兄、長良(ナガラ)
神シロと黒銀の目の友は下界を覗き込む。苦笑いを浮かべる黒銀の目の友の表情は、未だに曇ったままだった。
息をつく神シロはスキルで一冊の厚手の『図鑑』を引っ張り出すと、ペラペラとページを捲った。
◆(神シロが語り部をつとめます)◆
アカリとジュリはズードリア大陸から遠く離れた島国で育ち、平穏な日々を送っていた。
――ある日、姉のアカリが耳にした名前は義理の兄の名『ナガラ』。その名は大陸で唯一の『SS級』冒険者として知られ、その噂は各国にあまりにも大きな影響を与えていた。
『ナガラ』の名を耳にしたアカリが突然、言い出した――「私は冒険者になる」と。その言葉に妹のジュリは驚きつつ、戸惑いながらも、姉とともに国を離れる決意をした。
ズードリア大陸から海を挟んだ南西の島国――『ヤマト』は、煌びやかな独特の文化と武士が治める国。さらにこの国は「鎖国」をしていた。国を治めるのは、大将軍の神代正嗣。この国は代々、大将軍職を務める『神代家』が治めていた。
アカリとジュリ姉妹の【巫代家】は、国でも名家の家柄で神代家の分家にあたり、魔力にも恵まれた神代一族。中でも特に、【刀術】と【扇子舞踊術】を合わせた、その固有の技術――【舞刀術】は有名だった。
姉妹の父母は、国の中では重要な役職を担っていた。
父は『筆頭家老(ヤマトの国の要職)』という重鎮――国ではNo2の地位に就いている。
一方母は、国最高位の【御典医(大将軍を診る専門医師)】として名を馳せていた。だが、【巫代家】には男子に恵まれなかったため、養子を迎えることが決まった。その養子は異国から来た人物で、すでに20歳を超えていた。その養子は人柄も素晴らしく、父は【舞刀術】、母からは【薬学】をみっちり仕込まれる。
そして、【神代魔法】まで伝授され瞬く間に、その実力を磨き上げていった――。
――ある日、呼ばれた御前試合で、ナガラが圧倒的な実力を見せた。
此奴の器量と才覚……いずれ、この『ヤマト』を……
背負うことにもなるやもしれんな……。
『ヤマト』国主、大将軍神代正嗣は思いながら「さらに、鍛錬に励むが良いぞ」と、表情を変えることなく、自ら携えていた【桜刀】を差し出す。
「将軍様、もう『ヤマト』には、やり合う奴も、いねぇがな……はっはははは」
跪くことさえせず、泰然自若のナガラは独特な笑い声をあげて拝領する。
一方で名家である『巫代家』も、いくつか【桜刀】を所有していた。
父は【桜刀】を前に、ナガラに諭した。
「お前に教えておかねばならんことがある。古の時代から、数えるほどしか存在しない――『七星の刀匠鍛冶師』たちによって鍛えられた武器【桜刀】。それは人神より賜りし、受け継がれた技術なのだ」
父は真剣な眼差しで続けた。
「七星の武器の中でも、特に――【桜刀】は、唯一無二。並び立つ武器などない。『兼松桜流』『黄金桜流』の二流派だけは……心に留めおけ」
その言葉はナガラの胸に深く刻まれた。
【桜刀】は、ただの刀ではなく、魔力を宿した――伝説の七星の武器としても知られていた。使用者の魔力に応じてその切れ味は増し、時には【属性魔法】すら纏う『魔刀』。 太古の対戦で魔王と呼ばれたガーランドすら倒した名刀だった。
ナガラは父から細身の刀身が白く輝く【黄金桜一文字】。さらに、城主から賜った黒曜に閃く――【兼松桜金剛】を手にしていた。この二振りの刀は国宝級、まさに『ヤマト』では至宝であった。
神シロがページを何枚か捲り直す。
過去に遡るが、ナガラを慕うアカリが物心ついた頃、ジュリはまだ幼く教育を始めていなかった。
だが――。
ナガラは優しい言葉遣いで、学んだことを姉妹に教え――やがて彼女たちの「最初の師」となった。
そのページには、こんなやり取りが書かれていた。
巻物を片手にアカリが和装の裾をそっと摘まんで、立ち上がった。
「兄上、この字は何と読むの」
ナガラは天を仰いで、ふっと笑う。
「アカリちゃん……これは朱里って読むんだ。君の名だぞ」
「にーに、わたちにも」
ジュリが背伸びして、その巻物を覗き込む。
そんな日々が続く中、ナガラは姉妹たちの面倒見もよく、特にアカリには、丁寧に舞刀術を教えていた。
「そこから扇子を返し、魔力を高めるんだ」
「こう?」
「そうだ。上手いぞ!」
「はっはははは」
不器用な笑い方をするそのナガラを、まるで本当の兄のように姉妹は慕っていった。
また、父からも名代――つまり家督を継ぐことも許された。
父、長門よりふた文字取って、その時から彼の名は長良となった。だがナガラはさらなる高みを目指し、父に武者修行の旅に出ることを願い出た。
「この世を見聞してまいれ!」
父からの許しを得てナガラが旅立ってから既に、15年もの月日が経っていた。
けれど、母の死と父の体調悪化を知ってか知らずか――長良は戻らなかった。
そして、宿命は静かに動き始めた――。
◾️(ここからアカリが語り部をつとめます)◾️
私は過去を振り返り、想いに耽る。
「ナガラ……あの兄様は今、何処にいるのだろう?」
つぶやく私と目が合うとジュリが目を伏せた。
「あの人がどこかで生きていたら……」
私の胸に去来するのは、再会への淡い希望だった。
冒険者となり養子の兄、長良を探し出すこと。
遠い異世界の国で育った兄との絆は深く、私にとってかけがえのない存在なのは言うまでもない――。
私が「冒険者になる」と言ったきっかけはこうだった。
『巫代家』の家督を継ぐはずだった長良が戻らない。
家老を務める『品川家』が事態を動かした。
長男太朗に『巫代家』の長女を娶る縁談を進め、婚儀は目前に迫っていた。
――嫁入りの三日前。
「家督を継いでくれるなら、うちに住めばいいのに!」
ジュリがぶつぶつと文句を言いながら、私の嫁入り支度を手伝っていた。
「『巫代流舞刀術』や『神代医師薬学』、『神代家の歴史』の巻物、『神代魔法書』の秘伝書、さらに『大和酒』、『大判金貨』――黄金桜流の【桜刀・黄金桜千貫】まで、こんなに持っていくの? ネー」
嫁入り道具には『巫代家』の家宝や書物が含まれていた。
「任せたわ!」
私の声にジュリは仕方なく、大きく息をつき、頷いた。
忙しなく準備するジュリに私はその場を任せた。
厠に寄ろうと離れに向かう中、婚儀の準備で巫代家に詰めていた――『 品川家』の武士達の話し声が耳に入った。
「この間、久しぶりにな、長良殿の名を聞いたぞ」
「ほぅ、それは真実にござるか?」
「ああ……長良殿は、大陸一の冒険者になったらしいぞ」
「わしらでは、とても太刀打ちなどできん、猛者やったからなぁ……納得だぎゃ!」
「しかしなぁ、冒険者に、どれほどの価値があるというのだ?」
「わからん……でも、あの御仁、異国出身だと聞いた……」
「そうだがな……長門殿の名を譲り受けたほどなのだぞ!」
「巫代の家を継げば、この国の大将軍にも、なれたやもしれぬのに……」
その会話を偶然耳にした私は驚愕して、肩が震えた。
まるで何か特別な瞬間を捉えたかのような感覚が押し寄せ、思わず息を呑み込んだ。私は額に手を当てて、しばし熟考する中、顎を指でなぞる。
「兄様なら、どうするかしら……」
そう口に出した瞬間、私は動いた。
嫁入り道具を整理するジュリの元へすぐに駆け寄り――突然の宣言。
「私、冒険者になって、長良兄様を探すわ!」
眉も少し上がり、期待と興奮が入り混じった表情を見せていたと思う。その時、ジュリの顔に同時に浮かんだのは――唖然と驚き。
「っえ? ちょっと待って、 お嫁入り、どうするの!?」
そう言ってジュリも眉間に皺を寄せ、慌てていた。
けれどそれも束の間。
ジュリは私の性格をよく知っている。
「ネーの意志は、曲がるわけないよね」
ジュリがため息をつき、月を見上げた。
それこそが、運命を変えたことの始まりだった――。
その夜、静かに旅支度を整えた。
風に揺れる風鈴の音が、まるで出発を促すかのように響いていた。
旅支度が整った私が声を詰まらせながら口を開く。
「……ジュリ、もう後戻りはできないよ」
「うん。だけど、ネーと一緒なら、どこへでも行ける」
その言葉にそっとジュリの手を握った。
月明かりが差し込む門に立ち、家を振り返った。
「私たちの旅は、ここから始まる」
その言葉とともに静かに門をくぐり抜け、見慣れた町並みを背に、私たちは歩き出した。
◆(ここから神シロが語り部をつとめます)◆
その運命はすでに見えぬ影に注がれていた。
海を挟んだ裏側――誰も立ち入らぬ禁域の地で、ある者の鋭い目が怪しく真紅に光る。魔王ガーランド三世は七色の眩い気配を感じていた。
――まごう事なき『宿敵』の気配。
黒き霧が渦巻き、大地が唸りを上げる。
魔王ガーランド三世の復活は、決して偶然ではなかったのだ。
一方で姉のアカリは優雅な笑みを浮かべ、長い桃髪を風に靡かせながら、妹のジュリに耳を傾ける。
一方、妹のジュリは無邪気な笑顔を輝かせ、純粋な好奇心と無垢さを醸しだしながら、旅の算段を姉に話して聞かせた。
だがその時――。
突然、平和な時間を打ち破るかのように、遠くの空に黒い雲が渦巻き始めた。
雷鳴が轟き、空が暗く沈む。稲妻が鋭く地面を裂き、空気に緊張が走る。
閃光が眩しく瞬き、まるで空そのものが破裂しそうな錯覚。
その瞬間――姉妹は眩暈を覚え、足元が崩れるように揺らぎ、何かに吸い寄せられ、同時に意識を失ってしまうのだった。
――彼女たちが目を開けたとき、景色は一変していた。
周囲には見たことのある建物や風景が広がり、街並みは、どこか懐かしさと古めかしさを同時に感じさせた。
空には異様に歪んだ雲が浮かび、冷たい風が彼女たちの肌を撫でる。
アカリは戸惑いの表情を浮かべ、「ここは……?」とつぶやく。
一方ジュリは何かの直感を覚えたように、表情を険しくし目を細めた。
「ここは……ヤマトよね。 まるで過去に戻ったかのよう……」
彼女の声は静かだが確信に満ちていた。
母より以前、聞いた記憶が二人の脳裏を掠めた。
『古代魔法には時空を捻じ曲げる、禁じられた呪詛がある』と。
姉妹は瞬間的に感じ取る。
――これは呪詛によって引き起こされた、時空の「ねじれ」ではないかと。
魔王が放った呪詛は、姉妹をパラレルワールドに巻き込んだ。
彼女たちは周囲を見回し確認する。今までのヤマトとは似ているようで――どこか違う。
彼女たちの冒険は、運命の歯車を狂わせてしまったのである。
しかし失われた時間はもう戻ってはこない――新たな運命と向き合わねばならないのだ。
宿命の糸に、手繰り寄せられてるような――。
その時、ひときわ強い予感がアカリの胸に迫った。
暗い影は、確実に忍び寄っていた。姉妹はお互いの目を見つめ合い、未来を変えるための決意を静かに固めた。
涙を飲み、恐怖に打ち勝ち、未知の世界に足を踏み入れる覚悟を胸に抱き、新たな冒険の一歩を踏み出した。
果たして、彼女たちの運命はどうなるのか。
しかしこれがその後、宿命を背負う姉妹たちの――
狂ってしまった歯車を噛み合わせることになるとは、まだ誰も知らない。
いや、天上から覗く神シロだけは――知っていたのかもしれない。
時空の「ねじれ」に抗い――世界と自らの未来を変えるため、二人は静かに、だが力強く歩み続けた――。
お読みいただき、ありがとうございます。
引き続き読んでいただければ嬉しいです(๑╹ω╹๑ )




