姉妹とゴクトー 後編
「ほほ、面白い展開になりそうじゃのう!」
神シロが笑いながら、黒銀の目の友に話しかけた。
「お前なぁ……」
黒銀の目の友はため息をつく。
神々は興味津々といった表情で、下界を覗き込んでいた。
◇(主人公ゴクトーが語り部をつとめます)◇
「あなたって、ゴクトーさん……?」
涙ながらに言葉を投げかけるアカリ。
「そ、そうだ。……なんで俺の名前を知ってるんだ!?」
焦りに言葉を引っ掛けながらも問い返した。
そんなに俺って有名なのか?
まぁ、大陸一の冒険者、今や伝説のナガラの弟子だ。
名前ぐらいは知られてるかもな。
一旦冷静に思考を逡巡。
そんな俺を他所にアカリは、瞳を潤ませながら口を開く。
「あなたの師匠は私たちの義理の兄、ナガラ兄様の噂を耳にして、国を飛び出してずっと探していたのよ……『冒険者』になってね」
彼女はうつむき、涙を零す。
その涙は床にぽちょんと落ちた。
ギルドの喧噪はその瞬間、耳から遠ざかりその音だけが耳に残る。
それはきっと彼女の涙がそうさせたのかもしれない。その涙は桜の花びらの形のように広がり、俺の足元まで伸びた。まるで俺を待ってたかのように。
師匠は突然いなくなった。この妹たちに何を告げればいい。
正直に答えた末が目にみえる。どう答えたらいいのだろうか。
俺の胸には複雑な葛藤が渦巻いていた。
そんな中、受付嬢が俺に目を向ける。
目を合わせる受付嬢の顔がヤバイ。
ニタニタしやがって、なんだっての。ほんと。
思いながらも少し気が紛れた。
俺の感情は単純だ。
兄を思うこの姉妹を気の毒に思ってしまう。
きっと孤児院で育ったせいだろう。
孤児院では、いつも一人の孤独に耐えていたから。
人種は、俺しかいなかったし……。
アカリが涙ぐむ姿を見て、ジュリが一歩前に出る。
彼女が青い杖を構え叫んだ。
「この木偶の坊! さっさと、ナガラ兄様の居場所を教えなさいよ!」
その語気は強め。さらに眉に皺を寄せ、鋭い目つきで俺を睨んだ。
困惑したさ。
思わず口まで開けちまったよ。
「ポカン……」とした表情だろうな。
きっと人が見たらな。
そりゃ硬まるさ。いきなりだからな。
まるでその場の空気が一瞬止まったかのようだった。
他方、見ていた受付嬢の目尻が下がる。
彼女は笑みを零し、口元を緩める。
「……面白いわね!」
その受付嬢の一言が、ギルド内をざわつかせた。
おい、なんだその言い方、意地悪な顔だぞ……ったく。
注目浴びてる、なんて思ってもいられなかった。
冒険者たちがコソコソと話し始める。
「おい、あれって……有名な桃色姉妹だろうな。美人で強いって評判だし……」
今言ったやつ、リーダーだろうな。
ケンタウロス種だし体躯が違う。
妙に態度もデカイし。
話す声が俺にも届く。
「私たちにゃー無理だにゃ……あの姉妹は扱えにゃい」
「いや、ワッシが彼女にゃちをパーティーに入れりゅ!」
三毛の獣人(猫種)女性冒険者と、リーダーらしき獣人(虎種)女性冒険者の会話も耳に入ってくる。
おいおい、やめといた方が身のためだぞ。
この姉妹かなり有名らしいからな。
だが、パーティーのリーダー格が姉妹に近寄る。
声を交わす彼らに、ジュリは姉に隠れるように後ろに下がった。
アカリは冷静に対応し、勧誘をかわし、そいつらを次々に投げ飛ばしていった。
ほらみろ言わんこちゃない。
俺の思惑通りだ。
見ながら思う。ちょうどその時、視線の端に入る目が気になった。
空気が読めない奴、受付嬢は姉妹に対して熱い視線を送っていた。
ニヤリってか、その笑顔怖いんだが?、俺もちらちらと見られていた。
この受付嬢本当に性格悪いな。顔は美人なんだが。
リーダーたちを投げ飛ばし、かわすアカリの視線が一瞬鋭くなった。
突然、彼女が俺の元に駆け寄り、腕を胸元に折り畳む。
俺の顔を見て、アカリが突拍子もないことをきり出す。
「少し先に、私たちが泊まっている宿がありますの。ナガラ兄様のことも聞きたいですし……一緒に行きませんこと?」
彼女は優雅に口元を緩ませる。
おいおいおいおい。
なんだこれっ!
俺は耳まで一気に熱が籠り、呼吸も早まる。
この瞬間、自覚したのは───まごうことなき温かさと感触。
"むにゅっ”。
腕に伝わるその柔らかさに思わず、蒸発しそうになった。
その瞬間、頭にある言葉が浮かんだ。
目の前が歪み、ふわりとした感覚に陥った。
俺は”癖”である、自身の世界に入っていった───。
【妄想スイッチ:オン】
──ここから妄想です──
俳人のような出立ちをした俺は、感じるままに謳い上げる。
「ここで一句」
「柔らかすぎず、硬すぎず、儚きかな、一瞬の妄想────」
俺はさらりと読み上げた────。
歓声が鳴り響く。
「お粗末」
そう言った途端。
【妄想スイッチ:オフ】
──現実に戻りました──
我に返り、意識を取り戻す。
「……やっちまった……」
胸の高鳴りに戸惑いながらも声が漏れる。
恥ずかしさとともに動揺が身体を覆った。
俺を他所にアカリは腕をしっかりと掴んだまま、足早に歩く。
「行くわよ」と、ジュリに声がけして、ギルド支部を出た。
すぐ路地に入ると、アカリの歩みが少し遅くなる。
次の瞬間、立ち止まる。 俺は不審に思った。
「気をつけて!」
念を押し、彼女が前方を見る。
俺も目を凝らした。
やばい、力が抜ける。
細い体で軟体。足は無数。魔力ブレ虫が土壁に蠢く。
魔力ブレ虫は魔力を吸い取る。 厄介な昆虫種の魔物だ。
「ジャー」と音を立てて、威嚇しこちらの不安を煽る。
それを横目にふらふらと、慎重に進む。
この手の虫の生息地は、確か山岳地方のはずなんだが。
ここビヨンド村は結構、高地にあるからな、なんて図らずともそう思っていた。
そんな中、アカリは俺の腕を大切そうに抱きしめる。
いやはや、これはなんの試練?
まぁ嬉しいけども、けどもだよ。
俺は思いながら苦手な口を開いた。
「お、おい……君たち、有名なんだな…」
返答はない。
「……お構いなしに……むにゅって……」
極小の声で言った。
そうだよな。
俺の言葉なんて気にしないよな。
「嬉しそうですわね。これぐらいいつでもして差し上げますわ」
そう思っていた矢先にアカリからの一言。
恥ずかしすぎて、もう霧にでもなりたいと願ってしまった。
複雑な心情。
何とか理性を保ちつつ、進む足は止めなかった。
この先姉妹との心理戦が始まるのか、と不安に駆られた。
ジュリはその様子に苛立ち、俺を睨みつける。
「さっさと歩きなさいよ! ナガラ兄様の居場所も、早く教えなさいっての!」
額に青筋を立てて叫ぶ。
「だらしない顔して……ネーがボインだからって浮かれて……。わたしだって……タイプなのに……」
「何か言ったか?」
頬を朱く染める彼女。
ジュリが早口で囁いたのが俺には聞こえなかった。
だが、彼女が何かを秘めているようにも見える。
不思議な感覚。初めて感じる。
ジュリが肩を落とし、ため息をつく。
淡い吐息が別の物語の扉を開いたように感じた。
夕暮れの陽を背に、三人の影が土壁の下に揺れる。
どこか甘酸っぱいような香りがするのは、気のせいだろうか。
アカリは俺の腕に力を込め、艶やかな唇を動かす。
「さぁ、参りましょう。早く宿屋へ」
彼女の声は魅力的で柔らかい印象。
だが何かが、ちがーう。
強いて言えば虎か?、とその瞳の奥には何か狡猾な光でも宿っているかのようだ。
その瞬間、俺の息も荒くなる。
妄想よ、出てくるなよ……。
胸を押さえ、内心思い、足が速くなる。
ふと、俺は茜に染まる空を見上げた。
澄み渡った空に魔物ロックバードの翼が煌めく。
視線を下ろすとジュリの顔も見える。
だが、彼女の頬はほんのり染まり、俺は焦った。
なんでこの姉妹、顔真っ赤なの?
この状況、おかしくないか?
師匠の妹たち……なんだよね?
やれやれ、厄介な展開になりそうだ。
そんな思いの俺にお構いなしで、アカリはさらに抉るような目つきで見つめ、ささやく。
「逃がしませんの……」
その言葉は穏やかでありながらも、妙に色っぽい。
(*ゴクトーの腕を掴むアカリのイラスト)
一瞬、俺は息が止まるかと思った。
「……胸、じゃなかった腕を……」
瞬間、俺の口から漏れ出た言葉だった。
アカリは意に介さず、俺との距離をさらに縮める。
額には汗が滴り、緊張が高まる。
引きずられるようにして、姉妹の案内する宿屋へと向かう。
道中、アカリは「ふふふ」と笑いながら、予期せぬ波乱を漂わせていたーー。




