狙われたアドリア公国編 3 〜僅かな隙と燃え上がる闘志〜
厄災登場ですΣ('◉⌓◉’)
周囲を包み込んでいた闇は徐々に薄れ、朝日の光が差し込む。
しかし、その一瞬の静寂を裂くようにーー
「グルゥゥゥゥゥゥゥ」という声が冷たい風に響く。
それは昇ってくる朝日の光を遮るように、
巨体を揺らしながら大地を震わせるかの如く、低音を響かせる。
ドン……ドン……
大地が僅かに震え、昇る朝陽を背にしつつ、巨体が揺らめく。
そのシルエットは異様に肥大した肩と禍々しい隻眼を備えていた。
アリーが照準器をその巨体に合わせ、
「いっけにゃ〜!!」と引き金を引いた。
ズドォォォォォォンッ!
魔導銃から放たれた閃光が空を裂き、
周囲の闇を一瞬だけ切り開く。
ダンッと命中した弾丸が巨体の腹部に炸裂する。
だがしかし、それでも巨人は揺るぎもしなかった。
肉厚の体表に弾痕すら残さず、まるで挑発するかのようにーー
「グルゥゥゥゥゥ」と喉を震わせる。
「効かないにゃ……」
つぶやくアリーが身を翻す中、
クロニクが巨躯を見上げながら愚痴っぽい口調で零す。
「ガザクの爺様や親父に聞いたことがあるぜ……。
兄貴、ありゃ、古の隻眼巨人ーー
厄災と恐れられた魔族の最終兵器だろう。
このまま暴れさせたら、この国は滅びるぜ!」
その言葉に仲間たちが息を呑む。
「そうはさせないさ……俺が活路を開く!」
そう言いながら俺は二振りの桜刀を握りしめる。
クロニクもローブを脱ぎ捨てながら口を開く。
「いざとなったら、オイラが黒龍の姿になって戦うさ!」
クロニクが肩をすくめてみせるが、
その声には微かだが張り詰めた響きがあった。
笑っているのは顔だけで、
彼の鋭い瞳は巨躯から目を離さず、次の一手を見極めようとしていた。
ミリネアが眼鏡を外しながら鞭を構える。
「ズードリア歴史大鑑に綴られておりました。
……あれはサイクロプスとも呼ばれるーー伝説のネームド。
『X級指定討伐対象』でもあり、魔に落ちた巨人族……
太古の大戦の折、銀髪のトランザニヤたちによって、
封印されていたはず……!
まさか、ダンジョン神の核が破壊されたのですか……?」
ミリネアのつぶやきにも似た小さな声は震えていた。
彼女の青ざめた表情が、状況の異常性を物語っている。
巨体が再び一歩を踏み出す度、大地は悲鳴を上げるように震えた。
この先に何が待ち受けているのかーーその答えは、まだ闇の中。
一瞬世界が静まり返った。
次の瞬間、大地を揺るがす振動とともに、
「グルゥゥゥゥゥ」と喉を震わせる重低音が響き渡る。
その巨躯からは想像もできない驚異的なスピードで、
サイクロプスが視界から消えた。
まるで閃光のようにーー。
気付いた時には、既に巨腕が振り下ろされていた。
空気が悲鳴を上げるほどの風圧が襲い、
ノビの胸当ての盾が鈍い音を立てる。
次の瞬間、「がはっ!ぁぁあ……!」
耳を劈くような金属音とともにノビが宙を舞い、視界から消えた。
「ノビっ!」
風圧に飛ばされるパメラが必死に叫ぶ。
だが彼女も叩きつけられるかの如く、鈍い音とともに石畳に転がった。
ガツンッ!
ドカッ!
声を張り上げる間もなく、商店の壁にアリーとジュリが激突する。
砕け散る木材、飛び散る瓦礫が灰色の砂塵を巻き上げた。
ガツッ!
ドガンッ!
その衝撃に呑まれるように、アカリとミリネアも街灯へと叩きつけられた。
ーー何が起きているのか。
頭の中は混乱の渦に飲み込まれ、
ただ全身に焼けつくような痛みだけが確かなものだった。
脇腹から伝わる鋭い痛みが意識を曇らせる。
目の端で、飛び上がったコガラが、
サイクロプスに向かっていくのが見えたが、その姿もすぐに霞んでいく。
ShadowWind、クロニクやミーア、イブ、そして師団長たちの姿も、
どこにも見当たらない。
みんな吹き飛ばされたのかーー。
それともーー。
膝が笑い、身体が言うことを聞かない。
蹌踉めきながら何とか意識を保っているのは、俺と紫苑だけだった。
「くっそっ!」
込み上げる無力感に奥歯が軋む。
何もできなかったーー守りたかったはずのものが、
俺の手からこぼれ落ちた。
サイクロプスの一撃を前に、俺の力なんて薄紙一枚より脆かった。
「まだ、終わっちゃいないだろうが……」
怒りに染まった自分の声が喉から漏れる。
だが【桜刀】を握る震える手が、その言葉を裏切る。
厄災ーーまさにそれだ。
だが、厄災だろうがなんだろうが、
こんなものに全てを奪わせる訳にはいかない。
俺は唇を噛みしめふらつく中、立ち上がる。
膝が笑い、視界がぐらつく。
それでも俺は、歯を食いしばりながら、
膝を地面に叩きつけるように踏みしめた。
崩れる訳にはいかない。
ーーまだ、終わっていないんだ。
サイクロプスがゆっくりとこちらへ振り返る。
血走った唯一の目が俺を捕捉し、
まるで標的を定めた獣のように「グルゥゥゥゥ」と低い唸りを上げた。
「来いよ……」
言葉に力が籠らないことは自分でもわかっていた。
それでも、引く訳にはいかなかった。
その瞬間、轟音とともに街路の瓦礫が跳ね上がった。
石片が空を舞い、砂塵が視界を遮る。
静寂を切り裂いたのは、擦れたノビの声だった。
「……な、舐めんじゃ……ねぇぞ……しだっけ……」
その声は震えている。
それでも、彼のその足は地面に踏み留まっていた。
血塗れの額から鮮血が頬を伝い、
脚も震えていたが、それでもノビは立ち上がった。
彼の肩には、ぐったりと力を失ったパメラが担がれている。
その紫の髪が砂塵に舞い、細い腕が力なく垂れ下がっていた。
「ノビ……パメラ!」
名前を呼ぶ俺の声には、焦りと僅かな安堵が混じっていた。
周囲に満ちるーー【邪気】の圧倒的な気配に、身体が勝手に反応する。
胸が軋むように痛み、
視界の隅で時間が歪んだような感覚がする中、
ーースローモーションのように現れたのは、
衣服がズタボロになり、血に塗れながらも、
確かな歩みを進める褐色の肌の4人だった。
「ガリ、 マルル、メルル、 キキ!」
その姿を目にした瞬間、俺の心に小さな炎が灯った。
その炎はたちまち、胸の中で燃え広がる。
「ったく……あー痛い。ダー様、私も忘れないで…」
その声に振り返ると、瓦礫の中からアカリが蹌踉めきながら姿を現す。
乱れた桃色の髪、額に滲む血、桜刀を握りつつも震える膝。
脚に力を込めるアカリの鋭い目つきは、失われてはおらず、こちらを見た。
「ジュリ、アリー!」
アカリの呼び声に応えるように、
ジュリが瓦礫を払い退けながらアリーを支えて出てきた。
「ネー、今、回復魔法を……」
「まだ……おしまいには、しないにゃ……」
左足があらぬ方向に曲がっているジュリ。
きっと立つことさえもままならないはずの彼女は、
それでもアリーを支えていた。
肩を震わせ、痛みに耐えるその姿が俺の胸に突き刺さる。
アリーも切れた唇から血を流し、
それを軽くペロリと舐め、赤く腫れ上がった利き腕を庇いながら、
立てた耳をピクリと動かし、したたかな笑みを浮かべていた。
一方で街灯の傍で意識を失っていたミリネアが、
額に手をやりながらゆっくりと身体を起こす。
割れたレンズの眼鏡を掛け直す仕草は、普段と変わらないはずなのに、
見るからに痛々しい。
「ご主様……! ご無事で何より……で……す」
震える声には安堵と焦りが入り混じっていた。
額から顳顬にかけて、
流れる血を意に介さず、彼女が必死に立ち上がる。
俺の視界は歪んでいたが、今はそれよりも重要なことがあるーー
護るべき存在が無事であること、それだけが俺を支えていた。
(まだ……倒れる訳にはいきません)
ミリネアの胸の内が伝わる中、
彼女のそのエメラルドの瞳には、
溢れ出す闘志がメラメラと漲っているように感じる。
彼女の中で、俺に対する忠誠の炎が、さらに強く燃え上がったのだろう。
突然、バサッ、バサッという風を切る羽音が響いた。
大気が震え、ミリネアの緑髪が乱れた。
俺たちの頭上に巨大な影が覆い被さり、
太陽を呑み込むような黒い鱗が鈍く閃く。
圧倒的な【覇気】と存在感ーー黒龍化したクロニクだった。
その背には血塗れのミーアが鬼気迫る眼光で弓を構えていた。
クロニクの圧倒的な存在感に気を取られていた俺は、
背中にふわりと柔らかな温もりを感じて「ハッ」とする。
一瞬、甘い香りに包まれるような感覚に、
息が止まり、戦場の殺気を忘れた。
「……え?」
振り返ると、顔を朱に染めた紫苑がいた。
いつもは冷静で大人びた彼女が、
今は緊張で小さく震えながら俺に抱きついている。
その腕は微かな力を込め、まるで何かを確かめるように、
離れようとしなかった。
柔らかな感触がじんわり背中に伝わり、
理性がぐらりと音を立てたように揺れる。
……おい、今は戦闘中だぞ、
気をしっかり持て、俺ッ!
『江戸っ子鼓動』が警鐘を鳴らすのを必死で押さえつけながら、
俺は辛うじて声を絞り出した。
「大丈夫だから……紫苑」
普段なら心臓が爆発しそうな状況なのに、
不思議なほど穏やかな声が出た。
俺の言葉に紫苑は瞳を揺らしたが、
すぐに小さく頷いて腕をほどく。
その仕草の名残にほんのりと未練を感じたのは、
多分ーー気のせいじゃない。
埃まみれのポロンが額から滲む血を拭い去り、
冷ややかな目で俺を見つめる最中、
彼女の青い瞳の端に映り込む人影に気づく。
傷だらけで血と埃に塗れながらも、
真っ直ぐ立ち続けるShadowWindの面々。
彼らの姿に戦場の空気が戻ってくる。
くっそ!俺だけ妙な緊張してたのがバカみたいだよな……?
置き去りに出来ない羞恥心と、
ほんの僅かな安堵感を心の中で零しながら、俺は仲間たちに目を向けた。
イブが褐色の肌に流れる血を拭うこともせず、
静かに巨躯を睨みつける。
その赤く輝く瞳には、燃えるような決意が宿っているかのようだ。
一方で長身のキキ師団長が、唇を噛み締めながらも片腕を肩で支え、
痛みに耐えつつ、飄々とした笑みを浮かべる。
その無茶な強がりに思わず苦笑しそうになる。
そんな中、ココが荒い息を整えながらも腰を落とし、
鋭い視線で大剣を握りしめ、次の一手を見据えていた。
その姿からは揺るぎない覚悟が滲み出ている。
「みんな……やれるな?」
自分でも驚くほど落ち着いた声が出た。
イブが微笑を浮かべーー
「マルルとメルルよ、これから海水浴でも行くのかぇ?」と揶揄っていた。
キキ師団長はニヤリと口元を歪める。
ココは短く「当然」と言わんばかりに俺に目だけで応えた。
他方マルルとメルルの双子師団長もボロボロに変わり果てた装備ながら、
凛として俺の前に立った。
俺の問いかけに誰も言葉は返さない。
ただ、全員がその動きには揺るぎない信念と覚悟が込められていた。
この瞬間、俺の胸の奥にあった怯えがスッと消える。
頼れる仲間たちがいるーーそれだけで、戦う理由は十分だった。
仲間たちが次々と立ち上がる。
その姿は胸を打ち、熱い何かが俺の中で燃え広がっていったーー。
ーーその頃、手に汗を握るトランザニヤが下界を眺めながらつぶやく。
「主を求める【桜刀・黄金桜雪華】は、間に合わない……か……」
読んでくださり、ありがとうございます。
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