揺れるズードリア大陸編 18 〜【双丘の秘儀】と原初の変異〜
ズードリア大陸南東の島ーー魔王が治める国ガーランド。
その地を支配するのは、『始祖の一族』と魔族との混血、
圧倒的な力で魔族たちを屈服させた『魔王ガーランド三世』。
国の名は祖父、『始祖の一族』赤髪のガーランドの名を冠し、
ズードリア大陸全土の支配を目論んでいる。
カツッ… カツッ… カツッ…
王宮内に鋭いハイヒールの音が規則正しく響く。
現れたのは、魔族四天王の一人ーー魔王の寵愛を受ける北のドルサード。
魔王配下の筆頭で、魔族たちからも恐れられる存在だった。
碧の髪を揺らし、金色の虹彩を宿らせ、
冷たくも妖艶に輝く瞳が玉座に座るガーランドを見つめる。
美しい二本の角がキラリ、赤いドレスから惜しげなくーー
胸元を露わにしながら闊歩する。
そして、玉座の前で跪くドルサードのその顔は、
女神の如くどこまでも整っていた。
重厚な玉座に腰かけるガーランドが、紅い瞳でドルサードを見据える。
不意に片目を瞑り、不敵な笑みを浮かべながら、
左肘を肘掛けに預け、口を開く。
「ふむ……万事うまくいっているようだな、ドルサード、こちらへ……」
血の一滴まで揺るがすような低い声を発し、
笑みの端から覗く二本の鋭い牙が、彼の存在の異質さと威厳を漂わせる。
「ふふ、魔王様、万事、抜かりはございません」
ドルサードがそのしなやかな身体を揺らしながら、
玉座の魔王ガーランドへと近づく。
そして、彼に身を預け、
長い足を組んで美脚を強調した。
「魔王様……」
甘美な声が王宮に響く。
ドルサードが笑みを浮かべながらガーランドに顔を向け、
低く囁いた。
「『天使の一族』が住まう、孤島、『ハーピット』も、
我が手中にあっさりと収めてまいりました。
……この勢いで北東の離島『始祖の一族』が住まうトランザニヤも……」
その言葉に、ガーランドが軽く眉を動かし、
「ほう……次はトランザニヤか」と零す。
そして、魔王ガーランドが遠くを見つめ、
ドルサードの腰に、手を回しながら黒い爪を光らせ、口を開く。
「キライマカの副官、ヒバラガガが、
『アドリア公国』のダンジョンスタンピードを目論んでおるようだな」
その言葉を受け、ドルサードの琥珀の瞳が、妖しく閃く。
「ええ、そのようですわ。上手くいけば……
アドリア公国も堕ちます。
ところで……魔王様、ご褒美はくださいませんの?」
囁きながらドルサードが艶やかに唇を光らせる。
「うむ、では、今宵の伽の相手は、お前にしてやろう……」と、
ドルサードを抱き上げ、自身も玉座から降り立った。
「嬉しいですわ……今宵は必ず……魔王様の後継を孕んでご覧にいれます」
甘美な声を漏らすドルサードの言葉が、ガーランドの表情を変えた。
次の瞬間、赤い目を血走らせるガーランドの赤い髪が滾るように、
鮮烈に揺れ、僅かに震える身体からも、異様な邪気が立ち昇っていったーー。
その邪気を感じ取った、天界のトランザニヤが口を動かす。
「……ふん。相変わらず、血の歴史を好む愚か者、兄とそっくりな性格だ。
赤髪の血を引く者が魔王を名乗り、故郷トランザニヤを狙うとは……」
その言葉に、下界を見下ろす神シロも雲間から顔を上げる。
一方神シロの傍では、女神東雲も顔を紅潮させながら下界を眺めていた。
その下界の様子に神シロがポツリと零す。
「因果なものじゃ。ガーランドの思想は、ただの野心ではない。
命を救う光と、世界を闇に染める邪気……
どちらが先に運命の歯車を回すのか、見ものじゃな」
そう漏らす神シロの瞳が、ズードリア大陸の東と西、
それぞれの運命の地を静かに見据えていたーー。
ーーその頃、ゴクトーは、キヌギス砦の医務室で、
アザックの命を救うべく、仲間たちと万能薬の精製に取り組んでいた。
◇(ゴクトーが語り部をつとめます)◇
医務室の空気が一気に熱を帯びたその頃合い、
歪む亜空間の隙間――『アイテムボックス』から、
「ふーん♪ ふんふん♪」と鼻歌混じりに上機嫌で、
魔導具を取り出す『薬師』ミンシア――
だが、はだけた白衣に気づかない。そもそもがおかしい。
集中しすぎて気づかないのだろうか。
――ミンシアらしいと言ってしまえば、それまでなのだが。
ミンシアのそのあられもない姿に、
俺の妄想眼“死線”が釘付けになっていると、
「ミンシア殿、白衣が乱れておる。
その赤いレースは白い肌に似合って見事なもんじゃが、
殿の目も飛び出しておる。ちくと、白衣の前を閉めてもらえんかぇ?」
と、声をかけるイブ。
彼女のその的確すぎるツッコミに、医務室の空気が一瞬で緩んだ。
そんな中、手を止めたミンシアが唇を動かす。
「あら〜? 坊や〜アタシのこのボディに、見惚れている暇なんてないのよ。
その魔石と不死鳥の羽を早く、こちらに寄越してくれる?」
そう漏らすミンシアは、まったく悪びれる様子もなく、
むしろ揶揄うような笑みを浮かべながら、はだけた白衣をふわりと直す。
だが、その動作『ひとつひとつ』がどこか艶っぽく、
周囲の女性陣――
特にアナ准将やミテミナ少将の目を丸くさせるのには、十分すぎた。
一方で、イブが手元の魔導具を鮮やかな手並みで操る。
その掌の上では、硬質な魔力を放つ二つの高純度結晶が、
妖しくも美しい黄金色の輝きを帯びて、静かに浮いていた。
「アダマンタイト鋼と緋色金の結晶化は終わったぞぇ」と、
緩くなった口元で告げるイブが、そのガラス瓶をミンシアに手渡す。
そんな中、「これを。 ミンシア、精製には時間がかかるのか?」と、
俺も赤い魔石と不死鳥の羽を手渡す。
その問いにミンシアが一つ息をつき、ゆっくりと口を開く。
「大丈夫、素材さえ揃えば、後はアタシの魔力を込めるだけ。
……さぁ、始めるわよ」
白衣のポケットから取り出した『世界樹の葉』と、
俺が手渡した『龍の涙』、『魔石』、『不死鳥の羽』を、
間口の広い黄金色に輝くガラス瓶に、次々と入れていく。
ふっと表情を引き締めたミンシアが零す。
「これからが腕の見せ所よ、気合いを入れるわ」
次の瞬間、彼女の指先から柔らかな緑の魔力が溢れ出し、
素材と結晶を包み込んでいく。
すると、医務室全体に甘く芳しい香りがふわりと広がった。
万能薬の精製プロセスが、いよいよ最終段階へと突入する。
ベッドの上で黒い紋様に侵され、苦しげに浅い息を繰り返すアザック。
その命の火が消えてしまう前に――
俺たちは、この奇跡の薬を絶対に完成させねばならない。
静まる医務室に誰かの息の飲む音が聞こえる中、
ガラス瓶が湧き立ったーーその瞬間、
中の液体が美しく波打ち、神々しくも、
深みのある山吹色に輝きだした。
額から落ちる汗を拭うミンシアがポツリとつぶやく。
「完成よ。上手くいったわ。ふぅ」
安堵の息をつくミンシアに反応したアカリが、
精製されたばかりの万能薬を、アザックの口へと流し込む。
次の瞬間、青白かったアザックの顔色は戻ったが、
彼の身体から溢れ出すドス黒い邪気は、未だ消えぬままだった。
傍で涙を浮かべていた女将さんの表情にもーー焦りの色が滲む。
……やはり、呪いは消せないか……
ここは、あの長老に……。
思考を逡巡させていた俺が口を開く。
「アナ准将、ミテミナ少将、これから呪詛を解く儀式を執り行う。
黙ってこの医務室から退出してくれ。これは軍総司令としての命だ。
それと女将さんも、心配でしょうが、退出を」
その言葉に恭しく頭を下げる軍人二人は、医務室を出ていく。
一方で、女将さんはアザックから中々離れようとはしなかった。
そんな中、ジュリが「女将さん、ここは、うちのへんダーに任せて」と、
女将さんの手を引きながら、医務室から連れ出してくれた。
……ジュリの細かな気配りと機転はさすがだ。
彼女の背中を見つつそう思う。
だが、悠長なことはしていられないーー
アザックの呪いは、刻一刻と彼の身体を蝕んでいる。
俺は脳内で『妄想図鑑』をイメージしながらページを捲る。
そして指が止まったーー
No.19:ルーブルンを「頼みがある」と、言って顕現させた。
鮮やかな藍色の肌をした、
艶やかで濡れたような質感の豊満ボディを揺らしながら、
ルーブルンが零す。
「主よ。眠りについていた……
この大峡谷の長を呼び出したわけは、如何に?」
その言葉とともに、大きなエメラルドグリーンの瞳で、
長いまつげと濃いアイラインが印象的な、愛らしい視線をこちらに向ける。
真っ直ぐに見つめるルーブルンに俺は口を開く。
「力を借りたい。
図鑑では『揺らぎと吸引』の原初モデルの妖精と明記されていた。
それでだ。 神代魔法との関連術式……
【双丘の秘儀】を使って、この男の呪詛を取り除いて欲しいんだ」
その言葉にルーブルンが、鋭く尖った青い髪を掻き上げ、
右手の人差し指を薄い唇に押し当てながら答えた。
「ふむふむ……これは魔族の相当な手だれがかけた呪術。
【双丘の秘儀】を使うには、
主の血を一雫いただかねば、ならんが構わぬか?」
「ああ、構わん」と答えながら、俺は唇の端を勢いよく噛んだ。
その刹那、錆びた鉄の味が口に広がるのを感じつつ、
指で血を掬い、ルーブルンに差し出す。
その指先をぺろりと舐めるルーブルンが、満足げに唇を動かした。
「うむ、美味じゃ。これで解くのは容易い」
そう言って彼女が額にある小さな金色のティアラを眩く輝かせ、
詠唱を紡ぐ。
「揺れよ我が双丘ーー神代の大神よーー
古の秘儀の復活に、その比類なき力を貸し与えたまえーー
我の身体に、邪悪なる呪詛を吸引し、身代わりとならんことを願う!
ーー【胸呪吸引】!!」
ぶるぶる震え出す彼女の胸に、次第に黒い呪詛が飲み込まれていく。
そして彼女の胸がはち切れんばかりになった。
その刹那、彼女の身体から黒い雫がぶつぶつと浮き出してくる。
一方でアザックの身体からは、
黒い呪詛が消えてなくなり、生気に満ちていく。
――いや、それだけではなかった。
俺の妄想眼”死線”が、ルーブルンの内心まで読み取る。
アザックを死の淵へと追い詰めた悪意の澱みは、
原初モデルである彼女の理性を心地よく侵食していく。
「あぁ……主よ……これは……熱い……」
藍色の肌が艶めかしい紅潮を帯び、
愛らしいエメラルドグリーンの瞳には、妖しい欲情の光が宿る。
背中からは漆黒の翼が不気味に広がり、
頭部には小さくも鋭い角が突き出した。
それはルーブルンが妖精から、
俺の血と呪いを一身に受けて魔に堕ちた――
完全なる眷属、神代の魔力と主の血が融合していく、
妖艶なサキュバスへの変貌だった。
むせ返るような魔力のフェロモンを漂わせーー
「ふうっ」と甘い吐息を零したルーブルンが、
妖艶に藍色の身体を震わせ、
俺にすがりつくように近づいてきた。
「主よ……この身に宿った熱を、どうしてくれなさるので?」
サキュバスの一言が、医務室の空気を完全に支配していた。
だが、アカリ、ミリネア、イブ、さらにミンシアまでーー
目を丸くしつつ、その声の主を探していた。
ふと見ればベッドの上で苦しんでいたアザックの呼吸は、
すっかり穏やかになり、
全身を蝕んでいた黒い紋様は、嘘のように綺麗に消え去っている。
万能薬と【双丘の秘儀】による呪詛の吸引は、間違いなく成功した。
「……まずは、アザック騎士団長が無事でよかった」
俺が胸をなで下ろしながらそう零すと、
廊下で待機させていたアナ准将とミテミナ少将ーー
そしてジュリに連れられていた女将さんが、
心配そうにそっと医務室の扉を開けて顔を覗かせた。
「……アザックの様子は……?」
女将さんが震える声を漏らしながらベッドに駆け寄り、
アザックの手をぎゅっと握りしめる。
次の瞬間、アザックの瞼がゆっくりと持ち上がり、微かに声を漏らした。
「……ここは……? 俺は、生きているのか……?」
「あなた……っ! よかった、本当によかったぁ……!」
女将さんが堰を切ったように大粒の涙を溢し、
アザックの胸に顔を埋めむせび泣いた。
部屋の外で控えていたアナ准将やミテミナ少将も、
その光景を見て安堵のため息を漏らし、静かに敬礼のポーズを執っていた。
ジュリも「よかったね、へんダー」と、
嬉しそうに小さくガッツポーズを作る。
仲間たちも胸を撫で下ろし、医務室が温かな安堵の空気に包まれた。
一方で、俺の背中には、濃厚な熱視線が突き刺さっていた。
「ねえ、主よ……。皆の安堵は済みましたでしょう?
皆には見えぬよう姿は消しておりますので……心配はご無用。
ならば今度は……こちらの番ですわ」
サキュバス化した彼女が、潤んだエメラルドグリーンの瞳で見つめ、
さらに甘い香りを纏いつつ、腕を絡めてくる。
アザックの呪いは解けた。
だが、俺の傍には新たな『猛毒』が加わったらしい。
命を救った代償は、『めでたしめでたし』とはいかなかった。
俺の甘くも危険な夜が、こうして幕を上げたのだった――。
読んでくださり、ありがとうございます。
引き続き楽しんでいただければ嬉しいです(๑╹ω╹๑ )
このエピソードは、
ep.129 ◆『妄想図鑑』◆No.19:ルーブルン(峡谷の魔性精霊)を、
読んでいただくとさらに楽しめるかと思います。
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