2 急報
天界より下界を覗く神たち。
「【黒銀に閃く瞳孔】、【鋭い犬歯】って、こりゃ、お前の末裔たちだぞ」
シロが黒銀の目の友に語る。
「ああ、そうだな」
彼はつぶやきながら笑みを浮かべた。
───隔絶された地『トランザニヤ』。
この小国で静かに、しかし確実に異変が起き始めていた。
外界から隔離された暮らしは数百年、平和そのものだった。
「爵位制度か……昔と変わらんな……」
黒銀の目の友が懐かしむ。
「確か……特有の爵位制度が採用されてるんだろ?
君主は『王』ではなく、『王爵』と呼ばれるとか?」
シロは手を顎に添え、下界の様子をじっと見つめていた。
「代々、長男のみが王位を継ぎ、『ロイ(王)』を名乗ることを許されるんだ」
「だが、弟たちは『ファン(公爵)』の称号を与えられ、義務としてそれを名乗らなければ……ならないんだ」
黒銀の目の友が続けた。
「その下に連なる重臣や眷属の一族も。
侯爵以下の爵位を分与され、それぞれが国を支えるんだ!」
彼は力強くシロに話す。
「お前は、常人には到底扱えない、特殊スキルを生まれながらに備えているからなぁ……」
「まあ、だから『始祖』なんだがな……」
「その姿と力は、人々に畏敬を与え、時に神話とすら混同されたって聞いたぞ。 ククク」
シロは黒銀の友にそう言うと口を歪めた。
「おい、見てみろよ!」
「ああ」
神々はギュッと目を凝らしその様子を眺めた。
神々が見据えたその先───白亜の宮殿その最奥に位置する壮麗な『玉座の間』。
そこには煌びやかな光が降り注ぐ。
だがその時、年配の侯爵が進み出る。
侯爵が玉座の間の大理石の床に膝をつき、ゴリ……と、鈍い音が響く。
額に汗を滲ませながら重々しく口を開いた。
「ええと、その、ヒドラさんですか…」
侯爵は少し気が緩んだのか、なんとかこらえながら続けた。
「……ヒドラが……現れました」
重々しい急報。
その瞬間──空気が張り詰めた。
最初に反応したのは、トランザニヤ家の末弟だった。
「ヒドラ……九つ首の龍だなんて……」
ドミナスは紅のローブの袖をぎゅっと握りしめた。
そのぽっちゃりとした指先に見えない緊張が滲んでいる。
周りの諸侯たちは眉をひそめ小言を囁く。
玉座は緊張感が漂い始めた。
バカな……。
”あれは別界の怪異”と、
亡き父は断言していたはずだが……。
トランザニヤ家の次兄、マグナスは思考を巡らせた。
彼の不精髭の下唇が渋く歪む。
冷静さを装うが眉間には深い皺が寄っていた。
しかしトランザニヤ家の長兄、オブリオは黙っていた。
玉座に腰をかけ、束ねた銀髪を背に鋭い眼差しで弟たちを見つめていた。
オブリオの拳がわずかに輝きを放つ。
血に宿る『始祖の力』がたかぶりを示し、揺るぎない口調で答える。
「現れた以上、対応するしかあるまい……マグナス、討伐隊を編成せよ!」
「ありがたき幸せ!兄上の命、このマグナス、全力で果たしてみせるわ! がっはははは」
マグナスは胸に拳を添え高い声を響かせる。
弟の決意を受け止めオブリオは口を開く。
「だが、決して無理はするな……死ぬようなことがあれば、トランザニヤ家の名誉が泣くのだからな」
その言葉にドミナスも不安げな表情で続けた。
「マグ兄……どうかご無事で……」
マグナスは頬を引くつかせ立ち上がる。
「心配には及ばぬぞ、チビナス。 がっはははは。 ふん、ヒドラごとき、我が犬歯で噛み殺してみせようぞ!」
マグナスは部下たちに命じる。
「命の惜しからぬ者どもよ───我に続けい!!」
一瞬、部下たちは顔を強張らせた。
だが、すぐに剣を抜き気合いを込めた。
部下たちを引き連れ、黒いマントを翻し───玉座の間を出ていくマグナス。
その背には揺るぎない覚悟と自信が滲んでいた。
彼が遠ざかる中、室内には不気味な静寂が訪れる。
違和感を覚えたオブリオは、うすく眉をひそめた。
兄として弟の命を何よりも案じていた。
誰よりも誇り高く、
誰よりも優しかった弟よ。
かつて、雪山で凍えた幼き日のお前の小さな手を──オブリオは今も忘れたことがない。
だが、彼は感じたことのない不安を抱えていた。
遠ざかる弟の背中を見つめ、オブリオは静かに祈った。
「どうか……無事であれよ……」
その瞳にはかすかな憂いが浮かんでいた。
その時、玉座の間の天井、ステンドグラスにはわずかな”ひび”が走っていた。
彼の胸中に去来するのはこの国を覆い始めた不穏な気配───
その陰で、“名もなき者たち”が刻を待ちわびるように息を潜めていた。
やがて、銀の血すら朱に染まる日が来るとは、誰も知る由もなかった。
それはトランザニヤという神話の終焉、序曲に過ぎなかった───。
***
その時、ニヤリとした男がいた。
「あいつ、また、シスターに怒られてやがる。ククク」
シロは黒銀の瞳を持つ少年を天界で眺めていた。
その少年はゴクトー。
「この物語の主人公は、バツばっかり受けてやがるな。ククク」
シロは噛み殺したような笑い声を漏らすのだった───。
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