赤三角編 3 〜『赤』と『白』、口下手なゴクトー〜
「おい、寝てるのか、シロ!」
「……スーピー」
神シロが寝息を立てている。
黒銀の目の友は小さく肩をすぼめ、呆れながら下界を眺めた。
――その頃ゴクトーは、師匠の妹たちに翻弄されていた。
◇(ゴクトーが語り部をつとめます)◇
「ちょっとーー! さっきからずっと、ネーの脚の間、ばっかり見てるじゃなーーいっ!! 」
ジュリの咆哮とも取れる怒声が部屋に響いた。
がおーーって感じ。 あなたは悪魔か?妖精か?
そんな思いを抱く中、アカリがその発言に艶のある表情で反応する。
「あらあら、ジュリったら、怒らなくてもいいのよ……」と隣のジュリをチラリと横目で見ながら「わざとなんだから……」と続けた。
口元を隠し、早口で俺だけに聞こえるようにアカリが漏らす。
……っえ?! こわい。
それって、マジで言ってる?
口には出さず、深呼吸しつつ息を整えた。その瞬間ぐわん――目の前は暗くなり、闇に呑まれる感覚に。身体がふわっと浮いたような錯覚に陥り、カチッとした音とともに”癖”の世界に俺は入った――。
【妄想スイッチ:オン】
──ここから妄想です──
『妄想図鑑』のページが、ぱらっと開いた。
「ドキドキドキドキドキ! そこ、どいとくれよ!」
真っ赤な顔で、がむしゃらに走り抜ける――『江戸っ鼓動』。
【妄想スイッチ:オフ】
──現実に戻りました──
『江戸っ鼓動』は、消えるように吸い込まれ、図鑑に収まった。
「真っ赤だったな……」
意識を取り戻し、我に帰った。
その時、アカリが目を見開き唇を動かす。
「わざわざ、色のことはおっしゃらなくても、良いですわ。ぅふん♡」
彼女の言葉に、もう全身汗まみれ――額を拭う。
アカリさんや、変な発言はやめてくれ。
こんな状況でおかしくならない訳がない。
そりゃ癖も出るさ。わかるだろ?
これって、俺の理性、持つのかッ!
胸中複雑になりながらも、冷静になろうと唾をごくりと呑み込んだ。二人は俺の反応をどう見ていたのだろうか、と一瞬頭を掠めた。
多分、さっきの「真っ赤だったな……」発言が、勘違いされたのかもしれない。
場に漂う緊張感がピークに張り詰める中、空いた窓から風が舞い込み、アカリの艶やかな香水が部屋に漂う。彼女の汗が入り混じった匂いが鼻腔をくすぐり、思わず「デレた顔」になってしまう――。
その瞬間、ジュリとアカリの表情も変わった。
ジュリが足を再び伸ばす。僅かにみえる「白三角の旗印」には、どこか安心できる一方で、事態はさらに混沌とした空気に包まれていく。
スッと足を開いたアカリが、頬を朱く染めた。
「……二年前、失踪ですか……また、突然」と。
零しながらこちらに向き直り、俺の目をじーーーーーと、「見詰める」。
股、突然――ってか、それ、殺し文句かッ!
姉妹で手旗信号かッ! 赤は危険信号だろっ!
見てるこっちが、恥ずかしすぎるッ!
感情は昂り、耳まで赤くなった。部屋の空気の温度はさらに上昇を続ける。
一方で、アカリの仕草が気に入らないのか、「もぅーーっ!」と、肩を落とすジュリの頬は限界まで膨らみ、赤くなっていった――。
そんな中、アカリがここぞとばかりに話を切り替え、余裕たっぷりに艶っぽい唇でさらに追い打ちをかける。
「でも、このくらいで動揺するようじゃ、兄様の代わりなんて務まりませんわよね」
そう言って彼女は「ぅふん♡」と、鼻から抜けるような声を漏らす。
次の瞬間、彼女の美脚が組みかえられた。
その仕草は大胆かつ優雅、……って、呑気に言ってる場合かっ!
どこか気品に満ちた組み方だ……なんて、感嘆した自分が憎いッ!
ふ、ふざけるなよ。 よ、よし、忘れよう。 全部。
そんな思いを胸に秘める俺を他所に、アカリが真顔に戻り、足を閉じ、口を開く。
「私たち、ゴクトーさんと同じ理由で、ここに、辿り着いたの……」
その言葉に思わず息を呑む。
彼女は大きく息をつき、肩を落とした。まるで諦念と期待それが交錯したような表情を見せる。
俺が引き寄せたみたいに感じたのは、気のせいだろうか。
姉妹との間に、奇妙な縁を感じる。
思考が海に沈む中、アカリは先ほどとは打って変わり、涙を潤ませていた。
場には、しんとした空気が張り詰めていく。
そんな姉を見て、ジュリが矛先を俺に向けた。
「もう!兄様のこともそうだけどさ、あなたの目線が気に入らないのよねっ!」
甲高い声も毒々しい――ジュリの一言が俺の胸に突き刺さる。
つっけんどんな態度だし。
苛立ちも滲んでる。これって俺のせいなのかよ?
困惑と反発が胸中で渦巻く中、
「目線が気に入らないって言われてもなぁ……」
と俺は不貞腐れつつ、声が漏れた。
目の前でパンツ――いや、赤いパンティ見せられたらなッ!
男なら誰でも気になるんだよッ!
いいか、誰でもだぞ! 断言できるぞッ!
こんな状況なら尚更だ!
しかしすげー目だな、そんなに唇を尖らせるなよ……ったく。
思うが、もちろん口には出さない。
否――出せないのが正しい。
俺の顔色が変わったのに気づいたのか、アカリがしなやかな指で涙を拭う。
さらに彼女は口角を緩め、ジュリをたしなめた。
「落ち着いて。ふふふ」
彼女の声のトーンが一段高い。
まるで揶揄うようだった。
嘘泣きだったのか?
アカリの真意が掴めず、さらに葛藤する。
「落ち着いて。ふふふ」の一言が、ジュリをいじけさせたのか――「ふんっ!」と、まるで「フグ」が怒ったような顔のまま、背を向けた。
あらら、随分棘棘しいね、拗ねちゃったよ。
どうするよ、これっ!
俺はため息をつきつつ、この場を取り繕う方法を模索する。
だが、女性に不慣れな俺は、対処の仕方など知る由もない。
俺の身にも、なれよってんだッ!
思わず口から漏れ出そうになった。
姉妹のそれぞれの動きに困惑する中、俺はある言葉を思い出していた。
それは旅の途中、屈強な女性冒険者とすれ違った時だ。
強風吹き荒れる中、赤髪と大きく開く白シャツの胸元を――快活に砂利道を音を鳴らし踏みしめる度に靡かせるその姿に、俺の目が釘付けになった時だった。
「師匠、やっぱり女性は鍛え上げると、胸は筋肉に変わるんですね」
揺れない胸元に漏れ出た、俺の率直な言葉。
若かりし頃は、恥ずかしげもなく、よく師匠に尋ねていた。
その言葉に師匠が小さく耳打ちする。
『外見からは、人の姿は判断できないぞ、ゴクトー』
今のアカリやジュリの態度が、師匠の言葉を想起させた。
さらに過去の記憶が頭をよぎる。
孤児院で俺を育ててくれたシスターもこの類。
孤児院を出る際、冒険者になると決め、シスターに別れを告げた――その時。
シスターも昔は冒険者だったと、恥ずかしそうに話してくれた。
その時と同じ感情が俺の胸中で爆発する。
こんなの、冷静でいられるわけ――
な・い・で・す・け・ど・も……!
「・」が俺の心の中の葛藤だ。 察しろッ!
嘆息しかもはや出ない。
一方のアカリは、意味深に俺をじっと見つめたままだ。
じとりとした汗が額に浮かぶ。俺の感情は崩壊寸前。どこか妙な空気が漂う中、一拍置いて、アカリが真顔で俺に尋ねる。
「……ゴクトーさん、兄様がいなくなった後、どうしていたのですか?」
その声は先ほどまでとは、ほど遠く感じるほど穏やかだった。
優雅に足を組み替え、チラリと覗く『赤三角』に、妄想眼”死線”が動きを停止した。
頼む……勘弁してくれ……。
これ、なんのアトラクション!?
有り得ないぞっ!
思いながらも冷静ではいられないのが現状。溶けた汗が目に染みる。 追い詰められた状況の中、喉の奥から声を絞り出す。
「……師匠を探して旅を続けてた。ここに来たのも、新ダンジョンの噂を耳にしたからで」
二人は黙って俺の話に耳を傾けていた。
なぜかただならぬ緊張感が漂う。沈黙がやけに長く感じられたのはそのせいだ。静まり返る部屋の空気を変えるべく、つぶやく。
「すまない、俺も「ねじれ」ぐらいしか手がかりがなくて……」
姉妹に深く頭を下げた――。
しんとする中、俺は徐々に顔を上げたその時、アカリが間髪入れずに問いかける。
「ゴクトーさんは、『ヤマト』のご出身なのですか?」
そう言う彼女の表情は柔らかい。
ふっと息をつきながら俺は口を開いた。
「『ヤマト』の人かどうか……正直、それもわからないんだ。
十歳くらいまでの記憶が全く無い。気づいた時には、道端で倒れていたらしい。目が覚めたら『コリン聖教会』の孤児院にいたんだ――シスターに連れられてな」
深呼吸をして続ける。
「あの日……シスターに頼まれて、孤児院の仲間たちと、日課の採取に出かけたんだ。でも、途中で魔物に襲われて、みんなで必死に逃げている所を、偶然通りかかった師匠に助けてもらった。それが……冒険者を目指すきっかけだった」
深く息を吸い、吐き出す。
うまく伝わっただろうか?
俺は喋りは苦手だ。女性とはうまく話ができない。
だがそんな俺の話に、姉妹の表情は真剣そのもの。
恥ずかしくなって、目をそらしつつも話を続けた。
「孤児院のみんなも、師匠の姿に憧れていた。だけど、師匠が声をかけてくれたのは……俺だけだったんだ。『冒険者になってみるか?』って。その一言が凄く嬉しくて……俺は師匠に頼み込んで弟子にしてもらった。それで仲間たちとは別れ、孤児院を出たんだ」
ふと、師匠との日々が甦る。
夜中、こっそり盗賊たちのアジトに潜入したときのことだった。
あれは――師匠が【桜刀】で盗賊たちを一瞬で薙ぎ倒した、忘れられない場面だ。
刀が月光を反射して黒曜のように煌めき、敵は刃に触れた瞬間、沈黙した。
『ゴクトー……この【桜刀】は人を殺すんじゃねぇ、活かすためのもんだ……それを決して、忘れるなよ。はっはははは』
不器用に笑った師匠の顔が頭に浮かんだ。
話が逸れたが、姉妹の表情はいまだに硬い。
言葉に詰まりながらも、再び口を動かす。
「桃色の髪の妹たちの話も、師匠の「口蘇らせの神代魔法」で聞いたんだ。だから……君たちと会えたのも、不思議な縁なのかもしれない」
姉妹は失望しているかのようだ。二人とも気落ちしたのか、肩を落とし、視線は床に落ちていた。
「そんな顔されても辛いな……」
つぶやきながらふと、俺は師匠の事を思い浮かべた。
満天に煌めく夜空を眺め、一緒に飲んだ、あの夜のことを思い出す。
『人の心は簡単には読めないんだぞ、ゴクトー』
あの夜、師匠がポツリと言った言葉――あれが最後だった。
師匠の言葉が心に染み入る。気づけば俺の目には涙が湛えていた。
堪えながら話を紡ぐ。
「師匠は厳しかったけど、とても優しい人だった。色んなことを教えてくれて……俺を一人前の冒険者にしてくれた。師匠がいなければ、今の俺はない。本当に、感謝してるよ」
俺は深く息を吸って――「それと……これは師匠からの伝言。
『オレは元気だから、はっはははは』って、言ってたよ」と姉妹に伝えた。
その刹那、姉妹は涙を浮かべつつ沈黙。
耐えられなくなった俺の頬にも一筋、また一筋と――温かい雫が伝う。
そこから師匠『ナガラ』の話で盛り上がり、気づけば夜が白んでいく時間になっていた。結局俺たちは、パーティを組むことになった。
とはいえ、俺の頭の半分は「パーティ」ではなく――「パンティ」に意識が向いていた。というのも――『赤三角』が、まるでこちらの思考を読んでいるかのように、存在感を放っていたからだ。
マジで、わざとやってるだろッ!
もはや、尋問じゃなくて拷問じゃんかッ!
俺は思いながらアカリに視線を飛ばす。
すると、彼女が笑みを深めた。
「ふふふ……少しは緊張が、とけたかしら?」
そう言って白々しい目で俺を見返す。
いや逆ですっ!
むしろ、限界きてますっ!
大声で叫びたくなった。
顔に血が昇るのがわかる。
一方のジュリもどこか呆れたように肩をすくめ、ソファに肘をつき、その目が俺を射抜く。
「ったく……本当に「見る人」ね……」
ため息混じりのジュリの言葉は、さらに俺の胸を深く抉る。
俺の熱が一気に10℃は上がった気がした。すぐにアカリが反応する。彼女の口から出た言葉が酷い。
「だって、「魅せる人」がここにいるんだもの……当然でしょう?」
まるで悪戯っ子のようなアカリの声に、胸の『江戸っ子鼓動』は爆発寸前。
おいっ!俺が真剣な話をしてたってのに、
何、この姉妹の余裕感……!!
そう思うが、姉妹の目つきは変わらない。まるで場を支配しているような姉妹の顔。 気まずくなり口を開く。
「そろそろ……」
限界を感じた俺はそう切り出した。
窓の外が橙に変わる頃、合図したかのように、アカリが立ち上がった。そして、まるで何事もなかったかのように、スカートの裾を整えながら言った。
「……でも、今日は本当に来てくれてよかった。ゴクトーさんと話せて、本当に良かったわ。あなたのことが少し、わかったから……ありがとう」
その一言が不思議と胸に響いた。
「お開き」の破壊力は凄まじかったけども。それでも姉妹の兄を想う真剣な気持ちは――嘘じゃなかった。
心の中で思いつつ、窓の外を眺める俺に、どこか名残惜しいのか、振り返るアカリが耳元で囁く。
「それにしても……ゴクトーさんって、可愛い反応するのね」
これって、完全に弄ばれてたよなっ!
心の中では悔しいが。もうへとへと。
彼女たちの部屋を後にし、朝日が昇る中、赤い残像だけが妙にくっきりと目に焼きついていた――。
ほんとなら、朝日が焼きつく……なのだろうな。
そんな俺は廊下に出るとすぐ、女将さんと鉢合わせた。
女将さんの口が素早く動く。
「あらまぁ、別部屋じゃなくてもよかったんじゃないの? 若いわねぇ、ほんとに――ふん!」
ジロリと睨まれ、鼻息混じりの捨てゼリフを頂戴しました。
……えっ?
なんだ……何か、悪いことした?
内心訳もわからず階段を降り、自分の部屋へ戻り、即ベッドにダイブした。
やっと落ち着ける……。
思ったのも束の間。
ドンドンドンドンッ!!!
「!!??」
扉を激しく叩く音に飛び起きる。
「お客さん! 起きて! チェックアウトの時間!」
女将さんの声が容赦なく響いてくる。
「ふん!」
鼻息混じりの「ふん」がさらに、追い打ちをかける。
どんだけ怒ってんだよ!
思いながら俺は天を仰ぐ。
気づけば頭の中で、『白三角』と『赤三角』を考え天秤にかけていた。
いや、どう考えても『赤』の勝ちだよな。
結論がついた俺は苦笑し、ベッドから這い出たーー。
お読みいただき、ありがとうございます。
『赤三角編』完。
次回また新たな展開が……♪( ´θ`)ノ
引き続きよろしくお願いします。




