プロローグ 〜始まりの予兆〜
まず初めに、この物語を見つけてくださり、感謝です╰(*´︶`*)╯♡
進みはゆっくりですが、楽しんでいただけたら嬉しいです。
どうぞ最後までお付き合いくださいΣ('◉⌓◉’)
夜の雨は、屋根を叩きながら、まるで祈りの拍子のように響いていた。
孤児院の建物は古く、木枠の窓からは時折、冷たい風が入り込む。
その夜も、屋根裏部屋の小さな灯りだけが、闇の中にぽつんと灯っていた。
机に向かう少年がひとりーー名を、ゴクトーという。
擦り切れた机の上に、何度も読み返されたノートが置かれている。表紙には、震える手で書かれた文字。
『ズードリア大陸』。
ゴクトーはページをめくり、指先で線をなぞった。
山の名、森の名、海の名――そのどれもが、なぜか懐かしい。
孤児院の扉が静かに軋むと、足音もなく、シスターが顔を見せる。彼女は白い寝衣のまま、ロウソクを手にしていた。
「ゴクトー君、また起きているのね」
日頃からゴクトーを親身に面倒をみる彼女の柔らかな声が響き、ゴクトーが振り返らずに微笑んだ。
「……すみません、眠れなくて」
少年の後ろ姿を見つめながら、シスターがそっと近づく。
「そのノートの世界、今日も広がったの?」
「はい。……でも、もう描かなくても、見えるようになってきました」
その少年の言葉に、シスターが僅かに息を呑んだ。
「……見える?」
少年ゴクトーが頷き、遠くの何かを見つめ目を細めた。
「夢の中で、戦いが始まるんです。空が裂けて、炎が降る。誰かが刀を握って立っている……なぜか、銀髪の男の姿が思い浮かぶんです。俺と同じ目をしている気がする……」
虚実か、幻か。
――まるで、その場に立っているかのように。
少年ゴクトーは、その姿が頭から離れなかった。
燃えるような意志を感じさせる少年ゴクトーに、
シスターが何も言わず、彼の肩にそっと手を置いた。
「……怖くはないの?」
「怖いです。でも……なぜか懐かしいんです」
ゴクトーの言葉が口からこぼれ落ちたその瞬間、遠雷が鳴り響いた。
小さな灯火がゆらめき、彼が愛用するノートのページを照らす。
描かれた大陸の輪郭が、まるで生き物のように脈動していそれは、彼自身にも自覚はないのである。
『誰かが、この狂気を止めねばならない……』
彼が見た夢の中で黒銀の瞳を持つ、その男が言っていた。
ふとゴクトーが窓を開け放つ。
雨の匂いと冷気が部屋に流れ込んだ。
遠くの空に見える一筋の雷光。それをじっと見つめるゴクトーがゆっくりとつぶやく。
「……ズードリア大陸には、神がいる」
雷鳴が鳴り響く中、シスターはその言葉に目を見開いた。だが次の瞬間、微笑を浮かべる。
「その神さまが、あなたを導いてくれますように」
そう言い残し、静かに扉を閉めた。
残された少年の背に、雨音だけが降り注ぐ。その胸の奥では、確かに何かが目覚め始めていた――。
ズードリア大陸には――確かに神がいた。
すべては、一人の妄想癖の少年と、肉食系姉妹の出会いから始まった。だが、それはまだ――だいぶ先の話。
***【下界を見下ろす二人】***
雲間から顔を上げる、一人の神が白髪を靡かせ口を開く。
「ズードリア大陸も……変わったもんじゃ」
「ははは、何百年も見て、よく飽きないな、シロよ」
下界見物に興じながら神シロがつぶやくと、黒銀の目を細めるもう一人の神が笑う。
「遥かなる時の彼方のことだがな……天空に浮かぶ美しい我らの城を背に、ワシらは、よく戦ったものじゃ」
「ああ、そうだな」
「だが、変わらんもんもある。そびえる高い山々、そこに潜む龍……精霊すら怯え、人種が恐れ慄く姿は、なんとも笑えるわい」
神シロの言葉に、黒銀の目を細めつつもう一人の神は、懐かしげに遠くを見つめた。
「緑豊かな森、世界樹とともに生きるエルフ……澄んだ川には、リザードマン……岩山で暮らす獣人。そして炎と地の恩恵を受け、受け継がれる伝統を重じるドワーフ。様々な種族が共存し、調和の取れた生活を送っていたよな」
「あのことがなければじゃがな……」
ふと懐かしむように、神シロが物語を紡ぎ始めたーー。
「我らと魔王が率いる魔族とは数百年間に渡り、戦争を繰り広げていた。やがて魔王は敗れ、時空の歪み――亜空間に封印されたのは、お主も知っておろう。
平和は戻り、豊かな暮らしを営む我らだったが、ときは半世紀ほど経ち、『始祖』と呼ばれる一族の双子が、ズードリア大陸を再び揺るがした。
その兄は「純血」の血を色濃く受け継いだ――ゆえの渇きに、欲望を抑えきれず、先王を暗殺し、玉座を奪った。そして、他の種族が平和に暮らす土地にまで侵攻を開始した。その戦いは容赦なく、大陸は瞬く間に蹂躙され、地獄絵図と化した。非道の限りを尽くし、その兄は、「魔王赤髪のガーランド」と、恐れられる存在となっていった。
彼の性格は、強欲、傲慢、残忍。自らの狂気を楽しむかのように、繰り返される殺戮もまた、彼の趣向の一部に過ぎないようじゃった。
「我こそは魔王、この世界の秩序はこの手で崩れ去る。いや、この世界を全て制し、我こそが【魔神】となるのだ……!」
その狂気に酔いながら兄は、非道の道を歩み続けたな。
一方、双子の弟、黒銀の目を持つ、ワシの友――「銀髪のトランザニヤ」は、まるで正反対の男だった。
人種の「血」を色濃く受け継いだ彼は、幼い頃から異端視されることも多かった。しかし、逆境の中でも彼は純粋で心優しく、異なる価値観や文化を尊ぶ姿勢を崩さなかった。その穏やかな眼差しは、どんな者にもわけ隔てなく向けられていた。
友の人柄に救われた者たちが、よく集まって賑やかにしておったのを覚えておるよ。友は多様な種族の価値観を「世界の美」と称し、共存を信じた。
だが、その理想は兄にとっては、甘さに過ぎず、幼い頃より友は嘲笑と暴力を繰り返された。
兄の虐殺は留まることを知らず、燃え盛る村々の悲痛な叫びが友の耳にも届いた。その時じゃったか。友の心にある決意が芽生えたのは」
その光景が神シロの頭の中で走馬灯のように掛け巡った。
「……誰かが、兄の狂気を止めねばなるまい」
我が友は静かな怒りを胸に秘め、先達が築こうとした理想を守るため拳を握った。
「それが例え、兄に刃を向けることになろうとも……」
つぶやかれるその声に応じるかの如く、 ゴゴゴゴゴ……。
その瞬間、大気が震え、銀髪が煌めく。
友の目の奥にそのとき、何かが宿った。
「朝日が地平線から顔を覗かせたのを覚えておるわ。眩い光が友を照らし、美しい金光に包まれた光景をな。その光景はまるで黄金の絨毯が、優しくお主を抱き寄せるようだったわい」
語り終えた神シロが息をつきながら、ある島を見下ろした。
「魔王の再来」と恐れられた兄が引き起こしたこの「大戦」は、後世に語り継がれていくこととなる。
神シロが、黒銀の目の友の肩にそっと手を置いた。
「あの時のお主の姿、今も忘れられん」
「ははは、恥ずかしいだろ」
そう言って黒銀の目の友が笑う。
「これで終わりじゃない。ワシが、もうちくっとだけ、語ろうかの」
神シロが再び、ゆっくりと紡ぎ始めた。
「我が友、銀髪のトランザニヤは生まれながらに人を惹きつける、【魅了覇気】を持っていた。それはワシら神から与えられるギフト――大陸全てのものに与えられる祝福の加護と能力。
兄の狂気を止めるべく、友は独自の【覇気】を駆使して、ズードリア大陸各地を奔走しておった。
当時、多種族の交流などほとんどなかった。種族の長老の名前や特徴だけは、噂話で伝わる程度。亜人でもない友は、話すら聞いてもらえず辛酸を舐めていた。さらに彼らは「魔王の再来」こと――赤髪のガーランドに恐れ、怯えながら生きていた。その弟に、良い返答など得られるはずもなかった。
「兄に抗えるのは、オレしかいない。……それでもやるしかないんだ」
この時の友は、眉を寄せ深く息をついていた。
それでも諦めることなく、
高潔な信念と穏やかな語り口で、何度となく友は説得を繰り返す。
やがて耳を傾けていた亜人種の長老が声を上げた。
「オラたちは、戦うんさ!」
その言葉に他の長老たちがざわつき始めた。
この時のケロッグ長老の一声で、友は少しずつ信頼を得ていったのを覚えておるよ。友のその熱意に長老たちもついに心を動かされ、多種族連合軍が結成されたな。ここまでが大変じゃったろ?」と神シロが笑う。
「まあな」と黒銀の目を細め、トランニヤが口元を緩めた。
天上の二柱はあの大戦を思い返していた。
戦火は瞬く間に大陸全土へと広がり、
赤髪のガーランドの圧倒的な力は、多くの者を恐怖に陥れていた。
トランザニヤ率いる種族連合軍は、勇敢に立ち向かう。
幾度もの激戦を経て、ついに弟トランザニヤが、兄ガーランドとの決戦に臨んだ。その戦いは凄まじく、空が裂け、魔力の波紋が山々を吹き飛ばし――無惨な谷へと姿を変えた。そして、大地をも震わせる。まさに天変地異でも起こったような壮絶な戦いだった。
魔力の激突が数日間続く中、死闘が繰り広げられた末にトランザニヤがガーランドを打ち破ることに成功する。しかし、勝利の喜びの中で、トランザニヤは静かに刀を収めた。その黒銀の目には怒りではなく、哀しみと慈悲が宿っていた。
「兄上、あなたを殺しはしない。けれど、これ以上の暴虐も許さぬ」
戦火の焦げた匂いの中で、誰もが静かに流れる風の音とともに、トランザニヤのその言葉だけを聞いていた。
「さらばだ、兄上」
そう別れを告げると長老たちと協力し、兄を亜空間へと追放する道を選んだ。
その亜空間はこの世界とはかけ離れているようで――否。全く違うとも言い切れない。そこには似たような世界が広がっていた。
魔王と呼ばれた兄が再び戻ることがないよう、トランザニヤは強力な封印の術を施し、亜空間の門を閉ざした。その瞬間、戦いは終わりを告げ、大陸には新たな平和の息吹が訪れた――。
――時は経ち。
銀髪のトランザニヤは死後、彼を敬いその功績を讃える大陸の者たちから、人神として祀り上げられた。やがて――神々からも祝福を受け、銀髪のトランザニヤは天に召され、神になった。
数百年後、その大戦の記憶は人々の記憶から薄れていった。
「悪い予感がするな……」
黒銀の目の友の胸に、再び不安が渦巻く。
一方で神シロは、下界を覗き込み楽しげな声を漏らす。
「ほら、あの少年……おもしろいぞ」
「ん? どんなやつだ?」
黒銀の目の友も同じく下界を見下ろす。
「お前の髪と同じ色をしている。……あれはお主の末裔じゃ。これでしばらく退屈はせんな」
神シロが苦笑を浮かべつぶやく。
ズードリア大陸は美しさを取り戻し、平和が続いていた。しかし、運命は静かに動き始める。
――その頃、地上のとある教会では。
「どうか……妄想癖が、治りますようにっ!」
雷鳴が轟く中、少年ゴクトーが天に祈る。
「……ん? 上から見られてる気がする。どうしてだろう……血が、た、滾るな……」
神シロと黒銀の目の友が見つけた「その少年」。
彼こそが、新たな物語の鍵となる者だった。
そして新たな冒険が、今、幕を開けようとしていた――。
お読みいただき、ありがとうございます。
引き続き読んでいただければ嬉しいです(๑╹ω╹๑ )




