宿命の姉妹
天上の二柱は下界を見下す中、突然、声を荒げる黒銀の目の友。
「おい、シロ、昔のお前と同じ桃髪だぞ!」
「ん? なんじゃと?」
不審を抱きながら神シロも下界を覗いた。
ーーその頃下界では。
ヒドラの騒ぎで大混乱してる孤島トランザニヤにある北部の深い森の中、霧に包まれた山の洞窟でのこと。
破れた黒いマントを纏う、大柄な男が横たわっていた。その男、顔は焼けただれ、口髭も焦げ、腹から血を吹き出し、前歯が四本も欠けている。瀕死の状態でもはや虫の息だった。
「うぅ……」
男が絞り出すように呻いたその刹那、男の意識は徐々に薄れていった――。
一方、男の傍で澄んだ美しい声がする。その声は柔らかく、透き通る響きが印象的だった。
「【エクストラ・ヒール】、もう一度、【エクストラ・ヒール】!」
紡がれた詠唱――緑色の柔らかい癒光がその男を包み込む。
一つの黒い影が杖を握り、【治癒魔法】を唱えていた。その影の主の視界は魔力の消耗により薄れ、杖を握る手が震える。それでも男を救うため、何度も【エクストラ・ヒール】をかけ続けた。
次の瞬間、眩しいほどの陽の光が洞窟に差し込み、手を翳す黒い影の主。
「これで命は繋がったわね……」
つぶやきながら影の主が一息つくと、洞窟の中に緑陽の爽やかな風が舞い込み、その正体が顕になった――。
ポニーテールに束ねた桃色の髪がさらりと靡く。その黒い影の主は、黒のレザーキャップを目深に被りなおした。 翻した漆黒のローブから艶やかな白い腕が伸びる。華奢な腕に細い指――美しい爪を閃かせ、杖を巧みに操るキュートな女性だった。
彼女の瞳は差し込む光の加減一つで、赤や碧に見えた。普通の人種ではないのかもしれない。魔法を繰り出すその姿は、息を呑むほど神秘的で美しい。けれど、彼女は凄腕の冒険者――かつ『魔導士』だった。
差し込む陽がさらに強まり、風もピタリと止む。
急に蒸し暑くなる洞窟内で、 『芥子柄』のハンカチで額の汗を拭きながら彼女がポツリと零す。
「薬が必要ね……」
そう言いながら片眉を吊り上げ、彼女はにっと白い歯を見せて笑った。
そして、腰に下げた『万能巾着』から小瓶を取り出し、薄黄緑の液体をためらいもなく一気に飲み干す。
「ふぅ……魔力が回復したわ……」
急に真面目な顔になり、じっと男を見つめた――。
彼女が大きく息を吸い込み、頬がプクッと膨らんだその刹那、空気が微かに震えた。
「【アストラル・ゲート】!」
……ギィギィーー!
唱えたと同時に白い魔法陣が展開し、空気の軋む音だけが洞窟内に響く。
彼女がふっと息をつき、呼吸を整えた。
次の瞬間、眩い光が彼女を包み、杖に集束する。
すると、杖の先端が光を放ち――魔法陣から【門】が浮かび上がった。
「次はこっちね」
そうつぶやきつつ、続けて紡ぐ。
「【フローター・レヴィ】!」
その瞬間、黒いマントの男が宙に浮き、門の中へと吸い込まれていく。その光景を目にしながら彼女も迷わず、その【門】を潜った――
――その様子を天上界の神シロは一部始終見ていた。
そして、思考を巡らせる。
その愛らしい外見からは想像もつかぬ――凄腕の『魔導士』じゃな。
超高度な魔法なのじゃぞ。
それに膨大な魔力量を駆使し、【多重魔法】を何の迷いもなく、
驚くほど軽々と無意識に操ってのけるとは――。
目を丸くしつつ神シロの口が開く。
「名も知らぬ男の命を救うために、その力を惜しみなく使うか……この子がここまでやるか……」
神シロの顔には笑みがこぼれていた。
――時を同じく。
桃色の髪の女性が、研究室で乾燥した薬草を石臼で擦っていた。
彼女の名はアカリ・ミシロ――天上で見守る神シロの末裔だ。
粉末になった薬草の爽やかな香りがふわりと部屋に広がる中、彼女がふと感じたのは【膨大な魔力】の波動だった。
「ん……?」
ガタガタガタ……
「――な、なに……?」
家全体が激しく揺れる。
アカリはその【膨大な魔力】の波動に覚えがあり、思わず手を止める。
居間が急に明るくなり、空間は軋む音を立てて歪み――白い魔法陣が突如、出現した。
やがて――。
【門】から横たわる大柄な男が浮かび上がると、彼女が目を見開く。
「……誰……!?」
アカリの心臓は跳ね息が止まった。
無理もない。
白い魔法陣からいきなり知らぬ男が飛び出してきたのだ。その表情には焦燥と驚愕――ほぼ同時に浮かんでいた。
「……この人、一体……?」
アカリが眉をひそめた――その瞬間。
「ネー! ネー! ネーってば! この人を治す薬を調合して!!」
叫び声とともに現れたのは――洞窟にいたキュートな魔導士ジュリ・ミシロ。
少し歳の離れたアカリの妹だった。
手を振り上げて、大げさな身振りで彼女が経緯を語った。汗を掻きながら、必死な表情で姉のアカリに頼み込む。
「ジュリ……あなたは、いつもせっかちね」
肩からは力が抜け、アカリがほっと息をつく。でも心の奥では、小さな不安がまだくすぶっていた――果たして、この人は本当に大丈夫なのか、と。
一方でジュリが桃髪を耳にかけながら、静かにつぶやく。
「……どうなのよ、ネー?……この人って助かるの?」
そう言いながらジュリが魔法を操り、大柄な男を客室のベッドに寝かせた。
一瞬、目を開き黒いマントの男が譫言のようにつぶやく。
「……兄上……チビナス……」
客室には、しんとした静けさだけが残った。その言葉を聞いた瞬間、姉妹は困惑する。アカリは顎に指を添えて、推理を巡らせる。
「誰のことだろう――この人、異国の人よね……」
彼女は棚にある薬瓶を掴み、すぐその男に飲ませた。
「――今晩が峠ね……あとはこの人次第……」
アカリは彼の喉元に手を当て、真剣な表情を見せる。
一方、連れてきたジュリはため息をつき、微かに唇を噛んだ。
マントの男はやがて寝落ち、いや――気絶したのを見届けた姉妹は、静かに客室を出ていった。
――アカリは上機嫌でキッチンで煎茶を淹れ、茶菓子を置きソファに座った。
ジュリがくすっと笑って、アカリの身体に寄りかかる。
熱いお茶を飲みながらジュリが零す。
「ネー久しぶり。二年と九ヶ月もかかったわ……はいっ」
そう言いながら不満げな表情で小さな布袋をアカリに投げた。
「っしょ!」
アカリが素早くキャッチする。
姉妹のこの手のやり取りは常で、アカリは「受け取る」のが得意だった。
「ジュリなら見つけられる、そう思っていたわ」
そう言いながらアカリは満面の笑みを浮かべ、布袋の中身をすぐに確かめる。
その瞬間、目を見開き、喜びをあらわにする。
「これ凄いわ!ジュリ、本当に凄い!」
小袋から取り出したのは黄金色に輝く鉱石だった。彼女は手に取りながらまざまざと眺め、興奮冷めやらぬ表情で震えつつ、感動とともに声を漏らす。
「これって、『黄石英』の十倍の価値、希少な『黄金石英』じゃない!!!」
そう言ってアカリがジュリを抱きしめ、喜びを爆発させた。
――『黄石英と言う鉱石を探して欲しい』とそう言われ、ジュリは姉アカリの頼みで二年以上もの間、ズードリア大陸中を探し回った。
最終的には隔離された島国――『トランザニヤ』まで足を運び、ようやく探し当てた。それは『宿命』にでも導かれるように。
そんな中、アカリが悪戯っぽく、冗談混じりに口を開く。
「報酬は何がいい? お金? イケメン? 何でも言って!」
その問いにジュリがどこか照れながら拗ねたように答えた。
「じゃあ……」
小声で囁くジュリが顔を朱らめ目を伏せた。その仕草にアカリが笑いながらジュリを再び抱きしめる。
「うふふ……報酬はそれでいいの……?」
アカリはお茶をすすりながら、ふと懐かしい記憶に目を細めた。
姉妹がかつて暮らしていた――あの遥か遠い島国の日々を。
姉妹は笑い合い、昔話に花を咲かせるのであった――。
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