桃色姉妹 後編
(*ズードリア大陸マップ)
神々が地図を眺めながら談笑。
「アカリもジュリも……怪我には、気をつけろよ」
神シロは、固唾を呑んで姉妹を見守っていた。
「やっとこ、あいつが動き出したなッ!」
黒銀の目の友の顔にも笑みがこぼれた。
神々は、その運命の瞬間を天界から眺めていた。
***
◇【目指すは、アドリア公国】◇
───数日後。
姉妹はズードリア大陸北東の国『ゴマ』を出発し、大陸のほぼ中央にある『メデルザード王国』を縦断していた。
陽は高く、空に数羽のフェリクス鳥が輪を描いていた。
ロックバードのような大型の魔物ではない。言うなれば雑魚のような魔物だ。
乾いた風が草原を駆け抜けるなか、一人の男が静かに歩いていた。
黒ずんだマントをはためかせ、仏頂面のまま、彼は地図も持たずに進んでいく。
──彼の名はゴクトー。この物語の主人公だ。
無口で、無骨で、ウブ。
そして、ある特殊スキルを持つ彼は、やや迷子になっていた。
だが、その腰に携えた【桜刀】は、道中で数多の魔を薙ぎ払ってきた。
「ん──、気配……あっちか」
ほんのかすかな”魔の揺らぎ”を察知し、ゴクトーは足を止める。
その先の茂みには、小型の魔獣バルロットが三体──森から飛び出し、別の方向へ走っていく何かを追っていた。
バルロットは首が長く、短い翼を持ち合わせる。翼種に分類される魔物だが、体長はさほど大きくはない。が、『AA級指定討伐魔物』として恐れられる。
なぜなら目測では測り得ない俊敏な動きと猛毒を吐くからだ。
『B級』の4〜5人で構成されるパーティーが全滅させられることもある、厄介にして獰猛な魔物だ。
「……あれか」
ゴクトーは興味なさげに石を拾い上げ、ひょいと投げる。
石は放物線を描き── 一匹のバルロットの額に直撃。
「ギャゥッ!?」
不規則な唸りを上げた魔獣バルロットは転がり、そのまま絶命。
その音に反応した残りの二体も瞬時に身構えるが──
次の瞬間、ゴクトーは【桜刀】を引き抜いていた。
(*戦闘中のゴクトーのイラスト)
重厚な刃が一閃、風を裂き、二体目の魔獣が両断される。
だが──三体目は、見る間に森の奥へ逃げ去った。
「……めんどくせえな、もうッ!」
ゴクトーは刀を鞘に収めると、何事もなかったように道を逸れて草むらに消えていった。
──その、わずか五分後。
「うわっ……!? な、なにこれ……!?」
「ま、まさか魔物の死体……!?」
道の先から現れたのは、桃色の髪をなびかせた二人──アカリとジュリであった。
見渡せば、刈り取られたような草、血痕、そして崩れ落ちた魔獣の亡骸。
「ネー……これってバルロットよね。あの噂の……」
「そうね……完全にやられてる。でも、こんな魔物……私たちでもまだ、倒せないわ……」
二人は警戒しつつ、周囲を見回すが──その背後にいた“助け人”の気配に気づくことはなかった。
「……助かった、ってこと?」
「……だれが、こんなことを?」
二人の視線の先には、ただ草が風に揺れていた。
すれ違いの道。
やがて、それが運命を重ねる日が来るとも知らず──。
途中で魔物と出くわすが二人は、倒しながらギルド支部に立ち寄る。
解体を依頼し旅の路銀を増やす姉妹。
薬屋に立ち寄り魔力回復薬を調達し、二人は歩みを進めた。
***
長い旅路を経て、西の『アドリア公国』、『タザ』へとたどり着く。
宿や酒場で情報を集め、さらなる北上を決めたアカリに、ジュリは力強くうなずいた。
期待と希望を胸に抱き、姉妹は旅を続けた───。
◇【ビヨンド村到着】◇
(*ビヨンド村はここ)
───西部の村、ここは『ビヨンド』。
小さな田舎村で肌寒さが少し難点だ、と姉妹は同時に感じた。
しかし、爽やかな風と澄んだ空気が心地良かったのも事実だった。
新たなダンジョンが発見され、村はかつてないほどのにぎわいを見せ、急速に発展している。
宿屋、食堂、酒場、魔道具屋、武器屋───冒険者達が続々と訪れ、村に金を落とす。
小さな村には次々と新しい店が建ち、にわかに活気づいていた。
名の通ったチェーン店や、少し敷居の高い高級店までもがこの村に出店し始めた。
村を歩きながらふと、姉妹は立ち止まる。
「そこのおねいさん、今ならテーブルが空いてるよ、寄ってかないかい?」
中年だろう、女店主が姉妹に声をかけるが素っ気なく断る。
今や、ビヨンド村は”最も稼げる村”として知られるようになり、いずれ街へと成長するのは、もはや時間の問題なのだろう。
舗装工事が進むメインストリートではドワーフをはじめ、獣人族や魚人族が汗を流し働いていた。
姉妹は会話がする方へと耳を傾ける。
「早く仕上げて帰らねぇと、嫁さんに叱られっちまう!」
「おい、まだ建物の依頼がいくつか残ってんぞ!」
笑い声と作業の音が響く村の中心地での一コマ。
姉妹にも自然と笑みがこぼれていた。
タザの街から来た出稼ぎ労働者たちなのだろう。
彼らもまた村の未来に希望を抱いていた。
ビヨンド村にも『冒険者ギルド支部』が新たに設立されていた。
村を訪れた冒険者たちは、情報を交換し合い、互いに挑戦を誓っていた。
***
村をひと通り散策し、ダンジョンに関する情報を集め終えた姉妹が、宿を探して歩いていた。
(ここまで、駆け足だった……ここで兄様と再会できれば……)
アカリはそう思いジュリの目が輝いているのを見て、少し不安を覚えた。
彼女は、気分を変えようと何気なくつぶやいてみた。
「ジュリ、少し、休憩しましょうか?」
その声には優しい響きも含まれる。
一方で、ジュリは姉のどこか気疲れしてる様子に気づく。
そして素直に答える。
「ネーも疲れてるんでしょう?少し、ゆっくりしようよ」
ジュリは悪戯っぽい表情で笑顔を見せた。
お互いを気遣う仲の良い桃色姉妹は、雰囲気のいい宿を見つけ、ちょっと贅沢して広めの部屋を借りることにした。
その宿は街の中心から少し外れた静かな場所にあり、蔦の絡まる木造の建物だった。
玄関には風鈴のように吊るされた水晶の飾りが揺れ、風が吹くたびに澄んだ音色を奏でていた。
受付には女将さんが立ち、旅人たちを家族のように迎え入れている。
案内された部屋は二階の角部屋で、丸窓からは遠くに夕焼けの丘が見えた。
床にはふかふかの絨毯が敷かれ、白木の家具があたたかみを添えている。
壁には手描きの風景画が掛けられ、小さな棚には旅人たちが残していったであろう手記がいくつか並んでいた。
部屋で丸一日を過ごし、旅の疲れを癒す。
ふかふかのベッドに横たわりながら、二人は久々の安らぎに浸っていた。
***
───翌朝。
「ギルドでナガラ兄様が来たか、聞いてみようよ」
そう提案するジュリは落ち着かない様子を見せる。
「ふふふ……もう、せっかち過ぎよ」
アカリは微笑みながら応じる。
『ビヨンド村』の冒険者ギルド支部は、昼間にも関わらず多くの『冒険者』たちでにぎわっていた。
カウンターには、冒険者カードの申請や、ダンジョンに入る許可を求める人々が列をなしている。
桃色姉妹の視線は受付前に立つ、見慣れない青年に目が向く。
青年は端正な顔立ちの男だった。
美しく精巧な細工が施された、二振りの刀を差していた。
吸い込まれるような、”黒銀に煌めく瞳”───
珍しいその色はどこか柔らかさを宿しながらも、鋭い印象を与えていた。
筋肉質の体躯は、冒険者としての実力を物語り、只者ではない気配が漂っている。
だが、彼は親しみやすい笑顔を見せる。
「「有望物件ね」」
姉妹は同時に小さくつぶやいた。
受付に並んで立つ彼女たち──姉と妹は年頃の女性らしく、チラチラとその青年に視線を送り、興味を隠せないでいた。
◆(姉妹の内心)◆
ジュリがひじで軽く小突きながら、小声で囁いた。
「ねぇ……ネーのタイプじゃない?」
彼女は揶揄うように姉の顔を見つめる。
(私のタイプの殿方……かもしれないわね)
アカリは思いながら、気づけば頬が朱く染まっているのを自覚する。
一方で、そんな姉の様子を見ていたジュリの気持ちもわずかに揺れる。
(ネーの顔が朱い……いや、わたしだって、ちょっとッ!待ってよ。タイプなんだけど?)
ジュリはそう思い、自分の鼓動の高まりを抑えきれず、視線を落とした。
それに気づかぬ青年は、受付嬢との会話に集中していた。
桃色姉妹はこの瞬間、運命の出会いを果たすこととなる───。




