3 始祖の一族
(*ヒドラのイラスト)
───これは、天が記した最後の記憶。
「……くそっ、まさか、もう一体……!!」
マグナス・ファン・トランザニヤ、最期の戦場。
彼の周囲に広がるのは炎に包まれた討伐隊の亡骸。
片方のヒドラは既に瀕死───
だが、もう一体が背後から迫る。
「ふん、貴様らごとき"化け物”が、このマグナス様を倒せると思うなああああ!」
マグナスは最期の力を振り絞り、両手を掲げる───!
「【エターナル・ブレイズ】!!!」
"ボォ───ォッ༅༄༅༅༄༅༅༄༅༅༄༅༅༄༅༅༄༅!!!”
巨大な紫炎の柱が天を衝き、ヒドラを焼き尽くす───!
しかし───
「…っ! ……がふっ……」
もう一体のヒドラの尾が彼を貫いた。
ポト…
静寂の中、滴り落ちる赤い波紋。
──その時。
「始祖に連なるものよ……」
内に宿る何者かの意思を紡ぐように、ヒドラの目の奥が黄金色に閃く。
マグナスを嘲笑しつつ、ヒドラはその場から飛び去った。
──我の力が及ばんか……。
さすが……始祖の源流……。
「……ふっ……なるほどな……」
呟き微笑むマグナス。
彼は最後の力で魔導具を起動し、遺言を残す。
「兄上……!…チビナス…国を……頼む…」
──そして力尽きた。
◇
──運命を変える刻は訪れた───。
次男マグナスがヒドラ討伐に出陣してから十日が過ぎ、さらに二十日が経った。
だが、討伐隊からの報告は一切なく、時間だけが虚しく流れていく。
トランザニヤ各地ではヒドラの被害が拡大し、事態は深刻さを増していた。
────討伐隊は全滅したという報告が届いた。
「何! ヒドラが二体だと!?」
「…………」
ヒドラの被害は拡大し、王宮は静まり返った。
扉が開き一人の男が現れた。
黒い執事服、鋭い金色の瞳を持つその男。
───王爵家に仕える執事、イワン。
彼の強面には、無数の縫い傷が刻まれその存在感が場の緊張をさらに、張り詰めさせた。
イワンは玉座の前で、コト……と跪く。
静寂の中、彼は低い声で告げた。
「……遺憾ながら、マグナス公爵様の討伐隊が全滅したと……」
「…………」
彼の言葉は凍りつくような重さを帯びていた。
「……マグ兄…………」
ドミナスはつぶやきながら兄の顔を思い浮かべる。
───豪快で、自信に満ちていた、マグ兄。
雪山で僕の手を優しく握ってくれた…
今でも、あの温かさは忘れたことはないよ……。
ドミナスの記憶が甦る。
オブリオの握りしめる拳がかすかな光を放った。
「馬鹿な……! ……マグナスは我と同等の【古代魔法】を操る力を持つ。
その実力があれば、ヒドラごときに屈するはずはない!」
彼は声を張り上げた。
だが、イワンの沈黙が報告の真実を物語っていた。
その光景にオブリオは肩を大きく落とした。
「……マグナス……貴様が……くっ!」
オブリオの頬を涙が伝い滴となって足元に落ちた。
肩を震わせ瞳を潤ませている───末弟ドミナス。
「……兄上、この件は、このドミにお任せいただけないでしょうか……?」
彼は震える声で跪き床に涙を落とす。
オブリオの瞳が揺れる。
───お前まで失うのわけには……いかんのだ。
……お前の顔……ドミよ。いつの間にか……
トランザニヤ家の誇りが滲む良い顔になったな。
その決意を前にオブリオは深い苦悩を抱えつつ、黙したまま頷いた───。
◇ ◇
夜の帳が降りる頃、オブリオの寝室では───
会議を終え、感情を抑えきれないオブリオは自室へと戻った。
そこにはベッドで無邪気に眠る双子の息子たち。
隣で穏やかな寝息を立てる、八歳の愛娘の姿があった。
「……あなた」
その隣に横たわっていた女性が目を覚ます。
『絶世の美女』───とは、まさに彼女のことだろう。
年の頃は三十代。
その姿は母乳を与えているのか、小柄な身体に不釣り合いな程、張り出した胸元が気高さを漂わせていた。
「起こしたか……」
「シィ───!子供たちが起きてしまいますわ……」
囁き、オブリオにそっと笑みを浮かべる。
彼女の名はマルソー。
「その顔。その仕草も『カルディア魔法学院』の頃から変わらんな……」
オブリオは若かりし頃を思い出す。
彼女はアドリア公国の第三王女。
幼い頃から「栴檀は二葉より香わし」と称され、神々たちの間ではその才能と美貌が語り草となっていた。
やがて『アドリアの栴檀』と呼ばれるようになる。
その噂を耳にしたオブリオ。
彼は亡き母に背中を押され留学を決意し、彼女と出会った。
そして───運命を変える日々が始まることとなる───。
マルソーはオブリオにゆっくりと歩み寄る。
「長い会議をしていらしたのですね。お顔に疲れが滲んでいますわ」
彼女は労わるようにオブリオの頬に両手を添えた。
その口元にはチラリと犬歯が覗く。
「マルソー……」
触れられるだけでオブリオの心は少しずつ癒されていく。
マルソーはそっと襟元を引き下げ首筋を差し出した。
「どうぞ……お召し上がりくださいませ」
「……すまない」
オブリオは瞼を閉じる。
次の瞬間、犬歯をマルソーの首に突き立てた。
小さな声を漏らしながらもマルソーは夫の身体にしっかりと抱きつく。
吸血が終わり──穴は塞がり痕もない。
母乳を与える張り出した胸元は、吸血の行為と何か特別な繋がりを持つように見えた。
「あなた……少しは楽になりましたか?」
マルソーはオブリオを見つめ微笑む。
彼女は愛娘の隣に横たわり静かに目を閉じた。
『始祖の一族』が持つ特殊スキル───【吸血】。
それは『眷属化』の鍵でもあった。
それは血を与えた者を眷属とした。
さらにはその力を奪い姿を変えることすら可能とする。
まさに【神】に等しい力だった。
◇ ◇ ◇
寝室を後にしたオブリオは王宮の隠し扉を開け、地下へ続く階段を駆け下りた。
そこは『トランザニヤ家』の者だけが入ることを許される───秘密の地下室。
オブリオは右手の親指を齧り、輝く青い魔石に手を触れた。
その瞬間───彼の魔力と血に反応し扉が重々しく開いた。
地下室に足を踏み入れた瞬間、彼は異質な空気に包まれた。
魔導具や武器が祭壇に祀られ、どれも古びている。
だがその中で一際、強烈な魔力を放つものがあった。
白い古代文字が刻まれた魔法陣の中央に鎮座する一本の刀。
その名は亡き母から受け継がれた伝説の武器───【桜刀】。
「……まさか、これを使う時が来ようとは……」
オブリオは静かに呟きながら【桜刀】を手に取る。
その刃を見つめ、彼の目に揺るぎない決意が宿る。
【桜刀】の刃はわずかに桜色の光を放ち、幻聴のような亡き母の声が彼の胸を打った。
「マグ……この兄が、必ずお前の仇を討ってみせる!」
オブリオは【桜刀】を携え、地下室を後にした。
彼の背には、『トランザニヤ家』の運命を背負う覚悟が刻まれていた───。
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