新たな拠点編 6 〜血の刻印と覚醒の青き瞳〜
九音さん? Σ('◉⌓◉’)
「クオン殿、『鑑定士』のギフトに目覚められた……?」
ミリネアが低い声でそうつぶやくーー
そして、ワイバーンの肉を焼く手を止めた。
九音に向き直る彼女の片眉が跳ね、エメラルドの瞳が見開く。
一瞬の沈黙の中、ジュウッ!…と脂の弾ける音とともに、
ワイバーンの肉のスパイシーかつ芳しい香りがダイニングに広がった。
ミリネアだけが驚いた表情を見せたわけではなかったーー。
もちろん、ゴクトーを含め、一同の顔色も和やかな表情から一変して、
驚きの表情を見せる中、ShadowWind の面々だけは違った。
他の仲間たちの表情が変わるのを見ながら目尻を下げ、
肩を小刻みに震わせる。
その後、彼らは「ククク……」と噛み殺したような笑い声を漏らした。
「そ、そんなに驚くことなのでしょうか……?」
視線を集める九音が囁くような声を漏らした。
彼女が頬を朱らめつつ隻眼を伏せ、
頬にかかる短めの青髪をそっと耳にかけた。
その姿はまるで可憐な乙女のようで、
先程までの凛としていた彼女とはまた違った一面を見せた。
だが、ゴクトーを見つめたその直後ーー
「えっ……?」
九音が隻眼を青く光らせ、その表情が驚きに染まった。
視界の隅に浮かぶーー青白く淡光を放つスクリーンに、
違和感ある文字が浮かび上がるのを目の当たりにしたからだ。
《対象:ゴクトー・コス・ハルツーム????(*詳細不明)》
彼女は戸惑いながらも、目の前に映し出された情報を見つめる。
見慣れた鑑定画面のはずなのに、
どこか様子が違うと彼女は頭を悩ませる。
「これって……?」
動揺する九音はさておき。
ダイニングに香ばしい匂いが立ちこめる中、
ShadowWindの一人、篠介が、われ先にと言わんばかりの表情で、
ワイバーンの肉を豪快に齧りつく。
「うおぉお!こりゃ堪らんっ!
スパイスが効いてて最高だ!」
その言葉に反応ーーミリネアの膝の上では、
小さな七色の羽がもぞもぞと動いていた。
「ピィ……」
コガラがつぶらな瞳を潤ませながら、
篠介が豪快に肉を頬張るのを見つめていた。
「……コガラ。そんな顔しても、これはあなたの食事ではありませんわ」
「ピ……!」
ボンッ!と灰色の煙が周囲に立ち込める中、人化したコガラが零す。
「ミリネアおおねぇの意地悪!」
ぷくっと頬を膨らませるコガラ。
その仕草が可愛らしく、ミリネアも「ふふっ」と漏らし笑みを浮かべた。
しかし、その一方で、宴のような賑やかな雰囲気とは裏腹に、
九音はゴクトーのステータス画面を食い入るように見つめていたーー。
ーーその光景を目にした、天上界のトランザニヤがつぶやく。
「九音ちゃん、ゴクトーの本名は……まぁ、それも後にわかるか……」
その言葉に神シロと女神東雲も、
下界を眺めながらただ笑みを浮かべるだけだったーー。
その頃、下界では。
賑やかな仲間たちに囲まれる中、
この後に起こる異変を、ゴクトーは知る由もなかった。
篠介が豪快にワイバーンの肉を頬張るのを見ながら、
ゴクトーが小さく息をつく。
「もう満腹ですけども……匂いに釣られるな」
口に出すゴクトーを横目に、
一方で九音がカトラリーナイフを片手に、
慎重にワイバーンの肉を切っていた。
彼女は隻眼で肉を見つめ、
まるで分析するかの如く何かを読み取ろうとしている。
彼女がナイフを入れると、
ワイバーンの香ばしい匂いがゴクトーの鼻腔を擽り、
さっきまでとは、違う香りに誘われ、彼が顔を近づけた。
「ん……?」
九音が微かに眉をひそめたその瞬間ーー
ズブッ!
「っ!?」
手を滑らせた九音のナイフが、ゴクトーの鼻に突き刺さった。
その刹那、鼻からポタッ…と血が滴り、銀色のナイフに赤がじわりと滲む。
「ご、ごめんなさい! そんなつもりじゃ……」
慌ててナイフを引き抜こうとする九音。
しかし、突き刺さったナイフは抜ける気配すら感じられない。
動揺した彼女がナイフの柄を強く握り締めた。
「痛ッ!」
ゴクトーの悲痛の叫びにダイニングがしんと静まる。
その光景にミリネアの口元が引きつる一方で、
ShadowWindの面々は、口に肉を詰め込んだまま固まった。
「「「「「「えっ……えっ!? ええええええっ!?」」」」」」
パメラ、ノビ、アリー、ミーア、クロニク、ミンシアが、
驚きの声を上げる中、
「ちょっ、……!?」
「九音ッ!」
アカリとジュリも動揺を隠しきれずに立ち上がった。
一斉に騒めき立つ周囲に、
「ククク……」と肩を震わせる篠介。
その様子を見つめていたジュリが、深いため息をついた。
「……はぁ。真面目な顔して九音、何をやってんのよっ!」
ジュリの怒りとも、呆れとも取れるその言葉に、
ミンシアが腕を組みながら苦笑を浮かべ、無言でただ首を横に振っていた。
どうやら薬師の彼女の出る幕でもないようだ。
一方の九音は青ざめ、当事者のゴクトーは鼻を押さえていたーー。
「ひゃっ!? ど、どうしよう!」
ブシュ!
九音が慌てながらナイフを引き抜く。
だがーー。
掴んだナイフが鮮血とともに宙を舞い、
焦ってナイフを握ろうとするが、勢い余ってバランスを崩しーー
「はわっ……!!」と、
咄嗟に九音が、ゴクトーの血が付着したナイフを口でキャッチした。
だが、それだけでは終わらなかった。
目を丸くする九音が無意識にミリネアの手を掴む。
【ギフト『鑑定士』に目覚めました】
「何でしょうこれ……? ワタクシ、なんだか……」
つぶやくミリネアの目の前にステータス画面が浮かび上がり、
目をパチパチさせる。
彼女が焼けたワイバーン肉を見つめたーーその瞬間。
【ワイバーンの上質なヒレ肉(焼き加減:ミディアムレア)】
と詳細な情報がスクリーンに記載された。
「……これ、思ったより便利かもしれませんね……ご主様」
「そういう問題じゃないだろ!!」
微笑むミリネアに、
ゴクトーは鼻を押さえながら、理不尽な展開に突っ込んだーー。
「えぇっ!……したっけ、オ、オラも九音さんど……手ぇーづないだら、
鑑定士のギフトもらえるがな……?」
そう言ってノビが目を丸くしながら、勢いよく立ち上がる。
「なるかァ!! ……貴様は治癒院にでも行って、頭の中を見てもらえ!!」
叫びながらノビに駆け寄るパメラが、彼のおでこをパチンッと弾く。
だが、ノビの「ケロッ」とが発動した。
「……したっけ、何で、ミリネア教授にはギフトが……」
パメラとノビの『恒例行事』にゴクトーが小さく息をついた。
一方で、アカリとジュリ、
そして、アリーも口元を緩め、ゴクトーから目を逸らした。
「おい、俺の鼻は、どうでもいいのかアアアアア!」
その叫び声はさらに爆笑を生む。
だがノビの目は未だに九音に向けられたままーー
その視線を追うパメラが、急に眉をひそめる。
「九音ちゃん、ちょっと顔色悪くない?」
その時だーー。
ミリネアの驚いた顔が面白かったらしく、
コガラが「おおねぇのその顔、ククク…」と、
ミリネアの膝にちょこんと座った。
「……ちょっと、コガラ? 今は、遊ぶ時間ではありませんのよ」
「?」
首を傾げる人化したコガラを軽く抱き直しながら、
ミリネアがふと九音の表情を見た。
突然、九音の手が震え出し、青い瞳がカッと見開かれる。
ゴクトーの血が付着したナイフが、彼女の唇に触れていた。
刃先についた赤い雫が、ほんの僅かだが、彼女の舌先へ落ちる。
そして、彼女の青い瞳に呼応するかの如く、
ゴクトーの目も無意識に開いた。
「ピーーーーン」
その瞬間、世界が一瞬弾けた。
九音の青い瞳が微かに光を放ち、
彼女の心臓が一際大きく『ドクン』と跳ねる。
目の前の景色が溶けるように遠ざかり、
代わりに音のない異空間が広がった。
そこに彼女の意識は飲み込まれた。
ゴクトーの瞳に見つめられるだけで、
全身が震え、意識が深淵に引き込まれていく。
彼女の脳裏に不意に浮かんだのは、
『血』の香りとともに押し寄せるーー静寂と闇。
次の瞬間、彼女の鼓動は何か見えない存在に、
合わせられるかのように変化していく。
(……オノは一体……これは何……?)
この感覚が何であるかは、九音にはわからなかった。
だが、抗うことができないーー。
ーー『血の刻印』。そう感じ取った。
ゴクトーの存在が九音の心の奥深くに流れ込み、
無意識の中で何かを植え付けていく。
彼女の中に芽生えた感覚、それは『変身』と『服従』。
身体の奥が熱を帯び、内側から何かが蠢くような感覚。
皮膚が引き締まり、背中に疼くような痛みが走る。
すると、そこから”何か”が生えようとしていたーー。
彼女の骨格が微かに軋み、四肢が縮み始める。
カサッ…と小さな翼が、薄闇の中で震えたーー
深層から這い出した彼女は、
生まれ変わったような錯覚に陥る。
視線が空間を彷徨うように揺らめき、九音の表情が徐々に変わっていく。
(ああ……なんて、安心感……)
自らの心の奥底で、甘い安堵に包まれる。
それは恐れではなくーー『悦び』。
まるで、自分が「本来あるべき姿」に戻るような感覚だった。
九音の唇が僅かに開き、恍惚とした微笑が溢れる。
「……ああっ……」
彼女の口から漏れた吐息が、ダイニング全体を包む。
ドクン…ドクン…
それは、彼女自身の鼓動ではない。
ゴクトーの瞳が作り出した、新たなリズムだった。
一方のゴクトーはその場で息を呑んだ。
目の前で九音の身体は震え、瞳に奇妙な輝きが宿っている。
九音の記憶、感情、思考ーー
そのすべてがゴクトーの中に流れ込んでくるような感覚を得る。
まるで何かに取り憑かれたようなーー抗いがたい力が、
彼女を飲み込んでいくのを理解する。
そして、顳顬を締め付ける痛みと、
咽せ返るような吐き気が彼を襲ったーー。
ゴクトーにとって、それはまるで自身の身体が、
他人の記憶と存在に、侵食されるような感覚だったのだろう。
頭痛はただの痛みではなく、
脳の奥深くが無理やり書き換えられるような感覚だった。
目の前の景色がぐにゃりと歪み、現実と過去が錯綜する。
九音の今までの人生が波のように押し寄せ、彼の意識に絡みつく。
嘔吐感は単なる生理的反応ではなく、
身体が異物を排除しようとする本能的な抵抗の表れだった。
しかし、その異物はゴクトー自身の血に、肉に、骨に染み込んでいく。
ーー「俺は……誰だ?」
自身の存在が揺らぐ感覚。
九音の記憶が流れ込むたび、
ゴクトーの思考と重なり、
混ざり合い、
彼は彼自身でありながら、九音でもあるような錯覚を覚える。
もし九音が抱えていた深い悲しみや怒り、愛があったのなら、
それはゴクトーの心を激しく揺さぶり、
まるで自分の感情のように胸を締め付けるのだろう。
「……九音、お前は……」
彼女のすべてが入り込んだということは、ゴクトーにとって、
彼女の苦しみや執念までもが否応なしに刻まれたということ。
それがゴクトーにとって、
新たな力になるのかーーそれとも呪いとなるのかーー。
少なくとも、この瞬間、彼はかつての自分とは、
「違う何か」になってしまったのを感じていた。
「……ミリネアの時と同じだ……」
そんなつぶやきが、ゴクトーの口から零れ落ちる。
その刹那、彼女の隻眼が見開かれ、
視界に淡い青白のスクリーンが浮かび、謎の文字が並んだ。
【個体名:アンドリュー・ロイ・トランザニヤ】
【種族:始祖の一族】
【状態:右腕機能全廃】
「!?!?」
次の瞬間、九音の隻眼が青く輝き、光を放つ。
【特異スキル《影従の蝙蝠》が発現しました】
ゴクトーの血に染まったナイフを通じて、九音に新たな力が宿った。
九音は意識の底で悟る。
(……ご主人様は『始祖の一族』でしたか……)
その理解が彼女の中で『絶対的な従属』へと変わる瞬間だったーー。
読んでくださり、ありがとうございます。
引き続き楽しんでいただければ嬉しいです。
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