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『妄想図鑑』がこの異世界を塗り替える! 〜英雄トランザニヤの末裔とその仲間たち〜 #イセトラ    作者: 楓 隆寿
第0幕 序章。 〜妄想図鑑と神代魔法士〜

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【閑話】 エマと勇者の本




 黒銀の友の瞳は潤んでいた。彼は一雫の涙をポトリと落とす。

 涙の落ちたその場所は――小国トランザニヤ。


 隔離された島国――トランザニヤには、ポツリポツリと小雨が降り出した。



 トランザニヤ王爵、オブリオの屋敷の一室では。


 ――翌朝。オブリオは赤ん坊の泣き声で目を覚ました。


 

 まだ、窓の外には朝靄の残る寝室で、泣き声のする方に優しい眼差しを向ける。妻のマルソーは泣いている赤ん坊を優しく胸に抱き寄せ、授乳を始めたところだった。


 ――オブリオの双子の息子。

 片方の赤ん坊はスヤスヤと穏やかな寝息を立てていた。その寝顔をオブリオは目尻を下げ見つめる。

 スヤスヤと眠っている幼子は、青髪のエドモント――双子の兄。

 どんなに泣き声が響いても微動だにしないその姿に、オブリオは思わず微笑んだ。

 一方、授乳中の赤ん坊は銀髪の弟――エドワード。彼は泣き止むと母の胸に頬を寄せ、安心したように目を閉じた。その仕草を慈しむように、マルソーは我が子をそっと抱きしめた。


 双子は二卵性――兄、エドモントは母親似、弟は父親似だった。


 

 幼子たちは、どのように成長していくのだろうか。


 

 マルソーは日々の暮らしの中で、彼らの成長を楽しみにしていた。


 だが、「双子は不吉の予兆――いずれ、どちらかを……」と、オブリオは小さくつぶやき、涙をしたためていた。


 しばらくして、寝室の隅で動きがあった。

「むくぅ」と身を起こしたのは銀髪の少女で八歳の娘――エマ。

 髪は寝癖なのか、爆発したように広がり、眠たげな銀色の瞳で両親をぼんやりと見つめていた。長い銀髪の間から欠伸を漏らし、両手を大きく伸ばして――

「はぁーーあ─」と、目を擦りながらもう一度欠伸をする。 


「おはようございます、とうちゃま……かあちゃま」


 ぽそっと言葉を落とすと、眠気がまだ覚めないエマは、ちょこんとベッドの縁に座り込んだ。その言葉に幼子を抱きながら、マルソーは優しい口調で、


「おはよう、エマ。あなたはもう、お姉さんになったのよ」


 そう言って柔らかく微笑む。 そしてマルソーは続けて優しくたしなめた。


「可愛い弟たちがいるのだから、一人で身支度は整えられるわね?」



「うん……」


 軽く頷いたエマは、大きな水玉柄のパジャマの長い袖から手を出す。


「んしょ」


 彼女は声を漏らしながらベッドから降りた。


 一緒に寝ていた白熊の縫いぐるみを脇に抱え、寝室を出ていく。

 静寂の中、「はぁーーあー」と再びエマが欠伸した――その瞬間。


 ゴ……ォォ……


 低く、深く、空気が軋む。

 目に見えぬ波が押し寄せ、皿棚のグラスが震え始めた。



 カタ、カタタ…



 音もなく弾け、ガラス細工の蝶が羽根を散らすように砕けた。



「ごめんなしゃい!」

 

 エマは自分が「何をしたのか」気づいていなかった――。

 廊下から突然響いた大きな音に、オブリオとマルソーは顔を見合わせる。

 続いて聴こえたのは、エマの小さな謝罪の声だった。


 幼い子どもであっても、魔力(マナ)の暴走は時に思わぬ影響を及ぼす――。それはかつて、『大魔導オヘソ・べロン』も幼少の折に見せた力であり、トランザニヤでは『天印の芽吹き(源流の血脈)』とも呼ばれていた――。



 メイドには抱えていた縫い包みが廊下の花瓶に当たり、倒してしまったように映ったが、実は違った。花瓶は棚の上から滑るように落ちたのだ。割れたのはエマが欠伸をした際に放った、異様なほどの魔力に触れたからだった。


 「高価な花瓶なのに……」


 亜人のメイドが小声でつぶやくのが聴こえる。だが、エマはすでに顔を洗って、その言葉にはお構いなし。


 そんな中、その音で目を覚ましたのは、寝ていた双子の兄エドモント。黒銀の瞳をパチッと開け、彼は泣くどころか、笑みを浮かべていた――。

 

 ――朝食後。ダイニングルームでは、エマがエドモントに言葉を教え込んでいた。


「ねーた……かぁか……とーうと……」


 「ねーたじゃなくて、ねぇね!」


 弟エドモントが覚えたばかりの言葉を繰り返すたび、エマは笑いながら訂正する。しかし言葉を発するたびに、エドモントの右拳が微かな光を放っていた。


 一方でマルソーは双子の弟、エドワードに授乳中だった。それを終えるとエドワードは鎖骨辺りに、勢い良く吸い付く。エドワードの小さな身体がその刹那、ほんの少しだが、赤い光を纏った。

 その後ろでは、亜人のメイドが寝癖のエマの銀髪を手際良く梳(す)き、綺麗なツインテールに仕上げている。


 ダイニングルームの窓には、ポツポツとした音とともに雨の雫が垂れる。

 平和な朝、温かい朝食、家族の絆。この生活に、幼いながらもエマは幸福を感じていた。


 だが――。

 その幸福は無惨にも打ち破られる。まるで外に降る雨のように。

 穏やかな空気が流れる中、オブリオが静かに口を開く。



「――エマ」


 

 その言葉をまるで切るように――すぐ後ろに控える執事のイワンが眉間に皺を寄せ、ダイニングテーブルに紅茶を運ぶ。



「――少し聞いてくれ」


 

 エマが父、オブリオの声に目を向ける。

 オブリオの顔は青ざめ、瞳には涙が浮かんでいた。

 言い淀むオブリオは意を決し、口を開いた。



 「……弟……マグナスが………討ち死にしたんだ」


 その言葉にエマの手から紅茶のカップが滑り落ちる。受け皿が割れる音が響き、テーブルには紅茶があふれた――その瞬間、エマは叔父の笑顔がはっきりと浮かび、それが走馬灯のように駆け巡った。

   


 ――夜の寝室でのことだった。



「エマが一番好きな物語だぞ!がっはははは!」


「叔父ちゃま、『トランザニヤ物語』、読んで読んで!」


「エマ、お前が好きなところを読んでやろう」


 マグナスは微笑みながら分厚い本を捲る。


「そして、八咫鴉(やたがらす)の勇者は、黒き魔獣を退けた……!」


「すごい!!叔父ちゃまが、勇者みたい!!」


「がっはははは……エマもいずれ、立派な勇者になるさ」



 ――あの夜の言葉が今も耳に残っている。


 

 叔父ちゃま――。


 


 人気『作家』、ジュリ・ミシロによる物語で、エマは主人公『八咫鴉』の活躍に夢中になった。


 時折、冗談を交えて笑い合ったあの時間は、エマにとって大切な宝物。いつも豪快だったマグナスが、エマにだけ見せた優しい笑顔。そのすべてがエマにとっては、かけがえのない幸せの記憶だった。


 エマの頬を涙が伝う。それを止めることは、誰にもできなかった――。



「もう、一緒にお話できないの……?」



 エマは悲痛な声を漏らす。大好きだった叔父の突然の死に、涙が堰を切ったようにあふれてくる。声にならない嗚咽が喉を締め付け、彼女は堪えきれず、大声で泣き出した。


「えーーーーんっ! 叔父ちゃまっ! えーーーーんっ!」



 ゴゴゴゴゴ……その瞬間、部屋の空気が震えた。


 パリィンッ!

 紅茶のカップが床に落ちる――だが、それだけではない。


 バキバキ……!

 テーブルの上に置かれた銀製の食器が軋みを上げた。


 壁に掛けられた絵画もビリビリと揺れ動く。

 膨大な魔力と爆発寸前の【覇気】を感じ、イワンが目を見開く。



 「エマ様……?」



 エマの銀色の瞳がわずかに紅く輝く――それでもどこかで笑顔の叔父の声を探していた。


 執事のイワンは、ハンカチを差し出しながらそっとつぶやく。



 「姫様、鼻水をお拭きくださいませ……鼻水を……」



 悲しみに包まれる朝は、静かに過ぎていった――。










 「お読みいただき、ありがとうございます。 作者になりかわりお礼を!」

 

 挿絵(By みてみん)

(*執事イワンのイラスト)



 

 引き続きよろしくお願いします。




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― 新着の感想 ―
楓隆寿様、コメントを失礼します。 悲劇による悲しみなど胸に迫る回でしたね。 そして動きもあり、物語に勢いを感じました。 イラストにより、いっそう世界観が楽しめるつくりになっているのが、読んでいて心地い…
2026/04/05 06:46 退会済み
管理
エマの無垢な悲しみで死のもたらす悲しみが実感できますね。子供にとっては平穏無事を与えてあげたいものだと重ねて思わされる場面でした。心温まる場面を描いたがゆえに悲劇を際立たせる展開が見事でした。
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