのか見ものじゃな……」と、呆れ半分、面白がり半分といった苦笑を浮かべていた。
一方その傍で、女神東雲だけは冷や汗を拭いながら、手元の画面に表示された『ドナイヤ』の配送履歴と、下界のあまりにも混沌とした人間模様を交互に見つめ、天を仰いでいた。
「ま、まさか……あの一夜のワインから、こんな大修羅場に発展するなんて……!
わたくしがうっかりポチった『おめかし下着』、【ドナイヤ】シリーズが、誰にも着られず、放って置かれるなんて聞いていませんわっ……!」
女神東雲が頭を抱えて赤面する中、スクリーンの中のゴクトーは、迫り来るヒロインたちと、大浴場で待ち構える軍人たちの板挟みになりながら、静かに天を仰いで絶望の息をついていた。
波乱の朝。
ゴクトーの胃袋を休ませる日は、まだ遠い――。
ゴクトーの『胃』は果たして――。
「おい、ダークファンタジーでは?」と読んでいただいた皆様のご意見はごもっとも。
なかなか、ダークにいかず、むしろピンクに近い本作ですが、引き続き読んでいただければ僥倖です。
ブックマークの追加もありがとうございます。感謝です☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆




