揺れるズードリア大陸編 14 〜森で交わす追憶 ーー精霊も息を呑む、古の龍との邂逅〜
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「おい、シロ! あの深鳴教の地下聖堂に棲みつき、眠っているのは……
……もしかして、龍王ガザグの龍皇一族に連なるものか?
あの妖精龍の気配、尋常じゃないぞ……」
キヌギス砦から片時も目を離さなかったトランザニヤが、
零しつつ、雲間から強張った顔を上げ、振り返った。
「うむ……あれは、ゴクトーが連れとる妖精龍コガラの爺様。
名は確か……ああ、ギャラン……妖精龍の長じゃったな」
顔を上げ、しれっと口を開いた神シロの言葉に、
トラザニヤが黒銀の目を丸くしながら絶句した。
一方で女神東雲は既に承知していたかのように、口元に手を翳し微笑する。
ーーその時、天上の神々の目に飛び込む地上の異変。
ゴゴゴゴゴ……
大地は大きく揺れ、森の木々が激しく軋み、
深淵の奥底に眠るーー『原初の鼓動』が、沸々とその胎動を顕にした。
この時、キヌギス砦の地下聖堂に眠っていた、
妖精龍ギャランが片目を開ける。
「息子亡き今、希望すら潰えたワシの心を掴む……
この血が湧き上がる感覚……いつぶりだったか?
間違いない……このギャランの血と同じ匂いがぷんぷんする。
どれ、我が血族の顔でも拝みに参ろうか……」
人語を漏らすその巨大な龍は、立ち上がるとーー七色の羽を広げ、
聖堂の壁を破壊しつつ、地上に降り立った。
「ふぅ……この老体には、ちと酷だが……この姿ではな……ふんッ!」
その刹那、ボンッとした音が森に響き、
龍の姿がみるみる縮み、周囲の空気が微かに歪む。
魔力の灰炎に包まれる中、
腰をかがめる老人が杖をつき、一歩踏み出す。
その姿はこの国に似つかぬようなーー
頭には紫の頭巾、黄色の着物に紫の羽織、そして、紺の長袴。
見た目は品の良い、どこか威厳を滲ませる好々爺だった。
その光景を見ていた女神東雲が口元を緩め、ポツリと零す。
「ジュリと風代のあの子たちも……気付いたようですわね。ふふ」
その弾んだ声は、雲の姿を音符に変え、風に流れながら踊り出したーー。
ーーその頃、森の中では。
木々を瞬く間に飛び移り、気配を殺した忍びたちが暗躍していた。
木陰から漏れる日差しを背に受け、彼らが落とす影は、
まるで砦を飲み込もうとするーー龍の爪に抗うかのように短く落ちる。
この時、ゴクトーはキヌギス砦の医務室でアザックの呪詛を解く鍵、
薬師ミンシアと、万能薬について通信魔導具で会話をしていた。
ジュリとShadowWind の面々が、
思いがけない『人物』と邂逅することも知らずにーー。
◆(女神東雲が語り部を務めます)◆
「はぁはぁはぁ……ちょっとおおおお! 待ってよ、圭介兄ィィィ!」
桃色の髪を靡かせ、肩で息をつきながら発せられたジュリの声が、
森の木々たちをわずかに揺らし木霊する。
その先頭を走る圭介は、振り返りもせずに冷徹なほどーー
軽やかに木々の間を跳躍、それを繰り返しながら駆けていく。
彼女たちの視線の先、森の深い闇が不自然に歪んでいる。
その歪みの中心、老樹の根元に立つ小さな影――。
紫の頭巾に黄色の着物という、まるで故郷の『ヤマト』を彷彿させつつ、
この国では浮世離れした出で立ちの好々爺が、
穏やかな笑みを浮かべ、散歩でも楽しむかのように佇んでいた。
「おや、気配に敏感な子たちだねぇ。
こんな辺境の森でーー
影のような狩人に出遭うとは、思いもしなかったのじゃが……」
好々爺が杖をトントンと地面に突く。
その音は、ただの硬質音ではない。
まるで大地そのもの、精霊たちまでもが、
その老人の存在を『主』として受け入れ、歓迎するように共鳴していた。
「……ッ! ジュリ姫様、止まって!」
紫苑が空中で姿勢を制御し、着地と同時にジュリを背後に庇う。
ShadowWindの面々も、瞬時に扇状に展開し、
その老人の周囲を包むように散った。
だが、好々爺の周りには――
冒険者が察知するような、殺気がない。
あるのは、まるで古の山脈そのもののような、
圧倒的な『質量』を伴う【覇気】だけが漂う。
「怯えることはない。ワシはただ、
この地で久しぶりに嗅いだ『懐かしい血の匂い』の主を、
探しておるだけでのう……」
好々爺は、そう言うとゆっくりと視線を空に向けた。
その瞳の奥で、七色の光が鈍く、激しく明滅したーー。
「キヌギス砦の……あの病める男の所に、
わが血族の末裔がおるのだろう?」
紫苑の呼吸が止まる。
ジュリとShadowWindの耳にも、その老人の声が、鮮明に響き渡った。
「血族? はぁ?この爺さん、何を言ってるんだが……
そんなこと、知るはずもないだろ!」
戯けた調子で声を張るShadowWindの篠介だが、
彼の背筋には、じとりとした汗が滲んでいた。
「そうか……小さきその子を肩に乗せる黒き龍……
同じ血脈を感じるのじゃが、知らんと申すか?」
その言葉が紡がれた刹那。
好々爺の身体から七色の陽炎が溢れ出した。
後退りさえ叶わぬ、その威圧に、ShadowWindの動きが固まる。
だが、ジュリだけはその威圧に臆することなく口を開く。
「黒き龍とは……クロニク皇子のことね……
肩に乗るのは、妖精龍のコガラちゃんだわ。
……ねぇ、お爺さん。失礼を承知で聞くけど、もしかして……
あなたは『人化』した龍じゃない?
だって、その【覇気】と溢れ出す魔力は尋常じゃないし、
その姿も、わたしらの故郷『ヤマト』の民族衣装……。
この国ーーこの辺境の地の森には、似つかわしくないもの……」
ジュリの胆力と溢れ出す魔力で紡がれたその言葉はーー
森でひっそりと耳を傾けていた精霊たちの心さえ鷲掴みにした。
好々爺の瞳から、
それまでの威厳ある光が消え、深い、底なしの哀愁が滲む。
ーーその瞬間。
七色の陽炎がふっと収まり、好々爺は杖に体重を預けて静かに目を伏せた。
「……人化か。懐かしい響きじゃな」
その声は、森の騒音をすべて消し去るほどに穏やかで、
しかし酷く凍りついた孤独を孕んでいた。
「かつて、我が息子も同じようにこの姿を真似た。
異国の文化を学び、小さな者の痛みを理解しようと……
あやつは、我が龍皇の誇りよりも……
ただ静かな日々の暮らしを望んでおった」
ジュリが言葉を失う。
目の前の老人が纏うのは、圧倒的な【覇気】ではなく、
親が子を想う、消えることのない深い喪失感だった。
「じゃが……あやつはもうおらぬ。
龍皇争いも、意志も、魔族の濁流に全てを飲み込まれ、
泡となり消えてしもうた」
好々爺がふと顔を上げると、その瞳は空の彼方ではなく、
今まさに砦の方角――コガラがいる場所をまっすぐに見つめていた。
「ゆえに、あやつが最後に残した『血脈』の灯火に、
ワシは引かれておるのじゃ。
その子が、かつてのあやつのように……
また誰かに、傷つけられぬようにな」
ジュリの背中で、紫苑が握っていた刀の柄から手を離した。
殺気は完全に霧散し、森にはただーー
好々爺の静かな悲しみだけが満ちている。
ジュリがゆっくりと歩み寄り、好々爺の前で膝をついた。
「……ごめんなさい。そんな事情も知らずに……」
その言葉に、好々爺は枯れ木のような指で、
そっとジュリの肩に置かれた小枝を払った。
「謝ることはない。お主らは、大切な者を守るために刀を振るった。
……それは、我が息子も同じじゃったよ」
好々爺はふわりと笑うと、砦の方角へ視線を戻した。
「案内してくれるか。
我が血族の最後の一灯……その子の生き様、この目で確かめたいのじゃ」
その言葉と寸分違わぬ同時刻。
キヌギス砦ではクロニクの肩に乗る妖精龍コガラが、
突然、その小さな体を震えさせ、
「ピィーーーーーーーーーーーーーーー!」と、
まるで遠吠えのように、高い鳴き声を響かせたーー。
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