新たな拠点編 7 〜またな!戦友よ〜
「寂しくなるにゃ……」と零すアリー。 Σ('◉⌓◉’)
惨憺たる跡を残しつつもーー
朝霧がゆっくりと晴れていく中、
ビヨンド村のメイン通りには、静かだが確かな活気が戻りつつあった。
村の復興が進むビヨンドでは、
朝から忙しく働くエルダードワーフや亜人、様々な人の姿があった。
「おーい!そっちの木材、もう少し右だ!」
掛け声とともに運ばれる資材を横目に、
ゴクトーたち一行は、宿屋帰巣へと向かっていた。
九音が眷属化した日から数えて3日後ーー
出発が遅れていたファルダット護衛師団を見送る日だった。
左腕を支えるように歩く、ミリネアの胸元がゴクトーの腕に触れる。
その慈しむような彼女の仕草と柔らかな感触に、
彼の頬が朝陽のように橙から赤に染まっていく。
同じく、右肩を担ぎながら支えて歩くアカリも負けじとーー
豊かな胸元を彼の腕にピタッとつけた。
「ダー様、ご無理なさらず、ゆっくりでーーとりあえずこの杖を……
私、何か飲み物でも買ってまいります」
気遣いながらそそくさと買い物に行くアカリの行動とその言葉が、
ゴクトーの胸の『江戸っ子鼓動』の動きを早める。
まだ、本来の身体では無いーー。
そんな感覚がゴクトーの脳内に押し寄せる中、
『江戸っ子鼓動』が『妄想図鑑』をパラパラとめくり出す。
そして、ドス黒く変わり果てたゴクトーの足元を指差し、
「図鑑No.012……もち丸ちゃん、
精霊の魔法を駆使して、旦那の足の負担を軽くするでやんす!」と命じた。
その瞬間、鮮やかなエメラルドグリーンの半液状宝珠を抱く、
妖精少女が顕現した。
黒髪に葉の形をした飾りが似合う、彼女の透き通る翅が淡く光を放つ。
抱えられた宝珠から水滴が滴り落ちる中、
周囲の空間を潤しつつ彼女が唇を動かす。
「ふふ。任せて……わたしの宝珠を液状化し、
主の足に絡め、物理的抵抗を無効化するわね。
この妄想精霊魔法ーー【リキッド・フェード】で!」
その詠唱が紡がれた瞬間、
彼女の抱える宝珠がドロドロとした液状に変わり、
ゴクトーの足に蛇のように絡みつく。
一瞬で、まるでプロテクターのようなーー
頑丈な歩行補助具へと宝珠が変貌した。
その様子に満足げな『もち丸』がポツリ。
「これである程度は、歩けるわ。主、貸ひとつだからね」
そう言い残し、彼女が『妄想図鑑』に消える中、
「では、あっしもこれで!」と後を追うように『江戸っ子鼓動』も、
スッと図鑑の中に消えていった。
一方でゴクトーは、あれよあれよと言う間に、
支えがなくても歩けるようになっていた。
その光景をもはや見慣れた仲間たちは驚きもせず、
クスッとした笑い声を漏らしていた。
早朝から旅立ちの準備を整えた護衛騎士団の姿が、
まだ瓦礫が散らばるメイン通りに、ちらほら見え始める中、
振り向きざまにクロニクの瞳がギラリと閃く。
「兄貴、奴はこの前、マルルに耳打ちしていた隊長だ」
小さく漏らすその視線の先には、
グレーのフードローブを被り、
焦茶色の長い耳がローブの隙間から覗く男の姿があった。
ただならぬ雰囲気を醸す偉丈夫たちが、
フードから出る焦茶の耳を尖らせ、その男を丸く囲んでいる。
「皆、時間どおりに動いているみたいです……
ガリ殿たちとも、これでお別れですね……」
脇に力が入るゴクトーを支えるミリネアが声を震わせた。
彼女のエメラルドの瞳が僅かに潤む。
そんな中、黒い影を伸ばすクロニクの横を歩く紫苑がつぶやく。
「クロニク殿、余り睨むのは……向こうに敵意は見えませぬゆえ。
八咫鴉様からも、一言、何か皇子に……」
振り返った彼女の揺れる胸元に、
ゴクトーの目が奪われるのは毎度のこと。
「紫苑……クロニクは元々目つきが悪いんだ。諦めろ」
口元が緩んだゴクトーの顔を一瞥し、
クロニクが「チェッ!悪かったな!目つきが悪くって……」と、
漏らしながら、片眉を吊り上げ、ジロリと紫苑を睨む。
だが、秒で、彼はまるで兄からお目玉でも喰らったように肩を下げ、
しょげていた。
「おい、クロニク、そんなに落ち込まなくても……」
そんなクロニクに、声をかけつつもゴクトーの脇には汗が滲む。
ミーアがすぐに駆け寄り、クロニクの背中を軽く「ポン」と叩いた。
するとクロニクの頬が赤みを帯びて、彼の表情は曇りから晴れに変わった。
ミーアの存在はまるで、山間の中腹が見せる天気の如く、
彼の表情をコロコロと変えさせた。
ふとミリネアが俺の脇を支える手を僅かに引く。
「ご主様、少し休まれますか?」
「ダー様、無理は禁物ですよ。帰るまでが戦いですからね」と、
アカリが続けた。
「あるじーー、ゆっくり、ゆっくりだよーー!」
朝日を背にするコガラの声がメイン通りに響く。
その光景を目にしていた天上の女神東雲が、ポツリと零す。
「ゴクトー君、アカリの深い母性愛、ミリネアさんの献身愛、
コガラちゃん見返りを求めない愛に、気づいてるのかしら?」
そう言いながら神シロとトランザニヤと顔を見合わせながら笑った。
天の女神の思惑など露ほども知らないゴクトーが、
足を止め、一息つく。
◇(ここからゴクトーが語り部をつとめます)◇
宿屋帰巣の直前まで来たとき、俺の足が無意識に止まった。
まるで、そこから先に進んではならないとでも言われているように。
違う。俺の心が、別れを拒んでいるーー。
足を止めた俺に、ミリネアとアカリも表情を曇らせた。
その気配はまるで波紋のように仲間たちへと広がり、
漂う空気が静かに張り詰めていく。
ーーその時。
「もう!なによ、この雰囲気!」
パメラの甲高い声が、沈んだ空気を吹き飛ばした。
「イブしゃんが待ってるにゃ!」
アリーの垂れ耳がふわりと浮かび、風に煽られるたびに、はためく。
「したっけ暗い顔は見せないんさ!」
ノビが鼻を膨らませて勢いよく曲がろうとした。
パチンッ!
「貴様は元々、暗い顔だろうがぁぁぁ! 先に行くなぁ!」
寸前、『爆弾』を押さえるパメラに鼻を弾かれ、
まさに出鼻を挫かれるノビだった。
俺は『恒例行事』に思わず、口元が緩みニタリとしてしまった。
そんな中、ミリネアが俺をじっと見つめ、瞬きしながら耳元で囁く。
「ご主様、ワタクシの瞳に映し出されているのですが……
《【ゴクトー・コス・ハルツーム
正式名称:不明
性別:男
出身地:不明
性格:ムッツリスケベ
趣味:派手なインナープレゼント
嗜好:ボイン
好みのタイプ:ボインの女性
特徴:ししし…と笑う】》
と鑑定されております。余程……ボインがお好きなのですね……」
「なぁ!? が!? えっ!?……んな事……」
声にもならず、否定もできず、恥ずかしさで耳まで熱くなる。
「聞こえたわよ!ミリネア教授。あらやだぁ〜ゴクちゃん。
あたいのボディに見惚れたのねん♪ ぅふんっ」
パメラのグレーの瞳が急に細まる中、
ノビが鼻を摩りながら、ふてくされたようにぼやく。
「ちぇっ……結局、痛い目はオラだけなんさ!」
「貴様は、私に鼻を弾かれることに悦びを感じているんだろ?」
パメラが揶揄いながらニヤリと口元を弧に描く。
そしてノビの頭を「ポン」と軽く叩いた。
その光景にミーアが小声で漏らす。
「ケロッとしてるんだから、いいじゃない」
その言葉にアリーが垂れ耳をピクッと動かしながら口を挟む。
「ノビたんの頭って、もしかしてーー叩かれりゅためにありゅのかにゃ?」
「そ、そっだなワケあるがぁあああ!!!」
顔を真っ赤にしたノビの叫びに、みんながドッと笑った。
その笑い声が朝の空気に溶け、
沈んでいた雰囲気を完全に吹き飛ばした。
その和やかな空気を一度大きく吸い込みつつ、路地を抜け、
まちわビルの角を曲がったーーその時、
宿屋帰巣の前で慌ただしく動く、師団長たちの姿が目に入った。
「ちょっと、君たち、出発するのに寝癖つけてる場合じゃないのよ!」
玄関前で腕を組んだ女将さんーー二年ぶりに顔を見る、
元気そうなアンリの叱咤に、ピタリと動きが止まる護衛騎士たち。
「えっ、俺!?おい、誰か鏡持ってないか!?」
「マントが裏返しじゃねえか、隊長!」と、
どこか締まらないやり取りが始まった。
「おいおい、俺ら、護衛騎士団だぞ……」
「そうだな、威厳が……いや、寝ぐせ直してから言おうか……」
真剣な顔をしながらも台無しな会話が飛び交い、
出発前の空気はどこか穏やかで和やかになっていく。
その光景に、イブが小さく肩を震わせ、
一方のココは「これで大丈夫なんですかー?」と、
茶化すように苦笑していた。
一方で護衛役をしてくれているShadowWindの面々は、
周囲を警戒しつつ、俺たちの影にそっと潜んでいた。
唐突に伸びる影から青い瞳がパチリと瞬き、
スッと顔だけ出した圭介が口元を緩める。
「良かったでござる。ここまでは何も起きず。
八咫鴉様、某らは、
このまま影に潜んでおりますゆえ、ご安心召され」
その茶色の前髪がサラッと靡く中、バサッと翼を畳むコガラを肩に乗せ、
彼は顔にかかるその七色の翼を「ふっ」と息で飛ばした。
「圭介、アカリ姫様とジュリ姫様を頼む。八咫鴉様はワレが……」
紫苑が軽く笑みを浮かべながら、
背後にピタッと身体を寄せ、柔らかい感触が俺に伝わる。
一方で赤い耳の俺を見て、片眉を吊り上げるミリネアとアカリが、
どこか諦めたように俺の腕を離し、息をついた。
「ん……?」
気配を感じる右肩。その上で影がふわりと揺れ、
小さな蝙蝠がちょこんと留まり、
琥珀の瞳でじっと俺を覗き込む。
まるで、これから首筋に噛みつきますとでも言いたげだ。
その時、ふと首筋にチクリとした感覚が走った。
「ご主人様……朝餉を一滴頂戴しました。ククク……」
九音の声だ。
彼女の八重歯が妙に白く見えたのは、赤い血が滲んでいたから。
蝙蝠姿の九音が小さい顎を撫で、
わざとらしく考えるような素振りを見せる。
「ふむ……オノにまで、ご主人様の心の中が……
……鑑定では、ミリネア様と同じ結果が……」
「ちょっ!? ち、違うぞ!? 何を根拠にそんな……!」
《「声が漏れますよ、九音殿!」》
すぐ横から、ミリネアが慌てて念話を飛ばす。
その瞬間、肩から蝙蝠が消えた。
「何をそんなに?」
「慌てているのかしら?」
双子師団長のマルル・ボインとメルル・ボインが、
いつの間にか背後に忍び寄り、左右から肩にしなだれかかってくる。
二人ともわざとらしくーー名前通りの『ボイン』を押し付けながら、
「ね〜ね〜?」「なにごと〜?」とニヤけていた。
「ぐぉぉぉっ!? 近い! お前ら、近いって!」
ジタバタする俺を他所に仲間たちが呆れ顔で眺める中、
「おやおや〜? 嬉しそうですこと。
ご主様の嗜好は、『ボイン』と鑑定されていましたが?」
息をつく間もないーーミリネアの追い討ち。
さらにパメラが 「それなら双子『ボイン』にも興味津々ってことねん?」
と煽り、俺は思わず膝から崩れ落ちた。
一方で、原因の双子が急に真顔になり、
「……って、そんなことよりイブ姫様!」
「わかっておる、ほれ!」
マルルの声にイブが苦笑いしながら、
赤の紋章が蝋付けされた一通の文を差し出した。
その文を膝をつきながらマルルとメルル、ガリとキキも恭しく受け取る。
「其方ら、今までご苦労じゃったな……
長年の献身、妾の心に認めておくゆえ」
イブが僅かに瞳を潤ませながら、朝陽を見上げる。
キキの白い髪が揺れ、その長い首を畳むように頭を下げた。
「姫様の想い、女王様に大事に届けます」
その言葉に場がしんと静まる中、
「くれぐれも帰りの道中、お気をつけて」と。
アカリの想いが込められた温かな言葉がその場を包む。
すると師団長たちの姿勢が凛と正された。
「またな!」
短く声をかけるクロニクの顔には笑みが浮かぶーー
だが、どこか寂しげに肩をすくめた。
「ガリ殿、どうかお元気で」
ミリネアのエメラルドの瞳から涙が溢れる。
「お世話になりました。 おだっしゃで……」
ノビが深々と頭を下げ、路地の砂利を微かに濡らす。
「是非、カルディアにもいらしてねん……」
パメラの「パチッ」とウィンクする瞳が、
灰色の溢水を湛えながら揺れ動く。
「にゃ!」
ピンと立てていたアリーの獣耳がお辞儀でもするように、ゆっくり垂れ、
彼女のメタリック・ブルーの瞳も、僅かに揺れていた。
「私たちは王都に戻る。ココ、イブ姫様を頼んだぞ!」
ガリの凛とした声に俺の背筋も思わず伸びる中、
彼女が漆黒のマントを翻した。
風が吹き、砂埃が舞う中、誰もすぐには動かない。
誰かがもう一言、最後に何かを言おうとして口を開くが、
言葉にならず微笑む。
一歩踏み出した瞬間、ふと振り返ったガリ、
マルルとメルルがこちらに向かって手を振った。
ーーまたな!戦友よ。
心の中にしっかりとその言葉を刻む俺だったーー。
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