新たな拠点編 17 〜キリキリと軋む胃袋〜
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――その頃、晩餐会の会場内では。
「エリナ殿、久しぶりじゃ。妾たちを救うてくれた恩は忘れてはおらぬゆえ」
「お久しぶりね。あらエリナさん、ちょっと綺麗になったわねん?」
イブとパメラの何気ない会話に、困惑するエリナが口を開く。
「ええ、久しぶりね……みんな、油断は禁物よ。この会場でさっき、魔族の、それもアタシが見たことのある――四天王の一人、ドルサードを見かけたわ……」
小声で囁かれたその内容に、イブたちが目を丸くし、息を呑んだ――その瞬間。
「ハァ……♥ ごきげんよう、皆様……」
艶めかしい吐息とともに、会場の一角からすれ違う貴族の男性たちの魂を、根こそぎ奪い取るような――甘い声が響く。
警備担当として――毅然と給仕を取り仕切っていた執事エレノアだったが、その背中には微かに不穏な魔力の尾が揺れ、瞳は魅惑のピンク色に染まっていた。
先ほどのズット・ハートとの融合で目覚めてしまった――サキュバスの本能が完全にバグを引き起こしたようだ。
「あ、あぁ、なんと美しい……!」
「なんだあの麗しさは……! 我の心を撃ち抜いたのは――悪魔か、それとも天使か……いや、もうどちらでも良いわ!」
お高く留まっていたはずの貴族の寡男たちが、エレノアが一歩歩くたびに次々と膝を折り、その場に崩れ落ちるようにメロメロになっていく。
数秒前まで優雅に社交ダンスを楽しんでいたはずの紳士たちが、我先にとエレノアの足元に群がり始め、会場は瞬く間に、「良からぬ意味での大パニック」へと突入した。
一方で料理を運ぶメイド姿のミラ・アカノとエリナの妹アウリアは、その様子に呆れながら立ち止まる。
「サキュバス執事のエレノアのことは、放っときゃよござんす、さぁ、あっしらは、仕事に戻りやしょう」
赤絹・シタギの渋い口調に「ええ」と頷き、彼女たちは、給仕をそつなくこなしながらも、警戒の目を光らせた。
その騒ぎに、二階で警戒するミンシアとミーアも、何事かと足を止めた。
ミンシアが世界樹の葉をあしらった、深くスリットの入った白いショートドレスから緑のガーターセットをチラリ。溢れんばかりの胸元を揺らし、二階の桟に手をかけ、赤い編みタイツで包まれた美脚をあらわに、白いヒールをコツッと響かせながら身を乗り出す。
「あの冷静なエレノアさんが、まさか……ご主さんの『眷属』――あのサキュバス、ズット・ハートが乗り移ったの? ふふ、男どもが躍起になっているけれど、アタシだって負けないわ!」
その時、ミーアが胸元が大胆にV字にカットされた、どこか夜空の星座を思わせる――紺碧のショートドレスの裾を靡かせ、白い編みタイツに包まれた美脚とともに、紺色のエナメルピンヒールを踏みしめながらコツコツ…と、二階の回廊に足音を響かせる。
そしてミンシアに近づき、冷静な表情を見せるミーアが彼女の肩をポンと叩いた。
「姉様……ココリドさんお手製――【ミセタイノ・コンヤノ・ドナイヤ】の緑の紐パンが見えてますよ。……うちらはうちら。さぁ、警備に戻りましょ!」
その言葉に、唇を尖らせるミンシアがポツリと零す。
「そう言うあなたの、【ヨセナイ・コノタニマハ・ドナイヤ】は、随分とおとなしいデザインね。まぁ、どうせパンティも地味な白のオーソドックスタイプでしょうけど?
それより、いいなぁ、スタイルならアタシも負けないのに……貴族たちをはべらせに、アタシも下の階に行きたいわッ!」
「だからっ、姉様……それ余計」
その場からミンシアを強引に引き剥がす中、どこか不満げな表情を見せ、渋々離れた彼女にミーアが苦笑いを浮かべる。
ミンシアの舌打ちが微かに二階に響いたのは、さておき。
その頃一階では、まだ騒ぎは収まらず――。
「ちょっ、ちょっとあなたたち! 給仕の邪魔よ、離れなさい……って、はぁっ、んっ……♥」
追い払おうとするエレノアの声色すらも、サキュバス特有の誘惑ボイスに変換されてしまい、群がる男たちの理性をさらに破壊していく。
エレノアに触れたその瞬間、男たちの耳まで変貌させてしまう魔力が漏れる。冗談にもなっておらず、もう始末に負えない。
その光景を見ていたゴクトーは、立ち上がろうにも、公妹のモンロー・リマリに、いまだに左腕をガッツリ掴まれたまま、立ち上がれずにいた。
一方でエレノアの変貌――いや、男どもを手玉に取るその姿に、アカリが「エレノアさん、何やってるのよ!?」と、慌てて引き離そうとするも、周囲の熱気と混沌は、もう誰にも止められなかった。
そんな中、少し離れた場所で、メイド長紅子が零す。
「……はぁ。やっぱり、こうなりましたか」
と言いながら構築した――【魔導障壁】の結界を微調整しつつ、冷や汗を拭う。
外の音や魔力は完全にシャットアウトされているものの、「会場内のこの混沌と、熱気までは……防ぎきれなかったわね」と、どこか達観しつつ、ニヤリと口元を緩めながらつぶやいた――。
――その頃、はるか雲の上の天上界では。
「いやぁ、それにしてもドルサードの秘術の奥深さは……って、おいシロッ!いま下界のゴクトーの屋敷、なんか凄いことになってないか!? あの執事が大変なことになってるぞ、ししし!」
トランザニヤが大スクリーンのモニターを指差して腹を抱えて笑う。
神シロも、「あの大仰な貴族たちが、見事なメロメロ状態じゃな……」と、呆れたような苦笑を浮かべる。
一方その傍で、女神東雲だけが冷や汗を流しながら、慌てて手元の『神界タブレット』を操作していた。
「ま、まずいですわ! わたくし、ついさきほど、【ドナイヤ】ブランドのセールに釣られて、『ポチ』ってした、サキュバス対応の執事服オプション――精神耐性・強制冷却ファン付きの【コレデ・オトスワヨ・ドナイヤ】』を、うっかり、配送設定の現在地を『地上』のままにしていたかも……?!」
次の瞬間、ゴクトーの屋敷の真ん中、まさにエレノアが男たちを従えて艶然と佇むその頭上空間が、ピシャリと音を立てて割れた。
ズドンッ!!!
轟音とともに、天界から直送された――『謎の巨大段ボール箱』が、ゴクトーの屋敷の華麗なシャンデリアを見事に避けながら、天界にいる女神東雲の位置情報を頼りに大広間に落下した。その勢いの中、飛び出したのは、露出度が限界突破した挙句、艶やかに怪しく光る――ガーターベルト付き『超ハイテクサキュバス対応執事服』だった。
「……は?」
腕を絡めていたモンロー公妹を思わず放り出し、ゴクトーの額に青筋が浮かぶ。
外では魔族たちとの戦闘、会場内では執事がサキュバス化して大パニック、さらに頭上からは謎の神具の誤配送。
ゴクトーの胃痛は、限界を突破しようとしていた――。
◇(ここからゴクトーが語り部をつとめます)◇
盛大に、そして混沌の中、幕を閉じた晩餐会の後。
喧騒とは、かけ離れた美しい夜の帷が降りる中、玄関の門には、正気に戻った執事のエレノアをはじめ、メイド長の紅子を筆頭に、シタギらメイドたちが顔を揃える。
「それでは、またなゴクトー卿!」
「では、後日、アドリア城で会える日を、楽しみにしておりますぞ!」
イイダル・コス・ハルツーム侯爵と、シモンヌ伯爵が豪奢な馬車で帰っていったのを皮切りに、どこか虚げな目をして馬車に乗る『マヌカン伯爵』、上機嫌で帰っていく来賓たちを見送った。
メイドやドレス姿の仲間たちがカーテシーを執る中、ふっと肩が軽くなった俺は、傍で来賓を見送るミリネアに労いの言葉をかけた。
「ミリネア、色々ご苦労だったな」
「いえ、ワタクシよりも皆が、頑張ってくれましたので……」
少し頬を赤らめるミリネアの横では、ミンシア、ミーア、アカリとジュリも美しいドレスを月明かりに輝かせていた。
一方で、アリーとイブとパメラも俺の顔を覗き込みながらニコリと微笑む。
俺はミリネアとアカリに肩を貸してもらいながら、ようやくの思いで執務室へと戻ってきた。
部屋の扉を開けると、そこにはすでに外での激戦を終えた面々が待ち構えていた。
「――お疲れ様なんさ、ゴクどーさん!」
腕の痛みを堪えつつ、ノビが荒い息を整える。
傍らには、返り血を拭ったクロニクや人化を解いたコガラ、そして気配を消すように佇む――ShadowWindの面々が揃っていた。
「外の魔族どもは、オイラたちで方をつけておいたよ。……だが、数は伊達じゃなかった。兄貴がいたら、もっと早く片付いたがな」
「ピィ。あるじの真似した――!」
コガラを肩に乗せるクロニクが疲れた様子で、晩餐会で残った肉を二人で頬張りながら報告する。
ノビの激闘、紫苑たちの秘術による迎撃、そして魔族たちが残していった被害の状況。次々と交わされる報告を聞きながら、眉を寄せながら頷いたその瞬間――。
「……みんな、ちょっといいかしら……」
ピリついた空気の中、エリナが重い口を開いた。
彼女の背中にある【戦斧ジェミニ】が微かだが、不穏な余韻を漂わせていた。
「外の連中は、掃討できたかもしれないけれど……。アタシ、あの会場の奥で見たのよ。魔族四天王の一人、空間を操った『北のドルサード』を。すでに、この屋敷の内部に入り込んでいたわ」
その言葉に、執務室の空気が一気に凍りついた。
魔族の本命は外の陽動ではなく、内側からの崩壊が目的だったのだろう。
「……っ、ふざけた真似を……許せないんさ!」
ノビが痛めた拳を握りしめた、その時。
ノックの音とともに、夜の静寂を切り裂いて響いたのは――
「失礼いたしますわ、ゴクトー伯爵」
美しくも危険な響きを持つ、アドリア公妹モンロー・リマリの声だった。
すでに夜着の上から、艶やかなシルクのローブを羽織っただけの彼女は、側近の警護の制止を軽くいなすように――すぅっとプライベートな執務室へと滑り込んできた。
「夜分遅くに申し訳ありませんこと。ですが、どうにも動揺して眠れなくて……
ねえ、伯爵? この不安を鎮めるために、もう少し……二人きりでお話しをいたしませんこと?」
艶然と微笑みながら、すらりとした美脚をちらつかせ、俺のベッドに座るリマリ。
魔族の脅威に頭を悩ませた矢先、今度は最高権力者の危うい色香が俺を逃がさない。
外の魔族、内の潜入者、そして迫る公妹。
胃が軋む夜は、まだまだ終わりそうになかった――。
ゴクトーの胃は、持つのでしょうか?
続きも楽しんでいただければ嬉しいです☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆




