新たな拠点編 8 〜知らぬゴクトーの二年の空白と宿命の美令嬢〜
ゴクトーさんのお屋敷?へぇ?Σ('◉⌓◉’)
天上の人柱、トランザニヤが雲間から呆れたような顔を上げた。
「ゴクトーの知らぬ間に、えらい事になってるな」
その言葉に耳を傾けながら、茶を啜り、パリパリとした音を響かせ、
煎餅を咀嚼する神シロと女神東雲。
「着工から二年、ゴクトーは何も知らずに眠っておったんじゃ……
しかし、あの『黄金桜流』を極めた鍛冶師のエルダードワーフ、
確かポロンと言うたか? あのちんまい娘、なかなかやりおるわい」
下界を眺めながらしみじみと口を動かす神シロに、
寄り添う肩をピタッとつける女神東雲もまた、下界を眺めながら零す。
「わたくしは、『妄想図鑑』から飛び出し、
必死に陣頭指揮をとっていた『江戸っ子鼓動』を褒めますわ。
それに、「ガガガ」と言いながら、立派な屋敷に仕上げていくーー
『青銅のトライアングル』君の手際の良さに、賞賛を送りたいですわ」
そう言って再び煎餅を齧り、パリッとした音を雲間に響かせたーー。
ーーその頃、死の淵から這い上がったゴクトーは、
目覚めてから三週間ほど経っていた。
そんな中、まだ傷も十分に癒えぬ彼は、着替えを強要され、
アカリやミリネアに手伝ってもらいながら着替えを済ませた刹那ーー
「それじゃぁ、行くわね!【アストラル・ゲート】!」
歪む空間に白き門を顕現させた、
ジュリの転移魔法をくぐり、見たこともないーーとある場所に連れ出された。
目を覚ましたら、二年が経っていたゴクトーだが、
それだけでも十分に、生きていたのがおかしなくらいの話なのに、
さらに彼は、見たこともない場所に立たされていた。
貴族が住まうような立派な屋敷、豪奢な作りの玄関ホールーー
磨き上げられた大理石の床、天井から下がる眩いシャンデリア、
そして、なぜか正装した貴族たちがずらりと並んで、
こちらに向かって拍手を送っていた。
「え、えーっと……」
状況が飲み込めないまま、ゴクトーが隣に立つミリネアの袖を引いた。
「ミリネア、これ、どういう状況? 俺が二年も寝ていた間に、まさか……」
「はい、二年もかかりました」
「この屋敷って、あの設計図の?」
「ええ、ご主様とポロン殿の設計図を基に着工しましたが、
繊細かつ和洋折衷ーー内装や庭園の細部にまで、芸術性にこだわり、
現場監督を務めた『江戸っ子鼓動』君が、
設計図の通り建てるのに、苦労しておりました」
「……はぁ?」
「さらに技術面では、『青銅のトライアングル』君が昼夜休まず作業を進め、
土木関連の運搬には『小谷山』殿が我先にと……
その巨体と腕力を活かしてくださいました」
そう言ってニコリとするミリネア。
そんな中、テラスにはあつらえたばかりだろうか。
束ねた長い茶髪を揺らし、かなり高さのある真新しい壇上に立つ、
小さな背のエルダードワーフーーポロン。
その瞬間、拍手の音が一際大きくなった。
「ようこそ皆ちゃま。この度は、わたちたちの拠点……
いえ、伯爵宅竣工パーティにお集まりくださり、ありがとうございます。
ではここで屋敷の主、ゴクトー・コス・ハルツームを紹介いたちますわ」
ポロンの挨拶が終わる寸前ーー
誰かが「公国軍総司令閣下、万歳!」と叫んだ。
ゴクトーがミリネアの顔を二度見した。
「公国軍総司令? 誰が?」
「ご主様です」
「ハルツーム領の元帥とまでしか、知らないんだけども!?」
悲鳴に近い声を上げたゴクトーに、パーティ会場の空気がわずかに揺れる。
だが貴族たちは気にする様子もなく、
むしろ「さすが公国軍総司令閣下、豪快でいらっしゃる」などと、
勝手に納得した顔で笑っている。
そんな中、紫と豪奢な飾りが美しい踊り子のようなーーココリド製、
民族衣装風ドレス【アツイ・ナイトハ・ドナイヤ】を纏うイブが小声で零す。
「言えぬのじゃ……」
イブに寄り添うように一歩踏みだすパメラーー
紫薔薇をあしらった渋めの赤のロングドレスから、
紫薔薇柄のガーターストッキングに包まれた美脚を、
惜しげもなく晒しながら、
黒地に赤のピンヒールを石畳にコツッと響かせる。
彼女もココリド製ーー
【バラノ・ツツミハタカシマヤデ・ドナイヤ】のイブニングドレスを、
優雅に着こなしていた。
「今更、領民が50人もいないなんて、とても言えないわん……」
その傍では、微妙な苦笑いを浮かべるアリーが、
黄色のひらひらなカクテルドレスを纏うーー。
前はスカート丈が短いからなのか、
ドレスの裾が靡くたび、灰色タイツと銀のヒールが際立つ、
【ヒラヒラハ・コノミニャ・ドナイヤ】を纏っていた。
そんな彼女もイブとパメラに向かってワイン片手につぶやいた。
「しかも家、数軒しかないにゃ……」
一方で独身貴族の男たちの熱い視線が三人に注がれる中、
仲間たちの声が聞きづらく、
何のことかさっぱりわからない、ゴクトーはさておき。
ハゴネの山が3つか4つ、すっぽり収まるほどの広大な領地ーー
地図の上ではさぞ立派に見えることだろう。
ここが元イイダル・コス・ハルツーム侯爵の私有地と知る者は僅かだ。
だが実際にそこへ足を運んだ者は知っている。
その大半が手つかずの森や荒野であり、
住んでいる人間はわずか50人にも満たず、
建物といえば粗末な家が数軒あるばかりだということをーー
アドリア公国の中心、タザの城下街から、
僅か30kmしか離れていないが、
関所を越えたこの辺りは、獣や魔物も多く、住民が寄りつかないのだ。
50人の住民もほぼ亜人ーー
人種は、年寄りたちしか住んではいない。
もちろん、当のゴクトー本人は、まだ何も知らない。
アドリア公国ハルツーム領、
イイダルの甥のシモンヌ伯爵が、にこやかにグラスを差し出してくる。
「いつの間にやら貴殿も吾輩と同格の伯爵ーー
いや、それよりも上の公国軍総司令官となったのだ。
出世街道まっしぐらだな、ゴクトー卿」
それを反射的に受け取りながら、
ゴクトーは釈然としない顔で、
他の仲間たちの姿を探しながら会場を見回した。
周囲の貴族たちが軽い会釈をしながら通りすぎる中、
ゴクトーがミリネアの肩を叩く。
「いや待って、伯爵って何。俺、伯爵にもなってるの?」
「はい」
じとりと額に汗を滲ませるゴクトーの傍で、
ミリネアは胸元が大きく開いたーー
薄手の緑絹で紡がれたショートドレスの裾を靡かせ、にこやかに笑う。
挨拶に来る貴族のご婦人たちに、裾を持ち上げるミリネアは、
その赤いガーターベルトと網タイツで、
連れ合いの男性貴族たちの目を釘付けにした。
一方で、一人のご婦人が扇子で口を隠しつつ、つぶやく。
「その紫のインナーは、まさか……【ムラット・シタラ・ドナイヤ】では?」
その声に周囲のご婦人たちがあれよあれよと集まってくる。
「間違いないですわ。今や我ら貴族たちの憧れのオートクチュール……」
「ええ、魔力をうっすら感じませんか、皆様?
最先端の魔力付与された『見せブラ』、『見せパン』ですわね……」
「禁忌とされていた『見せ足』を叶えた『ガーターベルト』に『編みタイツ』。
『見せる魔力付与装備』として名高いーー
『ココリド・ヤデ・ドナイヤ』製で間違いがないようですわ」
「あそこの品のオーダーは、冒険者クラン『リリゴパノア♾️』が最優先らしく、
一般の予約オーダーは、1年以上先まで埋まっているらしいですわ」
囁かれるご婦人たちの声を気にも留めず、ふっと笑みを溢すミリネアが、
コツンと緑のハイヒールを鳴らし、上品にカーテシーを交わす。
そうして、動揺を隠せないでいるゴクトーの補佐役をきっちりこなしていた。
もちろん、ご婦人たちに羨望の眼差しが集まるそのドレスも、
ドナイヤ・シリーズの【スケテ・ミエール・ドナイヤ】。
それは貴重な金光蟲の眉から作られる、
透けるような『光糸』で紡がれたセミフォーマルのカクテルドレス。
ミリネアの身体に合わせたココリドの力作、
【魅力上昇・胸の成長抑制】を付与された最新の一点物だった。
挨拶を終えたミリネアがこちらに視線を向け、
その顔は凛としつつもどこか目が笑っている。
戸惑うゴクトーが首を傾げながら口を開く。
「総司令官と伯爵、同時に?」
「はい」
「意味わかんない」
「おめでとうございます」
「話聞いてくれッ!」
そんなやり取りを他所に、
着飾った貴族たちが次々とゴクトーの元へ歩み寄ってくる。
握手を求める者、深々と礼をする者、
そしてーー娘を伴って、意味ありげな笑みを浮かべる者。
「これはこれは、総司令官閣下。此度のご昇進、
誠におめでとうございます。つきましては、ぜひうちの娘をーー」
「あ、うちもぜひ」
「いや、うちこそ」
あっという間にゴクトーの周りに人垣ができる。
縁談、縁談、また縁談。
誰も彼もが娘を、姪を、あるいは遠縁の令嬢をーー
差し出すようにして紹介してくる。
ゴクトーが完全に処理落ちした顔で、
助けを求めるようにミリネアに振り返った。
「ミリネア……これ、何?」
「【魅了覇気】の賜物ですわ!ご主様」
そう言ってミリネアが揶揄いながらクスッと笑う。
「理由はそれなのかッ!」
笑いごとでは済まない圧を感じながらも、
ゴクトーはとりあえず一人一人に愛想笑いを返していく。
そんな中、ふと会場の端から、
静かにこちらへ近づいてくる一人の令嬢が目に入った。
他の令嬢たちのような着飾った華やかさはないーー
コルセットに短いショートドレス、
ガーターに編みタイツ、ピンヒールも全て漆黒。
もはや定番の貴族の衣装なのだが、
他とは一線を画すーー
左肩には不死鳥のTattooに、唯一無二のスタイルと美貌。
「初めまして、総司令官閣下……わたくしは、マヌカン家の次女、
リュミエール・マヌカン・ネルルと申します。
どうぞ、お見知りおきくださいませ」
むしろ驚くほど控え目な声が妙だった。
けれど作り物めいた完璧すぎる微笑を浮かべている。
カーテシーを取る彼女の身体から魔界でのみ咲く禁断の花ーー
『ネルル・ローズ』の芳香が漂ったその瞬間。
黒いレースのインナーを目の当たりにしたゴクトーの背筋に、
ぞわりと何かが走ったーー。
……こ、これもココリドお手製のドナイヤ・シリーズなのか?
だが本人は本当の理由を知らない。
相手はただにこやかに礼をして、チラリと見せたいだけだと思っている。
それなのに――肌の下を、冷たい指先でなぞられたような感触。
……なんだ、今の香り?
その正体を、ゴクトーはまだ知らない。
目の前の令嬢が、魔族四天王のドルサードの化けた姿であることも。
けれど、初めて今日この日、彼は確かに気づいたのだ。
この笑顔の裏に、何か「嫌なもの」が潜んでいることにーー。
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