緊張の一瞬、派手なお花畑フェスティバル!
「シロ、お前、食いつきすぎだぞ!」
「いやな、お主にそっくりだなと思ってな」
黒銀の瞳がパチパチっと瞬く中、神シロの言葉にトランザニヤはどこか嬉しそうに笑った。そして、顔を見合わせる神々は口元を緩めながら下界を覗く。
――その頃ゴクトーは、桃色姉妹の姉、アカリに腕を掴まれたまま強制的に連れ去られていた。
◇(ゴクトーが語り部をつとめます)◇
路地に入る――すぐにアカリの歩みが遅くなり、ふと立ち止まった。
「気をつけて!」と、そう念を押し、彼女が前方を見据えた。
俺は不審に思いながら目を凝らした。
――やばい、力が抜けるーー!
声にもならない。
俺の視線の先には――蝿のような体で、蚊のような口。足には無数のトゲトゲ、魔力ブレ虫が土壁に蠢く。「ぷーん」と羽音を立てて、黒い前足をむじゃむじゃと動かしながら威嚇しつつ、こちらの不安を煽る。
だが、それを横目にふらふらと、慎重に足を踏み出す。
「この手の虫の生息地は、確か山岳地方のはずなんだが――ビヨンド村は結構、高地にあるからかな?」
なんて、はからずとも声が漏れ出ていた。
そんな中、アカリが大切そうに俺の腕を抱きしめる。
いやはや、これはなんの試練?
まぁ嬉しいけども、けどもだよ。
思いながら苦手な口を開いた。
「お、おい……いい加減、腕を離して………」
真剣な表情を見せるアカリに返答はない。
「お構いなしか……けどな、”むにゅっ”て、柔らかいのが……」
極小で囁く。
声は耳かきほどの大きさだ。
わかるよな?
天から覗かれているような感覚とともに、心の中では、誰に話しているのかもよくわからずつぶやく。そんな俺の「むにゅっと発言」なんて、アカリは気にも留めていない様子だ。
その時だ――アカリが上機嫌に紡ぐ。
「私の柔らかな感触、嬉しそうですわね。これぐらいなら――いつでもして差し上げますわ」
アカリからの一言が俺の心蔵を抉る。恥ずかしすぎて、もう霧にでもなりたいと願ってしまった。複雑な心情と予想外な状況下に置かれ、冷や汗が滲み出る。
何とか理性を保ちつつ、進む足だけは止めなかった。
その時、俺の脳内で路地の土壁が走馬灯のように駆け抜けた。
やばい――妄想タイムに――。
その刹那、風がケドの葉をどこからか拾ってきたかのように舞い上がらせる。
周囲には苦味の入り混じった渋い香りが漂った。
二年前――師匠との突然の別れに泣いた、あの夜のことを思い出す。
『語り部ミミズク』が留まったケドの木と揺れていた葉が頭を掠めた。
葉が舞うのを眺めつつ、ふっと鼻から息を抜き、頭の中の昂った感情を冷静に沈めた。
一方でジュリが一瞬立ち止り、アカリの言葉にどこか苛立ち、俺を睨みつける。
「さっさと歩きなさいよ! ナガラ兄様の居場所も、早く教えなさいってのっ!」
声を荒げた彼女が額に青筋を立てつつ、小声でつぶやく。
「だらしない顔して、ネーが、ボインだからって浮かれて……。わたしはどうせ成長途中よ……!」
彼女が、俺の袖口を掴みながら顔を真っ赤にして俯く。
「何か言ったか?」
その早口で囁かれたその言葉は俺の耳には届かなかった。
だが、彼女が「何かを秘めている」ようにも見える。
不思議な感覚――初めて感じる違和感だった。
そんな中、ジュリが肩を落とし、ため息をつく。
それはまるで淡い吐息が別の物語の扉を開いたように感じた。
夕暮れの陽を背に、三人の影が土壁の下に揺れる。
どこか甘酸っぱいような香りがするのは、気のせいだろうか。
真っ赤な顔のアカリが俺の腕に力を込め、艶やかな唇を動かす。
「さぁ、参りましょう。早く宿屋へ」
彼女の声は魅力的で柔らかい印象だった。
だが何かが、ちがーう。
強いて言えばその目に宿す虎……まさか魔物が潜んでいる?
と、その瞳の奥には何か狡猾な光でも宿っているかのようだ。その瞬間、俺の息も荒くなる。
妄想よ、頼むから出てくるなよ……。
思いながら胸を押さえ、足を早めた。
ふと、俺は茜に染まる空を見上げた。
澄み渡った空に魔物ブラック・ロック・バードの翼が煌めく中、視線を下げるとジュリと目が合う。
だが、彼女の頬はほんのり染まり、俺は焦った。
この姉妹、なんで顔が真っ赤なんだッ!
この状況、おかしくないか……?
師匠の妹たち……なんだよ……ね?
そんな思いの俺にお構いなしで、アカリはさらに抉るような目つきで見つめ、囁く。
「逃がしませんの……」
その言葉は穏やかでありながらも、妙に艶っぽい。一瞬、俺は息が止まるかと思った。
「……胸、じゃなかった、腕を……」
瞬間、俺の口から漏れ出た言葉だった。
アカリが意に介さず、俺との距離をさらに縮める。
額には汗が滴り、緊張は高まるばかり。
引きずられるようにして、姉妹の案内する宿屋へと向かう。
道中、アカリが「ふふふ」と漏らす、その笑顔が予期せぬ波乱を漂わせていた。
空が薄墨色に変わった頃、彼女たちが宿泊している宿屋の前、俺たち三人が敷地に足を踏み入れた時だった。
「いよっ 兄ちゃん! 両手に華だなーー!」
「顔が真っ赤だぞぅ?」
「これからか……? 若いって羨ましい! にゃははは」
「……ちょっと、やめなさいよん……!」
揶揄う輩を止める女性が振り返った瞬間――ブルン。爆風とともに一瞬、空気が震えた。揶揄う冒険者たちの顔が歪む。
風が蒲公英のもふもふした白い種を凄いスピードで運んでゆく。
そんな中、アカリがその凛とした、美しい女性の背中を見送っていた。
「止めてくれてた彼女がリーダーなのかしら……? あの胸はまるで『爆弾』――めちゃくちゃな威力ね。風属性の魔法かしら? 無詠唱スタイルもカッコ良いし、紫髪だし、魅力的ね……」
俺の腕を掴んだまま、どこか嫉妬混じりの声で零す。
一方で俺は、揶揄う冒険者たちから逃げるように背を向けた。
そんな俺を見てアカリが目尻を下げ、笑みを浮かべる。
例えるなら「にまぁ」だ。 その笑顔には、何か魂胆があるとしか思えない。
次の瞬間、ジュリの眉間に皺が寄る。どこかいじらしさが見えたのは気のせいだろうか。彼女が頬を膨らませながら口を開く。
「っは、入るわよっ!」
うわずった声で、どこか機嫌が悪い。まぁジュリのことは、さておき。
間口の広い、どこか落ち着く感じの宿屋、その玄関を三人で潜る。
「いらっしゃいませ」
キラン✧ と俺たちを迎える女将さんの目が閃く。次の瞬間、風が止み、緊張した空気が周囲に漂い始めた。察したのか、ジュリが表情を変える。
ジュリの顔、今にも弾けんばかりだな、と。
つい思ってしまう俺を他所に、アカリがジュリの表情を見てニヤリと口元に弧を描く。
一方で女将さんの訝しがる目が俺を貫いた。
「一人増えたの……? あの部屋は広いから、追加なら銀貨八枚。まったく、今どきの若い女の子は、男を連れ込んで」
額にかすかな「#」を浮かべる女将さんがそう言った。女将さんのその目は、益々鋭さを増していく。
そんな中、俺は「いや、誤解しないで欲しい」と、弁明。ふと視線が女将さんと合う。実にわかりやすく――「じとり」としていた。
一方の姉妹たちはどこか不満げな態度を見せる。
まぁ女将さんから開口一番、怪しまれる言葉を聞いたんだ。
当たり前か……。
思っていた――その矢先、頬を染めるジュリが慌てて唇を噛む。
「そっ、そっ、そんなんじゃ……ないわよ……」
言い訳しながら恥ずかしそうに俯くその仕草は、どこか「乙女」を感じさせる。
動揺してるのか? 顔、真っ赤だぞッ!
すかさず俺は心の中でツッコミを入れて、ちょっと胸がすっきりした。
一方でアカリがジュリとは違った雰囲気を醸しだす。
彼女の顔に「好きなタイプはあなたです」って、まるで書いてあるように見えた。
目をこすったさ。 んなわけあるわけない。
ぼんやり見えた気がしたんだ。
わからないだろ? この感じ?
妄想か、なんて戸惑ったりしちゃうし。
アカリの目の奥がその瞬間、閃いた……気がするっ!
心中に沈める俺に、アカリがあっけらかんな一言を投げる。
「まぁ……部屋は広いし……女将さんが言うこともあながち、間違ってはいないわね」
声は普通のトーンだ。至って冷静なのが逆に怖い。
場に緊張感が漂う中、ふと、心に浮かぶ。
アカリさんや、
君の心臓には毛が生えているのかッ!
なんて我ながらアホなことを考えた。
「HAHAHA……」と、思わずコリン語で苦笑した。
もちろん恥ずかしくもなったさ。
宿屋は決めてなかったから、丁度良かったけども。
この姉妹と一緒にいると、なんだろ、この強制感……。
俺、大丈夫かな……?
そう思ったが口には出さない。
納得しつつ俺も短く女将さんに答えた。
「この村に来たばかりなんだ、ひとり部屋で頼む」
「ひとり部屋なら、銀貨五枚!」
女将さんが早口で短く返した。
な、なんだ、この女将さん……妙に機嫌が悪いが。
あえて表現するなら「猪……」みたいな顔だ。
結構な金額。銀貨五枚か……。
思いながら肩をすぼめ、銀貨を渡す。
「ランチが五回は食えるな!」
姉妹たちは俺の言葉に苦笑いこそするが、表情はまだ硬い。
鼻から息を吐く、女将さんから鍵を受け取った。
その刹那、ついでとばかり眉を寄せ、女将さんが小声で俺に耳打ちする。
「……あの姉妹、見た目ほど単純じゃないから……気をつけなさい」
そう言い残し、女将さんは軽やかに奥へ去っていった。
残された俺はポカンとしていた。
わかるだろ? 目と口を開いて、ただ立ち尽くしたのさ。
誰だってそうなる。
一方で、姉妹がじっと俺を見ていた。 その時、ジュリが女将さんの後ろ姿に向かって、舌を出す。
「ベーぇーーっ!」
その仕草に、可愛い、とそう思ったが、口に出すのも憚られる。
目が合うジュリがすかさず頬を朱らめる。
まるで俺の内心を察知しているかのようだ。
一方、アカリが「何食わぬ顔」をしてポツリ。
「田舎の宿屋なんてこんなものよ。……とりあえず、私たちの部屋でお茶でも…」
そう言うアカリが、腕を掴んだまま――”むにゅっ”て、してくる。
これはなんのサービス?
……ってか、俺だって理性てもんがあるんだ。
ま、嬉しいけども。
思いながらも、頬に朱がかかるアカリに引きずられ、俺は彼女たちの部屋へ向かった。
宿屋の中を見回し、その趣きに舌を巻きながら――階段を上がる。
木目が美しい手すり子に、この宿屋が多少値段が張るのにも納得しつつ、彼女たちの部屋の前に辿り着く。
アカリが腕を離すと小声で零す。
「ここよ。さあ、くつろいで……」
「……ああ」
お互いぎこちなさが伝わる、アカリとの一瞬のやり取り。
ガチャッ。
豪華な作りの扉を開き、足を踏み入れたその瞬間、フローラルの甘い香りが漂う。
「っえ!?」
その瞬間――目の前に広がったのは、赤・黒・金・緑・白ーーまるで『お花畑のフェスティバル』。
だが――。
扉横のクローゼットにかけてあるのは、「派手な装備」と部屋の中に無造作に置かれた色鮮やかな下着だった。
俺の理性は最早、風前の灯火。 瞳孔が開いたままピンと固まり、思わず呼吸も止まる。そんな俺を他所にアカリは至って通常運転。 彼女が竹を割ったように口を開いた。
「気にしないで」
僅かに眉を吊り上げ、平然と言ってのけた。
「気にしないで」じゃないでしょ?
ツッコンださ、心の中でな。
一方でジュリの表情が途端に変わっていく。俺の視線に気づき、慌てて取り込むジュリが顔を真っ赤に染める。
「わたしのは緑と白。地味なやつばっかり……。ネーの……あんなカラフルなの、真似できないよーーっ!ネーと比べられたのかなぁ?」
彼女は早口で小さくつぶやく。
「えっ?」
俺にはよく聞こえなかったが、ため息をついたジュリと目が合う。
その瞬間、彼女が勢いよく声を張った。
「わたしは気にするわよっ! 何、ジロジロ見てるの、このっ!へんたーーいっ!」
そう言って彼女が眉間に皺を寄せ、ワナワナと肩を震わせる。
けれど、怒ってるというより、照れ隠しってやつだな。
わかる?
心ではそうつぶやくが、その場でキョトンと俺は動けなくなった。
ジュリから罵られ蔑むような目を向けられ、
もちろん彼女から目をはぐらかした。
場に混沌とした空気が漂い始める中、押しつぶされるような緊張感に呑まれていく。
そんな中、艶のある声でアカリが促す。
「このソファに掛けて……今…… お茶を淹れるわ」
相変わらず、艶っぽい唇だ。下着を見られた事にも、妹の事にも、全く動じないのはすごい。あっけらかんとした態度を見せるのもだ。
俺の思いなど、お構いなしに アカリが艶っぽい唇を動かす。
「見られても減るもんじゃないし……殿方にはむしろ、見せるものなのに」
彼女はそう小声で囁き、笑みをこぼした。
「っえ? 今、なんて?」
この状況に穏やかならぬ雰囲気を感じる。彼女たちの視線もやたらと気になってきた。
ヤバイ… ヤバイ… ヤバイ…
スゴイ…
ニラマレテマスケドモ……。
心の中で「カタカナ」になるぐらいは動揺し、じっとりと汗が滲む。
『お花畑フェスティバル』が『地獄のカーニバル 』へと。
その瞬間から変貌を遂げていく。
姉妹に睨まれ――目の焦点をぐるぐる回しながら勧められたソファに腰を下ろした。
どこに目を向けたらいい、と床に目を落とす。
ただならぬ緊張感が部屋に漂う中、アカリは何気ない仕草で、キッチンへ向かい、つぶやく。
「私、熱いのが、好みですわ」




