狙われたアドリア公国編 1 〜蠢く闇 〜
第5幕 試章。 〜カルディアへの扉〜 スタートですΣ('◉⌓◉’)
ーーそれは、異様な静けさから始まった。
森も大地も息を潜めたかのような沈黙。
しかし、ダンジョンの奥底で魔の手が蠢いていた。
「報告します、核は破壊、結界を解く準備は整いました」
【闇の結界】の中、魔族四天王ーー
東のキライマカ直属の部下、副官のヒバラガガは冷笑を浮かべる。
「わかった……では古の最終兵器。
伝説の一つ目巨人を解放し、暴れさせるんだ。
ーーこの地を血の海に変えろ!」
その号令を合図に、大地が揺れ、無数の蹄音が轟き渡った。
核が破壊されたダンジョン内では最下層、中層、低層に至るまでーー
あふれ出てきた魔物たちが、
狂乱の奔流となり、ビヨンド村を飲み込んでいったーー。
天界では異変を知らせるべく、
地を這うような速さで雲間を駆け抜ける人柱ーー
トランザニヤが、「間に合わなかったか……くっそッ!」と雲海に膝をつき、
魔物が溢れ、ビヨンド村が蹂躙されていく様相を手も足も出せず、
辛酸を舐めるような表情で、ただ歯をぎりりと鳴らしながら下界を見つめる。
追いつき息を切らせる神シロと、紅蓮の翼を羽ばたかせる女神東雲も、
トランザニヤの傍で呆然と立ち尽くす。
「あなた、これではもうーー」
「ああ、太古の大戦、その再来が始まってしまったようじゃ……」
神々のその声は、止まっていた時間を動かすようにーー
歴史を塗り替えるかの如く流れていったーー。
ーーその頃ゴクトーは、キヌギス砦での一件にも片がつき、
『ロカベルの魔法薬材と薬店』で、
夜な夜なベッドに忍び込んでくるーー紫苑とズットハート然り。
風呂場に突撃してくるアカリとジュリにも悩まされる始末。
ほっとする食事の時間さえ、ミリネアとミンシアに挟まれつつ、
ゴクトーはここ2日、精神的緊張を抱えながらーー
それでも仲間たちと和気藹々、のんびりとした日々を過ごしていた。
3日目の朝、朝食の買い出し担当のゴクトーは、コガラとともに店を出た。
◇(ゴクトーが語り部をつとめます)◇
もうとっくに朝日が昇る時間なのだがーー。
路地を抜けた先に広がるはずのメイン通りは、
まるで消えたかのように影に覆われていた。
ただ冷たい風が吹き荒れるだけーー
皮膚に刺さるような鋭い寒気が漂い、路地には砂塵すら巻き上がっている。
いつも聴こえるはずの人々の声や、家畜の鳴き声はどこかへ消え去っていた。
空を覆う闇は、まるで生き物のように蠢き、
影の中で黒い触手のようなものが路地をなぞっているのが見える。
漆黒の気配は風のように音もなく、しかし確実にこの村を侵食していく。
「ピィーーーーッ!」
コガラが翼を大きく広げ、俺の肩から飛び上がった。
彼女の瞳は闇の方を鋭く睨みつけ、
まるで目に見えない敵を威嚇するように翼を小刻みに震わせている。
「あるじーー なにかくるーー!」
「……ん?」
続けざまに飛ばしてくるコガラの言葉に、俺は足を止め、目を細める。
「ダー様」
「へんだー!」
「ゴクにぃ!」
妙な気配と異様な雰囲気に気付いたのだろう。
『ロカベル』の店から仲間たち、いや、師団長たちまで出てきた。
その時、風の中に微かに混じる、ガサガサとした物音が耳に届く。
「何でしょう?ダー様…… あの蠢く黒い影は……」
アカリが不安げにつぶやく。
「姫様をお願いします!」
師団長筆頭のガリが凛とした声で告げた。
その目には一瞬の躊躇いもなかった。
「……死ぬなよ!」
「……ガリ!」
俺とイブが叫ぶと、師団長たちは既に、背を向けて闇へと突き進んでいた。
彼女たちが闇の中に吸い込まれていくーー。
その背中を見つめる俺の胸には、言いようのない焦燥感が溢れてくる。
風が砂塵を巻き上げ、彼女たちの姿を掻き消した。
「八咫鴉様……ここは、某らも偵察して参ります」
ShadowWind のリーダー圭介が闇から現れ、その青い瞳が輝いた。
「得体の知れぬものぞ……羅音、篠介、九音、心してかかれよ!」
闇は形を変え、既に彼らの進むべき道を覆いつつあった。
「まさか……これはオーバーフロウ?」
ミリネアが青ざめた顔で漏らす。
ハイエルフの感覚は鋭い。異変を素早く察知したのだろう。
「何だ?そのオーバーフロウって?」
「ご主様!これは間違いなくスタンピード(魔物の暴走)!
ダンジョンの魔物が溢れ出し、この村に現れたのです……!」
答えながらもミリネアの震える手が俺の腕を掴む。
聞き返す間もなく、蠢く黒い闇がもう眼前に迫っていたーー。
闇の中から鈍い金属音や怒号、眩い紫の光が時折光る。
師団長たちが闇と戦っていた。
続けざまに鳴り響く金属音。
ガキィンッ!と四度にわたってぶつかり合う音が響く。
火花が散り、赤の閃光が闇を一瞬だけ切り裂いた。
その刹那、圭介の『刀』が何か黒い影を貫いていた。
「行け!羅音、右から回れ!」
圭介の声が風に乗って届く。
「ほう、面白そうじゃねえか、コガラ行くぞ!」
「ピィーーーッ!」
「あるじーー クロにぃしゃんといってくるーー」
「おい!待て!クロニク!コガラ! ちょっとミーア!」
クロニクの肩へ飛び移るコガラ。
ミーアが後を追うように弓を構えながらクロニクの背中を追う。
俺に背を向ける彼らは闇に消えていった。
一方でパメラとノビが顔を見合わせ、薄く笑う。
そして、彼女たちは【タンク役】を果たそうと一歩前に出た。
ノビとパメラが承知と言わんばかりに頷き、詠唱を紡ぐ。
「【ギガント・アームス】!」
「【メガント】!」
ノビが唱えた【身体強化魔法】と、
パメラの【補助魔法】がノビの腕を肥大させた。
一方でアカリ、ジュリ、アリー、イブ、ココ、
ポロンがそれぞれの武器を取り出し、
ミンシアまでもが店の巨大な天秤を持って身構える。
彼女の凛とした表情とは裏腹な、そのあられもない姿と天秤の違和感に、
一瞬目を奪われ口元が緩む。
だが、俺はすぐに意識を蠢く闇に向けた。
ミリネアが必死に掴む腕を左手で制しながら【桜刀】の柄を握りしめる。
「ぐっ……!」
闇が蠢く先ーー交錯する金属音に、思わず歯を食いしばった。
師団長たちも、ShadowWindの奴らも、命を張って戦っている。
「ここで立ち止まっていられるか!」
闘志が燃え上がり、俺は二振りの【桜刀】を閃かせた。
ーー冷たい風が骨まで刺さり、虫唾が走るような不快感を覚える。
それでも俺たちの間には一切の迷いはなかった。
闇の中にひそむ何かが、今にも牙を剥こうとしている気配がする。
ミリネアも覚悟を決めたように深く息をつき、
一度目を瞑ると、錆鉄色の【アッティラの鞭】をしっかりと握りしめた。
ピシィーーーンッ!
冷たい風を切る音が路地に響く。
その音は、何かの始まりを告げる号令のようだった。
至極冷静な表情の彼女だが、鞭を見つめるエメラルド色の瞳には、
蠢く闇がはっきりと映り込んでいる。
アリーの垂れ耳がピンと立ち、ふわふわした毛が逆立った。
その鋭い目つきに迷いはない。
彼女は俺を見つめ、短くコクンと頷くと、
手際よく短い魔導銃に照準器をカチッとセットした。
一方、ジュリは【月刀・常闇】を構え、赤碧色の瞳をギラリと光らせる。
その瞳は、燃え上がる闘志と高まる魔力の証かのようだ。
振り返る俺の背後につく紫苑が顔を隠すように黒頭巾を纏う。
その黒頭巾から放たれる鋭い二つの眼光が、黒い闇を見据えて細まった。
彼女の妖艶な態度とは真逆に、
握るクナイを構える姿からは、殺気がヒシと滲み出ているのを感じた。
それぞれが自分の役割を果たす準備を整えていく中、
イブが「【陽刀・灯火】の力を今こそ見せようぞ!」と言いながら、
黒いダガー二本を、しっかり握りしめて俺の前に立った。
僅かな笑みを浮かべるその姿に、不思議と緊張が和らいだ。
アカリが白檀の黒扇子を胸の谷間にスッと挿す。
そして、しなやかな指先でさらりと桃色の髪を簪で留める。
その動作に漂う色気とは対照的に、
握られた【桜刀・黄金桜千貫】の刃が怪しく桃色の光を放った。
俺の胸に熱いものが込み上げる。
震えるような焦りと、それを上回る信頼。
この仲間たちなら大丈夫だと確信できる。
「俺たちなら、勝てる!」
唇に溢れる言葉を誰もが聞き取ったかのように、
仲間たちの視線も俺に集まったーー。
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