ワイバーン討伐編 12 〜仕立て屋ジンロック〜
雲間から顔を上げる神シロが、眉をしかめながらつぶやいた。
「全く、ゴクトーのやつ気付いているのに、なぜ、仲間に言わなんだ」
その言葉に女神東雲が不安そうな表情で頷く。
一方、黒銀の目を見開くトランザニヤがポツリ。
「今のあいつなら、魔族の四天王クラスともーー十分渡り合えるだろう」
ーーその頃、天上の三柱の思いなど露ほども知らないゴクトーは、
警戒しつつも仲間たちとビヨンド村のメイン通りを歩いていた。
◇(ゴクトーが語り部をつとめます)◇
メイン通りを歩く中、スーツとアイロンが描かれた、
シンプルな看板ーー
【仕立て屋 ジンロック】が目に飛び込む。
その看板には、老舗らしい落ち着きが漂っていた。
今の装備じゃ目立ちすぎるからな……。
いっそのこと、奴らと同じフード付きのローブを買ってーー。
思い立ったが吉日。
すぐに足を止め、振り返った。
「おーい!みんな、ちょっと待ってくれッ!」
頭に浮かんだ考えが、先に身体を動かしていた。
歩みを止めたジュリが眉をひそめて声を荒げる。
「へんダーっ 何よ、いきなり!」
仲間たちの足が止まった。
ノビが不思議そうに俺を見ている。
「ここで揃いの服を仕立てないか?」
その言葉に、仲間の表情には戸惑いが走った。
「何よ……お揃いって……」
ジュリが呆れたように肩をすくめる。
それでも興味がない訳ではーーなさそうだ。
「俺が出すよ。討伐成功のお祝いだ」
静かに続けると、その場の空気が変わった。
クロニクが目を輝かせ口を開く。
「兄貴、いいのか?」
「ああ」
そんな中、ショーウィンドウに書いてある張り紙を見ながら、
「ダー様、『お洒落な女性服も仕立てます』って、書いてありますわ」と。
アカリが指差しながら、少し楽しそうに笑みを浮かべる。
「お洒落には疎いがな。まぁ、金なら任せとけって……HAHAHA」
苦笑いしつつ、周囲には気を配り、警戒は怠らない。
空模様も橙から墨色に変わり、少し冷たい風が頬を撫でてくる。
空を見上げれば、星がチラチラと輝き出し、
二つの月がくっきりとした白さを見せる中、
夕食時によくある喧噪が、ちらほらと耳に入ってくる。
「おい、あのブラック・ロック・バードの串焼き屋で、一杯やろうぜ!」
「おお、いいな。キンキンに冷えたエールと一緒にな!!」
メイン通りには、様々な人種が右往左往していた。
仲間たちは腹を鳴らしていたのだが、
発言した手前、ここで引くわけにはいかない。
そんな俺に「いいにょ?」と、アリーが小さく首を傾げて尋ねてくる。
「ああ」
その返事に彼女の垂れ耳が可愛らしくピクッと動く。
一方で、一歩前に踏み出すミーアが唇を噛む。
「うち……既製品の服は、合うのがあまりないから……嬉しい、リーダー」
その声には微かな恥じらいが混じっていた。
彼女が既製品に苦労しているのは、前から聞いていたが、
口にするのは珍しい。
「喜んでくれるなら、良かった」
他方ミリネアが目を輝かせながら、
「ご主様、翌日仕上げと書いてありますね」と、
窓ガラスの隅に貼られた小さな文字を指差す。
「早い方がいいよな」
俺の言葉にミリネアが首肯する。
そんな中、パメラが含み笑いを浮かべる。
「ゴクちゃんが見繕ってくれるなら、あたいは喜んで着るわん」
その艶っぽい声に少し困惑するがーー
「俺にセンスは無いがな。HAHAHA……」と、苦笑しながら答える。
そんな俺を揶揄うように、
ジュリが口元を手で隠して茶化す。
「へんダーの好みの、黒一択?」
「いや、色は好きに選べばいい」ーーと落とした瞬間。
ジュリが「ふ〜ん」と軽く鼻を鳴らし、目を伏せた。
だが、彼女の表情からして、まんざらでもなさそうだ。
一方でコガラが不思議そうに服の端をつついている。
念話こそこないが、「あるじー、これ、なーに」と”コトバ”を飛ばす。
その仕草と問いに思わず口元を緩ませる。
「今、俺は”これ”を着てるだろ。これが服だ」
そう説明しながら、自分の黒シャツの襟を掴んで見せた。
「わかったーー あるじー コガラもほちぃ」
「わかっったよ、コガラのもな」
コガラが嬉しそうに目を細める。
その仕草があまりに愛らしくて、
これが父親の気持ちなのだろうかーー。
と思い、胸がじんと熱くなる。
カラン…
ガラス戸を引き、一番に足を踏み入れる。
俺の後に仲間たちも続く。
「いらっしゃい」
「あら、いらっしゃい」
「いらっしゃいませ」
老夫婦と、その娘だろう若い女性が笑顔で迎えてくれた。
店内はシックで洗練された服が整然と並び、
大人の味わいを感じさせる。
「ここにいる全員で、揃いの服を作りたいんだが」
話を切り出すと老夫婦が目を丸くし、娘の目も見開かれる。
「えぇっ! そんなに大量注文をしてくださるんですか?」
娘らしき女性が嬉しそうに老夫婦の袖を掴む。
「できるだけ急いで作ってくれると……ありがたい」
俺の言葉を聞いてーー「このジンロックにお任せください」と、
白髪にちょこんと乗せたベレー帽を被り直し、老紳士が続けた。
「トップスにスカート、ブルゾンやーースーツにローブなど。
……帽子から身体に合わせた鞄まで、
何なりと、仰っていただければ作れますが?」
その言葉に少し圧倒され、言葉を失う。
俺が悩んでいると、老紳士のジンロックが歩み寄り口を開いた。
「まずは採寸ですな。ココリド、カナリドと御婦人方のサイズを」
娘のココリドが即座に応じる。
「わかったわ。皆様こちらへ」
母親のカナリドも微笑みながら零す。
「あなた、男の人をお願いね」
「任せておけ。男の方々はこちらへ」
ジンロックが自信に満ちた声で、手招きする。
一方女子たちはカーテンの向こうへーーそこで採寸するようだ。
肩に乗るコガラが、「ピピ〜〜」と小さな声で鳴きながら、
興味津々で周囲を見回す。
ジンロックがメジャーを使い、
肩幅や胸囲を測る度、クロニクが顔を赤らめる。
何故かチラチラとクロニクの目がカーテンの方へと泳ぐ。
……なんだ? 妙に嬉しそうだな。
カーテンは閉まったままだ。
なんらおかしいところなど無いはず。
カーテン越しに聞こえる姦しい声が聞こえてくるだけ。
しかしクロニクの表情が次第に"ニヤニヤ”と緩んでいく。
不思議に思っているうちに、クロニクの採寸が終わり、
次はノビの番になった。
緊張感丸出しでノビが採寸に挑む。
「よろしくお願いしまづ!」
訛り混じりでジンロックに向き直る。
測り始めると、
ノビも顔を真っ赤に染めて天井を見上げた。
何かがおかしいーー、と首を傾げつつ、
様子を見守っていたが、採寸は終わり、ついに俺の番。
ジンロックが黙々と測り始める中、
肩のコガラをそっと抱きかかえ尋ねた。
「あの、この子にも、服を作ってあげたいんですが?」
その言葉にジンロックが目を細め、差し出したコガラを見定める。
「まだ、子供のようですな? 成長は早いもんです。
それなら首に巻くものでも、お作りいたしましょう」
「お願いします」
ジンロックが頷くと、今度はコガラの採寸を始める。
首回りを丁寧に測る姿を見て、少し安堵した。
コガラが不安そうに見上げる度、
「大丈夫だぞ」と伝えると、満足そうに目を細めていた。
そんな中、カーテンの向こうから声がする。
「あなた、こっちは終わったわよ」
ジンロックの妻、カナリドの声だ。
その瞬間、視線を何気なく向けながら息を呑む。
カーテンの隙間からアカリの姿が一瞬ちらつく。
『金色と白のストライプ』ーー
彼女がチャイナ服に袖を通す直前だった。
「っな……!?」
びっくりしたのも束の間ーー
カチッとした音とともに、『江戸っ子鼓動』が飛び跳ねる。
”死線”を逸そうと、鼓動が必死になるが、ぴくりとも動かない。
「頼む鼓動、”死線”を引っ込めてくれっ!」
胸中で命じると「合点でさぁ!」と言って強引に『妄想図鑑』に押し込めた。
「そいじゃぁ、あっしはこれで」
と言い残し、『江戸っ子鼓動』もスッと消え入るように図鑑の中に収まった。
カチッとした音が顳顬に響く中、我に帰り、意識を戻す。
こ、これか……クロニクもノビも……
真っ赤になってたのは……。
どうにか落ち着こうとーー
深呼吸するが、否が応でも顔に熱が籠ってしまう。
そんな俺の顔を見てノビが「ひひひ」と笑う。
クロニクも笑いを堪えるのに必死だ。
恥ずかしさはピークだが、何とか平静を装う。
一方でジンロックがカーテンに向って声をかける。
「カナリド、こっちも……もう終わる」
その声と同時に、開いたカーテンの向こうから、女子たちが現れた。
平静を装いつつ、「採寸終わったか?」と思わず濁した。
ただの服……でも、違うな。一つの旅を終え、
次の何かを迎えるための、節目のようなタイミング。
ここは奮発しなければーー。
胸中に推し留め、少し間を置き、ジンロックに声をかける。
「仲間には、好きなものを着てもらいたい……
色や好みは、それぞれ聞いてくれれば……」
そこまで言いながら、視線は女子へ。
問題はこっちだ。
頭の中であれこれ考えるが、服選びなんてーー
俺には縁遠い話だ。
「女子はスカート……? うーん……」
思わず言葉に詰まってしまった。
天上のシーリングファンがカタカタと音を鳴らす。
暑苦しいような、それでいて涼しいようなーー
どっちにもつかずの風が流れる。
耳を澄ませば、心地良いリズムを奏でるジャズが流れていた。
そんな中、アカリが一歩前に出て艶っぽい唇を動かす。
「ダー様、お願いをしても?」
「ああ、こう言いうのは疎いから、何でも言ってくれ」
素直な返事が口をついた。
彼女が提案する。
「でしたら、お揃いで同じ色のローブを……」
アカリの言葉を受け、パメラがすかさず口を挟む。
「あら、だったら……あたいはブーツが欲しいわん」
「それは構わないがーーみんなの好みが……」
そう言いかけたところで、ミリネアが割って入る。
「ご主様、色は違ってもデザインが同じならば、良いかと……」
その提案に、心底救われた気持ちになった。
ふとアリーが、拗ねたような顔をして、
俺のズボンを尻尾で"ツンツン”とつついてくる。
「ああ、そうか! アリーはオーバーオールだよなぁ?」
垂れ耳がピクンと反応、アリーが嬉しそうに声を弾ませる。
「オーバーオールが欲しいにゃ!」
その声にミーアの目が〝♡〟に。
何か言いたそうなミーアに声をかける。
「何か希望はないのか?ミーア」
しかし彼女が肩をすくめ、遠慮がちに答える。
「うちは別に、着られれば……」
確かに……。
ロカベル三姉妹のスタイルは、規格外だからな。
内心納得するが、口にするほど野暮じゃない。
全員の顔を順番に確認しながら、話をまとめる。
「ヨシ!わかった。全員同じデザインでローブを作る。
デザインは一緒で革のブルゾンを全員分……
女子は好みを言ってレザーのスカートを。
アリーはスカートじゃなくオーバーオールな。
色は各自で選んで構わない。コガラは首に巻くもので……どうだ?」
珍しくきっちりとした提案ができたと思う。
一瞬の静寂後、仲間たちが次々と嬉しそうに頷く。
「ダー様のセンスも、捨てたもんじゃありませんね」
軽く微笑みながらアカリが漏らすと、和やかな雰囲気が漂う。
ジュリも両手を掲げ、澄んだ声を響かせる。
「最っ高ーーっ!」
その声とほぼ同時に、アリーが「にゃ!」と、勢いよく尻尾を振る。
ミーアの目がキラキラと輝き、無邪気な笑顔を見せた。
コガラも俺の肩の上で羽を広げ、
「ピ~~♪」と、全身で喜びを表現する。
「兄貴、コガラも喜んでますよ」と、クロニクが"ニヤリ”。
ふとノビが「ゴクどーさん、ありがどうございまづ」と、
涙ぐみながら頭を下げる。
その顔は少し赤く、純粋な気持ちが言葉から伝わる。
一方でミリネアが控えめに頭を下げる。
「ありがとうございます……ご主様」
その表情はどこか感謝に満ちていた。
そんな中、パメラがウィンクを飛ばし、
「ゴクちゃん、あたい……着こなしてみせるわん!」と言いながら、
『爆弾』を"ブルン”と揺らした。
咄嗟に身を屈める仲間たちーー
「しだっけぇえええ!不意打ちなんさああああ!」
爆風で吹き飛ばされたノビが”ひゅるひゅるひゅる”と、
カーテンに”巻き込められた”。
ジンロック夫婦と、娘のココリドがその光景に目を丸くする。
直後、「ゲラゲラ」とした笑い声が店内に響く。
口元が綻ぶ俺はジンロックに声をかける。
「急ぎで頼む」
「かしこまりました。では、このジンロック、
腕によりをかけて作らせていただきます。
お好みの色とデザインは、これから伺うとして……
ローブの色は何色にしますか?」
その言葉にミリネアが静かに提案する。
「ご主様、八咫鴉の漆黒になさっては?」
その一言に、全員の顔がパッと明るくなる。
「「「「「「「 それーーーっ! 」」」」」」」
「ピ~~♬」
仲間の声とコガラの鳴き声が見事にハモった。
その後もジンロックが真摯に話を進め、前金の話になった。
白金貨を十枚ほど入れた小袋を「魔法耐性を必ず頼む」と、
耳打ちしながらジンロックに手渡す。
袋の中を確認したーーその瞬間。
「えぇっ! こんな大金! 多過ぎます!」
「よろしく頼む」
目を丸くするジンロックのプロ意識を信じて、
”お任せ”する。
カナリドとココリドが、
デザインや色の好みを丁寧に確認しながらメモを取り、
やがて見送りの時間が来た。
「明日、お待ちしております」
外に出るとすっかり陽は落ち、街路を照らす灯りが輝いている。
歩き始めた刹那、背後から”ぐうぅぅ”と腹の音が聞こえる。
「お腹空いたにゃ……!」
途端、全員が笑う。
その声をビヨンドの湿った風に乗せ、
俺たちはサーシャの店へと急いだーー。
お読みいただき、ありがとうございます。
引き続き読んでいただければ嬉しいです(๑╹ω╹๑ )




