銀血の序曲――受け入れざる急報
太古の大戦から数百年後、突如としてズードリア大陸を襲う天変地異。
――空が裂け、地がうねり、津波が舞い、稲妻が大地を切り裂く。
それは、まだ序章に過ぎなかった。
南東の神秘の海「マレー海」沖――大地が隆起し、火山が噴き上がる。
黒煙が空を覆い、龍の咆哮が如く雷のような音が響き渡り、溶岩が滝のようなひと筋の奔流に変わり流れ落ちる。
海は赤黒く煮え、地獄のような光景が広がった。
やがてその地に、「黒い門」が現れる。
漆黒の石で造られたその門は、時の流れを拒むように静止していた。
門が開いた――その瞬間、世界が一秒だけ息を止めた。
そこから現れたのは、異形の「魔族たち」。
彼らは恐怖と混乱を撒き散らし、「魔王国」を築く。
そして――太古の大戦が、再び幕を開けようとしていた。
その地を支配するのは、圧倒的な力で魔族たちを屈服させた魔王ガーランド三世。国の名は祖父・赤髪のガーランドの名を冠し、ズードリアの支配を目論んでいた。重厚な玉座に腰かけ、彼は紅い瞳でこの世界を見据えていた。
桁違いに張り出す左肘を肘掛けに預け、軽く拳を握り顎を乗せ、ガーランド三世は、片目を瞑りながら不敵な笑みを浮かべた。
「ふむ……」
微かな笑みの端から覗く二本の鋭い牙が、彼の存在の異質さをさらに際立たせもする。赤い髪が滾るように鮮烈に揺れ、薄青い肌に長く鋭い黒い爪が映える。その端正な顔立ちと威厳には、全てを圧倒する力――【脅威】と【邪気】が織り交ぜられていた。
その時、カツッ… カツッ… カツッ…。
王宮内に鋭いハイヒールの音が規則正しく響く。
彼のもとに現れたのは、魔族四天王の一人――北のドルサード。
魔王配下の筆頭、魔族たちからも恐れられる存在だった。
碧の髪を揺らし、琥珀の瞳に金色の虹彩が冷たくも妖艶に輝く。
灰青色の肌には、黒く美しい二本のツノが際立っていた。艶のある胸元を赤いドレスから惜しげなく露わにしながら闊歩する。足元に流れるスリットから覗く、灰青色の長い美脚とともに高さのあるハイヒールが、その一歩一歩を強調し、貴族としての威厳と官能的な美しさも目を引く。その顔は女神の如くどこまでも整っていた。
ドルサードが玉座の背後に身を預け、艶っぽく囁く。
「魔王様……トランザニヤに、「もう一人」がいたのです。誰も知らぬ皇子が……」
そう言って彼女は魔王の耳を甘噛みする。
「……それが真ならば、物語が狂い始めるな」
魔王の口元に、不敵な笑みが浮かんだ。
その紅い瞳と銀の虹彩は一瞬たりとも、油断なく世界を見据えるようである。
「……放置はできんな。トランザニヤの皇子、か」
その言葉とともに、この世界の歯車は狂い始めた――。
――その頃、天界より下界を覗く神たちは。
「【黒銀に閃く瞳孔】、【鋭い犬歯】って、こりゃ、お前の末裔たちだぞ」
神シロが黒銀の目の友に語る。
「ああ、そうだな」
彼はつぶやきながら笑みを浮かべた。
ズードリア北方の島国「トランザニヤ」。
平和な一族のもとに生まれた双子の誕生が、運命を変えていく――この小国で静かに、しかし確実に異変が起き始めていた。
隔離された島国の暮らしは数百年、平和そのものだった。
「爵位制度か……昔と変わらんな……」
黒銀の目の友が懐かしむ。
「確か……特有の爵位制度が採用されてるんだろ?
君主は『王』ではなく、『王爵』と呼ばれるとか?」
神シロは手を顎に添え、下界の様子をじっと見つめていた。
「代々、長男のみが王位を継ぎ、『ロイ(王爵)』を名乗ることを許されるんだ」
「だが、弟たちは『ファン(公爵)』の称号を与えられ、義務としてそれを名乗らなければ……ならないんだ」
黒銀の目の友が続けた。
「その下に連なる重臣や眷属の一族も、侯爵以下の爵位を分与され、それぞれが国を支えている」
黒銀の目の友は力強く話す。
一方の神シロは、その言葉に答えながら白い髭を掴んだ。
「お主は常人には到底扱えない、特殊なスキルを生まれながらに、持っとるからなぁ……」
「まあ、だから『始祖の一族』と呼ばれているんだがな……」
「その姿と力は、人々に畏敬を与え、時に神話とすら混同されたって聞いたぞ。 ククク」
神シロは黒銀の友にそう言うと、口元を緩めていた。だが、徐々に神シロの表情が険しくなる。
「おい、見てみろ!」
「ああ」
神シロの言葉に黒銀の目の友はギュッと目を凝らし、その様子を眺めた。神々が見据えたその先は、島国トランザニヤだった。
総人口、僅か二千人ほどの小国だが、「異能者」がほとんどを占める。
太古の大戦後、ここズードリア大陸北東の孤島に移り住み、数百年間――平和に時を刻んでいた。国の首都――メルリにあるトランザニヤ宮殿は、絢爛豪華なステンドグラスが、白亜の宮殿内に柔らかな七色を添えていた。その最奥に位置するのは壮麗な『王爵の間』。煌びやかな光が降り注ぐ中、爵位を持つ眷属たちの上奏が、そこで執り行われていた。
厳かな報告の最中、どこか落ち着きのない年配のー人、人種ではな――「人狼の侯爵」が一歩踏みだす。
侯爵は玉座の間の大理石の床に跪く。
その瞬間――ゴリ…っとした鈍い音が静まる王爵の間に響いた。
涎を垂らしながら、その年配の侯爵は重々しい口調で報告する。
「ええと、あの、その、困ったことに……」
侯爵は口籠りながら、なんとか続けた。
「ヒ、ヒ……ヒドラがっ……現れました」
その瞬間、緩やかだった空気がピンと張り詰めた。
――重々しい急報。それが玉座の間に波紋を広げていく。
最初に反応したのは、トランザニヤ家の末弟だった。
「ヒ、ヒドラですか……? まさかあの「災悪」――九つ首の龍だなんて……」
そう言って、紅のローブの袖をぎゅっと握りしめる。その末弟は、この国の宰相を務める実質No3の権力者。
異端な青髪の彼の仕事は、主に国内のインフラ整備、税収の管理、司法の管理などが任されていた。そのぽっちゃりとした顔には、見えない緊張も滲む。
諸侯たちも小さく身体を折り、眉をひそめ小言を囁く中、玉座には冷たい緊張が走った。
バカな……。
あれは「別界の怪異」と、亡き父は断言していたはずだが……。
まさか、魔王が深淵から――。
トランザニヤ家の次兄、マグナスは思考を逡巡させる。
彼の不精髭の下唇が渋く歪む。冷静さを装うが眉間には深い皺が寄っていた。
短く切り揃えられた銀髪をガシガシ掻く彼の仕事は、主に魔物討伐、防衛、警備。トランザニヤ国家の中では唯一の大将軍。実質No2の権力を持つ。
一方でトランザニヤ家の長兄、オブリオは黙っていた。
玉座に腰をかけ、束ねた銀髪を背に鋭い眼差しで弟たちを見つめる。
黙視していたオブリオの拳は、その時僅かな輝きを放つ。血に宿る『始祖の力』がたかぶりを示し、揺るぎない口調で告げた。
「現れた以上、対応するしかあるまい……マグナスよ、討伐隊を編成せよ!」
「はは、ありがたき幸せ! 兄上、このマグナス、全力で果たしてみせましょうぞ! がっはははは」
次男マグナスは胸に拳を添え、高い声を響かせた。
弟の決意を受け止め、オブリオはさらに紡ぐ。
「だが、決して無理はするな……死ぬようなことがあれば、トランザニヤ家の名誉が泣くのだからな」
その言葉に、末弟ドミナスも不安げな表情を浮かべ続ける。
「マグ兄……どうかご無事で……」
「心配には及ばぬぞ、チビナス。 がっはははは。 ふん、ヒドラごとき、我が犬歯で噛み殺してみせようぞ!」
マグナスは頬を軽く引くつかせながら、冗談混じりに応えた。豪語したマグナスは、続けざまに部下たちに命じる。
「命の惜しからぬ者どもよーー! 我に続けいッ!!」
一瞬、部下たちは顔を強張らせた。
それもそのはず。まるで自ら死地へ赴くようなものだからだ。
だが、マグナスの【覇気】とでも言おうか。
威圧にほだされすぐに剣を抜き、「おおーー!」と皆、気合いを込めた。
部下たちを引き連れ、黒いマントを颯爽と翻し――玉座の間を出ていく次男マグナス。その性格は剛毅。まるで英雄が見せるようなその背には、揺るぎない覚悟と自信が滲んでいた。
彼が遠ざかる中、玉座の間にはしんとした不気味な静寂が訪れていた。
そんな中、違和感を覚えたオブリオが薄く眉をひそめる。
兄として弟の命を何よりも案じていたのだ。
誰よりも誇り高く、誰よりも優しい弟よ。
かつて、雪山で凍えた幼き日の小さな手を――
今も忘れたことがないぞ。
彼はこの時、感じたことのない不安も抱えていた。遠ざかる弟の背中を見つめ、オブリオは静かに祈る。
どうか……無事であれよ……。
その瞳には、微かな憂いも滲ませていた。
誰も気づかないその時、玉座の間の天井、七色に光るステンドグラスには――
僅か「ひび」が走っていた。
オブリオの胸中に去来するのは、この国を覆い始めた不穏な気配――その陰では、「名もなき者たち」が、刻を待ちわびるかのように息を潜めていた。
やがて、銀の血すら朱に染まる日が来るとは、誰も知る由もない。それはトランザニヤという神話の終焉――序曲に過ぎなかったのだ。
――その頃、神が見下ろす天上界では。
黒銀の目の友が小国トランザニヤに注視する中、
神シロはコリン教会の孤児院に目を向け、ニヤリとしていた。
「あいつ、旅に出ると言った途端、シスターに泣かれて……しょぼくれてやがるな。どれ一丁、ワシのお気に入りの図鑑でもくれてやるか……ククク」
神シロは、黒銀の瞳を持つ少年に、何かを投げる素振りを見せた。
その少年はゴクトー。
「この物語の主人公は、うまく受け取れたかな? ククク」
神シロは、噛み殺したような笑い声を漏らしていた――。
お読みいただき、ありがとうございます。
引き続き読んでいただければ嬉しいです(๑╹ω╹๑ )




