姉妹とゴクトー 後編
下界をじっと眺める天界の神シロはどこか嬉しそうに、白い顎髭を撫で付けながら口を開く。
「良いタイミングじゃな」
「ああ」
下界から目を逸らさず、生返事だけをつぶやく、トランザニヤの黒銀の瞳が閃いた。
――その頃、ゴクトーはビヨンドのギルド支部で、桃色姉妹との運命の出会いを果たす僅か数分前だった。
◆ (ここから神シロが語り部をつとめます)◆
隣の受付にいるアカリが、青年が佩く【桜刀】に目を光らせる。
(師匠って言ってたわね……? それにあの二振りの【桜刀】……気になるわね。どこから来たのか調べてみる必要がありそうだわ)
鋭い眼差しで青年を観察するアカリは、思考をめぐらせていた。
一方、その様子を見ていたジュリが姉に声をかける。
「ねぇ……ネーのタイプじゃない?」
姉に軽く肘を喰らわせ、揶揄うように囁く。
しかし、ゴクトーにはそんな会話は聞こえず、彼はただ書類を見つめるだけだった。アカリは興味津々にゴクトーに声をかける。
「偶然だけど、私たちもパーティを組みたいと思ってたところなの……」
扇子を口元にあて、丁寧な仕草で彼に一礼。その艶やかな声に担当受付嬢が目を丸くし、ゴクトーの視線はアカリに釘付けになっていた。
その瞬間、受付嬢が目を見開きつつ叫んだ。
「その髪色……噂の異国の冒険者ーー桃色姉妹じゃないぃぃぃい!?」
その声に場の空気が一変し、周囲の視線が一斉に集まる。
そんな中、受付嬢は気にせず唇を動かした。
「桃色姉妹の大ファンなんです♡ 冒険者ギルドのSNSでも話題ですよ!いつも見てます!」
そう言ってワクワク感丸出しで目尻を下げた。
「……」
一方で圧倒されたゴクトーは、口を開いたまま動けずにいた。
その姉妹は「桃色姉妹」として名を馳せる、一流の冒険者だった。
何もわからず、その雰囲気に呑まれていくゴクトー。
一方、妹のジュリが隣の受付嬢と話し始める。
「それで、どのようなスキルをお持ちで?」
「姉のアカリ・ミシロのスキルは――【扇子舞刀術】、【治癒魔法】、【薬の生成】です」
指先で受付のカウンターをコツコツ、叩きながら説明する。
「わたしは妹のジュリ・ミシロ。【転移魔法】、【治癒魔法】、それに【攻撃魔法】、特に火炎系が得意ですね。あと【気配探知】なんかのスキルも持っています。これから誰かとパーティを組んで、ダンジョンに挑む予定です」
一気に語り、さらに高らかに続ける。
「ネー、早く来て、手続きが終わらないよ。早く!」
彼女の視線の先――アカリが優雅に歩きながら答える。
「なんなの、ジュリ? せっかちすぎるわよ。でも……」
ため息をつき、彼女が眉を少し上げる。しかし、浮かべる笑みの中に、妹に対する優しさも垣間見える。
どこか目のやり場に困るゴクトーと目が合うジュリの動きが、その刹那ピタリと止まる。彼女は眉を寄せ、ゴクトーを睨み返す。
次の瞬間、頬に朱を滲ませてゴクトーに強めの言葉を投げた。
「ジロジロ見ないでよ!」
しかし、心の奥では――(かっこいい……わたしのタイプ……)
密かに惹かれている自分に気づく。
一目惚れしたような、そんな視線を向けてしまう。
一方のアカリは少し息を吸って、妹を軽く叱る。
「そういう失礼な言い方は、やめなさい……」
恥じらいながらも、ジュリをなだめた。
この時、アカリの目にはゴクトーがはっきりと映し出されていた。
姉妹の視線がゴクトーに集中し、静かな空気が流れる。
ギルドの喧騒とは対照的に、そこだけ時が止まったかのようだった。
やがて、恥じらいを隠しきれないジュリが、小声でつぶやく。
「まあ、横顔は素敵ね……」
「何か言った?」
ゴクトーが問い返し、その後、二人の間に微妙な空気が漂う。
「痛っ!」
八重歯を見せて笑おうとしたゴクトーが舌を噛む。その仕草に姉妹たちがクスクスと笑い始めた。
◇(ここからゴクトーが語り部をつとめます)◇
何気なくだったが俺は姉のアカリと目が合う。彼女の衣装はとても艶やかで、目を奪われるほどだ。桃色の髪を整え、黒い簪を差し直す姿に「異国の舞姫みたいだな」と、秘めたる感嘆を漏らす。
もちろん極小だぞ。
白く透き通る肌に似合うどこか異国の装備――赤の瞳にも碧の瞳にも見える彼女の瞳がこちらを見るたび、聡明かつ神秘的な印象を与えた。
俺が帯刀する刀と同じ鞘色をした彼女の【桜刀】が、カウンターにコツンと当たる。その瞬間、彼女が腰をひねり、裾がふわりと舞い上がった。太ももを大胆に見せ、黒の網タイツが美脚を引き立て俺の目を奪う。
「っ!」
無意識にまるで蜘蛛の巣みたいだな。なんて思っちまった。
桃色の装備に身を包んだ魅力的な彼女の姿に、心が騒めく。
そして、ふと心に浮かぶ「カタカナ」――
セ ク シ ー
――この余白は、俺の複雑な感情の表れだ。
察しろッ!
心の中で叫ぶ中、思わず耳に熱が籠った。
一方で妹のジュリは、杖をトントンと床に叩き、桃髪を耳にかけ、黒いレザースカートから覗く美脚を前に踏み出す。まるで絶対領域のように、理性の狭き戦線を保つ。
可憐さも秘めたジュリの姿に、俺は思わず息を呑む。
ゴクリ…と喉も鳴らし、唾も呑み込んでしまったのは、さておき。
今は、ダンジョンに挑戦する前だぞッ!
集中しろ、俺ッ!ってか、何に集中?
ツッコミながら、ふと師匠の言葉を思い出し、過去の記憶を辿りながら無意識に小声で漏らした。
「桃色の髪……もしかして……?」
師匠は「口蘇らせの神代魔法」でこう言った。
『ゴクトー、オレには桃髪の妹がいるんだ』
その言葉を思い出し、口を開く。
「桃髪の姉妹……もしかして、『ヤマト』の人か?」
俺の言葉に姉のアカリが鋭い視線を寄越す。彼女は少し考え、静かに答えた。
「あなた、その【桜刀】……どこで手に入れたの?」
逆に問い詰められ、緊張が高まる中、言葉に詰まる。
「いや、その……この【桜刀】は……」
どう答えていいかわからず、額から汗が滴り、拭うにも手が動かず。
一方で、その様子を見ていた――ハイテンションの受付嬢がハッと我に返った。
俺を見た彼女が気まずそうに口を挟む。
「あのぅ……ゴクトーさんのランクなら……」
その瞬間、姉妹の声が重なった。
「「えっ、ゴクトー!?」」
一斉に目を見開き、驚いた表情を見せる。
「呼び捨てかっ!」
見事なハモりに、ツッコミを入れたその矢先、姉のアカリが瞳を潤ませ、俺を見つめる。
「あなたって、ゴクトーさん……なの?」
「そ、そうだ。……なんで俺の名前を知ってるんだ!?」
言葉を引っ掛けながらも問い返した。
そんなに俺って有名なのか?
まぁ、大陸一の冒険者、今や伝説のナガラの弟子だ。
名前ぐらいは知られてるかもな。
一旦冷静に思考を逡巡させる。
そんな俺を他所にアカリが、瞳を潤ませながら口を開く。
「あなたの師匠は私たちの義理の兄、長良兄様の噂を耳にして、国を飛び出してずっと探していたのよ……『冒険者』になってね……」
その震える声とともに彼女が俯く。彼女の落とす涙が床に弾けた。
ギルドの喧噪がその瞬間、耳から遠ざかる。それはきっと彼女の涙がそうさせたのかもしれない。その涙は桜の花びらの形のように広がり、俺の足元まで伸びた。まるで俺を待っていたかのように――。
師匠は突然いなくなった。
この妹たちに何と告げればいい。
どう答えたらいいのだろうか。
俺の胸には複雑な葛藤が渦巻いていた。
そんな中、姉妹から目を逸らした刹那、目が合う受付嬢の顔がヤバイ。
面白がってニタニタしやがって、なんだっての。ほんと。
思いながらも少し気が紛れたのは事実。
俺の感情は単純だ。兄を思うこの姉妹を気の毒に思ってしまう。
きっと孤児院で育ったせいだろう。孤児院では、いつも一人の孤独に耐えていたから。人種は、俺しかいなかったし……。
感慨に耽る暇もなく――アカリが涙ぐむ姿を見て、ジュリが一歩前に踏み出す。俺の目を見ながらジュリが杖を構え、勢いよく叫んだ。
「この木偶の坊! さっさと、ナガラ兄様の居場所を教えなさいよ!」
その語気は強め。さらに眉に皺を寄せ、鋭い目つきで俺を睨んだ。
思わず口まで開けちまったよ。
そりゃ硬まるさ。いきなりだからな。
頭はぐるぐる回るが口には漏らさず。
まるでその場の空気が一瞬止まったかのようだった。
だが、ジュリの罵声がギルド内をざわつかせた。
冒険者たちがコソコソと話し始める。
「おい、あれって……有名な桃色姉妹だろうな」
「美人で強いって評判だし……」
ギルド内の騒めきは、リレーのバトンのように繋がっていく。
「私たちにゃー無理だにゃ……あの姉妹は扱えにゃい」
「いや、ワッシが彼女にゃちをパーティに入れりゅ!」
可愛らしい三毛の獣人(猫種)と、リーダーらしき凛とした獣人(虎種)のやり取りも耳に入ってくる。 どうやら高ランクの女性冒険者のようだ。装備が違う。パーティのリーダー格が姉妹に近寄る。
ジュリがアカリの後ろに下がる中、 アカリが矢面に立ち冷静に対応し、勧誘を躱す。だがしつこ過ぎる勧誘――キレたアカリがそいつらを投げ飛ばす。
さらにアカリの視線が一瞬鋭くなり、突然、俺の腕を自分の胸元に折り畳む。
その刹那、アカリが突拍子もないことを切り出す。
「少し先に、私たちが泊まっている宿がありますの。
ナガラ兄様のことも聞きたいですし……一緒に行きませんこと?」
そう言って彼女は優雅に口元を緩ませる。
おいおいおいおい。
なんだこれっ!
心中穏やかでいられない俺は耳まで一気に熱が籠り、呼吸も早まった。
この瞬間、自覚したのは――まごうことなき温かさと感触。
"むにゅっ”。
腕に伝わるその柔らかさに思わず、頭は蒸発。だが、その感触を確かめるように、ふとある言葉が浮かんだ。その瞬間、目の前が歪み、ふわりとした感覚に陥った。カチッとした音とともに、「癖」である、『妄想』の世界に入っていった――。
【妄想スイッチ:オン】
──ここから妄想です──
俳人のような出立ちをした俺は、感じるままに謳い上げる。
「ここで一句」
「柔らかすぎず、硬すぎず、儚きかな、一瞬の妄想――」
さらりと読み上げた。
歓声が鳴り響く。
「――お粗末」
そう言った途端。
【妄想スイッチ:オフ】
──現実に戻りました──
我に返り、俺は意識を取り戻す。
「……やっちまった……」
胸の高鳴りに戸惑いながらも声が漏れ、恥ずかしさが俺の全身を貫く。
そんな俺を他所に「行くわよ」と、ジュリに声がけして、俺たちはギルド支部を後にした。
だが、アカリの柔らかい胸の感触は、留まることを知らなかった――。
お読みいただき、ありがとうございます。
引き続き読んでいただければ嬉しいです(๑╹ω╹๑ )




