狙われたアドリア公国編 5 〜覚悟を決めた『漆』〜
『七』を『漆』(しち)と昔は書いていたらしいですΣ('◉⌓◉’)
視界を完全に奪われたサイクロプスが、
もがくように腕を振り上げたが、その動きは以前より鈍い。
身体中から緑の血が流れ出し、地面に黒い染みを作っていく。
黒龍化したクロニクが旋回し、牙を剥いて襲い掛かった。
だがサイクロプスは、封じられていた動きが解けたかの如く、
「グガギャーーーー!」と全身から怒りが吹き出したような雄叫びをあげた。
瞬時にクロニクの牙を躱すサイクロプスに、
コガラが翼を七色に輝かせ、バサッと風を切り飛翔する。
ゴォォォォッ༄༅༄༅༄༅༄༅༄༅༄༅༄༅༄༅!!
その小さな口からは信じがたいほどの豪炎が吐き出され、
サイクロプスの体表を黒く焦がした。
熱波の中で皮膚がひび割れ、焦げた臭いが立ちこめるが、
巨躯は怯む気配すら見せない。
むしろ、矢が刺さった赤黒い隻眼がギラつき、憤怒を露わにする。
一方のコガラは最大級の火炎を吐いた瞬間ーー
力つき、瓦礫の中へ落下した。
「コガラーーー!」
ゴクトーの叫びが瓦礫の中から響く中、
険しい表情でイブがすかさず間合いを詰め、
サイクロプスの懐に飛び込んだ。
黒いダガーを狂気じみた勢いで巨軀に突き刺し、
イブが肉を抉る度、刃が鈍く光る中、
迸る緑血がブシュッと音を立てながら飛び散る。
だがそれも巨体の表層を僅かに傷つけるだけだった。
一方でサイクロプスは、
擦り傷すら無視するかのように首を傾げ、イブを睨みつけた。
振り返った師団長ガリにイブがポツリと零す。
「ガリよ、妾も言えんが……その赤のブラ、お気に入りじゃな。
ふふ、お主も相当ボロボロじゃぞ……」
「姫様、今は装備など、気にしておれませんっ!」
口元を緩めつつ、師団長ガリが振り返る。
サイクロプスを睨むその目には、何かを決したような覚悟を宿す。
そして、その巨躯に向かって駆け出しながらガリが詠唱を紡いだ。
「【ボアタイガーーデル・トラストーー】!」
走り込む彼女のレイピアが蒼炎を纏った幻獣の姿に変貌した。
ガリの腕がしなり、炎の刃が弧を描いてサイクロプスの胴体を一閃。
ボォォ༅༄༅༅༄༅༅༄༅༅༄༅༅༄༅༅༄༅!
蒼炎が爆ぜ、サイクロプスの皮膚を焦がした灰煙が、周囲に漂う。
だが巨躯はーーなおも立ち続け、
怒りに満ちた赤黒い隻眼を光らせて再び咆哮する。
サイクロプスが巨腕に力を込めたその刹那、
「……がっ!」
突風とともに薙ぎ払われた大斧がガリの身体を掠め、
その衝撃で彼女は宙を舞い、瓦礫の中に吹き飛ばされた。
雄叫びを上げるサイクロプスーー
その低い声に大地は震え、足元はひび割れた。
その時だーー。
「【ガサンダ・インパクト】!」
バリバリバリバリーー!
雷鳴を伴う、大剣が横一閃。
紫雷を纏ったココの斬撃がサイクロプスに襲いかかり、大気を震わせた。
その刹那、閃光が巨軀を包み、稲光とともに黒煙が立ち込めた。
雷の余韻が消えたと同時に、現れた巨躯。
だがしかし、その皮膚には緑の細い線が一本走り、
そこから緑血が滴り落ちる程度だった。
「効かない……!」
膝をつくココが歯噛みした。
その後ろから一歩踏み出したマルル師団長が、
連弩の狙いをサイクロプスの足元に定める。
「【コキューートス・デル・アローー】!」
高らかな詠唱とともに、魔力が込められた一本の矢が、
連弩から放たれた。
矢は空中で分裂し、6本の光の矢となってーー
紫雷を纏いながら螺旋状に絡み合う。
空気を裂きながら、それはまるで獰猛な魔獣のような姿へと変化し、
低い唸り声を上げた。
サイクロプスの足元、いや膝へ向かって一直線に突進するーー
その圧倒的な迫力に、戦場の誰もが息を呑んだ。
バギンッ!
鈍い金属音が響き、魔獣の化身がサイクロプスの膝に突き刺さった。
だがサイクロプスは、微かにたじろぐものの、
足を踏み締めるとその場に踏み留まり、その魔獣の化身を握りつぶした。
引き抜かれた傷口からは、緑血が少し滲むだけだった。
「なんて硬さ!」
マルルが悔しげに叫ぶ。
一方でサイクロプスはその場で体を反らし、
胸を大きく膨らませると、地を揺るがす轟音とともに咆哮を放った。
空気が震え、ゴクトーたちの足元が崩れかける。
状況は不利。
師団長たちは連撃を繰り出すが、びくともしないサイクロプスに、
戦場の誰もが、心が折れかけたーーその時。
装備はボロボロ、黄色いインナー上下があらわになりながらも、
長い白髪を靡かせ、師団長キキがニヤリと笑う。
次の瞬間、
彼女が「おらおらーー!」と叫びながらサイクロプスに突っ込んでいく。
「このデカブツ!これでも喰らえぇぇ!【デビル・ボーン・スピア】!」
詠唱とともに振り翳した槍が紫炎を纏う中、
サイクロプスの足元から一気に飛び上がるキキが、
その長身を生かして、サイクロプスの脇腹めがけ槍を穿つ。
ブシュ!
大きく穿かれたサイクロプスの脇腹から緑血が噴き出す。
迸る鮮血ーー。
キキの顔が返り血を浴び、緑に染まった。
だが、サイクロプスの反撃の気配に気づかずーー
バキッとした鈍い音とともに、キキがその剛腕に吹き飛ばされた。
ガンッ!と瓦礫に突っ込むキキの周囲に砂煙が舞う。
その異様なまでの腕力、いや、戦闘力に戦場の空気が凍った。
その圧倒的な威圧に、誰もが息を呑み、静寂が訪れる。
しかし、ゴクトーたちの闘志は揺るがなかったーー。
下界の様子をじっと見守る天上界の人柱、
神シロの表情が俄かに曇りはじめる中、その傍で妻の女神東雲がつぶやく。
「あなた、ゴクトー君が覚悟を決めたようですわよ」
「そのようじゃな。理を超える神代魔法ーー
『漆』が解放されるじゃろう。
創造神様がそれをお許しになったのには……ワシも驚いたが……。
『妄想図鑑』の真髄が発揮される瞬間じゃ!」
その言葉に黒銀の瞳を輝かせるトランザニヤが、下界に向かって叫んだ。
「ゴクトー、図鑑だ。『妄想図鑑』を使うんだ!」
その言葉は、地上で戦うゴクトーの耳にもしっかり届いた。
◇(ゴクトーが語り部をつとめます)◇
静まり返った戦場に灰煙が未だ漂う中、
瓦礫の中で気を失う師団長キキの下に、師団長たちが駆け寄る。
足音が地面を踏み締める音とともに、
遥か頭上から降ってくるようなーー低く通る声が僅かながら俺の耳に届いた。
『ゴクトー、図鑑だ。『妄想図鑑』を使うんだ!』
その声に思わず天を仰いだーーその時。
俺の胸は急激に高鳴り、『江戸っ子鼓動』が『妄想図鑑』から飛び出した。
「旦那、ここはあっしに任せて貰いやしょう!」
そう言って図鑑をパラっと開き、
あるページで鼓動がゴクリと唾を飲み込みながら指を止めた。
「アカリ姐さんの黒い網タイツと赤いパンティが元になったーー
No.03:非常用侵入グチ(ヒジョウヨウ・グチ)の姐さん、
力を貸してくだせぇ!」
緊張を滲ませる『江戸っ子鼓動』がページに向かって叫んだ瞬間、
舞い散る砂塵と灰色の空のもとーー
その瓦礫の合間に、漆黒の翼を広げた妖艶な女性が中空に顕現した。
冷たくも鮮烈に光る赤い瞳は、すべてが破壊された終末の世界で、
ただ静かな異彩を放っていた。
「鼓動の呼び出しなら仕方ないわ……ところで、主の坊や、久しぶりね。
『魔族』の私を呼び出すなんて、いい度胸よ♥」
そう言いながら彼女――グチは、挑発的な赤い双眸をさらに細め、
黒網に包まれた脚をゆっくりと組み替える。
その言葉に、『江戸っ子鼓動』が額に汗を滲ませつつ、
グチに向かって口を開く。
「っとと、魔族でしたか、それはあっしも知り得ませんでした。
それは今は置いといてーー
姐さん、ロボの方、『非常用侵入』はどうなすったんで?」
「私の後方に控えてるけど?」
グチの言葉とともに瓦礫の村には、重々しい轟音が響き渡った。
灰色の深い空の下、突き出された巨大な朱色のレンズが、不気味に、
そして冷徹に周囲を捉えていた。
精密な機構が噛み合う円形の眼がぎらりと光り、
無機質な機械の巨体が、すべてを呑み込まんばかりのーー
威圧感を放って鎮座していた。
「良かったーー! 旦那、時間がねぇんで、説明は省きやすが、
姐さんとロボの融合、神代魔法ーー『漆』を解放する時でやんす!
詠唱は簡単でやんす。奥伝の詠唱の最後にーー
『融合』と言葉を入れるだけでやんすから!」
そう言って額の汗を拭いながらニコリとする『江戸っ子鼓動』に、
俺は呆れつつも、未だに暴れ続けるサイクロプスを睨みつけた。
「……他に手は無いようだ……ヨシ、鼓動!やる価値はある」
そう言って俺が精神を集中する中、
「ダー様!いけません!」
「ご主様、魔力をそこまで使ったら、お身体に影響がーー!」
と叫ぶアカリとミリネアが駆け寄るが、今はそれどころではない。
仲間たちの攻撃も効かない今、この方法しかないーー。
そう心の中で固く決意しながら俺は口を開く。
「……天啓を与えし神代の大神よーー
我は、力無き大地を歩む儚き存在……
その比類なき根源を、我が魂に宿し給えーー」
神代の初伝単の詠唱を終えると、周囲の空気が一変する。
頭上には巨大な炎が広がり足元には、赤い魔法陣が現れた。
同時に、全身に炎の痣が浮かび上がってくる。
俺は身体の痛みに耐えながらも詠唱を続けた。
「……悠久より巡る創造の息吹よーー
今ここに顕現し、我が祈りに応え給えーー!」
中伝双の詠唱を終えた刹那。
大流が如く渦を巻きながら青い魔法陣が顕現、
赤い魔法陣を囲み込んだその瞬間、俺の身体には青い痣が浮かんでいた。
手足が引き裂かれるような激痛が走る最中、俺は続けた。
「天啓を与えし神代の大神よーー
永劫なる力を宿し、汝らを『融合』させ給え!」
詠唱を終えたと同時に、緑の魔法陣が竜巻とともに現れ、
三つの魔法陣がゆっくりと重なり合う。
そこから放たれた三色の光がグチと『非常用侵入』を包み込む。
その瞬間、空間は歪み、蜃気楼の如くゆらめく。
一瞬目が眩み、瞬きするのさえ、憚られる光が放たれたーー。
瞼を開けるとそれは融合とは名ばかり、崩壊した瓦礫の只中に舞い降りた、
冷徹にして圧倒的な真紅のまさに『神罰』だった。
全身を包むのは、血のように鮮やかで、
かつ重厚な光沢を放つメタリックな装甲。
滑らかな流線を描きながらも継ぎ目なく組み上げられたその姿は、
人工的でありながらも、息を呑むほどに、
妖艶な女型のシルエットだった。
顔面には表情という概念すら存在せず、
ただ無機質な面の中央で、不気味にかつ、
強烈に赤い光を放つ円形の眼光だけがーー
周囲の闇を射抜くように爛々と輝く。
そして、その背には、およそ機械仕掛けとは思えないほど、
精巧かつ巨大な翼が広がっていた。
一枚一枚の羽毛に相当するパーツは、
深い赤と黒のグラデーションを帯び、
鋭利な刃のようにも、しなやかな翼のようにも、うねり、
周囲の空間を威圧するように大きく翻る。
足場のない虚空にふわりと浮かぶその身体からは、
くすんだ冷気のような煙が微かに立ち上り、
一歩足を踏み出せば、すべてを焼き尽くしかねないーー
静寂の中の狂気を纏っていた。
「……成功……だ……な」
その光景を目にしながら、俺は意識が薄れていったーー。
苦手な戦闘シーンですが読んでくださり、ありがとうございます。
引き続き楽しんでいただければ嬉しいです(๑╹ω╹๑ )
執筆頑張ります☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆




